トランプ時代が終わった。だが、この4年間に深刻化したアメリカ社会の亀裂は簡単には修復されないだろう。
大統領交代直前に起きた米議会襲撃事件は、社会の分断が想像以上に深刻なことを浮き彫りにした。オンライン上に渦巻いていたデマや虚偽情報に基づく陰謀論が、リアルな世界での実力行使、という結果を招いてしまったからだ。
この事件から私たちは何を教訓とすべきなのか。オウム事件をずっと取材し、陰謀論やカルトに詳しいジャーナリストの江川紹子さんに聞いた。
1月6日にトランプ支持者たちは米議会を襲撃。警官を含む5人の死者が出た。
REUTERS/Shannon Stapleton
——トランプ支持者による米議会襲撃事件をどうご覧になりましたか?
江川紹子(以下、江川):ここまできてしまったのか、と感じました。これまでもいろいろ衝突などはありましたが、議会に突入して死者まで出た。しかもテロが度々あるような国でなく、“民主主義の雄”とも言えるアメリカで起きたことは衝撃でした。
——江川さんは、被害者意識が強まるとカルト性が強まる、と指摘されています。やはり大統領選に負けたという事実がここまでの事態を引き起こしてしまったのでしょうか?
江川:大統領選の結果はひとつのきっかけだと思います。
そもそもカルト的なるものには、自分たちは絶対に正しい、自分たちのリーダーは間違わない、反対に対立するものは正しくない、悪であるという善悪二元論的な発想があります。
メンバーからすれば、善なるもの、真理、正義が敗れることはあってはならない。もし敗れるとすれば、それは何かの陰謀で、自分たちはどこからか攻撃されている被害者であるという意識が強くなる。被害者意識が陰謀論を強化させ、陰謀論があるから被害者意識につながる。
同時に過度な他責思考、つまり自分たちに都合の悪いことがあったら自分たち以外の誰かのせいだとも考えがちです。
だから、正義を実現するためには多少のルール違反があっても構わない。目的のためには手段を選ばない。こんな風に諸々の要素が全部つながっているのです。
911から始まったアメリカのカルト化
イラクが大量破壊兵器を隠し持っていると主張し続けたブッシュ米大統領(当時)。国連の査察結果を待たずに、イラク攻撃に踏み切った。
REUTERS/Larry Downing
——よりカルト性を強める人には特徴があるのでしょうか。
江川:カルトメンバーには誰でもなり得るものです。もちろん今回で言えば、ずっとトランプ支持者だった人は、陰謀論に影響されやすいということはあるでしょう。
ある調査では、襲撃後も共和党支持者の7割以上の人が「大統領選で不正はあった」と答えています。これだけ選挙管理委員会が不正はないと説明し、(保守系メデイアの)FOXのレポーターでさえ不正はないと報じ、裁判所がトランプ陣営の訴えを退けているにもかかわらず、いまだに不正を信じているのは陰謀論に影響されているからでしょう。
このトランプの4年間、アメリカの人々は日々いろいろな陰謀論や、陰謀論に基づくデマ情報にさらされ続けていた訳です。報道機関がいくらファクトに基づいた報道をしても、大統領自らフェイクニュースといって蹴散らしていく。新聞のない地域もあり、マスメディアのニュースを見ない人も増えている。
一つひとつの嘘は決定的ではないかもしれないけれど、デマ情報に晒され続け、陰謀論に慣れていく状況が4年間積み重なったと言えます。
——カルトとSNSとの関係をどう見ていますか? TwitterやFacebookというSNSによって、より陰謀論は広がりやすくなったとも言えます。
江川:もちろん影響はあるとは思いますが、それが原因、という見方は疑問です。私がアメリカ社会のカルト化を感じたのは、人々がSNSを利用するようになる前、イラク戦争の時からです。
アメリカは911では実際に攻撃も受けて大きな被害も出しました。当時のブッシュ大統領はアルカイダをかくまっていたアフガニスタンに続いて、北朝鮮・イラン・イラクを「悪の枢軸」と呼び、イラクへの攻撃を宣言しました。フランスなどは大量破壊兵器が本当にイラクに存在するのか、まず国連が査察をするべきだと反対意見を述べましが、アメリカは結果を待たずに攻撃に踏み切りました。
ブッシュ大統領は反対していたフランスに敵対意識を隠さず、議会の食堂や大統領専用機はメニューのフレンチフライ(フライドポテト)を「フリーダムフライ」などと言い換えたりもしました。
自分たちに味方をしない者は敵だ、という発想です。私はすごくショックを受けました。ずっとオウムのことを取材してきて、敵か味方に世の中を分ける二元論はカルトの特徴だと思っていたのに、アメリカ大統領までもがそんなことを言うのかと。
この時点で、カルト的な思想に馴染んでしまう土壌ができていたのでしょう。
ただ、カルト化のスピードが早まったのは、SNSの役割が大きかったと思います。マスメディアは信じない、SNSで必要な情報は十分だと考えている人たちは、情報のバランスが悪い。SNSでは、自分好みの情報が集まってくるので、自分が見ているものが事実であり世論であると思い込みがちです。
だから、それと異なる結果が容易に受け入れられない。何かの不正があるに違いない、という陰謀論に流れがちです。そうなるとますますカルト的な陰謀論ばかりが集まってくる。発想のカルト化がスピードアップし、そこから抜けられない状況が強化されていきます。
オウムも主張した「選挙の不正」
ツイッター社は議会襲撃事件のあと、トランプ氏のアカウントを永久停止した。
Shutterstock/khak
——日本にも「選挙に不正はあった」と主張するトランピストはかなりいます。中には著名な作家なども。「選挙の不正」が「中国の仕業だ」という陰謀論的な主張も目立ちます。
江川:日本固有の陰謀論は以前からあります。
例えば在日特権を主張する在特会、弁護士の大量懲戒請求も陰謀論と言えるでしょう。これまで陰謀論が広まる素地はあったけど、実際活動するのは少数者に止まっていました。
それに、さすがにテレビではヘイトや虚偽の発言はできない、というのが常識でした。
ただ、今回トランプ氏によって、陰謀論や虚偽を発信しづらくしていたハードルが下がったのではないでしょうか。みんなそれほどアメリカの情報に精通している訳でも、いつもアメリカのニュースを見ている訳でもない。そうすると反論もされにくい。言った者勝ちです。直接の誰かの人権を侵害している訳でもないから規制もされにくかったのだと思います。
——在特会もSNSで広まり、選挙にまで立候補するようになってきています。カルト的なものが少数派ではなく、数を集め、支持を広げている背景をどう見ますか?
江川:日本だけでなく、アメリカでもそうですが、カルト的なるものの害悪を軽視し過ぎたせいだと思います。今回TwitterやYouTubeなどでは慌ててアカウントを停止しましたが、これまでも問題を指摘され続けているのに陰謀論を垂れ流してきた訳です。
日本の在特会の主張も、多くの人が「あんなものと一緒にされたくない」「同じ土俵に乗りたくない」という気持ちもあって放置してしまった。そうすると、どんどん育ってしまうのです。これは私自身もとても反省しているところです。
オウムも坂本事件の関与が指摘され、さまざまな問題も見えていたのに、メディアではサブカルの一種として取り上げられたり、一部には持ち上げたりする識者などもいました。挙げ句の果ての地下鉄サリン事件です。彼らも選挙に出馬して惨敗したことがありましたが、開票作業に不正があった、と陰謀論を展開し、そこから武装化が始まったことを思い出します。
陰謀論、デマ情報などのカルトを軽視していると、人々がそれに慣らされたり、場合によっては毒されていったりしていきます。
陰謀論は善悪二元論だからシンプルだし、面白くて分かりやすい。だけど、現実はもっと複雑で、面倒臭いし分かりにくいものですよね。日本のメディアも分かりやすさを最優先させてきた、という点で、土壌を作る役割を果たしてしまったところはあると思います。
分かりやすくするために物事をシンプルに見る、その行き着く先が二元論です。SNSの影響は大きいけど、マスメディアが無関係かと言えばそうではないのだと思います。
事実に基づく情報を潤沢に流す
1995年に起きた地下鉄サリン事件。オウムを放置したことでテロ事件に発展した。
Photo by Japanese Defence Agency/Getty Images
——カルト化を防ぐには、根拠なき陰謀論は一つ一つ事実を指摘して、忍耐強く否定していく情報発信が必要だと指摘されています。
江川:ハマっている人を翻意させたり説得したりすることはできない。でも、陰謀論が流布することで、さらに取り込まれていく人もいます。だからトンデモ情報があれば「これは違う」と言い、削除を求めていく。
逆に事実に基づく情報を潤沢に流通させることで、世の中に流通する情報量のバランスを変え、正しい情報により触れやすくする状況を作るしかないと思います。
言論の自由もあるので、陰謀論者の発言を封じるのはそう簡単ではないし、安易に封殺や排除の方向に走るのはよくない。
私は今回Twitterがトランプ氏のアカウントを凍結したのは、緊急措置として理解しますが、過去のものも含めトランプ発言を全部削除したのは間違っていると思います。トランプ発言は過去も含め検証されなければならないし、その発言を野放しにしていたTwitterの責任も検証するためにも、過去ツイートに人々がアクセスできるようにすべきでしょう。
大事なのは、デマやヘイトを削除していく基準や手順を透明にして、SNSを人権侵害や陰謀論が育つ場にしないことだと思います。
この問題をドラスティックに解決する方法はないし、むしろそういうものを求めることがまたカルト的なものを生み出していくと思います。
例えばポリティカルコレクトネスと言われ、差別をなくすために政治的、社会的に正しい言動を推奨していく動きもまた、行き過ぎれば言葉狩りのようになり、「これが絶対正しい」という意識が強すぎればカルト化し得る要素はあります。
人権派もリベラル派にもカルト化する要素があることは自覚しておいた方がいいと思います。脱原発の運動で「電気か命か」というようなフレーズがありましたが、あれも本来は二者択一できないものを二項対立の形で示す、善悪二元論的な発想だと思いました。
——社会をカルト化させないために、例えば背景にある社会の経済格差などを解決していくことも大切ですか。
江川:カルトとはこういう状況があるから生まれると言うものではなく、どんな社会でも起き得るものでます。社会の経済格差などはカルト化とは別に解決しなければいけない問題です。
被害者意識から出発して陰謀論、他責感情につながっていると言いましたが、どの時点からカルトが生まれるかわからないし、その社会が私たちからすれば理想に近いものでも起き得るでしょう。
どんな社会であっても、人間の悩みや不満はなくすとは思えません。ゼロにするのは無理です。理想を高く持ちすぎず、今の状況を少しでも解決するために、できることを忍耐強くやることが大事ではないでしょうか。
(聞き手・構成、浜田敬子)
江川紹子:1958年生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、神奈川新聞社会部記者を経て、フリージャーナリストに。1995年、菊池寛賞受賞。主な著書に『冤罪の構図』『魂の虜囚』『「カルト」はすぐ隣に』など。