大統領就任式の前日(1月19日)、地元の米デラウェア州ニューカッスルで演説したバイデン新大統領。
REUTERS/Tom Brenner
1月20日に発足したバイデン新政権の景気対策が、金融市場からの注目を集めている。パリ協定への復帰や対イスラム諸国施策の転換など、他の政策の動向も含めて豊富な論点が出てきている。
大統領就任式に先立つ1月18日、QUICK社と日経ヴェリタスの共同調査(1月12~13日実施)による、バイデン新政権の政策運営全般に関する市場参加者へのアンケート結果が公表された。
非常にタイムリーな調査なので、これを用いて「金融市場はバイデン新政権の何を見ているのか」をあらためてチェックしてみたい。
バイデン氏は「増税派」と警戒されていたが…
【図表1】設問「バイデン新政権で最も注目している政策は?」への回答割合。
出所:QUICK資料より筆者作成
まず、新政権で最も注目する政策については、「財政出動を軸にした景気対策」が42%で最多だった【図表1】。
大統領選挙期間中は「対中国政策」のほうに注目が集まり、それが元(げん)高に寄与していると言われたが、今回の調査では(対中政策は)34%となり、財政出動よりやや注目度が落ちる格好となった。
これはおそらく、アンケート調査期間中の金融市場における重要テーマがちょうど「バイデン新政権の追加財政規模」だったことの影響だろう。財政出動と対中政策の注目度の優劣は、回答結果ほど差はないと筆者は考えている。
むしろ、「バイデン=親中」が自明の前提のように語られている以上、少しでも期待に反する動きが出た場合、元相場への影響を含めて金融市場に大きなショックを与える可能性がある。
なお、「大企業や富裕層を対象にした増税策」という回答は、今回調査ではかなり数字を落として13%にとどまった。民主党候補者を決定するプロセスで、バイデン新大統領はもともと「増税の人」として警戒されており、「勝つことはないだろうが、勝った場合、株価は大暴落」という見方が多かった。
多くの市場参加者は「この状況での増税はない」と高をくくっているかもしれないが、株高が市場ムードをけん引する現状を考えると、キャピタルゲイン(=有価証券の譲渡による所得)課税を含む新政権の増税策は、株買いの天敵と考えて差し支えない。
そういう意味で、バイデン新政権の増税路線の趨勢は、市場の先行きに直結する問題として、13%という回答割合以上に注目だと考えたい。
為替市場の「実勢容認」との見方が多数派
調査では「バイデン新政権の為替政策をどう見る?」という質問も行われた。
【図表2】設問「バイデン新政権の為替政策をどうみる?」への回答割合。
出所:QUICK資料より筆者作成
伝統的に為替市場では「米民主党政権ではドル安・円高を警戒」との巷説が根強く、今回も似たような言説が飛び交っている。そんななかで行われた調査の結果は、「市場実勢の容認」との回答割合が68%と圧倒多数を占めた【図表2】。
この点について、市場参加者は冷静に見ていることが分かる。筆者も同感だ。
クリントン政権(民主党)で経験した貿易摩擦のように、苦々しい対日政策の記憶は残っているものの、それは当時日本の存在が脅威だったからこその政策対応でもあった。
いまや日本の貿易収支は対米黒字こそ維持しつつも、国全体としては均衡ないし貿易赤字も珍しくなくなっている。「不当な為替政策や関税・非関税障壁を通じて日本製品が世界市場を席巻している」といった状況はすでに過去のもので、アメリカが日本をターゲットに厳格な通商政策を強いてくる理由は見当たらない。
仮にそのような動きがあるとしたら、その相手は中国だ。政治・外交はもとより、人民元相場にバイデン新政権がどのような関心を示すかは、やはり注目せざるを得ない。
とはいえ、上の「為替政策をどう見るか」という質問に対しては、多数派の実勢容認に続き、26%が「ドル安政策」、6%が「ドル高(強いドル)政策」と回答しており、何かバイアスがあればドル安に向かう、との警戒感があることは確かだ。
この点、バイデン新政権の閣僚では、イエレン財務長官(前連邦準備制度理事会[FRB]議長)の情報発信が耳目を集めることだろう。
金融政策は納得の「現状支持」
では、為替政策と関連が深い金融政策はどうか。
当然、為替政策と金融政策の方向性は一致するしかないわけだが、調査結果を見る限り、その実情は理解されているようだ。
【図表3】設問「バイデン新政権のFRBの金融政策に対するスタンスは?」への回答割合。
出所:QUICK資料より筆者作成
政府とFRBの関係性については、「現状の金融緩和政策を支持」が52%、「独立性を尊重しFRBの政策運営を見守る」が40%という回答割合だった【図表3】。要するに、ほぼすべての回答者が、金融政策運営の現状維持を予想していると見受けられる。
もっとも、今回のアンケート調査では言及されていないが、2022年に到来する次期FRB議長人事が近づけば、バイデン政権とFRBの関係性はあらためて注目されるだろう。
財務長官の最有力候補とされながら、今回の組閣では抜擢(ばってき)が見送られたブレイナードFRB理事の名前がすでに取り沙汰されているが、筆者の感覚では、あまりにも早くから名前があがり過ぎているようにも感じる。
「ドルの過剰感」は引き続き大きな論点
上記のような理解のもと、市場参加者はドル/円相場やユーロ/ドル相場の先行きにどのような思惑を抱いているのか。
【図表4】設問「バイデン新政権下でのドル/円の見通しは?」への回答割合。
出所:QUICK資料より筆者作成
ドル/円相場については、「2~3%程度の小幅な円高」が24%、「あまり動かない」が29%、「2~3%程度の小幅な円安」が34%と回答状況が割れた。とはいえ、大枠として政権が代わってもドル/円の「小動き」は変わらないという、一種の諦観が2021年も強そうなことがうかがえた【図表4】。
ユーロ/ドル相場についても似たような回答割合が確認されており、上述した為替・金融政策への調査結果が示すように、政権交代と為替市場の動きをリンクさせて考える市場参加者は多くないという事実を読み取るべきかもしれない。
こうした具体的な通貨ペアへの影響度を考えるよりも、やはり「ドルの過剰感」を通じたドル相場全体の沈み込みがどの程度のものになるのかを考えたほうがいいだろう。
すでに多くのメディアが報じているように、バイデン新政権は総額1兆9000億ドル(約200兆円)の経済対策を発表し、まずは家計支援を意識した民主党らしい第1弾の政策パッケージを公表している。
1兆9000億ドルはアメリカの名目GDP(約20兆ドル)の約9.5%に相当し、2020年の財政赤字(約3兆7000億ドル)のおおむね半分となる。数字だけの話をすれば、前年比では「ドルの過剰感」が薄れるとも言えるので、ドル相場に与える影響も上昇(ドル高)方向が想定される、というのが筆者の基本認識だ。
【図表5】アメリカの財政赤字とドル相場。
出所:Macrobond/IMF/The White House資料より筆者作成
もっとも、過去の経験則を踏まえれば、当該年度の財政赤字の増減がビビッドにドル相場の動きを規定するとは限らず、タイムラグを伴って効果が現れる可能性も否めない【図表5】。
また、新型コロナの感染拡大状況に応じて、景気対策は今後も断続的に拡充を迫られるだろうから、それにしたがって「ドルの過剰感」も高まるはずだ。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文:唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。