禁酒法時代には特許数が減少。飲み会イノベーションをDXするには?

飲み会

コロナの影響で減った飲み会コミュニケーション。その影響とは?

Getty Images/ AzmanL

先日、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授にインタビューをする機会があった。オズボーン氏はAIによる自動化の影響で、アメリカにおいて10~20 年以内に労働人口の47%が機械に代替される『雇用の未来』という論文の著者として知られる。

オズボーン氏によると、このトレンド自体に大きな変化はないとしつつも、コロナの影響でイノベーションが減速するリスクもあるという。その理由は、禁酒法時代にバーが閉鎖されて非公式の社会的なコミュニケーションが減少した結果、特許の件数が減少した事例があるからということだ。

マイケル・オズボーン氏

「アメリカでは、禁酒法時代には特許申請が減少した」と語るオックスフォード大学のマイケル・オズボーン氏(2019年12月に撮影)。

撮影:岡田清孝

本当かと驚き検索してみたところ、2020年の3月に全米経済研究所による”Bar Talk: Informal Social Interactions, Alcohol Prohibition, and Invention”というレポートが出されていた。禁酒法時代にバーが閉鎖されて特許件数が(禁酒法施行前に比べて)8〜18%も減少したらしい。

現在、緊急事態宣言が発令され、バーでのコミュニケーションが事実上不可能になっている中、バーでの会話のDXによるイノベーション創出の必要性が浮上している。

スマホではつながれないけど、お酒ではつながれる

この問題について、お酒の専門家に聞いてみた。

尾畑さん

佐渡のローカルイノベーターの尾畑さん。

提供:石山洸

筆者は以前、ライフネット生命の会長で現在は立命館アジア太平洋大学学長の出口治明さんと、新潟のローカルイノベーターとして有名な佐渡にある尾畑酒造専務の尾畑留美子さんとの会食でお酒について話す機会があった。

尾畑さんが出口さんに、「『君の名は』という映画を見たことがありますか?」と質問した際に、「あの映画は『スマホではつながれないけど、お酒ではつながれる』というメッセージの映画なんですよ」と解説していたのだ。

尾畑さんは今回、お酒の効能を以下の様に解説してくれた。

「オンラインミーティングの限界は、『空気が読めない』ことだなぁと個人的には思っています。どんな空気を誰が発しているか、は話の流れを作る上で非常に大事。空気は『行間』とも言えますが、行間には文章自体よりも多くの情報が詰まっていたりするのです。ここまでは素面での話。

さて、ここにお酒が入るとどうなるか? 空気は読まないけれど、空気を醸すことができるのです。常識や事実を超える夢や希望を誰かと語り、素面だったら『無理じゃん』と否定する脳が『できるじゃん!』と上手にだまされる。一度だまされた脳を素面(しらふ)になっても維持できるかどうかは才能でしょうが、『できるじゃん!』経験はある種の『脱皮』かと。

日本酒はもとをただせば『神様とつながるツール』。素面じゃ見えない自分の可能性との出逢いも、もしかしたら神様からの贈り物かもしれませんね」

バーでの会話は自己効力感を高める

この尾畑さんによる「素面じゃ見えない自分の可能性との出逢い」という解説を、より理論的に解釈することはできるだろうか。

関連していそうな分野であるコーチングの専門家にヒアリングしたところ、この効果は「自己効力感」の向上と関係しているということだ。

自己効力感は、心理学者のアルバート・バンデューラ氏が1977年に提唱した概念であり、自己効力感を獲得するには、自分自身が何かを達成した経験を得ることが最も重要であると言われている。しかし、バンデューラ氏によると、実はこれ以外にも自己効力感を高める3種類の方法があるという。それは、

  1. 他人の達成体験を観察した経験
  2. 他人によって自分の能力を言語的に説明されたり、励まされた体験
  3. お酒などの生理的メカニズムによる気分の高揚である

お気づきの通り、バーでの会話は、この1〜3の3つのコンビネーションになっている。逆に言うと、単にお酒を飲んでいるだけでは自己効力感の向上は限定的で、他人の会話を傾聴したり、互いに励まし合ったりするような飲み会が自己効力感を高めると言えるだろう。

バーでの会話による自己効力感の向上

制作:石山洸

このコミュニケーションの構造は、尾畑さんが話してくれた「神様とつながるツール」という起源とも関係している。

先ほどのバーでの会話の構図を見てみると、お酒に酔って気持ち良くなる利己的な自身の「煩悩」と、コーチングを通して他者の自己効力感の向上に貢献する利他的な「菩提(ぼだい:煩悩を断って悟りえた無上の境地)」が同居していることがわかるだろう。

仏教では、煩悩だけでも不可能であり、菩提だけでも不可能な認知や行動の変容を促してくれるこのようなマインドフルの概念を「煩悩即菩提」と呼んでいる。

煩悩即菩提は、維摩経(ゆいまきょう)の「而二不二(ににふに)」や般若心経における「色即是空」の悟りの概念と共通した、二元論を超えていく概念である。

過去に、般若心経を読みながら「色即是空、空即是色」と唱えても、いまいち何のことか捉えきれなかった方は、ぜひ利己的な気分でお酒を楽しみつつ、同時に利他的な心を持ったコーチングに挑戦してほしい。

そこには素晴らしい即身成仏の道が待っていて、「神様とつながるツール」としての側面を垣間見ることができるだろう。ぜひ、オンライン飲み会であっても煩悩即菩提な飲み会にトライしてほしい。

「誰が何を知っているか」を最大化する

禁酒法時代

1920〜33年にアメリカで施行された禁酒法。樽に入ったアルコールを流している。

Getty Images/FPG/Hulton Archive

前述の全米経済研究所の論文には「サード・プレイス」というキーワードも登場している。これは、社会学者レイ・オルデンバーグによって提唱された「自宅でも職場でもない第3の場所」を意味しており、非公式の社会的な相互作用を促すために重要だと言われている。

バーはこのサード・プレイスの代表とも言える場所だ。サード・プレイスには、常連がいてその場所らしいコミュニティと文化を形成する一方で、新たな訪問者を惹きつけ、新参者にも優しいところがある。

このサードプレイスによって、イノベーションの語源である「新結合」が生まれる訳だが、新しい知の融合を引き起こす要因の一つに欠かせないのが「トランザクティブ・メモリー」だ。

早稲田大学の入山章栄教授によると、トランザクティブ・メモリーとは組織において「誰が何を知っているか」を知っているということ。これまでトランザクティブ・メモリーの最大化には、バーでの雑談のような顔と顔を合わせた直接のコミュニケーションが有効だと言われていたが、現在、コロナ禍のリモートワークによって困難になっている。

Linkedinからドリンクトインの時代?

バーカウンター

コロナ禍で営業が制限されているバーや居酒屋。この空間のDXが進めば、飲みニケーションのDXも夢ではないかも?

Getty Images/ recep-bg

バーには、「パブ」「イン」「タヴァン」「ハウス」「クラブ」「パーラー」「ルーム」「サロン」など、さまざまな進化の歴史がある。この進化の歴史を踏まえると、コロナ禍におけるサードプレイスのDXは、次のトレンドの一つになりうるだろう。

バーでの会話は色即是空の悟りを開けるくらいだから、もしDXに成功したら、新時代のイノベーション・プラットフォームになるかもしれない。そうと考えると、飲みニケーションのDXには、無限の可能性があるような気がしてくる。

Linkedinの次の来るプラットフォームは、人のつながりを支援するプロフェッショナル・ネットワークではなく、トランザクティブ・メモリーを最大化する「ドリンクトイン!?」かもしれない。

ドリンクトインのサービスの肝となるUXのコンセプトは3点で、1点目は「煩悩即菩提」による自己効力感の最大化。2点目は「誰が何を知っているか」を知るためのトランザクティブ・メモリーの最大化。そして3点目は、既存の飲食店が参加して儲けることができるようなプラットフォーム化と言えるだろう。

現在、緊急事態宣言が発令される中で、ドリンクトインの完成により、感染を防ぎながらイノベーションを生みつつ、飲食店が儲かる様なDXの仕組みの完成が待たれている。

(文・石山洸


石山洸:株式会社エクサウィザーズ社長。東京工業大学大学院知能システム科学専攻過程修了。2006年4月、リクルートホールディングス入社。同社のデジタル化を推進後、新規事業提案制度での提案を契機に新会社設立。2014年同社メディアテクノロジーラボ所長に。2015年リクルートのAI研究所であるRecruit Institute of Technologyを設立し初代所長に。2017年10月に、現職就任。静岡大学客員教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員准教授。

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