経済は少しずつ回復に近づいているかもしれないが、コロナ禍による広告業界への影響は長期的なものになるだろう。
P&G、ペプシ、ロレアルなどのトップ・マーケター11人から、こうした変化が広告業界に及ぼす長期的な影響について聞いたところ、いくつかの共通点が浮かび上がってきた。
柔軟な広告制作、Eコマース、社会問題に対する企業の発信に重点が置かれることなど、以下に4つのトピックとして紹介していく。
激変する広告制作の現場
コロナ禍における隔離の義務やソーシャル・ディスタンスにより、企業は広告制作の際に少人数のスタッフで回すことや、新たな手法を試すなどの対応を迫られた。
例えば、Huluは撮影後の編集でVFX技術を使ってスポーツ選手の表情と代役の映像を合成。チポトレ(アメリカで有名なメキシカン・ファストフードチェーン)は広告制作に以前のシーンを使ったり、FaceTimeを通して商品の広告撮影をディレクションしたりした。
チポトレのCMO、クリス・ブラント
提供:Chipotle
チポトレのCMO、クリス・ブラントは、こうした変化はコロナ後も続くだろうと予想する。
「少人数で制作する距離感の近いコンテンツでも同じくらい共感を得られます。コロナ禍ではむしろその方が共感を呼べるかもしれない。だとすれば、贅沢な予算で広告を制作する時代は長くは続かないでしょう。柔軟な制作が必要になりますが、より実験的で、リアルタイムな制作ができることは大歓迎です」と話す。
チポトレは、カリフォルニア州ニューポート・ビーチの本社に新しく制作スタジオを作っており、カリフラワーライスなどの新商品を宣伝するコマーシャル制作に使用している。
「このスタジオができたことで、コロナ禍でも制作を継続できただけでなく、他のどのスタジオと比べても低予算での制作が可能になっています」とブラントは言う。
P&Gは、テレビ局やメディア企業と直接提携し、100日間で15件の取り組みを行った。より限られたリソースで広告を制作することで「建設的な現状打破」につながった、とチーフ・ブランド・オフィサーのマーク・プリチャードは言う。
「スピード、コスト、制作手法のすべてに変化がありました。私たちの創造性のレベルが上がったのです」
デジタルへの投資が増加
グループエムによれば、アメリカではデジタル広告への投資が2021年に14%増、総額の54%になると予想されている。
ペプシのCMO、グレッグ・ライオンズは、Eコマース、ゲーミング、ストリーミング向けの広告出稿が増加していると話す。
「世界は一瞬で変わることもあると2020年に学びました。マーケターやリーダーにとって機敏さがますます必要になってきています。そのためメディア向けの投資は、適切なタイミングで適切なメッセージを発信でき、ターゲティングが容易なデジタルにシフトしてきています」
ドラッグストア・チェーンのウォルグリーン(Walgreens)にとっても、デジタル広告は重要性を増してきている、とシニア・バイスプレジデント兼CMOのパトリック・マクリーンは言う。ウォルグリーンでは会員向けプログラム「マイ・ウォルグリーン」のプラットフォームを改良。顧客の行動変化や期待値によりマッチするようにした。
また、グーグルのサードパーティクッキー停止など、個人情報関連の環境変化にも各社は対応している。
ペロトンのシニア・バイスプレジデント兼グローバル・マーケティング統括、ダラ・トレセダー
提供:Peloton
自宅で使用するフィットネスバイクのメーカー、ペロトン(Peloton)のシニア・バイスプレジデント兼グローバル・マーケティング統括のダラ・トレセダーは、自社アプリ上でタグを使うことでファーストパーティデータ(顧客から直接得たデータ)を収集し、メッセージをカスタマイズしてターゲット顧客に発信している、と言う。
「ファーストパーティデータはとても重要な情報なので、お客様についてもっと知ることができるよう、収集するチャンスを継続して作っていきます」
Eコマースが主流に
言うまでもなく、人々が家で過ごすことが多くなったことで、オンライン・ショッピングが急増し、マーケターにとっての重要度も上昇している。
ゼネラル・ミルズとロレアルは、アマゾンなどのプラットフォームへの広告に予算をシフトし、オンラインでのトラフィックを自社のウェブサイトに誘導するための投資を行っている。
ロレアルのチーフ・デジタル・オフィサー、ルボミラ・ロシェ
提供:L'Oreal
「Eコマースはマーケティング全体に大きな影響を与えるでしょう。マーケティングの手法が、ストリーミング、ゲーミング、ソーシャル・コマースといったテクノロジーで大きく変わっていくことになります」とロレアルのチーフ・デジタル・オフィサーのルボミラ・ロシェは言う。
ロレアルはバーチャルメイクのテクノロジーであるModiFaceを拡張させ、Amazon、YouTube、Google検索など15のウェブサイトやアプリでも使用できるようにした。またソーシャル・コマースも倍増させており、プラットフォームであるレプリカ・ソフトウェア(Replika Software)を買収。ロレアル製品を使うインフルエンサー、メイクアップアーティスト、ヘアスタイリストなどがこのプラットフォームを通じてオンラインで直接販売できるようにした。
また、Instagram、Pinterest、Snapchat、Verishopなどのさまざまなプラットフォームで最近人気になっているショッピング広告を増やしている企業もある。ハーシーなどはその一例だ。
「コロナ禍であらゆることが変わりました。当社は広告をショッピング広告に切り替え、広告制作の方法も変えました」とハーシーのCMO、ジル・バスキンは言う。
社会問題に対するブランドの価値観が前面に
BLM(ブラック・ライブズ・マター)の抗議活動で死者が出てから、大きく注目を集める社会問題について企業がメッセージを打ち出すことが急増し、そういった信念に基づく取り組みに対する期待値が上がった。
「今は、多額の資金を費やして、芸能人を前面に出したピカピカの広告キャンペーンを打ち出すタイミングではないでしょう。人々は苦しみ、不安と孤独を抱え、経済的に厳しい状況に置かれている訳ですから」と、フィンテック企業デイブ(Dave)のCMO、ジョナサン・ミルデンホールは言う。
そして人々の支援に取り組み始めた企業の例として、瞑想アプリのHeadspaceが4000万人の失業者にサービスを無料提供したことや、デイブがアメリカの家庭に食事を提供するため「毎月数十万ドル(数千万円)」を寄付したことを挙げる。
シティグループは収入や管理職における男女格差、トランスジェンダー、ノンバイナリーなどの問題を取り上げ、「The Moment」という広告キャンペーンを行ったり、広告代理店により一層のダイバーシティを求めたりしている。
「世界が激変した1年でしたが、企業の存在意義が今までになく重要になったのではないでしょうか。起こっている問題をただ傍観するのではなく、手を差し伸べて解決に向かわせるべき時です。会社の価値を社会貢献に使うのは今です」とシティのCMO、カーラ・ハサンは言う。
ベライゾンのCMOのディエゴ・スコッティ、ゼネラル・ミルズのチーフ・ブランド・オフィサー、ブラッド・ヒラナガも同様の意見だ。ベライゾンが2020年に行った取り組みとしては、小規模事業向けの「Pay It Forward Live」や、リモート学習プログラム「Verizon Innovative Learning」などがある。
ゼネラル・ミルズのチーフ・ブランド・オフィサー、ブラッド・ヒラナガ
提供:General Mills
ゼネラル・ミルズでは、ベティー・クロッカーなどのブランドと提携し、若者世代が料理に自信が持てるよう支援した。
ヒラナガは言う。「先行きが不透明な今、人々が直面している現実の問題を解決しなければいけません。人々により共感を示すこと、また人々に求められ、必要とされる意義のある体験を提供することに注力しています」
(翻訳・田原真梨子、編集・野田翔)