LEAH MILLIS /Reuters, Reuters
死者5人を出した1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件の真相については、未だに全貌が明らかになっていないが、アメリカ各地で日々逮捕者が出ており、中には現職警察関係者もいる。
事件後もトランプ支持者の間でさらなる暴動の計画が立てられていたことが明らかになり、Twitter、Facebook、YouTube はトランプのアカウントを停止した。ワシントン・ポストの報道によると、トランプのTwitterのアカウント閉鎖以来、1週間で、複数のSNS上での不正選挙にまつわる偽情報が73%も減ったという。
飛び交った「ペロシ逮捕」から「バチカン黒幕」説
この一連の動きの中で、私が特に興味深く感じたのは、日本のトランプ・ファンの入れ込みようだ。多くはツイッター社によるトランプ締め出しに抗議して、自分のアイコンをトランプの写真に変えていた。
「トランプさんは暴動を煽ってなどいない」「トランプさんはハメられた」というものから、「乱入したのはトランプ支持者ではないですよ。Qアノンになりすました アンティファの仕業」「あんなに警備が軽かったのは、民主党の自作自演テロだったからだ」「議会突入の背後には中国政府の工作員がいる」というものまでいろいろだった。
数日経つと、今度は「ナンシー・ペロシ逮捕!」「今回の不正選挙はバチカンが黒幕だった。ローマ教皇が逮捕された」「トランプさんから日本人一人ひとりに6億円が振り込まれる」「トランプ大統領が緊急放送システムを使って戒厳令を発する」「数百人が一斉逮捕」「20日の就任式で大覚醒が起き、トランプさん続投!」という話が続々と目に入ってきた。バチカンが突然出てきたのは、バイデンが史上2人目のカトリックの大統領だからだろう(1人目はケネディ。それ以外の歴代大統領は全員プロテスタント)。
これらのトンデモ論は、アメリカの陰謀論者グループ「Qアノン」と似ている部分もあれば、日本独自のものもある。
トランプ好きの日本人がそれなりの数いることは大統領選前から感じていたが、米議会襲撃事件を経ても冷めるどころか、トランプにますます入れあげる人々がなぜ日本にいるのか不可解に思えた。アメリカ人ならまだ分かる。しかし投票権もなく、過去4年間トランプ政権の下で生きてきたわけでもない人々が、どうしてここまで熱くなれるのか。
FBIがテロ組織と認定したQアノン
議事堂襲撃の際、一番写真が出回ったひとり、角をつけて顔にペインティングをした男・ジェイク・アンジェリ。Qアノンの中では「Qシャーマン(Qの巫師・祈祷師)」と呼ばれているメンバーだ。
REUTERS/Stephanie Keith
「Qアノン」について、簡単にさらっておこう。このグループは、アメリカ政府の最高機密にアクセスできるという匿名(アノニマス)の人物「Q」が発信する暗号交じりで難解なメッセージの拡散によって大きくなった。この「Q」のアカウントは、複数の人物が協力して管理している可能性が高いと見られている。
Qアノンは、2016年に起きた通称「ピザゲート事件」にインスパイアされて誕生したと言われている。「ヒラリー・クリントンと、同党の有力者たちが率いる闇組織が、ワシントンにあるピザ店 Comet Ping Pong で小児性愛者向けの人身売買を行っている」というネット上でのフェイク・ニュースを信じた男が、子どもを救おうとピザ店に押し入り発砲。全く根拠のない話だが、偽ニュースとSNSが生み出した陰謀論が笑い事ですまなくなった事件として歴史に残るだろう。
2017年10月からは、4chanや8chan(日本の2チャンネルに相当)などの匿名のネット掲示板に「Qドロップ」と呼ばれる投稿をし続け、今や数十万人以上のフォロワーがいる。陰謀説の中心は、「民主党の大物政治家やハリウッドスターたちは小児性愛者や人食い人種である。ディープステート(影の政府)がアメリカを動かしており、GAFAや主流メディアは彼らとグルになっている。サタン崇拝の小児性愛者たちを成敗できるのは、救世主トランプ大統領だけである」という考えだ。ワクチンや5Gにも反対し、ユダヤ系を差別し、反移民の考えにも基づいている。
2019年5月、FBIはQアノンをテロ組織に認定。陰謀論に基づいた過激派グループをFBIが脅威と認定したのは初めてだ。認定の前提となったレポートには、「過激な陰謀論は潜在的に有害で、2020年の大統領選挙に向けて拡大していく可能性がある」と述べているが、その懸念通りになった。
バージニア州シャーロッツビルで発生した衝突から1年後の2018年8月、首都ワシントンのホワイトハウス前では再び白人至上主義者とアンティファが衝突した。
REUTERS/Jim Bourg
一方、「いや、乱入したのは極左運動アンティファだ」という、多くの日本のトランプ支持者たちが力説していたストーリーは、他ならぬトランプ大統領自身が主張していたものだ。
・トランプ氏、「アンティファの人々」が議会乱入=アクシオス:ロイター
アンティファ(Antifa)は、左翼の反ファシスト及び反人種差別的な政治運動のことで、ネオナチや白人至上主義者グループなど右翼の過激派を公の場から追放し、カウンターデモを組織するグループだ。2017年8月にバージニア州シャーロッツビルで起きた白人至上主義者やネオナチのデモの際には、彼らと衝突し、死者も1人出た。
トランプや支持者の一部は、当初「議事堂に乱入したのはアンティファ」と主張した。しかし、襲撃の際に撮られた無数の写真がSNSなどで公開されたことで、彼らの身元がQアノン信者、白人至上主義グループ、ネオナチ、極右団体「プラウド・ボーイズ」だと明らかになった。
起きなかった「大覚醒」で失う勢い
大統領就任式で宣誓するバイデン氏。厳戒態勢が敷かれたワシントンでは、特に目立った混乱や暴動は起きなかった。
Getty Images/Rob Carr
多くのQアノン信者たちは議会襲撃事件後も、「就任式がある1月20日に『大覚醒』(Great Awakening)が起き、アメリカ中で逮捕者が出、トランプが復帰する」という説を信じていたらしいが、何も起きず、トランプはフロリダに去っていった。これをどう受け止めるかで、Qアノン信者の間に分裂が起きているという。「自分たちは騙されていたのか」と落胆する者たちと、「まだ闘いは終わっていない。トランプにはさらなる計画がある」とトランプを信じ続ける者たちだ。
例えば、Q本人ではと目されていたリーダーの1人、ロン・ワトキンスは、バイデン就任を受け、メインのサイトの管理者を辞めると言い、チャットアプリ「テレグラム」にこう書き込みした。
「自分たちはすべてを捧げた。でも、これからはできる限り前を向いて、普段の生活に戻っていかなくてはならない」
彼らを取り巻く環境も厳しくなった。
アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)は襲撃事件後、トランプ支持者が好んで使ってきたSNS「パーラー」に対するサービス提供を停止した。理由は、パーラーが暴力を助長するコンテンツへの対処を怠ったというもの(議会襲撃事件関係者がパーラーで活発に情報交換していたことが分かったため)。熱心な支持者らは、規制の緩いネット掲示板や別の右派系SNS「ギャブ」、会話が暗号化されたチャットアプリ「テレグラム」などに流れている。
- 陰謀論Qアノン、信奉者離反の危機:日本経済新聞
- 「大覚醒でトランプ続投」の予言が裏切られ、Qアノンは失意のどん底:ニューズウィーク
- QAnon believers grapple with doubt, spin new theories as Trump era ends:ワシントン・ポスト
ただ、それでもなおトランプやQを信じ続ける人たちもいるし、主流のSNSから締め出された彼らは今後、もっと地下に深く潜り、過激化する可能性もあると思う。
Qアノンとそれ以外のトランプ支持グループの間で分裂も起きるかもしれない。一貫してトランプを強く支持してきた極右の「プラウド・ボーイズ」は、トランプが暴動参加者たちを擁護しなかったことに対して、「あんなに弱っちい男だとは思わなかった」「自分たちをバスの下敷きにした」と幻滅を表明していると報じられている。
陰謀論が拡大した日本とドイツ
行進する日本のトランプ支持者の様子。2021年1月20日撮影。
REUTERS/Issei Kato
Qアノンはアメリカを超えて、今や世界中に拡散しているが、中でも際立って活発な国として挙げられるのが、日本とドイツ(加えてブラジル)だ。1月19日に行われた国家情報長官候補 アブリル・ヘインズ(Avril Haines)の承認公聴会でも、彼女は陰謀論の国際的拡大がもたらす脅威について述べ、特にその脅威が顕著な国として日本とドイツを名指しした。
日本におけるQアノン拡大現象については英語圏でも多数の記事が出ており、その活動の活発さが注目されている。私の友人でもこの現象について奇異に感じ、「なぜ日本人がQアノンにハマるわけ?」と聞いてくる人がいる。私も謎に思っているので答えに困る。
- QAnon’s rise in Japan shows the conspiracy theory’s global spread:The Print
- Trump’s ‘stop the steal’ message finds an international audience among conspiracy theorists and suspected cults:ワシントンポスト
- QAnon and Japan: Hundreds still contesting Trump's election defeat:ジャパン・タイムズ
- Japanese Trump supporters rally in Tokyo ahead of Biden's inauguration:ロイター
2020年11月29日のブルームバーグの記事では、データに基づいて、「日本でQアノン関連の陰謀説が急増したのは、2020年3月下旬から4月上旬にかけてだ」と報じている。日本には、Qアノンのコンテンツを日本語に翻訳する公式アカウントもあり、岡林英里という人物が運営している(@okabaeri9111。現在このアカウントにはアクセスできない)。
「ソーシャルメディア分析会社グラフィカの調査によると、日本国内のQアノンのコミュニティーは独特の用語や行動様式、インフルエンサーを持ち、国際的に最も発達した支部の1つとなっている。トランプ大統領の側近だったマイケル・フリン元米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を崇拝する動きも目立つという」(ブルームバーグより)
ジャーナリストや小説家も拡散
フリン崇拝もそうだが、日本のQアノンにはいくつかの独自の特徴がある。アメリカ国外で、「不正選挙があった」と未だに主張しているのは日本を含め数カ国だと、ワシントン・ポストは報じている。
米大統領選の投票権を持たない日本のトランプ支持者が、米大統領選挙の結果(得票数で600万票の差)、そし数々の裁判所が出した「不正は見当たらなかった」という結論を踏まえてもなお、「民主党は不正選挙を行った」と主張し続けるのはなぜなのだろう。彼らは何を目指しているのだろう。トランプを擁護することで何を得るのだろう。これがずっと疑問な点だ。
SNSを見ていると、不正選挙を唱え、陰謀論を拡散しているトランプ支持の日本人は、ネット右翼、新興宗教、著名な小説家やジャーナリスト、ニュースキャスターも含まれている。彼らのTwitterのフォロワーは多くの場合、万単位で、要はインフルエンサーだ。
コーネル大学は、独自のデータ解析に基づいて、「アメリカ大統領選についてのデマ拡散アカウント」リストを作成した。Voterfraud2020と呼ばれるこのプロジェクトでは、不正選挙に関わる760万のツイート、2500万のリツイートを分析した。対象となったのは260万人のユーザーだ。このリストのランキング上位に、日本人がかなり食い込んでいるのは興味深い。
@ganaha_masako 我那覇真子
@KadotaRyusho 門田隆将
@mei98862477 mei
@yamatogokorous アメリカから見た日本
@jack_hikuma Jack Hikuma LA在住(日本人)
@kohyu1952 西村幸祐
@naoyafujiwara 藤原直哉
@sonkoubun 孫向文 FightForTrump
@TrumpTrackerJP トランプ大統領ツイート日本語訳( 解説付き)非公式
@kotamama318 こたママ
@AaronOtsuka アーロン大塚
@NikoNe_san_2525 にこ姉
・VoterFraud2020: a Multi-modal Dataset of Election Fraud Claims on Twitter
共通する「反中国」とスピリチュアル系
このようなデータは今後あちこちから出てきて、最終的にはSNSプラットフォームやFBIや移民局などの当局ともシェアされ、それ相応の措置(アカウント停止やアメリカへの入国禁止など)がとられる可能性もある。
日本で繰り返されるトランプ支持のデモのビデオや写真もしばしば目にしたが、参加者が誰なのか、誰がお金を出しているのか、彼らの主張は何か、最初私にはよく分からなかった。その後、さまざまな報道や「身近に参加した人がいる」という友人たちの話を聞いてみると、参加者の中には日本の新興宗教(幸福の科学、統一教会)の信者、反共主義、反中国共産党、法輪功、右翼団体、スティーブ・バノンが設立した「新中国連邦」という団体の旗を掲げる人がいたという。
Twitterや参加した人たちの話を見聞きする限り、これらの多様なグループの共通点は、「バイデンは共産主義者であり、中国の手先だ」という主張、つまり「反中国」という要素が大きいと思われる。例えば、幸福の科学の大川隆法の発言を見ると、明らかにトランプ支持・反中を前面に出していることがわかる。
・大川総裁が米大統領選の途中経過について法話 「トランプ氏が敗れれば、アメリカが中国によるウィルス戦争に敗れたことになる」:ザ・リバティWeb
もう一つ、アメリカでも日本でも、トランプ支持の陰謀論者の中には、「スピリチュアル系が好きな人たち」という一派がいる。彼らは、「トランプは神の生まれ変わり。宇宙に選ばれた救世主であり、世界平和のために必要な人だ」「トランプは戦争を自分からしなかった。なので、平和主義者」と主張。この流派の人々には、反ワクチン派、「新型コロナ自体が陰謀」(反マスク派)とする人々も含まれる。
トランプが駆使したカルト的手法
Getty Images/Aaron P. Bernstein
「トランプはカルトのリーダーなのか?」という問いは、これまで繰り返されてきた。
- The Republican Party is in thrall to Trump. Does that make him a cult leader?:ワシントン・ポスト
- Opinion | The Cult of Trump:ニューヨーク・タイムズ
では、カルトとはそもそも何なのか。
今、“The Cult of Trump: A leading cult expert explains how the president uses mind control” という本を読んでいる。筆者 スティーブン・ハッサン(Steven Hassan)は、19歳の時に大学の校内で統一教会に勧誘され、2年半の間、熱心な信者だった。彼は、家族のおかげで脱け出すことができ、その後約40年間、カルトやマインド・コントロールの犠牲者の脱洗脳の専門家として仕事をしてきた。今はハーバード・メディカル・スクールで教えている。
彼の分類によれば、カルトには大きく5つの種類がある。
- Religious Cults:宗教カルト
- Political Cults:政治カルト
- Psychotherapy/Education Cults:自己啓発系カルト
- Commercial Cults:商業的(ネズミ講的)カルト
- Personality Cults:特定の個人(教祖)を崇拝するカルト
トランプをカルト・リーダーと呼ぶかどうかはともかく、彼は間違いなく、カルトのリーダーたちが使う古典的な手法を幅広く駆使してきた。
代表的なテクニックとして知られるのは、
- 人間離れした自信
- 単純化された善悪二元論「Us v. Them」(自分たちだけが正義であり、それ以外はみんな何も分かっていない人々、生きるに値しない人々、抹殺すべき敵であるというすり込み)
- 脅し・侮辱・見せしめを使ってメンバーをコントロールする。完全な忠誠を要求し、裏切りを絶対に許さない。裏切った人間は徹底的に辱める
- エリートやサイエンスは信用しない(「自分たちだけが真実を知っている」という陰謀論につながる)
- 自分たちのリーダーは絶対に間違わないし絶対に負けない。負けたとすれば、それは「敵」の陰謀のせいに違いない(他責論)
- メンバーに強いコミュニティ帰属意識を与える。同時に、被害者意識も植え付ける(その結果、周囲から非難されればされるほど頑なになる)
- 恐怖心を煽り、「世界は危険な場所で、我々のリーダーだけが、私たちを守ってくれる」とメンバーに思い込ませる(「メキシコ人の犯罪者・強姦魔がアメリカに大挙して押し寄せるので、壁を作らなくてはならない」というストーリーが一つの例)
カルトのリーダーは、自分に都合の良い世界を作るために嘘をつく。信者たちにとって、それが客観的事実か嘘かはどちらでもいい。大事なのは、とにかくリーダーが自信満々に嘘を繰り返すことだ。繰り返しているうちに、本当だと思う人が増えていく。
1月7日(日本時間)時点でのトランプ氏のTwitter。この時点では一時制限状態だったが、その後永久に停止された。
ドナルド・トランプ大統領公式アカウント
トランプの嘘は、大統領選に出馬すると宣言した2015年から始まっていた。2016年には、「オバマはアメリカ人ではない」というデマを流し、オバマにアメリカ人である証明を見せろと迫った。ワシントン・ポストのファクトチェッカーのカウントによれば、トランプは、過去4年間で3万回以上の嘘または誤解を呼ぶような発言をしている(1日に平均50回という計算になる)。
・In four years, President Trump made 30,573 false or misleading claims:ワシントン・ポスト
・Trump is averaging more than 50 false or misleading claims a day:ワシントン・ポスト
主流メディアがいくら嘘を指摘しても、トランプ支持者たちには何の影響も与えなかった。トランプに都合の悪い話は全てフェイク・ニュースとして一蹴されてきたからだ。トランプが傷つけたメディアへの信頼は、陰謀論発信システムの隆盛とも相まって、今後、簡単には修復されないだろうと思う。「主流メディアはフェイクで、それ以外のフリンジにこそ真実がある」と思う人々が増えれば、陰謀論も盛り上げやすい。
陰謀論に加担した側近たち
2017年1月20日、トランプ氏の大統領就任式。オバマ氏の就任式より集まった観客は多かったと言い張った。
Getty Images/Scott Olson
トランプ個人だけでなく、トランプの嘘を支持し続けてきた側近たち、共和党メンバーの罪も大きい。思い返せば、トランプ政権は初日から嘘で始まった。
2017年のトランプの大統領就任式について、ホワイトハウス報道官ショーン・スパイサー、大統領顧問ケリーアン・コンウェイが、「過去最多の人々が就任式をこの目で見るために集まった」と述べ、問題になった。空撮写真を見れば、オバマ就任式に集まった群衆よりも少ないのが明らかだった。インタビューで、「スパイサー報道官はなぜ明らかな虚偽発言を行ったのか」と問われたコンウェイは、「Alternative Fact(もう一つの事実)」と答え、大批判が起きた。
トランプ政権はこの Alternative Fact に始まり、「本当ならトランプが勝っていたのに、不正選挙でバイデンが勝った」という もう一つのAlternative Fact で終わった。
このAlternative Fact という言葉は、全体主義社会を舞台にしたジョージ・オーウェルのディストピア小説『1984』に描かれた「二重思考(ダブルシンク)」「リアリティー・コントロール」といった概念と広く重なる。このコンウェイの発言後、この4年間で「オーウェリアン」という言葉もアメリカではすっかり馴染みのものになり、『1984』の売り上げも急激に伸びた。
・How ‘Orwellian’ Became an All-Purpose Insult:ニューヨーク・タイムズ
コンウェイやスパイサーにとどまらず、スティーブ・バノン、ルディ・ジュリアーニ、リン・ウッド、シドニー・パウエル、ジェナ・エリスなど、トランプの側近や弁護士を務めた、世間で名の知られた大勢の人々が、トランプを擁護し続けた。共和党議員たちの中でも、テッド・クルーズ、ジョシュ・ホーリー(ともに上院議員)はじめ100人以上の議員が、最後まで投票結果に異議を唱え続け、あの議会での暴動が起きてもなお、トランプの「不正選挙」の主張を、証拠を提示することもなく支持した。
トランプ大統領就任から最初の7カ月間、ホワイトハウス首席戦略官を務めたスティーブン・バノン氏。
Getty Images/Scott Olson
トランプや彼を支持する側近は、選挙前から「郵送投票制度は不正選挙の温床」と刷り込み、それは想像以上に効果を上げた。トランプ支持者たちが、不正があったと今でも信じ続けているのは、選挙前から植え付けられた先入観があったこと、さらにトランプや彼の周辺の実力者が自信をもって「不正があった」と繰り返し言い続けたことが大きかったと思う。これは上述の通り、カルトの常套手段の一つだ。
自分の欲望をカルトリーダーに重ねる
なぜ人は、事実よりも「信じたいデマ」の方を信じてしまうのだろう。一つには、そのほうが気持ちいいからだろう。自分が信じたい嘘を真実だと肯定する情報に触れると、脳内で大量のドーパミン(幸せホルモン)が放出されるということは、科学的に証明されているという。そしていったん信じてしまえば、それがその人にとっての「真実」になる。
私の友人は、「今起きているのは、保守対リベラルではなく、デマ対事実の戦いだ」と言った。言いたいことは分かるが、難しいのは両者とも、「自分こそが正しい事実を知っている」と思っているところだ。おそらくデマを信じている人たちにとっては、「自分たち以外の人たちは、何もわかっておらず、デマに踊らされている」と思っているだろう。
もう一人の友人が言っていて面白いと思ったのが、「陰謀論を信じてしまう人たちは、どこかに『今ある人生や世界を、いったんリセットしたい。誰かにリセットしてほしい』という願望があるのではないか」という指摘だ。その願望を叶えてくれそうなトンデモ陰謀論やカルト的リーダーが出てくると、自分の欲望を投影してしまい、現実とファンタジーの区別がつかなくなるのではないかと。日本を見てもアメリカを見ても、それは言えているなと感じる。
その人を孤立させず追い詰めない
地下鉄サリン事件等を主導したオウム真理教の教祖・麻原彰晃。2018年に死刑が執行された。
Getty Images/Junko Kimura
『The Cult of Trump 』の筆者である ハッサンは、この本の冒頭に「虐待的なマインドコントロールに苦しんだことのある全ての人にこの本を捧げたい。この本が彼らの癒しの役に立つように。『精神の自由』には、クリティカル・シンキング(与えられた情報をそのまま鵜呑みにするのではなく、客観的に批判的に吟味できる能力)、事実の追求、自らの良心に耳を傾けること、一貫性をもって潔く行動することなどが含まれます。この自由こそ、我々の持つ他のあらゆる自由の基盤となるものです」と書いている。
彼は自らの脱カルトの体験を踏まえ、周囲に陰謀論にはまっている人、カルトに洗脳されてしまっている人がいた場合のアドバイスも書いている。まずやってはいけないことは、彼らの被害者意識をますます高めるような、彼らを馬鹿にするようなことを言うことだという。これは逆効果で、言われた方はむしろ余計に頑なになる。
何より重要なのは、その人を孤独にしないこと、追い詰めないこと。家族など身近な人々との信頼ある、温かい関係を基に、洗脳状態にある人が聞く耳を持つような環境を作ること、再び クリティカル・シンキングを取り戻せるよう、キーとなる重要な問いを投げかけ、本人に考えさせることだという。家族側も、洗脳されている信条がどういうものなのか、その在り方をまず理解することが必要だろう。そうすれば、適切なメッセージをより効果的に届けることができる。
デマ情報を止める新しい科学
新型コロナウイルスに関しても「確かではない情報」が出回ることがある。
Getty Images/Justin Sullivan
デマ自体は新しいものではないが、テクノロジーの発達により拡散スピードは急速になり、広めている人たちをキャッチすることも、デマを止めることも急激に難しくなっている。
現時点では、デマ拡散グループについての理解も法整備も対症療法的で全く追いついていない。Twitterは規約違反を理由にQアノン関連のアカウント約7000件を停止したというが、これはイタチごっこでしかない。彼らはまた必ず増殖する。
「ニューズウィーク」に掲載された「インチキ陰謀論「Qアノン」がばらまく偽情報を科学は止められるか」という記事には、デマ拡散防止に取り組むアメリカの科学者たちの例が挙げられていて興味深かった。
彼らは「この新しい問題に対処するためには、新しい科学が必要である」とし、感染症の予防法を研究する疫学の考え方をテクノロジーの世界に生かす「情報疫学」というアプローチをとっている。デマも、ウイルスや細菌と同じようなもの(ウイルスのように常に変異している)。であれば、その理論を適用すれば拡散を防げるのでは、という考え方だ。
引用されている1人は、「感染症は根絶できない。疫学者はそれを承知で、感染を制御(共存)可能なレベルに抑える方策を探っている」と述べている。確かに、ネット上のデマや陰謀論も同じかもしれない。完全に駆逐することは不可能だろうが、制御方法が見つかれば、破壊的な行動につながるデマはある程度防げるようになるのかもしれない。
同時に、個人レベルでは、デマ、間違った情報を目にしたら、どんな小さなものであっても、相手が世間に名の通った先生であれジャーナリストであれ、一人ひとりができる限り指摘していくことが重要ではないだろうか。英語を読み間違えて解釈しているなど、悪気なく勘違いで偽情報を拡散してしまっている人たちもいる。
自分もいつでもそうなりえる。ネット上の1クリックで、デマというウイルスが爆発的に拡散し、そのせいで暴動が起きたり、人が死んだりもすることもある。そのような嘘の拡散に加担しないよう、私たち一人ひとりが自分の一つ一つの発言やクリックにもっと意識的にならなければいけない時代になっている。
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny