新年を迎えたが、新型コロナウイルス感染症の流行は現在も衰える気配はない。シマオの会社もまた完全にリモートワークに戻り、再び誰にも会わない生活が始まった。慣れたとはいえ、誰とも会わず一日中家で仕事をしていると、ふとした瞬間に寂しさに襲われることがある。
「僕はこのままずっと一人で生きていくのだろうか」
情けないと思いつつも、シマオはそんな心情を佐藤さんに相談した。
なぜ、人は孤独を感じてしまうのか
シマオ:東京はまた緊急事態宣言が出されましたね。僕の会社もまたリモートワークになって、今は毎日家にいるような状態です。
佐藤さん:新型コロナウイルスの感染は一朝一夕には収まらないでしょうが、ここは我慢のしどころでしょう。
シマオ:家にずっといると、たまに孤独や不安を感じてしまうことがあります。もちろん、友人や会社の人とはオンラインで連絡は取れるんですけど……。最初の緊急事態宣言の頃よりはましな精神状態だと思うんですけど、先の見えない中、ひとりでいると本当に寂しくて。
佐藤さん:コロナ禍で孤独や孤立は非常に大きな問題になっています。特に高齢者の孤独死や引きこもりにつながることもありますから、早急な対策が必要です。
シマオ:佐藤さんも孤独を感じることってあるんですか?
佐藤さん:そりゃあ、512日間独房に入っていたときは文字通り孤独でしたよ。私の場合インドア派ですし、比較的耐性が強いという自負もあります。また本を読むことはできたので、そこまでこたえませんでしたがね。
シマオ:すごいなあ……。でも、逮捕されて友人や仕事仲間がたくさん離れていったとおっしゃっていましたよね。それは寂しかったんじゃないですか。
佐藤さん:とはいえ、本当の友人が5人でも3人でも残ってくれれば、それで十分なんですよ。身もふたもない言い方になるけど、社会人になってからは役に立つ人としか親しくなんてなれませんから。
「孤独を感じやすいのは、『弱さ』ではなく『耐性』の資質の話」という佐藤さん。
シマオ:佐藤さんはいつもはっきりしてますね。でも、これだけネットも発達した世の中になったのに、なぜ人は孤独を感じてしまうんでしょうか?
佐藤さん:社会の閉塞感があるということが大きな理由だと思います。例えば、日本や韓国は自殺率の高い国だと言われるけど、そもそも自殺する人が多くなるのはなぜだと思いますか?
シマオ:やっぱりお金の悩みとかでしょうか。
佐藤さん:それもあるでしょうが、実は経済的な悩みは表面的なものにすぎません。その実体は「不安」のような心理的な要素が大きいと考えられています。
シマオ:不安といっても、なんだか漠然としていますね。
佐藤さん:「漠然とした不安」は、まさに芥川龍之介が自殺を選んだ理由でした。この心理的理由と自殺の関係を最初に見つけたのが、チェコスロバキア共和国の初代大統領だったトマーシュ・ガリッグ・マサリクという人物だったんです。
自殺とは「近代的な現象」である
シマオ:チェコスロバキアの大統領が?
佐藤さん:マサリクは社会学者でもあったんです。彼のウィーン大学での教授資格取得論文が『現代文明の社会的大量現象としての自殺』(1878/出版は1881)というものです。その中でマサリクは、プロテスタント地域とカトリック地域での自殺率の違いを統計的に調べたのですが、どちらが高い自殺率になっていたと思いますか。
シマオ:全然分かりません……。
佐藤さん:簡単にいうと、カトリックの地域というのは伝統的な村落共同体、プロテスタント地域は近代的な都市部が中心となります。つまり、プロテスタント地域のほうが経済的には豊かだということです。
シマオ:ならば、カトリック地域のほうが高かった……と見せかけて、プロテスタント地域のほうが高かった!とか?
佐藤さん:正解なのですが、それはなぜでしょうか?
シマオ:都会の方が、なんか冷たい感じだからですかね。
佐藤さん:順を追って考えましょう。当時はやはり貧困が自殺の大きな要因だと考えられていました。しかし、マサリクが調べた結果、近代化されてより豊かであるはずのプロテスタント地域のほうが自殺率は高かった訳です。
シマオ:となると、自殺の原因は貧困とは別のところにある、と。
佐藤さん:はい。近代化するということは、社会が大きく変わっていく時代だったということです。すると人々はどう感じるでしょうか。
シマオ:近代化されて全員が平等に豊かになるならいいですけど、現代を見てもそれはありえませんよね。むしろ、急激な変化に追いつけない人が出てきそうです。
佐藤さん:その通りです。社会が変化するということは、不安定になるということでもあります。その動揺を受ける人たちが、不安を感じて自殺に駆り立てられるのではないか。つまり、自殺とは「近代的な現象」であるという仮説を立てたのが、マサリクでした。このことは後の社会学や心理学で確かめられていきます。
シマオ:カトリックの人たちは、近代化の影響を受けなかったんですか。
佐藤さん:都市部に比べて農村部は孤独や不安になりにくいんですよ。というのも、農作業は家族や共同体で集まってやるものですし、作物をつくっていますから食べ物の調達も何とかなるからです。それに変化のスピードも緩やかですから、同じような暮らしが続くという安心感が持てるのです。
シマオ:なんだか現代でも同じような感じがしますね。
佐藤さん:このマサリクの見方というのは、現代社会を見るうえでも役に立つと思います。コロナの中でリモートワークをしていると、必然的に一人になりやすい。いわば都市化の極致ともいえる状況ですから、孤独や不安を覚えるのは仕方ありません。
シマオ:僕は通勤しなくていいからラクだなと思っていたんですけど、会社の先輩とかには出社したほうがいいっていう人も結構いました。今考えると、あれだけ嫌いだったルーティン業務が精神安定剤になっていたのかもしれません。つくづく人間ってないものねだりですね。
佐藤さん:仕事に効率や合理性を追い求めるのは、間違っていません。しかし人間は機械ではない。朝令暮改の政策、先行き不透明な経済状況の中、平常心を貫くことは大変難しいことです。
シマオ:僕だけじゃない、と思って気持ちをしっかり持たないといけませんね。
資本主義システムが人を孤独にする
佐藤さん:他にも、人が孤独になる要因はいろいろあるけれど、大きいのは近代化、つまり資本主義システムによるものが大きいと考えています。
シマオ:なぜでしょうか?
佐藤さん:資本主義システムというのは、端的にいえば「分業」するものだからです。経済的な効率性を追求しようとしたら、役割を分担して、個々人がそれに集中することを求められます。すると、自分の仕事や人生の全体像を見ることができなくなってしまうのです。
シマオ:人が社会のパーツみたいになってしまうということですね。
佐藤さん:もうひとつは、その人の基本的な評価がお金によってなされるからです。本当は人間の評価軸というのはいろいろあるはずなのに、給与の高さやそれを保証する地位などが、あたかもその人のすべてを評価しているかのように見えてしまう。
シマオ:モノの価値を測るお金という指標が、会社ではその人間そのものを測る基準になってしまった……。
佐藤さん:そのことをマルクスは人間が「疎外」されていると表現しました。
シマオ:僕の会社もそれなりに大きいので、正直そう感じることがあります。僕がやってることなんて、会社の仕事のごく一部だし、仮にいなくなっても別の誰かがやるだけなんだろうな、って。
佐藤さん:そういう意味では、中小企業のほうが孤独を感じにくいかもしれません。小さな会社であれば、社員がお互いのことをよく知っています。誕生日を祝ったり、子どもが受験で「入り用」であれば社長が多少の融通はしてくれたりするかもしれない。そこまで牧歌的でなくても、顔が見えるというのは安心感を抱くための大切な条件になります。
シマオ:ドラマになった『下町ロケット』みたいな世界ですね。
佐藤さん:理想像かもしれないけれど、そういうところのほうが孤独や疎外にならず、仕事をしやすい人は多いかもしれません。もちろん、大企業のほうが給与は高いことが多いですし、密接な人間関係は重く感じられることもあるかもしれませんが。
シマオ:大企業でも、そういう雰囲気を作っていければいいんでしょうけどね。
佐藤さん:やはり規模や構造が違うので、なかなか難しいでしょうね。そこにコロナによるリモートワークの徹底が追い打ちをかけていることは間違いありません。会社に行かなくていいということは、裏を返せば見える成果を出すことが求められるということでもありますから。
シマオ:孤独の問題は、結構根深いんですね。
※本連載の第51回は、2月3日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)