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【現地ルポ】厳戒態勢の就任式「ゴーストタウン」首都ワシントンで感じた「アメリカの危機」

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アメリカ第46代大統領に就任したバイデン氏。就任式では「結束」という言葉を強調した。

REUTERS/Brendan McDermid

「正午の教会の鐘よ。バイデンが就任宣誓をしているはず」

ある女性がそう叫ぶと、近くの人々が一斉にスマートフォンでビデオを見始めた。宣誓そのものは正午(米東部時間)より2分前に終わり、バイデン新大統領がすでに演説を始めていた。

教会の鐘はベートーベンの「歓喜の歌」を長々と鳴らし、人々はスマートフォンから流れるバイデンの言葉に大きくうなずいたり、「イェス!」と叫んだりしていた。

ただ、筆者が訪れた現地、つまり就任式を見守る一般市民のために設けられた唯一の検問所に並んでいたバイデン支援者の数は、わずか100人ほどだった

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一般市民向けの唯一の検問所前に並ぶバイデン支持者たち。

撮影:津山恵子

2009年に行われたオバマ元大統領の就任式の際は、当日の地下鉄(ワシントン首都圏)の利用回数が110万回、2017年のトランプ前大統領の際は57万回。

つまり、それらの利用回数をはるかに超えるたくさんの支持者たちがワシントンに集まり、複数設けられた検問所から、就任式が行われる連邦議会議事堂(キャピトル・ヒル)前のナショナル・モール国立公園になだれ込んだ。

それが今回は、検問所がたった1つで、集まったのもわずかに100人だ。検問所以外の通りにはバリケードが張り巡らされ、歩いているのはホームレスか、たまに横切る大きなカメラを提げた報道陣くらい。まるでゴーストタウンだ

バイデン陣営はそもそも、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、就任式や恒例のパレードを見るために首都ワシントンに来ないよう、あらかじめ支援者に要請していた。

さらに、就任式2週間前の1月6日、トランプ支持者らが上下両院合同会議を開催中の議事堂に乱入したため、その直後からワシントンのダウンタウンは厳戒態勢に入った。

就任式に向けて各州から派遣された州兵の数は約2万5000人にのぼる。この数は、現在イラクとアフガニスタンに駐留する兵士の3倍に匹敵する。

この目で見たゴーストタウンの姿

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フルのプロテクターや盾を持つ州兵ら。武装したトランプ支持者との衝突に備えていた。

撮影:津山恵子

筆者がワシントン入りした1月17日には、黒ずくめの首都警察官や迷彩服の州兵が交差点ごとに数人ずつ立ち、議事堂の周りでは日々、フェンスやバリケードの壁が広がっていった。そうやって立ち入り禁止エリアが拡大することで、ゴーストタウンの面積も徐々に増していった。

議事堂からホワイトハウスまで、新大統領のパレードが通ることで有名なペンシルベニア・アベニューは、通常であれば就任式の前日から大勢の観光客がパレードに思いを馳せつつ練り歩き、にぎわう。

ダウンタウンには新大統領のTシャツやバッジを売るテントが立ち並び、レストランは混み合い、石造りの建物の前には星条旗がはためく。

アメリカ合衆国憲法に1月20日と定められた大統領就任式の日は、そんなふうに盛り上がるのが常だ。しかし、今年はそうした風景はまったく見られない。

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連邦議会議事堂に最も接近して見られる地点の1つ。報道陣が集まっていた。

撮影:津山恵子

巨大な特設スクリーンの前で、多くの市民が就任式の「目撃者」になることができるナショナル・モールも、今回は閉鎖された。

米連邦捜査局(FBI)は首都ワシントンと50州の州都で、武装市民による攻撃に対する警戒を呼びかけた。新型コロナ感染のおそれに加え、自分や家族の身の危険を感じたバイデン支援者の多くは、ワシントンまで脚を運ぶのをあきらめた。

厳戒態勢を承知で首都までやって来た人たち

そんななか、無理を押してワシントンにやって来たのは、いったいどんな人たちなのか。強者(つわもの)たちに話を聞きたくて、筆者も唯一の検問所前に4時間並び、同じ時間に列を作っていた人たちに声をかけてみた。

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「何か行動を起こしたい」と首都ワシントンを訪れたジョー・オビマさん。トランプ時代は「失望と諦めの4年だった」と振り返る。

撮影:津山恵子

首都ワシントンに隣接するメリーランド州ボルチモアから来た若い黒人フォトグラファー、ジョー・オビマさんは、トランプ前政権下で人種差別主義が広がっていく現実から目を背けていたが、自分も何か活動を広げなければいけないと感じてここに来たという。

「失望しているばかりでなく、自分で何かをすることが必要だと思った。だから今日ここに来て、バイデンを支援する人々の姿を見て、それを撮った。いい1日になったと思う」(オビマさん)

また、

「私たちは民主主義を取り戻したい。軽い気持ちで言っているわけではないのよ」

と諭(さと)すようにマスクの上の目を見開きながら語ったのは、人工中絶手術や性教育のサービスを提供する非営利法人(NPO)「プランド・ペアレントフッド(Planned Parenthood)」幹部のテリー・ピケンズさん。

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娘と息子を連れてきたテリー・ピケンズさん。「(次は)女性大統領誕生が待ちきれない」とも言う。

撮影:津山恵子

北西部にあるアイダホ州からはるばるやって来た。

「娘のため、女性の権利のため、そして同性愛者や人種的マイノリティのために、真の自由が必要。バイデンの勝利が確定した瞬間、就任式をこの目で見ようと航空券を予約したの」(ピケンズさん)

首都在住の弁護士ジョシュア・ヘンソンさんは、ジョンソン元大統領の就任パレード(1964年)にボーイスカウトとして参加して以来、すべての就任式をナショナル・モールやペンシルベニア・アベニューで見てきたという。

「こんな形でワシントンを閉鎖する必要はなかった。民衆のなかには、悪いことをする腐ったリンゴ(のような人)もいるものだ。市民の反応が極端に、感情的になり過ぎていないだろうか」

ヘンソンさんはそう疑問を口にした。

「唯一の検問所」その先で見た想像を絶する光景

さまざまな人に話を聞きながら数時間並んで待った後、筆者と彼らが見せられた光景は、想像を絶するものだった。

通常は複数あるが今回は唯一の検問所と聞いたので、仮に就任式やパレードに間に合わなくても、1ブロック先にあるペンシルベニア・アベニューを自由に行き来し、白く美しい議事堂の近くまで行くことくらいはできるだろうと思っていた。

ところが、一緒に並んでいた人たちと笑顔で金属探知機をくぐり抜けた先に見えたのは、ペンシルベニア・アベニューまでに広がる100メートル四方ほどのわずかな空間だった。

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4時間以上待って入れたのがこの空間。突き当たりがペンシルベニア・アベニューで、通常であれば地方議員らが招待されて座るひな壇などが設けられる場所だ。

撮影:津山恵子

4時間も待たされたのは、厳戒態勢のなかで所持品の検査が厳しかったからではなく、コロナ対策でそのわずかな空間に入れるのは25人が限度、という理由だった。

検問所を抜けてから3時間、いつまで待ってもパレードのやって来ないペンシルベニア・アベニューをただひたすら眺め続けていた年配の黒人女性、パトリシア・フォブスさんは、南部のルイジアナ州ニューオーリンズから1人で来た。

「黒人初の女性副大統領、カマラ・ハリスを支援するために、1人でお金を貯めてここに来た。彼女の姿は見られなかったけど、歴史的瞬間の一部になりたかった」

と、フォブスさんは笑顔を浮かべた。

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バイデン新大統領と「グータッチ」する、カマラ・ハリス新副大統領(右)。黒人の女性副大統領は初めてだ。

REUTERS/Brendan McDermid

これですべてが終わったわけではない

テレビのニュースやSNSにあふれるコメントは、多くが新大統領の誕生を歓迎している。テレビに出演した識者たちは、「ノーマル」「ディーセント(礼儀正しい)」「オネスト(正直な)」といった言葉をしきりに使う。

しかし、ゴーストタウンに集まったわずかな人たちと迎えた、虚しい就任式の時間を思い出すと、トランプ前大統領がアメリカ社会に与えたダメージの大きさが身に沁みて感じられ、素直に喜ぶ気にはなれない。

「ノーマル」であることを噛みしめて喜ぶ、それは異常な現象だ

約2万5000人の州兵は、就任式が無事に終わって万々歳とばかり、各州に帰還できるわけではない。首都ワシントン、連邦議会議事堂を含めた主要な建築物を警備するため、当面滞在する計画だという。

バイデン新政権の「敵」は、新型コロナウイルスとそれによって打撃を受けた経済だけではない。

トランプ支持者や武装市民が、いつどこで何かを破壊したり、上下院議員など要人を襲撃したりするかもしれない。アメリカの明日は、そうした安全保障上の危機と隣り合わせの状態が続く。

そして、アメリカ社会の中に内包されたより深い危険を警戒しながらの市民生活は、いつまで続くのか想像もつかない。

(文:津山恵子


津山恵子(つやま・けいこ):ジャーナリスト、元共同通信社記者。ニューヨーク在住。2007年から独立し、主にアエラに、米社会、政治、ビジネスについて執筆。近著は『教育超格差大国アメリカ』『現代アメリカ政治とメディア』(共著)。メディアだけでなく、ご近所や友人との話を行間に、アメリカの空気を伝えるスタイルを好む。

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