ANAとJALが社員を他社に出向させる狙いは何なのか?
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航空業界が新型コロナウイルスの影響に苦しんでいる。
国際線利用者の急減は言うに及ばず、政府の観光需要喚起政策「GoToトラベル」により一時回復した国内線需要の先行きも不透明だ。
全日本空輸(ANA)も日本航空(JAL)も、2020年3月期上期(4〜9月)の売上高は前年同期比でそれぞれ25%、26%と、4分の1ほどに落ち込み、結果としてANAが2777億円、JALが2247億円の営業損失を出している(詳細は後述)。
苦境からの出口が見当たらない両社は、“苦肉の策”ともいえるコスト削減策として、「社員のグループ外への出向」を打ち出した。
家電量販大手のノジマや通信大手KDDIなどの民間企業、さらには佐賀県、山口県といった地方自治体までもが、ANA・JAL社員の受け入れを表明している。
ただし、両社の置かれた状況は全く異なる。
ANAは2016年、戦後長らく「フラッグキャリア」(国を代表する航空会社)の座を占めたJALを、国内国際両線の旅客数で上回り、名実ともに日本を代表する航空会社となった後も、投資の手を緩めず拡大路線を推進してきた。
一方のJALは、2010年1月に2兆3200億円という巨額の負債を抱えて経営破たんした際、3500億円もの公的資金注入を受けた経緯から、現在に至るまで投資抑制を続け、「緩やかな路線拡大」(赤坂祐二社長)を志向している。
そんな経営方針の全く異なる両社が、なぜいま一様に(資本関係もない)グループ外の企業や組織に社員を出向させるのか?
そして、こうしたコスト削減を主な狙いとした雇用調整策は、本当に有効な手段と言えるのだろうか?
ANAとJALの「費用構造」を見てみる
【図表】両社の決算報告書を基に筆者が作成。
まずは、上の【図表】を見てほしい。ANAとJALそれぞれについて、2019年3月期と2020年3月期の上期(4〜9月)の損益計算書を比較したものだ(以下、2019年と2020年の数字を比べる際は、決算年度の上半期=4〜9月を対象とする)。
コロナ感染拡大の影響を受けていない2019年3月期上期(4〜9月)にかかった「費用」の「売上高」に対する比率で、航空大手2社のコスト構造を見てみよう。
・燃油費及び燃料税 ANA 18%:JAL 17%
・機材費 ANA 16%(機材貸借(リース)費と減価償却費を合算):JAL 8%
・空港施設使用料 ANA 7%:JAL 6%
・人件費 ANA 11%:JAL 20%
・整備費 ANA 9%:JAL 5%
両社は費用計上の方法が異なるため、同一条件での比較ではないことをご理解いただきたい。
「固定費」と「変動費」の差に注目
航空業界は新型コロナの影響で大きく売り上げを落としている。
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次に、2019年と2020年の数字を比較すると、売り上げの落ち込みに応じて費用(の内訳)がどのように変化したか、さらにはそれぞれの費用が「固定費」なのか「変動費」なのか、はっきりと見えてくる。
例えば、燃油費・空港施設使用料・整備費は両社とも大きく減少しているが、機材費にはあまり変化がない。したがって、前者は変動費、後者は固定費と分類していいだろう。
ただ、よく見ると、大きな変動があったとはいえ、燃油費・空港施設使用料・整備費は売上高の減少率(両社ともマイナス75%前後)ほどには減少していない。なぜだろうか。
燃油費などは、乗客の多寡にかかわらず、旅客機を飛ばせば必ずかかる費用だ。その性格から考えて、運航距離や回数に連動して増減することは容易に想像がつく。
【図表】の最下段にある利用率(=乗客の搭乗率)を見ると、ANAは77%から24%に、JALも85%から35%へと大きく低下している。
乗客はコロナ禍で従来の半分以下に減ったことになるが、だからといって、それに合わせて全路線の便数を削減することは当然できない。だから、燃油費・空港施設使用料・整備費は(減便の影響は一定程度まであるものの)売上高の落ち込みほどには減らないわけだ(ANAの燃油費が25%まで減った理由は現時点では不明)。
機体にかかる費用は「固定費」
航空業界の固定費は高い。
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今回のように売上高が減少したとき、固定費を下げられなければ(=損益分岐点を下げなければ)、赤字に陥る可能性が高まる。
1機100億円規模の航空機を数百機単位で保有する航空会社は、固定費の高い業種に分類される。
【図表】に戻ると、ANAでは(リース代金に相当する)「航空機材賃借費」と(自社で機体を所有した場合に生じる)「減価償却費」の一部、JALでは「機材費」が、それぞれ航空機の費用に相当する。
これらについて、2019年と2020年の数字を比べてみると、ANAでは航空機材貸借費82%・減価償却費105%、JALでは機材費105%となっている。
運航便数の減少に応じて機体を転売するのは現実的な選択肢ではなく、結果として両社とも固定費を削減できていないことがわかる(なお、リースしている機体は条件によっては解約可能だが、自社で所有する場合よりコストが割高になる)。
さて「人件費」は固定費?それとも変動費?
高い人件費が、経営を圧迫している。
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高価な航空機を抱え込む航空会社が、固定費の高い企業に分類され、その削減が簡単ではないことを前節で確認した。一方で、多数の社員を抱える企業も固定費が高い傾向にあり、航空会社はこれにも該当する。
航空機と同じく、社員も急には削減できない。だから、企業は有期雇用のパートや派遣社員を活用する。時間単価を削減する目的もあるが、人件費を「変動費化」することにより、損益分岐点を引き下げる狙いも大きい。
航空会社の社員は3分の1がスタッフ部門の総合職、3分の2がパイロットや客室乗務員だ。前者はほぼ固定給だが、後者は基本給と乗務に応じた給与の二本立てになっていて、客室乗務員については基本給のない派遣契約の場合もある。
2019年と2020年の人件費を比較してみると、ANAは78%、JALは87%となっている。両社の差は、JALのパイロットや客室乗務員の基本給部分が高い(=乗務回数に関わらず保証された給与が高い)ことを示す。JAL経営破たんの一因となった高待遇の名残りだろう。
出向は「苦肉の策」
撮影:今村拓馬
経営側から見れば、不況時に簡単に削減できない固定費としての人件費は、なるべく変動費化を進めておきたい。しかし、これは社員をいかに待遇するかという企業の姿勢が問われる根本的な問題であり、一朝一夕には進まない。
実際、2024年には需要が回復するという国際航空運送協会(IATA)の見通しもあり、足元の状況が苦しいことだけを理由に解雇に踏み切る選択肢は、現実的とは言えない。
景気回復後に再雇用して教育し直す費用も馬鹿にならない。そもそも、日本では業績不振による解雇は困難だ。
そこで考え出された“苦肉の策”が、地方自治体や家電量販店など民間企業への出向だ。人件費を一時的に出向先に負担してもらうことで、経営コストを抑えられる。
航空事業以外にほとんど使いみちのない飛行機と違って、人材は変化に柔軟に対応できるため、コロナの影響をあまり受けない職場に(言い方は悪いが)「転用」できる可能性がある。
古くは1980年代の鉄鋼不況時に、トヨタ自動車工業が新日本製鐵(いずれも当時の社名、現在のトヨタ自動車と日本製鉄)からの出向を受け入れたように、“困ったときはお互い様”とも言うべきこの取り組みは、日本では珍しいことではない。
これは、業績回復時の再雇用を前提にした一時解雇(レイオフ)が可能なアメリカではあり得ないことだ。
出向とは「雇用を維持したまま、雇用主が従業員(被雇用者)の働き口を探すこと」だ。一時解雇が不可能な日本において、この出向という手法を用いて費用を抑えようとする雇用主の行動は、ひとまず合理的と言える。
出向に「経済合理性」はあるのか
社員の出向が、経営改善の決定打になるとは考えにくい。
撮影:今村拓馬
それにしても、資本関係や日頃からの取引関係もない企業からの出向を受け入れる側にとって、果たして経済合理性はあるのだろうか。
アメリカだと「(出向を受け入れておくことで)いずれ何かの形で返ってくる」という曖昧(あいまい)な説明では、納税者や株主が黙っていないだろう。
機体や人材のような固定費を急に削減できないことは繰り返し述べてきた通りだが、一方で、急に増やすのもまた容易ではない。機体を運航するには人材が必要であり、人材を増やすには採用と教育が必要だからだ。もちろんそのための費用も準備しなくてはならない。
両社とも500人規模の出向が報じられており、ニュースでそうした数字を見聞きするだけだと、文字通り“苦肉の策”という感じがしてくる。
だが実は、これだけの規模の出向を行っても、総額で年間50億円程度のコスト削減にしかならず、例えば、今期中にANAが目指す1500億円のコスト削減にはほど遠いのが現実だ。
両社はさらに、運航便数の削減や整備の内製化による変動費の削減、(前述したように簡単ではないが)機体数の削減などによる固定費の削減、投資の抑制などを積み上げていかなければならない。
ANAにはさらなる悪条件が重なる。
有利子負債の額はANAの1兆3155億円(2020年3月期第2四半期決算報告書)に対して、JALは5012億円(同)と半分以下。つまり、ANAはJALとの負債額差8000億円の金利も負担しなければならない。
冒頭で触れたように、国際線利用者数で首位を奪取した後もアグレッシブな投資を続けた結果、ANAの有利子負債が増加したのは事実だ。予期せぬ感染症の影響でその計画に狂いが生じたことをもって、投資の是非を問うのは酷だろう。
一方、JALの有利子負債が少ないのは、必ずしも自助努力の成果だけではない。2010年1月の経営破たん時に5200億円超の債権放棄を受けたことを忘れてはならない。
こうした両社のコントラストは歴史的経緯が生み出した面も強く、ANAの投資戦略について本稿で筆者からどうこう言うつもりはない。
何にせよ、「グループ外への出向」というあまり親しみのない雇用調整の手法が、衆目を集めるのは仕方ないこととしても、出向自体が両社の経営改善の決定打になるかというと、その注目度ほどの効果はない、というのが結論だ。
(文・上野善信)
上野善信(うえの・よしのぶ):金沢工業大学虎ノ門大学院教授。新日本製鐵株式会社にて製造系・流通系のシステム導入、i2テクノロジーズ社製ソフトウェアによるSCM導入コンサルティングに従事。アサガミ株式会社(倉庫・物流・印刷業)取締役、PwC PRTM(戦略・SCM・R&Dコンサルティング)ディレクター、キャップジェミニジャパン(ITコンサルティング)代表取締役などを歴任。東京大学工学部卒、UCバークレー工学部大学院・MIT経営大学院修了、東京大学工学系研究科技術経営戦略学専攻修了(博士工学)。