東京に本社を構える大手広告代理店の電通は現在、海外事業の大規模な組織再編を行っている。これを受けて、同社にとって最大のマーケットである北米では、数千人規模で人員整理が行われたと同時に、複数の重要人物の昇進が決まった。
Insiderは、今回の再編に伴って新たな権限と責務を手にした幹部12人を特定した。この再編で電通は、パフォーマンス・マーケティング会社マークル(Merkle)を中心にした方向へシフトすることになる。
電通は世界屈指の広告代理店だ。グループ傘下にはカラ(Carat)や電通マクギャリー・ボウエン(Dentsu mcgarrybowen)などのエージェンシーを持ち、クライアントにはマイクロソフト、デル、サブウェイ、ディズニー、P&Gなどが名を連ねる。
しかし競合の英WPPや米オムニコム、仏ピュブリシス同様、電通は従来的な放送広告を基盤にしていた時代からデジタル時代へ移行するにあたり、大きな課題に直面している。
北米の新組織は、メディア、クリエイティブ、CRM(顧客関係管理)の取扱業務とエージェンシー・ブランド7社を中心に構築されているが、詳細はまだほとんど分かっていない。しかしここで取り上げた幹部の中には、オンライン上の役職名をすでに更新した人もいる。
本稿では、電通従業員および元従業員の話をもとに、未発表の昇進情報を紹介する。なお電通は、コメントを差し控えるとしている。
マイケル・コマシンスキー(マークル / アメリカズ・プレジデント、アメリカCRMプラクティス・リード)
Merkle
データ中心のパフォーマンス・マーケティングを行うマークルは、いまや電通のグローバル戦略の中心的存在だ。マイケル・コマシンスキーは、電通最大のマーケットで屈指の影響力を持つ幹部となった。
コマシンスキーは、マークルのヨーロッパ・中東・アフリカ地域で、直近のプレジデントを含む幹部職を歴任。その後ニューヨークへ移り、マークルを含むエージェンシー14社の米CRM業務を指揮した。
マークルは今後2年で電通の全CRMブランドを吸収するため、コマシンスキーの役割は特に重要となる。Insiderが確認した内部資料によると、吸収されるCRMには、エンターテインメント分野を中心にメディアバイイング(広告枠の買い付け)およびターゲティングを行うエージェンシーのメディア・ストーム、エクスペリエンス・デザイン会社フィルター、さらには360iのCRM業務などが含まれる。
マークルの影響力が増していることを示す事例の1つに、マークルが電通の他エージェンシーから人材を受け入れるようになった点がある。例えば、アイソバーでグローバル・プレジデントだったマーティン・ボシネックは、マークルの北欧事業でCEOに就任している。
ジャッキー・ケリー(電通アメリカズ / CEO)
Slaven Vlasic/Getty Images
ジャッキー・ケリーは、広告エージェンシーや、ブルームバーグ・メディア、マーサ・スチュワート・リビング、USAトゥデイといったメディア・コングロマリットで長年経験を培った後、2019年前半にプレジデントおよび最高顧客責任者として電通に加わった。
その後すぐにアメリカズCEOに昇進。最近では、電通インターナショナルのウェンディ・クラークCEOのもと、新型コロナウイルスのパンデミックや電通の海外事業再編の中、南北アメリカ事業を指揮している。
関係筋によると、従業員との社内タウンホール・ミーティングや質疑応答はクラークが出席したが、今回の大規模再編にあたっては、ケリーが電通側の顏として対応している。
ある元幹部は、ケリーをアリアナ・ハフィントンのような起業家に例える。また、里親制度に関する慈善活動を引き合いに出し、「ジャッキーを悪く言える人などいない」とも述べている。
ジェフ・グリーンスプーン (電通ソリューションズ・グループ / アメリカズ・プレジデント、電通カナダ / CEO)
Dentsu
組織再編の一環として、電通は新たにソリューション・グループを立ち上げた。複数のサービスを提供している、ユナイテッド航空やサブウェイといった企業に対する、エージェンシー業務をまとめる小規模チームだ。
これまでこのチーム(メディア、クリエイティブ、CRMの全3分野にわたる)はリーダー不在だった。だが2020年末、ジェフ・グリーンスプーンはそれらを組織化し、電通の最重要クライアント数社を直接担当するため、南北アメリカ全体のソリューション・グループを率いるプレジデントに就任した。
この役職に昇進する前、グリーンスプーンはデジタル・エクスペリエンス・デザイン企業アイソバーのカナダCEOを数年務めた後、電通カナダを指揮していた。
アイダ・レズヴァニ(電通アメリカズ / 最高顧客責任者)
ソリューション・グループ刷新の一環として、アイダ・レズヴァニがアメリカズ最高顧客責任者に就任した。ジェフ・グリーンスプーンが直属の上司となる。
レズヴァニのチームは、サブウェイやユナイテッド航空といった主要クライアントに対し、メディア、クリエイティブ、CRM業務を取りまとめる。ある元幹部によると、CMOなどの意思決定者と直接やり取りするコーポレート・リーダーシップを強化することで、取引拡大を目指す計画だ。レズヴァニは過去に、競合のWPPで類似の役職に就いており、インターコンチネンタル・ホテルズ・グループを担当するチームを共同責任者として率いていた。
関係筋によると、レズヴァニは意欲旺盛な幹部だ。再編後の電通のリーダーシップの形が明確化してきたここ数カ月の間に、ジャッキー・ケリーとの距離を縮めたという。
電通は2020年前半に電通マクギャリー・ボウエンを設立したが、レズヴァニはマクギャリー・ボウエンの本拠地ニューヨークで、アメリカ事業の事実上のリーダーといえるプレジデントを務めていた。
メンノ・クライン(電通アメリカズ / チーフ・クリエイティブ・オフィサー、360i / チーフ・クリエイティブ・オフィサー)
360i
メンノ・クラインは、360iのチーフ・クリエイティブ・オフィサーを3年半務めた後、今回の再編で、北米の全クリエイティブ・エージェンシーを取りまとめる役に昇進した。360iが制作したHBOのSFドラマ『ウエストワールド』の広告キャンペーンで実績を挙げた点が評価された(アマゾン・アレクサを使ったオーディオ広告で、世界的な広告イベント「カンヌライオンズ」で2019年にグランプリを受賞)。
ある元電通幹部によると、今後はジョン・デュピュイがアメリカのクリエイティブ・エージェンシー・ネットワークの事業面を担当し、クラインは各オフィスのエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターと連携する。
電通ではここ数カ月で、要職にあったチーフ・クリエイティブ・オフィサーが複数退任している。しかし後継者は採用しないと見られており、クラインとデュピュイの権限が拡大する見込みだ。
再編後の電通は、メディアバイイング・エージェンシーのカラやアイプロスペクト、データ分析やパフォーマンス・マーケティングを行うマークルに軸足を置く。
しかしコカ・コーラ(2020年末に広告パートナーの見直しを発表)のような大手企業をクライアントとして勝ち取るには、クリエイティブ面の強化が必要であり、クラインはこの点でさらに存在感を強める見込みだ。
ダグ・レイ(電通アメリカズ / チーフ・プロダクト・オフィサー)
Dentsu
これもまた、重要な人事異動だ。長年メディア業界で重役を歴任してきたダグ・レイが、電通アメリカズ初のチーフ・プロダクト・オフィサーに就任した。
関係筋によると、レイは広告ターゲティング・プラットフォーム「M1」など、電通ならではのサービスを販売促進する責任者となる。レイは、2017年にM1の立ち上げを牽引した人物でもある。
レイの当面の目標は、M1をはじめとするツールを新規事業に取り入れつつ、積極的に営業することなく、電通のクライアントとの関係を3つの事業部門(メディア、クリエイティブ、CRM)全体で拡充させることだ。
レイは以前、カラでグローバル・プレジデントやアメリカCEOなど要職を歴任。その後、在米の電通メディア・ブランドすべてを指揮していたが、今回のレイの昇進に伴い、今後は360iのダグ・ローゼンが引き継ぐことになる。
ダグ・ローゼン(電通 / USメディア・プラクティス・リード、360i / チーフ・メディア・オフィサー)
360i
ダグ・ローゼンは、ダグ・レイの後任として電通のアメリカ事業メディア部門を率いる。カラやアイプロスペクト、さらには新ブランドの電通X(360iが母体)といったエージェンシーの責任を担う、非常に重要な役割だ。
ローゼンは、チーフ・メディア・オフィサーの役職を維持しつつ、アメリカではまだあまり知られていない電通Xの拡大を目指す。
関係筋によると、他の幹部を抑えてローゼンが昇進した理由は、2020年にクローガー(大手スーパーマーケット)やマコーミック(スパイス・メーカー)など、大手クライアントを獲得した実績が大きい。
電通の最終的な目標は、メディア事業を世界規模に成長させること。ローゼンはそのアメリカ事業を率いることになる。ローゼンの配下には、マイケル・ロウやカラのアンジェラ・スティール、アイプロスペクトのジェレミー・コーンフェルトといった主要幹部が名を連ねる。
マイケル・ロウ(アンプリファイ / USプレジデント)
マイケル・ロウは、電通のクライアント向けにデジタル・メディア投資を担うアンプリファイを率いている。電通の組織再編後もロウの役職に変更はないが、電通のエージェンシー統合を受けて、アンプリファイは(そしてそれに伴いロウも)、より多くの責任を担うことになる。
一例を挙げると、競合の広告会社ピュブリシスが、電通のOOH広告事業であるポスタースコープと折半出資した合弁会社との、27年におよぶ提携を解消した。これまでピュブリシスは、クライアント用の屋外広告にはこの合弁会社を通じて購入を行っていた。ポスタースコープは今後、プログラマティックバイイングと有料ソーシャル・メディア広告バイイングに注力していたアンプリファイに統合されることになる。
関係筋によるとロウは、アマゾンに特化した複数の電通エージェンシーからできた部門、セルウィンも率いることになる。
アンジェラ・スティール(カラ / アメリカCEO)
Carat
アンジェラ・スティールも今回の組織再編による役職の変更はない。しかし電通内でのカラの影響力はさらに高まった。事業別に見るとメディアは電通最大の売上を誇り、アメリカのカラは、電通最大のマーケットにして最大のエージェンシーだ。
関係筋によると、電通幹部は、マークルに次いでカラに高い信頼を寄せている。Insiderが確認した内部資料によると、カラは今後、投資部門のアンプリファイや制作会社ストーリー・ラブ、さらには電通Xの広告事業やアイプロスペクトのアドテック事業といった主要事業を吸収する予定だ。
スティールは2020年1月にCEOに就任。過去にはゼネラル・モーターズ(GM)を担当し、カラでアメリカ最高戦略責任者を務めた。
ジェレミー・コーンフェルト(アイプロスペクト / アメリカCEO)
電通の組織再編で生き残る数少ないメディアエージェンシー・ブランドの1つに、アイプロスペクトがある。ジェレミー・コーンフェルトはそのCEOとして、電通の最重要マーケットであるアメリカ市場におけるデジタルメディアバイイングの大部分の責任を担う。
コーンフェルトのクライアントにはGM、P&G、ヒルトンなどが名を連ねており、コーンフェルトは、電通のD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)やスタートアップ市場の強化を目指す。
Insiderは2020年12月、電通がパフォーマンス・マーケティングに注力したネットワークを構築すると報じ、電通は2021年1月中旬にこれを認めている。電通はデジタル・メディアに特化したエージェンシー、ビジウム(Vizeum)をアイプロスペクトと統合させ、グローバル・プレジデントであるアマンダ・モリッセイに指揮を任せる。
Insiderが確認した内部資料によると、アイプロスペクトは他に、電通が2019年に取得したエージェンシー、ミュートシックス(D2Cのスタートアップ企業のFacebook広告出稿支援に特化)も、アーンアウトの支払い後に吸収する。
コーンフェルトは電通勤続20年になるベテランで、2019年前半にアイプロスペクトのアメリカCEOに就任。今回の再編では、責務が拡大することになる。360iのダグ・ローゼンや電通のアンジェラ・スティールとともに、コーンフェルトはメディア業務側3人の1人として、アメリカ事業の責任を担う。
ローレル・フラット(電通クリエイティブ・ウエスト / プレジデント、電通マクギャリー・ボウエン[シカゴ] / プレジデント)
Dentsumcgarrybowen
組織再編の一環として、電通はアメリカの広告事業のうちクリエイティブ部門(電通マクギャリー・ボウエン、アイソバー、360iなど)をイーストとウエストに分割した。
ウエスト部門の責任者には、シカゴにある電通マクギャリー・ボウエン本社を成長させた実績を買われ、ローレル・フラットが抜擢された。フラットは2009年、クライアントのディズニー・パーク・アンド・リゾーツの担当として入社。以来10年強、評判は非常に高く、ゴードン・ボーエンやジョン・デュピュイなどの同社幹部とも親しい。
関係筋によると、電通マクギャリー・ボウエンは、電通最大のクリエイティブ・エージェンシーだ。クライアントには、アメリカン・エキスプレス、ユナイテッド航空、サブウェイ、マリオットなど優良企業が並ぶ。元幹部によると、幹部はこれらのクライアントとの関係を重要視しており、フラットの昇進はある意味、こうした企業やディズニーといった重要クライアントの維持を狙ってのことだという。
フラットは、電通マクギャリー・ボウエンでプレジデントとしての職務を継続しつつ、クロックスやインテルといった他の重要クライアントを扱う西海岸オフィスの指揮など、新たな責務も担う。
アビー・クラッセン(電通クリエイティブ・イースト / プレジデント、360i[ニューヨーク] / プレジデント)
360i
米クリエイティブ・エージェンシー・ネットワークのイースト部門を牽引するポジションにはアビー・クラッセンが就任した。
クラッセンは、360i本社(ニューヨーク)でのプレジデントという役職を維持しつつ、全エージェンシーの東海岸側のクライアント(アメリカン・エキスプレスを除く)の責任を負う。関係筋によると、アメリカン・エキスプレスは電通マクギャリー・ボウエンの創始者ゴードン・ボウエンが引き続き担当するという。
かつてアドエイジでジャーナリストや編集者を務めたクラッセンは、2014年に電通に加わり、その後チーフ・マーケティング・オフィサー、プレジデントを歴任した。
ある幹部によると、電通はこの再編により、大きく異なるクリエイティブ・ネットワークを2つ有することになる。1つは、東海岸部門が手掛ける、デジタル、ソーシャル・メディア、そしてエクスペリエンス・デザイン(アイソバーや360iが、HBOやエンタープライズなどのクライアントに提供)などを中心としたもの。もう1つは、電通マクギャリー・ボウエンがマリオットやホールマークなどのブランドに提供している、より従来的な広告キャンペーンだ。
(翻訳・松丸さとみ、編集・野田翔)
[原文:Meet the 12 Dentsu execs who just gained power from the advertising company's new data-focused reorg]