起業すれば、事業がうまくいかず資金難に陥ったり、仲間が離れていったりという答えのない難問、深刻な危機が次々と襲ってくる。シリコンバレー最強の投資家ベン・ホロウィッツは、起業家たちに向け、こうした窮地やつらい経験、「HARD THINGS」にどう立ち向かい、乗り越えていくのかを著書に書いた。
しかし、ビースポーク社長の綱川明美(34)と話していると、この「乗り越えた感」、つまり悲壮感や苦労を感じさせない。ピンチがなかった訳ではない。むしろ話を聞くと、思わず聞き返してしまうほどの大ピンチに何度も見舞われているのに、その経験をゲームの中で次々と敵を倒してレベルを上げていくのを楽しむかのように話すのだ。
「嫌われても、死ぬ訳じゃない」
2年前の冬。クリスマスで街には仕事納めの雰囲気も漂っていたのに、綱川たちは社員総出でパソコンに張り付いていた。システムをアップデートしたら不具合が生じてしまったのだ。AIによる自動応答がウリなのに、社員が人力で外国人観光客らの質問に対して回答を打ち込んだ。足りない人手は、クラウドソーシングのFreelancer.comなどで集め、1週間サービスを止めず人力ボットで乗り切った。
「でもあの経験があって、余裕を持ってスケジュールを組むとか学んだんですよね」
資金が尽きかけたことも5、6回。
「その時は、投資家の方に『あと◯️日でなくなります』『あと2日です』とメッセージを送り続けて……。その方には人が採用できない時も、『人が足りないからお腹が空いてもランチに行けません』って。1日数回連絡する、って予定に入れているんです」
—— そんなしつこくして嫌われませんか?
「嫌われても、死ぬ訳じゃないですから(笑)」
大物クライアントはほぼ紹介
日本政府観光局(JNTO)を皮切りに、ビースポークのパートナーにはそうそうたる名前が連なる。
ビースポーク 公式サイト
ビースポークのクライアントは、自治体から成田空港やJR東日本、ウィーン国際空港やスターアライアンスのような公共性の高いインフラ企業、ニューオータニのような老舗のホテルなどだ。2015年に創業したスタートアップがなぜ大物クライアントに食い込めたのか。
「ほぼすべてご紹介か、国内外のカンファレンスに登壇してお声がけいただいたところなんです」
ある1週間では下関市、金沢市、三重県、富山市、南砺市のトップやNo.2と会った。すべて人づてでの紹介だという。その紹介の輪の始まりは、青森県・奥入瀬の老舗旅館のオーナーだった。その人は「世界初のサービス、いいね」と導入を決めてくれただけでなく、ニューオータニやJR東日本などの幹部も紹介してくれた。会いに行った人が次の人を紹介してくれて……という中には大臣までいる。
「なぜ紹介してくれるのか聞いたことがないですが、たいてい『いいね』となるんです。あと『変わってるサービスだね』と。社会的に意義が高いことをやっているので、魔法使いみたいな方がいっぱいいてくださるのかなと」
—— それ、他の起業家が聞いたらちょっと怒りますよね?
「でも、私ちゃんと人力で関係性はメンテナンスしているんです」
綱川のカレンダーには毎日、投資家や自治体、観光業界やインフラ企業のトップなど約50人にメールやチャットをすることが予定に組み込まれ、1日のうち2割は、こうしたコミュニケーションに費やしている。
誰かを紹介してもらったら必ず「何か私にできることありますか?」と聞く。ある時は社内での講演を、ある時は娘の進路相談に乗ってやって欲しいと頼まれ、「恩返し」を積み重ねてきた。「ほぼ営業はしていない」という綱川だが、これほど地道な営業があるだろうか。
創業後まもなく出資を決めたアーキタイプベンチャーズ代表の福井俊平は、こんなエピソードを教えてくれた。夏の暑い日、浅草のあるユースホテルにサービス導入を決めてもらう勝負の日、綱川が持参したのはアイスクリームのファミリーパックだった。
「彼女のすごさはやり切る力、実行能力の高さだと思います。だから目標達成のためには相手が何をしたら喜んでくれるかを考える。でも行動や考え方のOSはアメリカ製。泥臭い行動の裏には合理的な判断があるんです」
Tinderでサイト誘導、明治神宮で声がけ
ヨハネスブルグを一人旅する綱川。指差す看板には「HIJACKING HOTSPOT」の警告。だが、綱川は笑顔だ。
提供:綱川明美
最初の起業のアイデアは観光地の穴場サイトだった。一人旅をしながら、旅先で現地の人しか知らないような美味しいレストランなど穴場情報を載せるサイトがあれば、と考えた。
当時働いていたフィデリティ投信社内にVC(ベンチャーキャピタル)があると聞いて、社内システムを検索すると、出てきたのはアメリカ人の担当者。社内のエレベーター前で半日待って声をかけた。
「Hi! 私、この会社辞めて起業するんだ」「どんなアイデア?」。説明すると、フンと鼻で笑われ、こう言われた。「サラリーマンやってた方がいいんじゃない?」
自分でサイトを作り、再び見せに行った。「これじゃ全然うまくいかないと思うけど、前進したことは評価する」と言われ、のちにCTOになる人物を紹介してくれた。
サイトを作ったはいいが、広告を打つお金がある訳でもない。無料のホスピタリティサービス「カウチサーフィン」で100ものアカウントを作って、「日本に旅行に行く」と書いている外国人に片っ端からメッセージを送った。怪しまれてアドレスをブロックされると、次はマッチングアプリのTinderを使ってサイトに誘導した。
東京駅や原宿でスーツケースを持っている観光客らしい外国人にサイトのURLを書いたカードを配りまくり、明治神宮では警備員に追い出されたこともあった。それで集めた外国人は2000〜3000人にのぼった。
外国人にヒアリングするうちに、コンシェルジュサービスにニーズがあることがわかった。それも知りたいことにすぐ答えてくれるサービス。やっぱりチャットか。今度は自分のSMSのアカウントをばら撒いた。一気に来た大量の質問に、徹夜して人力で答えているうちに悟った。「これは、つらい」
チャットボット知ったのは偶然
綱川はどのエピソードを話すときも、カラッとしている。悲壮感や無理をしている印象を与えない。
「業務委託で依頼していたエンジニアにチャットボットという自動で応答するサービスがあるんだよ、と言われたんです」
最初からチャットボットのサービスを思い描いていた訳でも、特別なテクノロジーがあった訳でもない。こんなサービスがあったら喜ぶ人がいるはず、助かる人がいるはず、そうやってビジネスの形を変えながら少しずつ前進してきた。
先のアーキタイプベンチャーズに出資を頼みに行った時、実は製品はできておらず、「ホットケーキミックスのようなキット」を見つけてきて、自分でコーディングしてつくった。ちょっと間違えて入力すると、たちまち動かなくなってしまうような代物。「触られたら終わり」とドキドキしていた。
投資家、ホロウィッツはCEOには2つのスキルが必要だとしている。一つが、何をすべきかを知ること、そしてそのなすべきことを実行させること。まさに「すべきこと」に全力で集中する綱川は、自身についてこう語る。
「私、『これしかやらない』みたいな性格なので。今はゴールが営業の採用と思ったら、達成できるまで諦めないんです。それに私、ピンチの時ほど知恵が湧くタイプなのかもしれません」
(敬称略、第3回に続く)
(文・浜田敬子、写真・伊藤圭)
浜田敬子:1989年に朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、1999年からAERA編集部。女性の生き方や働く職場の問題、国際ニュースなどを中心に取材。AERA副編集長、編集長代理を経て、2014年に編集長に就任。2017年3月末に朝日新聞社退社。同年4月よりBusiness Insider Japan統括編集長に就任。2020年12月末に退任。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーターも務める。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)。