習近平国家主席のブレーン「バイデンの対中姿勢はトランプと同じ」と断定。日本のスタンス難しく

okada_xijinping_2021_paper

バイデン新大統領およびハリス副大統領の就任を伝える中国の環球時報(Global Times)。

REUTERS/Thomas Peter

「バイデンにどんな幻想も抱いてはならない。問題によってはトランプより強硬だ」

ジョセフ・バイデン氏がアメリカ第46代大統領に就任した直後、中国メディアにこう語ったのは、習近平国家主席のブレーン、鄭永年 ・香港中文大学(深セン)人文社科学院院長代理だ。

バイデン新政権は大統領就任式に台湾の駐米代表を初めて招待。このアメリカの動きに対し、中国の軍用機が台湾の防空識別圏に計28機(1月23日に13機、24日に15機)も進入する事態が起きている。

台湾をめぐるジャブの応酬が始まった形だ。

これから注目されるのは、日本政府も絡む、安全保障のための「インド太平洋戦略」を、バイデン新政権がどう継承していくかだ。

大統領就任式に台湾代表参列の「報復」

トランプ前政権の4年間、通商交渉をはじめデジタル技術、安保、香港、台湾で「かく乱」され続けてきた中国は、バイデン当選以来、「中米関係を強力で予測可能な状態に戻す」などと、比較的穏やかな見立てをしてきた。

中国外務省の華春瑩報道局長も就任式当日の記者会見で、「(米中は)勇気と知恵を示し、互いを正視し尊重する必要がある」と、関係改善に意欲を見せた。

同時に華報道局長は、台湾の蕭美琴・駐米代表の参列について、「米台の公式往来には断固反対する」と述べ、「必ず反撃する」と報復を示唆していた。

トランプ政権は2018年、米台高官の往来を認める「台湾旅行法」を成立させ、2020年には厚生長官や国務次官を訪台させ、中国をいら立たせた。

そして、新たに成立したバイデン政権の安保・外交メンバーも、台湾の蔡英文政権との「親和性」が高い。

国務長官に指名されたブリンケン氏は、米連邦議会の公聴会で「トランプ政権の中国への厳しいアプローチは正しかった」と述べた。ブリンケン氏は国務副長官を務めていた2015年6月、台湾総統選を前に訪米した蔡氏と会談し、「外交突破」と話題をまいた経緯がある。

また、ホワイトハウスに新設されたポスト「インド太平洋調整官」に指名されたカート・キャンベル氏も、これまで6回台湾を訪問し、「台湾の重要性を知らない時代は終わった」と述べている。

冒頭で触れた中国軍用機の台湾防空識別圏への進入は、トランプ政権に続いて米台高官交流を進めようとするバイデン政権への警告だ。

アメリカ国務省は(最初の中国軍機進入があった)1月23日に「台湾が十分な自衛能力を維持するよう支援する」との声明を出しているが、これはまだお互いの出方を探る「ジャブの応酬」にすぎないとみるべきだろう。

「台湾防衛」明示した内部文書

okada_xijinping_2021_fighter

台湾の国産機でF16と並ぶ主力戦闘機の経国号(IDF)。中国の防空識別圏進入で緊張が高まる。

REUTERS/Ann Wang

安全保障の観点について、今後の米中関係を占う具体的な指標はあるだろうか。

トランプ政権時代、中国との衝突に備え、同盟・友好国との協力関係強化や台湾への軍事支援を鮮明にした「インド太平洋戦略」がその一つだ。

安倍晋三前首相が2016年、太平洋からアフリカまで広域的な地域を対象にした総合的な外交のあり方として最初に提唱し、その後アメリカが賛同して「日米共通の戦略」になった。

トランプ政権は1月12日、機密扱いにしていたこの戦略に関する内部文書「インド太平洋戦略フレームワーク(枠組み)」の内容を公開した。

内部文書では、中国の太平洋防衛ラインとされる「第1列島線」をめぐり、

  1. 紛争時に第1列島線の中国側で中国の制空・制海権を認めない
  2. 台湾を含む第1列島線に位置する国・地域を防衛する
  3. 第1列島線外でのすべての領域で支配力を維持する

が目標に掲げられていた。

特に2.は、アメリカの歴代政権が維持してきた「中国の台湾武力行使に対し対応を明らかにしない」という「曖昧(あいまい)戦略」の放棄を意味し、台湾防衛を明示した点で画期的だ。

トランプ政権で大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたマクマスター退役中将は、米ワシントン・ポストに寄稿し、上記の内部文書について「冷戦終結後、アメリカ外交政策の最も大きな変更」と書いている。

曖昧戦略には、北京に対して「一つの中国」政策を維持する安心感を与え、台湾に対しては「台湾防衛」を否定しないという「二重の効果」があった。

米中対立が激化するなかで、曖昧戦略の放棄を提言する論文まで公表されたが、「米中新冷戦」を仕掛けた中心人物ともいえるポンペオ前国務長官ですら、「我々の台湾政策は変わっていない」と、曖昧戦略の維持をあえて表明したほどだ。その変更には相当なインパクトがある。

「自由で開かれた」使わない新大統領

okada_xijinping_2021_biden

1月26日、ホワイトハウスで演説するバイデン新大統領。

REUTERS/Kevin Lamarque

問題は、このトランプ政権時代に策定された「インド太平洋戦略」を、バイデン新政権が継承するかどうかにある。

対中政策について過去の米政権のスタンスをふり返ると、オバマ政権は「リバランス(再均衡)」を打ち出し、トランプ政権は安倍前首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋」構想に相乗りして、「日米共通の戦略」とした。

アメリカの新政権は通常、前政権の外交政策をそのまま継承せず、独自の政策を打ち出す。まして前政権は共和党だけに、名称も含めてそのまま継承しにくいのだ。

そのことをうかがわせる兆候はすでに出ている。

バイデン氏は2020年11月12日に菅義偉首相と行った初の電話会談で、「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現に向けた日米連携を主張する菅氏に対し、日米同盟を「繁栄し、安全なインド太平洋の要石」と表現。「自由で開かれた」という表現を使わなかった。

「自由で開かれた」という形容詞が、中国の海洋進出へのけん制を意味するのは明白だ。その表現をバイデン氏があえて避けたことで、「対中配慮」ではないかとの見方も生まれた。

それにつられたのか、菅首相は2日後の11月14日、東南アジア諸国連合(ASEAN)日中韓首脳オンライン会合のあと、インド太平洋構想の形容詞として、(従来の中国をけん制する意味の)「自由で開かれた」に代わり、「平和で繁栄した」という表現を初めて使っている。

政府は「政策変更はまったくない」と弁解したが、安倍前首相も2018年秋の訪中を前に「戦略」の2文字を封印した経緯がある。

「戦略」なのか「構想」なのか

okada_xijinping_2021_holder

中国・武漢にて、新型コロナウイルスとの闘いに関する展示会場に掲げられた習近平国家主席の写真。

REUTERS/Tingshu Wang

インド太平洋構想には、南シナ海・インド洋での海洋進出を強める中国に対抗し、日本・アメリカ・オーストラリア・インドによる包囲網を形成するという安全保障と、地域のインフラ投資を進める経済協力と、2本の柱がある。

しかし実質的には、空母に改修される「いずも」型護衛艦が米艦防護と米軍の後方支援を行う形の集団的自衛権行使を中心に、安全保障での協力が突出している。

インフラ投資協力のほうは進んでおらず、中国の王毅外相はその状況を見て、新しい「NATO(北大西洋条約機構)」という“烙印”を押した。

菅首相はその後、1月18日の施政方針演説で「自由で開かれたインド太平洋」の表現に戻り、「日米同盟基軸」をくり返し強調している。

近く行われるだろう菅氏との電話会談で、バイデン氏がインド太平洋戦略にどんな形容詞をつけるのか、中国も固唾(かたず)をのんで見守っているはずだ。

日本政府は、インド太平洋構想を「第三国に向けた戦略ではない」とし、中国包囲の意図を全面否定する。にもかかわらず、「日米共通の戦略」にすることについては、トランプ前大統領と合意に至っている。アジア版の新軍事同盟ともいうべきアメリカの「戦略」と、日本の「構想」の整合性は今後も問われ続けるだろう。

トランプとバイデン「目標は同じ、手段が異なるだけ」

okada_xijinping_2021_biden

1月26日、ホワイトハウスで演説するバイデン新大統領。

REUTERS/Kevin Lamarque

バイデン新大統領はまだ正式なアジア政策を明らかにしていない。

冒頭に紹介した習近平国家主席のブレーン、鄭永年氏はバイデン新大統領について「トランプのように非理性的ではないが、トランプ同様にアメリカ優先主義者であり、彼の対中姿勢と目標はトランプと同じであり、ただ手段が異なるだけ」と冷徹にみる。

鄭氏は、新政権は南北戦争以来の分断とされる内政修復に専念するとみるが、「内政で前進が見られない場合、国内批判を外交に転嫁し、それは中国に向けられる」と警戒感を隠さない。

そしてアジア政策について、名称がどうあれその本質的な方針は、トランプ政権が打ち出した「インド太平洋戦略」の「改訂版に過ぎないものになる」と突き放す。

(文:岡田充


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み