1億ドル(約100億円)以上規模と定義されることが多いいわゆるメガ投資ラウンドにより、2020年はヘルスケア業界にとって記録的な年となった。
実は日本の巨大投資ファンドであるソフトバンク・ビジョン・ファンドもまた、密かにヘルスケア業界のメガ投資ラウンドに登場している。
会長兼社長である孫正義が率いる運用額1000億ドルのビジョン・ファンド1とその後設立されたビジョン・ファンド2では、ウーバー(Uber)やドアダッシュ(DoorDash)などへの投資を成功させてきた。
どちらのファンドも孫の得意分野であるテック業界への投資がメインではあるものの、将来有望だと思えば他業種にも出資を行ってきた。そのひとつがヘルスケアだ。
ビジョン・ファンド1の設立以降、ソフトバンクはアメリカの11社をはじめ、東南アジアや中国を拠点とするヘルスケア企業に投資。アメリカでは主にバイオテクノロジーのスタートアップや、ゲノミクス(ゲノムや遺伝子への研究開発)企業が投資先に選ばれている。これらはいずれも、長期間かつ費用のかかる当局の承認プロセスに多額の資金が必要な分野だ。
しかし最近は、デジタル・ヘルスケア分野への投資にも手を出し始めている。Pitchbookのデータによれば、2020年12月にはアプリを活用して不眠症や薬物乱用の治療を行うペア・セラピューティクス(Pear Therapeutics)に対し、10日の間隔で2度、合計1億1200万ドルの投資ラウンドに参加している。
ソフトバンクのヘルスケアへの投資はすべて1億ドル以上のラウンドで行われており、こうしたメガラウンドが2020年のヘルスケアへの投資額を押し上げた。
ただし、各ファンドの出資額は公表されていない。2021年以降も驚異的な伸びを維持できるかはまだ分からないが、コロナ禍により医療業界におけるイノベーションの必要性が明らかになった今、以前の状態に戻る可能性は低いと言う投資家もいる。
つまり、ソフトバンクのような巨大ファンドにとっては、巨額の資金を注入することでヘルスケアの将来を変えられる可能性が大いにあるということだ。
本稿ではPitchbookのデータをもとに、2017年にビジョン・ファンドが設立されて以降、ソフトバンクが投資してきたヘルスケアのスタートアップ11社を分析。事業内容・投資の詳細・参加した他の投資家の顔ぶれとともに見ていこう。
Whoop(フープ):1億ドル
Whoopのストラップ
Courtesy of Will Ahmed
事業内容:Whoopは健康・運動をトラッキングするストラップを製造しており、その機能は運動量がトラッキングできる腕時計型の他のデバイスと同様だ。プロゴルファー、ニック・ワトニーのコロナ感染の早期症状(呼吸数の上昇)を検知したのはこのストラップだと言われている。人気のフィットネス・アプリ、Stravaと組み合わせて使う。ストラップ自体を買うのではなく、月会費30ドルまたは年会費288ドルのサブスクリプションサービスとなっている。
投資内容:2020年10月28日にシリーズEの投資ラウンドでソフトバンクその他の投資家から1億ドルを調達。評価額が12億ドルとなった。
参加した他の投資家:ジャック・ドーシー、ケビン・デュラント、イーライ・マニング、パトリック・マホームズ、IVP、シリコンバレー・バンク(Silicon Valley Bank)、アコンプリス(Accomplice VC)、ツー・シグマ・ベンチャーズ(Two Sigma Ventures)、アドラス・ベンチャー(Atlas Venture)、サースデイ・ベンチャーズ(Thursday Ventures)
Pear Therapeutics(ペア・セラピューティクス):1億1200万ドル
患者はペア・セラピューティクスの「reSET-O」というアプリを使って薬物依存の治療を受ける。
Pear Therapeutics
事業内容:ペア・セラピューティクスは不眠症および薬物依存の患者に対し、アプリで治療およびトラッキングツールを提供する。同社によると、コロナ禍で睡眠を妨げられ、場合によっては薬物乱用につながる患者が急増しているという。本社はボストンとサンフランシスコの2カ所。
投資内容:1億1200万ドルを調達した2020年12月18日のシリーズD投資ラウンドをソフトバンクが主導した。
参加したその他の投資家:ノバルティス、シャンダ・グループ(Shanda Group)、EDBI、クリムゾノックス・キャピタル(CrimsoNox Capital)、パイロット・ハウス・ベンチャーズ・グループ(Pilot House Ventures Group)5AMベンチャーズ(5AM Ventures)、アーボリータム・ベンチャーズ(Arboretum Ventures)、ジャズ・ベンチャー・パートナーズ(JAZZ Venture Partners)、テマセク・ホールディングス(Temasek Holdings)
Collective Health(コレクティブ・ヘルス):2億500万ドル
事業内容:サンフランシスコを拠点とするコレクティブ・ヘルスは、ウーバー(Uber)やパランティア(Palantir)といった企業に従業員向け医療保険を提供する。保険請求や請求書の読み取りといった業務を効率化するテクノロジーを使い、企業のニーズに合わせた保険プランを設定する。
投資内容:2019年6月のシリーズE投資ラウンド(2億500万ドルを調達)をソフトバンクが主導した。当時、コレクティブ・ヘルスは評価額についてはコメントを避けている。
参加したその他の投資家:ソーシャル・キャピタル(Social Capital)、ファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)、NEA、GV、DFJグロース(DFJ Growth)、PSPインベントメンツ(PSP Investments)、ロック・ヘルス(Rock Health)、レッドポイント・ベンチャーズ(Redpoint Ventures)、マーベリック・ベンチャーズ(Maverick Ventures)、グレート・オークス・ベンチャー・キャピタル(Great Oaks Venture Capital)
Alto Pharmacy(アルト・ファーマシー):2億5000万ドル
事業内容:アルト・ファーマシーはアメリカのいくつかの都市において患者に処方薬のデリバリーを行っている企業だ。CVSやウォルグリーンなどのリアル店舗を持つ小売薬局や、アマゾンのPillPack、Amazon Pharmacyといったダイレクトメール型のサービスと競合している。また遠隔医療相談も提供しており、投薬の状況確認や、薬に関する質問にも答える。
投資内容:2020年1月のシリーズD投資ラウンド(2億5000万ドルを調達)をソフトバンクが主導した。5月には、企業価値が7億ドルになったと広報が話している。
参加したその他の投資家:グリークノークス・キャピタル・パートナーズ(Greenoaks Capital Partners)、ジャクソン・スクエア・ベンチャーズ(Jackson Square Ventures)、フライト・ベンチャーズ(Flight Ventures)、オリーブ・ツリー・キャピタル(Olive Tree Capital)、ゾラ・グローバル(Zola Global)、サムドラ・パシフィック・キャピタル・パートナーズ(Samudra Pacific Capital Partners)
10x Genomics(テンエックス・ゲノミクス):1億2500万ドル
事業内容:テンエックス・ゲノミクスは研究者向けにシングルセルおよび全ゲノムシーケンスの解析ソフトウェアを開発する。このソフトウェアはがん患者や希少遺伝性疾患の患者に向けた、免疫療法や細胞治療の研究に使われる。シリコンバレーに拠点を置く同社を創業したセルジュ・サクソノフは、個人向けゲノム解析サービスを行う23andMeの創業当時の研究担当ディレクターだった。
投資内容:ソフトバンクは2018年のシリーズD投資ラウンド(1億2500万ドル)に参加した。このラウンドでテンエックス・ゲノミクスは評価額を12.5億ドルにしている。2019年9月に上場した際は、時価総額が36億ドルとなった。ソフトバンクは現在、テンエックス・ゲノミクスへの投資はしていない。
参加した他の投資家:ベンロック(Venrock)、フィデリティ・インターナショナル(Fidelity International)、フォアサイト・キャピタル・マネジメント(Foresight Capital Management)、パラディン・キャピタル・グループ(Paladin Capital Group)
Encoded Therapeutics(エンコーデッド・セラピューティクス):1億3500万ドル
事業内容:エンコーデッド・セラピューティクスは遺伝子治療のスタートアップで、大量の遺伝子データを分析することで高度に特異的な標的型治療を開発する。例えば、希少な型の小児てんかんの治療について、2020年6月にFDA(米食品医薬品局)から治験開始の許可が同社に下りている。
投資内容:ソフトバンクは2020年6月のシリーズD投資ラウンド(1億3500万ドル)に参加した。
参加したその他の投資家:GV、マトリクス・キャピタル・マネジメント(Matrix Capital Management)、ARCHベンチャー・パートナーズ(ARCH Venture Partners)、イルミナ・ベンチャーズ(Illumina Ventures)、ボクサー・キャピタル(Boxer Capital)、ノーラン・キャピタル(Nolan Capital)、HBMゲノミクス(HBM Genomics)メンロ・ベンチャーズ(Menlo Ventures)、メリテック・キャピタル(Meritech Capital)
Karius(カリウス):1億6500万ドル
カリウスの研究者
Karius
事業内容:カリウスは、血液サンプルを使い診断困難な感染症を迅速に検知できる検査技術を開発する。さまざまな企業が推進するリキッド・バイオプシー(液体生検)と呼ばれるこの技術には、ここ1年半で投資家の関心が集まっており、関連する検査・診断技術に対する投資が増えている。
投資内容:2020年2月のシリーズBラウンド(1億6500万ドル)をソフトバンクが主導した。
参加したその他の投資家:テンセント・ホールディングス(Tencent Holdings)、コースラ・ベンチャーズ(Khosla Ventures)、ジェネラル・カタリスト(General Catalyst)、イノベーション・エンデバーズ(Innovation Endeavors)、ライトスピード・ベンチャー・パートナーズ(Lightspeed Venture Partners)、スペクトラム28(Spectrum 28)、カスディン・キャピタル(Casdin Capital)、パシフィック8ベンチャーズ(Pacific 8 Ventures)
Tessera(テセラ):2億3000万ドル
事業内容:テセラ・セラピューティクスはケンブリッジを拠点とするバイオテクノロジーのスタートアップで、遺伝子治療においてCRISPRの代替となる方法を開発する企業だ。遺伝子の編集ではなく遺伝子の書き込みに主眼を置いており、CRISPRのツールに匹敵する新しい治療法を模索している。
投資の内容:2020年7月にシリーズAのラウンドがあったが、そのわずか半年後、12月23日のシリーズB投資ラウンド(2億3000万ドルを調達)があり、ソフトバンクが他社と共同で主導した。
参加したその他の投資家:アルティトゥード・ライフ・サイエンス・ベンチャーズ(Altitude Life Science Ventures)、アラスカ・パーマネント・ファンド(Alaska Permanent Fund)、フラッグシップ・パイオニアリング(Flagship Pioneering)、カタール・インベストメント・オーソリティ(Qatar Investment Authority)
Vir Biotechnology(ヴィル・バイオテクノロジー):3億2800万ドル
事業内容:サンフランシスコを拠点とする免疫関連の企業で、HIV、インフルエンザ、B型肝炎、結核などの感染症の治療・予防に注力する。情報を共有し、より効率的に治療法を開発するため、世界中の研究機関と提携している。
投資内容:ソフトバンクは2019年1月のシリーズB投資ラウンド(3億2800万ドルを調達)に参加。その約10カ月後の2019年10月、同社は上場している。最後のプライベート投資ラウンドでは評価額が17億ドルとなっていた。プライベート・エクイティ・ファンド経由で、ソフトバンクは今でも株を保有している。
参加したその他の投資家:ARCHベンチャー・パートナーズ(ARCH Venture Partners)、エンジェル投資家のジェフリー・フーバー(Jeffrey Huber)
Relay Therapeutics(リレー・セラピューティクス):4億ドル
事業内容:リレー・セラピューティクスは、たんぱく質の動きをとらえることでより良いがん治療薬の開発を支援するバイオテック企業だ。がんなどの疾患で見られる変異したたんぱく質を見つけるために、計算ツールを使ってたんぱく質の動きをとらえる。これにより従来他のがん治療で使われるたんぱく質の静止画では得られない情報を提供できる。
投資内容:2018年12月のシリーズC投資ラウンド(4億ドルを調達)をソフトバンクが主導した。7月16日に上場した際にはさらに4億ドルを調達し、評価額が17億ドルとなった。ソフトバンクはプライベート・エクイティ・ファンドを通して今でも株を保有している。
参加したその他の投資家:サード・ロック・ベンチャーズ(Third Rock Ventures)、GEヘルスケア
Zymergen(ザイマージェン):7億5600万ドル
ザイマージェンの試験研究所で生物学的に作られた柔軟なフィルム、Hyalineを見せる研究員。
Zymergen
事業内容:合成生物学の企業であるザイマージェンは、生物を利用して新しい素材を創出する。例えば、薬や食品に使われる甘味料の毒性を低くしたり、生分解可能な建築材やバッグなどの製品を作るために、細胞の力を活用したりする。使い捨てプラスチック問題の解決の一助になるということで、コロナ禍以前はベンチャーキャピタルに人気の分野だった。
投資内容:創業から8年たち、2020年7月29日にシリーズD投資ラウンドでソフトバンクなどの投資家から3億5000万ドルを調達。ソフトバンクは2018年のシリーズC投資ラウンド(4億600万ドルを調達)にも参加している。
参加したその他の投資家:ベイリー・ギフォード(Baillie Gifford)、シェハリオン・ファンド(Schiehallion Fund)、サイファイVC(SciFi VC)、DCVCバイオ(DCVC Bio)、トゥルー・ベンチャーズ(True Ventures)、パーセプティブ・アドバイザーズ(Perceptive Advisors)、バロン・ファンド(Baron Funds)、スコティッシュ・モーゲージ・インベストメント・トラスト(Scottish Mortgage Investment Trust)、マイクロ・ベンチャーズ(MicroVentures)
(翻訳・田原真梨子、編集・野田翔)
[原文:SoftBank has quietly backed some of healthcare's biggest startups. Here are its 11 top investments.]