ネクストミーツは2020年6月に設立されたばかりの代替肉スタートアップだ。
撮影:三ツ村崇志
2021年1月27日、代替肉スタートアップのネクストミーツが、SPAC(Special Purpose Acquisition Company・特別買収目的会社)の仕組みを使ってアメリカの「OTCブリティンボード(OTCBB)」(後述)に上場した。
ネクストミーツは、2020年6月に創業したばかりの大豆肉や植物肉などの「代替肉」を開発するスタートアップ。一人用焼き肉をコンセプトにしている「焼肉ライク」へのフェイクミート(大豆肉の焼肉)の提供や、通販による代替肉牛丼、ハンバーガーなどの販売を手掛けている。
なぜ、創業から1年にも満たない日本のスタートアップが、アメリカの新興市場へと上場するのか。そして、代替肉先進国ともいえるアメリカに進出した狙いは?
ネクストミーツ・ホールディングス(NEXT MEATS HOLDINGS, Inc. )の白井良代表と、佐々木英之COOに話を聞いた。
創業半年でアメリカ上場を実現したカラクリ
2020年にナスダックに上場した企業の半数以上がSPACを用いている。
NASDAQ
今回、ネクストミーツが上場したというOTCBBは、ニューヨーク証券取引所(NYSE)やナスダック(NASDAQ)といったアメリカの主要取引所に未上場の銘柄を取引の対象としている、主要取引所への上場準備市場としての性格の強い市場だ。
準備市場とはいえ、創業からたった半年ほどで上場にまでこぎつけられたカラクリの1つが、「SPAC」という仕組みを利用したことにある。
SPACとは、自身で事業を行わず、未公開企業や他社の事業の買収を目的とした会社だ。最終的に買収した企業と合併することで、買収された企業が実質的な事業を担う上場会社となる。
「日本では、SPACによる上場のスキームは規制されているためできません。ただ、アメリカではナスダック上場企業の過半数がそのスキームで上場しているほど、一般的です(上図)。我々もそのスキームでOTCBBに上場しました。今後は、ナスダックへの上場を狙っています」(白井氏)
2021年1月8日には、ソフトバンクグループが設立したSPACであるSVFインベストメントが、ナスダック上場を果たしたことが報じられ、国内でも話題となった。
ソフトバンクGの事例のように、本来SPACとは、その会社を使って企業や事業を買収し、上場させるスキームだ。ただし、今回、ネクストミーツが上場する過程は少し異なっている。
そもそも、スタートアップ企業が自社を上場させるために活用するのは「“ウルトラC”のようなもの」と白井代表は語る。
「今回、ネクストミーツ『が』ブランク・チェック・カンパニー(※)を買収し、ネクストミーツ・ホールディングス(NEXT MEATS HOLDINGS, Inc. )へと社名を変えて上場します。このホールディングスはネクストミーツの子会社にあたるのですが、その親子関係を逆転させて持ち株会社となります。ネクストミーツは子会社としてアメリカでの事業を展開する形です。また今後、アメリカとシンガポールにある代替肉関連の企業の買収も予定しています」(白井氏)
※ブランク・チェック・カンパニー(白紙小切手企業):特別買収目的会社は、それ自体に事業の実態がないためこう呼ばれることがある。
すでに社名変更は完了しており、2021年1月26日(アメリカ時間)初日の大引け時点での株価は 9.5ドル、 時価総額は約4.52億ドル(約468億円)だった。
ブランク・チェック・カンパニーを買収した際の金額は明かせないとしているが、今後、現在のバリュエーション(企業価値評価)を基に株式を放出し、10億以上の資金調達を見込んでいるという。
調達した資金は、R&Dと、各国における工場建設に充てる予定だ。
「世の中の肉を代替するにはスピードが必要」
大豆ミートなどの代替肉は世界的な注目になっている。例えばネスレは2021年1月から中国で代替肉を使った新ブランド「ハーベスト・グルメ」の販売を開始している。この写真は12月の発売イベントで撮影されたもの。世界中で代替肉の普及が進んでいる。
REUTERS/Thomas Peter
白井代表は、ネクストミーツが国内での上場を目指さずにいきなりアメリカ市場へと進出した理由について、
「世の中の肉をなるべく早く代替するというミッションを実現するためには、かなりのスピードが必要になります。創業当時から、舞台の大きなアメリカに行くしかないと考えていました」
と語る。
日本の株式市場への上場は、数年分の決算書を基に成長性などを見ながら段階的行っていくケースが多い。結果として、どうしても大規模な資金調達までのスピード感がゆるやかになってしまう、と白井代表は言う。
「我々は理念先行型なので、その理念をいかに早く形にしていけるかと考えると、とにかく大きい額を調達し、理念の基に使っていくことが重要になります。そうすると、ディスカウントキャッシュフローで未来(に生み出すキャッシュフロー)から逆算して価値を決めていくアメリカ市場に行くしかないと考えました。
アメリカでは創業してからすぐにユニコーン企業になるような事例もあります。人や事業モデルが秀逸であれば、その時点で評価され、シードでもアーリーステージでも、そのバリュエーションで出資してくれるプレーヤーがいますから」(白井氏)
アメリカ市場での展開の鍵は「日本文化」
海外のスーパー店頭では、ごく普通に代替肉が販売されている。
Shutterstock/Sheila Fitzgerald
現在、ネクストミーツはロサンゼルスに研究所を持ち、商品開発も進めている。
ただし、アメリカ進出の初期段階のうちは、日本で開発した商品をアメリカに持ち込んで加工し、最終商品にする形を取るとしている。
「現在はアメリカ市場への進出も踏まえて日本に新工場の設立を準備している状況で、そこがR&D兼生産ラインになっています。今回の調達で設備と人員を拡充させ、それをアメリカにもコピペ(コピー&ペースト)していくつもりです。
アメリカの自社工場はまだ時間がかかりますが、5月頃には日本製の(代替肉用の)チップを製造できるようにしていきたいと思っています」(白井氏)
アメリカでは通販、外食チェーン、スーパーマーケットなど、既に代替肉がさまざまな形態で展開されている。ネクストミーツも、特定の業態に限らず、多面的に自社製品を展開していく予定だ。
「2020年末に豊田通商とパートナー契約を結んだことで、原材料の調達や販売チャンネルの獲得などを世界中で一緒に進めています。各チャンネルへの展開の戦略はもちろんありますが、時間をかけて具体的に綿密な計画に落とし込むというより、まずは走ってみようと考えています」(白井代表)
一般的なカルビ(左)と、ネクストミーツが焼肉ライクに提供している代替肉、NEXTカルビ(右:50g、290円、税別)。
撮影:三ツ村崇志
アメリカの場合、インポッシブルフーズやビヨンドミートなど、既に知名度の高い代替肉ベンチャーがひしめいている。
ネクストミーツは、そこに日本勢として割り込んで行くことができるのだろうか。
「日本にモスバーガーがあるところにマクドナルドが来た、というような感覚でしょうか。
私たちは最終的なアプリケーションとして、焼き肉や牛丼のような『日本の食』を伝えていくようなポジショニングができればと思っています。日本食(和食)は文化遺産にもなっている世界的に強力なコンテンツです。それを(代替肉を使って)展開させる、というのが我々のチャレンジとしては良いのではないかと思っています」(白井代表)
創業からまだ1年が経過していないこともあり、2020年度の売り上げは固まっていない。現在進めている小売チェーンなどとの新たな協業が決まれば、それなりに大きな数字になると白井氏は主張する。
目指すは「ビヨンド・ザ・ビヨンドミート」
大豆肉を使ったフレッシュネスバーガーのザ・グッドバーガー(左:アボガド550円、右:てりやき480円、いずれも税込み)。2020年は国内では特にハンバーガーチェーンを中心に代替肉の導入が進んだ。
撮影:三ツ村崇志
2020年、国内の外食チェーンが続々と代替肉市場に参戦し、日本での代替肉の注目度は一気に高まった。
白井代表は、これから先の代替肉市場について、次のような見通しを語る。
「基本的には代替肉へのパラダイムシフトが起きると信じています。肉が代替肉に置き換わっていくことは、インターネットの登場に匹敵する出来事だと思っています。
SDGsの観点から見ても、世界的に代替肉への転換を推し進めていかなければなりません。昨年は、やっと代替肉が人々に認知された年で、今年はその『質』が重要になる年だと思います。各国のプレーヤーがある程度出揃ってきたので、その淘汰や吸収合併なども徐々に起きていくかもしれません」(白井代表)
質を向上させるために資金調達してR&Dを積極的に進めるだけでなく、市場の展開も広げていかなければ、世界的に競争が激しい代替肉市場を生き残ることはできない。ネクストミーツのアメリカ進出は、まさにそれを実現するための一手だと、彼らは考えている。
「これは日本でしか言えないんですが、『ビヨンド・ザ・ビヨンドミート』を目指しています(笑)」(白井代表)