TikTok(ティックトック)と英政府、ロビイングの現場における“駆け引き”の実態が見えてきた。
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- イギリス政府がTikTok(ティックトック)に対し、同国の次期駐中国大使の人選を正式決定前に伝えていたことが明らかになった。同社からの投資を引き込みたい政治的意図が背景にあったものとみられる。
- イギリス政府はTikTok側の担当者に対し、この「極秘」情報を「口外しないよう」頼んだ。
- Business Insiderが入手したメールからは、イギリス政府の高官らが、国家安全保障上の理由から外資への監視を強化する計画が進んでいることについて、TikTok側を安心させようと水面下で動いていたこともわかる。
ショートムービーアプリ大手のTikTokが、イギリスの次期駐中国大使の名前を、最終確定前に「極秘」情報として事前に知らされていたことが、Business Insiderの入手した文書から明らかになった。
該当するやり取りは、情報公開法に基づく開示請求を通じて入手した、TikTokとイギリス政府高官の22ページにわたるメール記録の中に記されている。世界最大級のテック企業と政府高官による駆け引きの一端を垣間見ることのできる滅多にない文書だ。
メールのやり取りは「営業秘密」を保護するため、厳重に編集(マスキング)処理されている。
しかし、確認できる部分からでも、イギリス政府の国際通商省(DfIT)がTikTok UKの幹部に「口外しないよう」求めたうえで、キャロライン・ウィルソンが次の駐北京大使に就任する予定であることを、最終確定する前 —— 正確には、正式発表(2020年6月)の4カ月前 —— に伝えていたことが読みとれる。
メールのやり取りは2020年1〜7月に行われたもの。当時、アメリカのトランプ前大統領がTikTokへの攻撃を強め、中国政府との関係性についての疑念から同国でのアプリ使用禁止に踏み出すおそれが出てきたため、TikTokはグローバル本社のイギリスへの移転を検討していると報じられていた。
2020年7月にBusiness Insiderが情報開示請求を行った際、イギリス政府は一度は拒否したが、同決定の半年後に実施されたレビューを経て、ついに公開に同意した。
「極秘扱いの情報なので、他言無用で」
イギリス政府がTikTokに送った夕食会への招待メール。次期駐中国大使の名前を「極秘(strictly confidential)」で明かしている。
Department for International Trade
2020年2月、国際通商省の貿易・対英投資部門を統括するマイケル・チャールトンは、中国人投資家の集まる夕食会に、TikTokゼネラルマネージャー(イギリス・欧州担当)のリチャード・ウォーターワースを招いた。
チャールトンからのメッセージはTikTok UKのトップロビイスト、エリザベス・カンターに宛てられたもので、(駐北京大使就任予定の)キャロライン・ウィルソンも夕食会に参加すると書かれている。そして、以下のような注意事項が付されている。
「中国側が正式に承認するまで、この人事情報は極秘の扱いで、他言されないようお願いしたい」
このとき、ウォーターワースは招待を断っている。
ファーウェイの「二の舞」はない、と
TikTokの影響力は世界中で、とくに若い世代を中心に拡大を続けている。
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イギリス政府はTikTokのロビイストとの接触をその後も続け、4月27日には両者による次なるミーティングが設定された。
話し合われた内容に言及した部分はマスキングされていて確認できないが、国際通商省の対英投資担当マネージャーから後日送られた(フォローアップの)メールには、国家安全保障と対英投資規制に関する議員立法について説明した政府ウェブサイトのページへのリンクが貼られていた。
この議員立法については、いままさにイギリス議会で議論が行われているところで、国家安全保障を脅かすおそれのあるあらゆる買収・合併について、ビジネス・エネルギー・産業戦略大臣に調査を「求める」権限を与える内容となっている。
イギリス国内の第5世代移動通信(5G)ネットワーク構築について、中国の通信機器大手ファーウェイが安全保障上の理由から排除された(=同社設備の購入禁止措置)のに続く動きだ。
今回開示されたメールのやり取りのなかには、こうした政府の介入が行われるケースは「(実際には)ほとんど考えられない」と、TikTok側に不安を与えないための配慮とみられる記述がある。
「(実際に)政府が介入するケースはほとんどない」などとTikTokへの配慮を見せるイギリス政府側からのメール。
Department for International Trade
同じメールには、イギリス政府は「海外直接投資(=外国企業による経営参加や技術提携などを目的とした投資)が自国にもたらす貢献がいかに重要か、よくわかっている」との記述もある。
イギリスの政府高官はさらに、TikTokに対し「必要なら、(投資規制の)議員立法に関与しているビジネス・エネルギー・産業戦略省の関係官僚を誰でも」紹介するとまで申し出ている。
これに対するTikTokのエリザベス・カンターからの返信は、部分部分がマスキングされて読み取れない。
イギリス政界の大物が続々登場
イギリスの首相官邸(通称ダウニング・ストリート)。写真のように日頃からメディアの姿が目につく。TikTokとの交渉には、政府側から数多くの高官が参加した模様だ。
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4月27日のミーティングから数日後、TikTok側が送ったメールには、同社の公共政策(パブリックポリシー)ディレクターで、トニー・ブレア元首相およびゴードン・ブラウン元首相の顧問を務めたテオ・ベルトラムが、国際通商省と個別に電話で話したがっているとの相談が記載されている。
さらに、5月12日にはビデオ会議が開かれ、当時TikTokのグローバルCEOだった(そして現在も最も影響力のある経営幹部の1人)アレックス・ジュー、2015年から在上海イギリス総領事を務めるジョン・エドワードという「大物」2人が参加した。
メールのやり取りはこのあとも続き、政府高官も続々と登場。国際貿易大臣のエリザベス・トラスや、ボリス・ジョンソン首相の最高戦略顧問を経て現在は首相補佐官代理のエドワード・リスター卿も、CC欄に名を連ねたりする。
6月22日と23日には、2日間で22通ものメールのやり取りが行われた。うち23日には別途電話会議が開かれ、TikTok側からはニューヨークとロンドンの代表が、イギリス政府側からは在上海総領事のジョン・エドワード(前出)を含む、ロンドンと中国の代表が参加している。
イギリス国際貿易省側が提出した5つの議題のうち、3つはマスキング処理されて確認できない。
電話会議の始まる5時間前、TikTokの(ロビイストの)エリザベス・カンターは国際貿易省宛てにこんなメールを送っている。
「まだ決まっていない(マスキング箇所)をはっきりさせたい。今回の電話会議で、(マスキング箇所)が何となくでも見えてくるといい」
「事情をよく承知している、議論に必要な経営幹部が参加する」
しかし、電話会議の開始から90分後、カンターは国際貿易省側にメールを送信。感謝を伝えたうえで、「あまり議論が盛り上がらない」ことを詫び、「もしできることなら、それがいつになるのか教えてもらえたらありがたい」と書いている。
この電話会議の直後の2020年7月、イギリスの日曜紙サンデー・タイムズは、TikTokがイギリスでのグローバル本社設立を断念し、国際貿易省および首相官邸との交渉を打ち切ったと報じた。
TikTokとイギリス国際貿易省にコメントを求めたが、返答はなかった。
(翻訳・編集:川村力)