新宿区にあるバー。緊急事態宣言中の収入は、時短営業への協力金が頼みだという。
撮影:横山耕太郎
「毎日6万円の協力金をもらえるので生活は全く困らない。でもお客さんが来てくれる以上、午後8時以降であっても店を閉めるつもりはない」
新宿区で客席数10の小規模なバーを経営するTさん(49)はそう話す。
2020年1月7日、東京や神奈川など1都3県に発出され、その後11都府県に拡大された緊急事態宣言。対象の地域では、飲食店での酒類の提供は午後7時まで、営業は午後8時までの時短営業を要請している。
東京都では時短営業に協力した飲食店に対し、1日6万円、2月7日までの31日分で186万円の支給を決定。
当初は対象に含まれていなかった大企業も支給の対象になったものの、協力金については「一律の支給ではテナント料が高い店には少ない」などの声も聞こえてくる。
一方で、個人経営の小規模な飲食店によっては、1日6万円の支給額は、普段の売り上げの数倍に相当する店もあるのが実情。中には協力金をもらいながらも「隠れ営業」を続けている店もある。
緊急事態宣言を2月末までの延長検討もされており、飲食店支援のあり方が問われている。
月の収入「30万円から1500円に」
緊急事態宣言が発出された時の新宿歌舞伎町。 2021年1月7日撮影。
REUTERS/Issei Kato
Tさんの店は、新宿区の一角、小規模な飲み屋が点在するエリアのビルの2階にある。
ビル周辺は飲食店が多いわけではないものの、週末の夜になれば、サラリーマンらでにぎわう場所だ。しかし、コロナ後にはその姿は一変した。
Tさんの店を取材で訪れたのは1月中旬の金曜日の夜だった。道を歩く人の姿はほとんどなく、店の看板の電気も消され、飲み屋街の賑わいは消え失せていた。
13年前から個人営業のバーを営むTさん(49)の店では、コロナ後の売り上げは半分以下に落ち込んでいるという。
コロナ前までは、月の売り上げは平均60万円ほど。家賃25万円と、光熱費やお酒の仕入れ代など約5万を引いても、月に約30万円の収入があった。
「9月にぱたっとお客さんが来なくなり、平均30万円だった月のもうけは、1500円になった。もはや協力金なしではやっていけない」
深夜も「隠れ営業」するお店も
2020年11月の新宿区。時短営業をする飲食店が目立つ。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
午後8時までの時短営業要請を受け、小規模なバーは休業を選ぶ店も多いが、Tさんは店を開け続けている。
協力金をもらい「時短営業」を表明しているが、常連客から連絡があった時には、8時以降でも隠れて営業することもある。
「この辺の店では協力金をもらいながら、隠れて営業をしている店も珍しくない。隠れ営業がばれたという話も聞きません」(Tさん)
Tさんにとっては、1日6万円の協力金は平均的な売り上げの3倍。たとえ休業したとしても収入には困らないが、「お客さんが来てくれるというなら、店を閉める選択肢はない」と言い切る。
「コロナのような状況になれば、私のような自営業は本当に弱い立場。こんな時期だからこそ、かき集めてでもお金を貯めないといけない。
コロナが落ち着いたとしてもお客さんがどうなるか分からず、少しでもお客さんをつなぎ留めたい。『毎日やっている店だから』と来てくれるお客さんがいる以上、それがたとえ8時以降であっても店を閉める勇気はない」
「客が来なくても数カ月は営業できる」
新宿区でバーを経営するMさん。店は休業中だが、この日は店の空気を入れ替えるために店に来たという。
撮影:横山耕太郎
午後8時以降の営業自粛を受け、店を閉めている個人経営のバーも多い。休業中の生活を支えているのは、言うまでもなく協力金だ。
同じく新宿区のビルで、7席だけの別のバーを一人で経営しているMさん(50)も緊急事態宣言中は店を休業している。
Mさんが店をオープンさせたのは2001年。以来、定休日もなく、午後8時から午前5時まで、毎日お店を開け続けてきた。休業中の売り上げはもちろゼロだが、1日6万円の協力金は、通常営業日の数倍の収入にあたる。
「4月以降の協力金の蓄積もあるので、緊急事態宣言後、お客さんが戻らなくても数カ月は営業を続けられます。個人経営のバーにとって、補助金の額はそれくらい大きい金額です」
閉店を考えたときに「100万円」
Mさんの店では緊急事態宣後に向けて、グラスがきれいに磨かれていた。
撮影:横山耕太郎
4月の緊急事態宣言以降、Mさんの店はコロナと時短営業に翻弄されてきた。
Mさんの店は4月中旬から5月末までは休業し、6月からは午後10時までの時短営業をするなど、都の要請には全て従ってきた。
コロナによる影響は大きく、4月以降の売り上げは約半分に落ち込んだ。
「3月までは例年並みの賑わいでしたが、4月以降は一気に客足が途絶えた。夜の街からも人が消えてしまって、もう店を閉めようと考えていました」
そんなMさんを救ったのが、国が支給した「持続化給付金」だった。
「今でもよく覚えているのですが、5月8日、4月分の家賃の支払いをもう少し待ってくれないかと、大家さんに頼みに行こうとしたときでした。ATMで預金残高を見てみると100万が振り込まれて、『これなら何とか続けられるかもしれない』と思えるようになりました」
時短営業で何度も支給された協力金
Mさんが協力金や家賃補助のために記入した書類。厚い封筒にいくつもの申請書が保存されていた。
撮影:横山耕太郎
しかしその後も、午後10時には店が閉まる「時短営業のバー」になかなか客は戻らなかった。
そんな状況を支えたのも、東京都や国の補助金だった。4月と5月に時短営業した店への「東京都感染拡大防止協力金」は合計100万円。
その後、9月の営業時間短縮で協力金15万円。11月中旬からの時短営業でも40万円、さらに年末年始の時短営業では84万円を申請した。
そして今回、2回目の緊急事態宣言が出された1月7日から休業し、宣言期間中の31日分の協力金計186万円を受けとる。
他にも、国の「家賃支援給付金」が80万円、都の「家賃等支援給付金」でも約5万円の収入があり、Mさんが受け取った、または受け取る予定の協力金や給付金の合計は600万を超える。
「もちろん、本来なら店舗の減収幅に応じた額を補助するのが一番いいと思っています。営業規模から考えると、私はかなり手厚い支援を受けていると思います。
ただ店舗ごとに支給額を変える仕組みは、現状では時間がかかってしまう。一律の支給でも、スピードを大切にした制度で閉店せずにいられている店は少なくない」
Mさんは休業中の現在も、1週間に数回は誰もいない店を訪れ、モップをかけたり、グラスを洗ったり、いつでも店を再開できる用意をしている。
「支援のおかげで家賃は払えるけれど、店で飲む習慣がなくなった常連さんが、コロナが収束したときに、また店に来てくれるのかは分からない。先の事を思うと不安でいっぱいです」
菅首相「不満が大きいのは承知している」
現在開会中の国会でも、飲食店への補償については議論が続いている。
2021年1月27日の参議院予算委員会では、立憲民主党の蓮舫参院議員が「売り上げ、店舗数、席数、従業員数を考慮した決め細かな制度設計になぜしなかったのか」と追及。
答弁に経った菅総理は「(6万円は)東京都の平均的な店舗で固定費をおおむねまかなえる水準。不満が大きいのは承知してるが、できるだけ早く、中間的な水準として6万円に決めさせてもらった」と答えた。
Mさんのような個人経営のバーでは、新宿区内でも家賃は月約20万円。一方で、路面店や多くのアルバイトを雇用しているような大型の飲食店では、月に数百万の家賃を払っている店も珍しくない。
政府内では緊急事態宣言の延長が検討されているという報道もある中、スピード感を保ちながらも、窮地に追い込まれる飲食店への補償をどう担保してくのか。
補償が必要な所に届かない、あまりに大雑把な制度設計が生み出している不平等に、国は早急に向き合う必要がある。
(文・横山耕太郎)