REUTERS/Jason Lee
アップルのEV進出が大きな話題になった年明け、中国メガITの一角で、検索ポータルのバイドゥ(百度)がEV参入を発表した。2020年はEVスタートアップが大きく飛躍した1年だったが、2021年はスマートフォンのようにソフトとハード開発を分業して自動車製造に乗り出す動きが、米中で一層加速しそうだ。
アリババとテンセントに差を広げられ自動車シフト
バイドゥは1月11日、自動運転技術を搭載した電気自動車(EV)の製造販売に乗り出すと発表した。バイドゥが新会社を設立し、民営自動車メーカーの浙江吉利控股集団(Geely) が出資・技術協力を行う。
バイドゥはIT企業の中でも、自動車分野へ参入が特に早かった1社だが、資金もネットワークも桁違いに必要となる「製造」に乗り出すことは、中国でも大きなニュースになった。
中国メガITはBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)、あるいはファーウェイを加えてBATHとくくられる。バイドゥは2000年代には時価総額で中国トップに立ったが、スマホ時代への対応が遅れ、最近の時価総額はアリババ、テンセントの10分の1ほどと低迷している。
「BATのBは、(TikTokを運営する)バイトダンスに置き換えられた」との辛辣な評価もある。
アリババ経済圏、テンセント経済圏が拡大する中、バイドゥはインターネットビジネス以外で成長の柱をつくる必要に迫られた。2013年に人工知能(AI)と自動運転を重点投資分野に据え、国内外の有力自動車メーカーと協業を進めてきた。
2017年には自動運転オープンプラットフォーム「Apollo」計画を発表。iPhoneの製造を請け負う鴻海精密工業同様に、バイドゥも「自動車業界のアンドロイド」を目指し、高精度かつ広範囲の地図や、運転路線の決定、障害物感知、シミュレーションなどのツールなどをパートナー企業に提供する。トヨタ自動車、ホンダ、パイオニアなど日本企業もApolloに参加している。
さらに国営企業の中国第一汽車と提携し、同社の主力ブランド「紅旗」にレベル4クラスの自動運転技術を搭載し、2021年に量産する目標を表明。2021年1月19日には、出資する新興EVメーカーの威馬汽車の新モデル「W6」にApolloの自動駐車システムを搭載したと発表した。
2020年のEVブームにも乗れなかったバイドゥ
バイドゥ本社前を走るApolloのシステムを搭載した自動運転車。
REUTERS/Tingshu Wang
だが、次世代自動車技術で市場を沸かし続けたバイドゥは、2020年のEVブームで、またもやアリババやテンセントに出遅れてしまった。
過去の連載で紹介したように、中国は2015年以降、大量のEVメーカーが立ち上がったが、「質」と「量産体制」を両立できる企業はなかなか現れなかった。コロナ前にどうにか量産化にこぎつけていた数社が、テスラの急成長のおこぼれをもらう形で、感染収束後の中国で資金とシェアを獲得することができた。
2018年にNYで上場しながら、2019年は深刻な不振に陥った蔚来汽車(NIO)は復活を遂げ、理想汽車、小鵬汽車の2社が立て続けにアメリカで上場した。
この3社にはメガITが10%以上出資しており、「テンセント + 蔚来汽車(NIO)」「美団(テンセントグループ) + 理想汽車」「アリババ + 小鵬汽車」という構図となっている。
一方、中国メディアの報道によると、バイドゥは威馬汽車への追加出資に躊躇し、千載一遇の成長期を逃してしまった。バイドゥは2020年後半からさまざまな自動車メーカーと接触し始め、今回の吉利との提携に至ったようだ。
コロナ禍で苦戦する中国自主ブランドの雄「吉利」
バイドゥと吉利の提携で注目されているポイントは、バイドゥのEV製造進出だけではない。吉利は1月、鴻海精密工業とも提携。さらに1月19日、スマートカーのコクピット(運転席)や自動運転技術の開発でテンセントと提携したとも発表した。
2021年1月のEV業界の主なニュースは、
- テスラのSUV「モデルY」が中国で発売
- アップルカー製造の噂
- 鴻海と自動車メーカーとの接近、受託生産への野心
- バイドゥの自動車製造参入
の4つがあるが、中国自主ブランド勢の中で、乗用車販売4年連続首位をキープしている吉利はこの半分に関わっている。
吉利は2010年、米フォードからボルボを買収した(2010年3月撮影)。
REUTERS/Bjorn Larsson Rosvall/Scanpix
吉利は中国の自動車市場拡大に貢献してきた「自主ブランド」メーカーを代表する1社だ。自主開発した廉価な自動車を販売し、中国の技術力向上を示しながら、ボルボを買収するなどして、グレードアップを図ってきた。
もちろん、EVシフトも強く意識していた。吉利創業者で習近平国家主席とも親交が深い李書福氏は2018年、「2020年までに吉利の販売に占めるエコカーの比率を9割以上に増やす」との目標を打ち出した。
だが2020年時点で、同社の販売台数に占めるエコカーの比率は5.8%にとどまっている。
また、中国の消費力が上がると、中古市場で高く買い取られる日本車やドイツ車に人気が集中し、自主ブランドメーカーは苦戦を迫られた。
吉利の決算報告書によると、同社は全国に11工場を持ち、自動車の年間生産能力は210万台。工場稼働率は2017年から4年間で84.96%、78.03%、59.45%、45.18%と右肩下がりになっている。
吉利と鴻海が設立する合弁会社は他メーカーから受託したEVを生産する計画で、アップルカーを狙っているとも言われる。吉利の工場稼働率は50%を割っており、生産ラインを有効活用できれば、同社にとっても鴻海、バイドゥにとってもリスクヘッジができる。
2021年は8%増予測の中国乗用車市場
バイドゥと吉利の提携は、自動車業界のゲームチェンジが本格化し、異業種のビッグネームが攻勢をかけてきたところで、いまいち波に乗り損ねた企業の巻き返しと考えられる。2社がタイプの違う複数の企業と次々に組んでいるのは、トライ&エラーを増やすことで、ライバルに先駆けて成功事例をつくりたいからだろう。
中国の自動車販売は2018年、2019年と2年連続で減少し、市場の飽和が指摘されたが、2020年はコロナ禍の打撃を最小限に抑えただけでなく、弱者の淘汰、メガIT参入によるプレイヤーの多様化で再び活気を取り戻した。
業界団体の全国乗用車市場信息聯席会は、2021年の乗用車販売が前年比8%プラスになると予測する。アップル、鴻海、バイドゥの参入を機に、「異業種」と「波に乗りたい自動車メーカー」の協業はさらに増えていきそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。