あの「休校要請」から間もなく1年。教育現場はどう変わったのか

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教育界をリードする3名による対談。行政、現場、民間というそれぞれの立場から、熱く語り合った。

Business Insider Japan

2020年2月27日、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い政府が要請した臨時休校は教育関係者に激震をもたらした。かねてより検討されていたGIGAスクール構想に基づくICT活用への期待が高まり、急ピッチの対策を迫られる。Withコロナ時代の教育現場では何が議論され、そこからどのような課題が見えてきたのだろうか。

今回、ICT環境の整備が十分に進んでいない中でオンライン教育を断行した尼崎市教育委員会 教育長の松本眞氏、コロナ禍以前から先進的にICTを活用していた国立学校法人京都教育大学附属桃山小学校 教頭の桑名良幸氏、そしてファシリテーターとして子どもたちの創造・表現活動を推進するNPO法人CANVASの理事長であり、慶應義塾大学教授の石戸奈々子氏を迎え、教育界をリードする3名が、行政、現場、民間というそれぞれの立場から、熱く語り合った。

現場が創意工夫できる設計を心がける

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尼崎市教育委員会 教育長 松本眞氏。

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石戸奈々子(以下、石戸):今回のコロナ禍で、教育×ITの話題が多く報じられたことで、「日本は諸外国に比べて学校教育のICT化における後進国だった」と知った方も多かったと思います。まずは、休校要請があってからオンライン授業が開始するまでにどのような経緯があったのかお聞かせください。

松本眞(以下、松本):前提として、尼崎市は就学援助認定率※が全国平均より5%ほど高く、他の自治体に比べ貧困世帯に対しセンシティブにならざるを得ないという特徴があります。学校のICT環境も整備されていない状況でした。

※就学援助認定率:要保護及び準要保護児童生徒数を公立小中学校の児童生徒数で除して算出したもの。

休校が始まった2020年3月は、ほとんどの自治体で「早い春休み」というくらいの認識だったと思います。しかし、4月初旬頃に5月もこの状況が続きそうだと分かり、5月からはオンラインで新学期の学習を進める必要があると考えました。

4月当初は教育委員会が動画を作り配信する方法を検討しましたが、労力が大きい割にコンテンツの質も期待できない。それならば、既にある民間のコンテンツをかき集めたほうが役立つのではないかと考え、4月前半に動画まとめサイトをつくり、家庭学習の支援ツールとして教育委員会のHPにアップしました。

同時に、5月以降のICT活用の形について考えていました。勉強だけではなくモチベーションを得たり、友達と高め合ったり、助け合うところが学校の良さで、そういう雰囲気を作るのは児童生徒の目の前にいる先生です。であれば、それを助けるようなICT活用の形でなくてはいけない。教育委員会が出しゃばりすぎず、先生にとっても子どもにとっても魅力なICT活用を設計しようと決めました。

このような経緯でさまざまなツールを検討する中、コンテンツを共有できるプラットフォームとしてBoxを導入しました。Boxの魅力は、極めてシンプルで、家庭側がアカウントを持っていなくても、先生が作成したコンテンツを、簡単にセキュアな状態で各家庭に届けられることです。それと同時に、Zoomなどのツールを使用できるようにセキュリティ要件の緩和も進めていき、ICT活用を推し進めていきました。

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尼崎市における、臨時休校を踏まえた学習補償の取り組み。

出典:松本眞氏作成資料より

ICT先進校だからこそスピーディーに対応できた

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国立学校法人京都教育大学附属桃山小学校 教頭 桑名良幸氏。

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桑名良幸(以下、桑名):本校は国立大学附属学校として、5年先の教育を常に意識し、広く全国の公立学校のモデルとなるよう一歩先を進んでおかないといけないという使命感があります。10年前から教育のICT化に取り組んできましたが、国立だからと言って特別に資金面で恵まれているというわけではなく、文部科学省の研究に協力して獲得した研究費で研究を積み重ねながら徐々に学校保有の端末を増やすなど、計画的に工夫をしてきました。

また、2019年度からは保護者とのやりとりはすべて“Classting”という、登録が簡単で、かつセキュアな学校向けSNSによるデジタル配信に踏み切りました。私も今まで公立から私立まで、赴任した学校でさまざまな家庭環境を見てきましたが、ほとんどのご家庭でスマートフォンをはじめ、何らかの情報端末機器をお持ちだったという経験と、本校で情報端末機器をお持ちかどうかのアンケートを実施した結果を踏まえて、デジタル化に踏み切っても大丈夫という自信がありました。

おかげで、政府からの休校要請を保護者と同時にニュースで知るという緊迫した状況下でも、何とか乗り切ることができました。

あのとき、政府からは翌週月曜日からの休校を木曜日に要請され、私たちが対応できるのは金曜日しかありませんでした。そこで、木曜日の夜に急遽教員間で連絡を取り、Boxのオンラインノートアプリ“Box Notes”を活用して臨時職員会議に向けたコミュニケーションを取りました。オンライン上で1つのドキュメントを複数人で共有、同時編集できることを活かし、担任から不安なことはすべて書き出してもらい、回答できるものはその場で回答し、議論が必要なものは翌朝の緊急職員会議で話す——というように、決定事項として共通理解するものと一定議論が必要なものとを素早く洗い出し、対処できたことはとても大きかったと感じます。これは間違いなく、ICT活用の恩恵です。

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Box Notesを活用し、休校要請の出た日の夜に、職員会議に向けたコミュニケーションを行った。

出典:実際に使われたBox Notesより

4月には、新1年生の保護者に対して時間差で入学式と説明会を開催し、その場で学校と保護者との連絡ツールである“Classting”の登録と、オンラインで学習を進めるためのツールである“ロイロノートスクール”の操作方法までご説明させていただき、保護者のデバイスで、保護者と子どもが一緒に学習を進めるという体制を整えました。そして、各学年に対し動画配信を含むオンライン教育を始めましたが、「各家庭では今、何に困っているのか」がわかるように、こまめにアンケートを実施しながら進めていきました。

そこで見えてきた課題もありました。

動画などのコンテンツは「知識理解」には有効ですが、子ども側から発想するという「創造性を育むこと」には適さないのです。やはり、双方向のコミュニケーションができる「授業」は大事なのだと実感しました。そこで、高学年は4月中旬から、中学年、低学年も5月半ばに徐々にZoomによるオンライン授業を導入しました。

コロナ禍で浮き彫りになった「家庭」の環境整備の必要性

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尼崎市で行われた家庭の通信環境調査の結果。

出典:松本眞氏作成資料より

石戸:全国的にオンライン教育導入が進まなかった背景に、環境が整わない家庭に配慮したことがあると思います。

松本:尼崎市で家庭のインターネット環境について緊急アンケート調査した結果、約5%の家庭がインターネットの環境整備ができないことが分かりました。公共の世界ではこの5%に対する配慮が求められますが、一斉臨時休業という状況においては、批判があることを承知で進めないといけない。

4月22日、教育委員会の幹部に向けて、「日本の公教育の常識が変化している」というメッセージを伝えました。そして、これまでの「1人ができないなら全体でもやらない」という原則は変えなくてはならない、ここはリスクを取ろうと強く訴え、足並みを揃えることから始めました。とにかくやれるところからやっていこう!と言い続けたのです。

目指すべき「平等」の形とは

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NPO法人CANVAS理事長/慶應義塾大学教授 石戸奈々子氏。

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石戸:まさに、コロナ禍において私たちが向き合うことになったのは「平等とは何なのか」という問題でした。尼崎市の例で言うと、5%の家庭が対応できないなら、全員がやらないのが平等という見方もあります。確かに特定の家庭を補助したら不平等だと考える人もいるでしょうが、それによって全員が1つ上のステージの教育を受けられるなら、そちらの方が良いとも言えます。何を平等と考えるかで、今回のスタンスが大きく変わったのではないでしょうか。

松本:5%を大切にしなければいけない場面と、95%を大切にするべき場面が状況に応じてあると思います。究極の目的は子どもたちの学習保障とモチベーション維持です。この目的のために何を優先するかが時と場合によって異なり、管理サイドは最適解を見極める必要があります。通常時はダイバーシティの観点からマイノリティへの配慮が大事です。しかし今回のような状況では、気にせずどんどんやれと応援し、5%の方には特別な手当をしていくということが必要でした。

石戸:実際にオンライン教育に舵を切ったことで保護者から不満の声はあがったのでしょうか。

桑名:保護者の方の多くがオンライン授業に踏み切ったことを評価してくださいました。また、本校では、事前アンケートによって環境を調査・整備しつつ、家庭環境が整っていない児童は登校させるという対応も取り、平等な機会を提供するという面では概ね不満の声はありませんでした。ただ、1年生は一度も登校もできず、そもそも「学習する」ということが何なのかも分からないままこの状況になってしまったわけで、ご家庭には大きな負担をおかけしました。

ハイブリッド教育に適したコンテンツ

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石戸:私は2010年に設立したデジタル教科書教材協議会を通じてさまざまな政策提言を行ってきましたが、これからのWithコロナ時代において、オンラインとリアルのハイブリッド教育が普及する前提に立つと、教材となるコンテンツをどう工夫するかが重要になると思います。そこでは、自治体ごと学校ごとにコンテンツを作らなくても、各教科の素晴らしいコンテンツを全国的に共有できる「超小学校」を作ればいいとも言える。先生方は、それを使って、インタラクティブな対話型の「授業」というコンテンツ作りに集中するという考え方もあると思っています。

松本:これから教材の情報量は圧倒的に増えていくと思います。教科書は「ペースメーカー」であり、何かを調べたときに確認すると「正しいことが書いてある」存在になります。今後も先生の役割も本質的には変わりませんが、教材が増えれば「学びのコーディネーター」という面が強くなるため、教科書だけを教えていればいいと考えている先生は授業を改善する必要があります。

桑名:教材も含めいろいろな学びの可能性が増えていく中で、習得した知識を、教科を横断してつなぎ合わせて追究・整理していくのが学校の役割だと考えています。オンライン授業に取り組んでみて、限界もあると感じました。学校はやはり人間力育成の場であり、他者と交わることにより育ちが生まれる場である。そういった、学校が持つ根本的な役割を再認識することができました。オンラインを整備すると同時に、学校でしかできない学びの場を作るのが重要だと思います。

Withコロナ時代の教育のありかた

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京都教育大学附属桃山小学校新校舎での授業の様子。

出典:京都教育大学附属桃山小学校

石戸:学校教育のICT化において、日本は世界から2周遅れています。PC導入やネット環境の整備、教科書のデジタル化は今すぐにやるべきことです。最後に、Withコロナでオンライン教育の導入と同時に対面授業の重要性も浮き彫りになる中で、ハイブリッド教育が進むと、教育のあり方はどう変わっていくと思われますか?

松本:GIGAスクール構想でICT環境が整備されつつありますが、理想の授業スタイルは定まらず、まだ無秩序の戦国時代であると感じています。今私が意識しているのは、理想を押し付けるのではなく、いろいろな現場の取り組みを応援し、良い取り組みを共有することです。学校により差が出ると思いますがそこは大目に見て、頑張っている取り組みを褒めることで全体の底上げを図っていきたいです。

また、ハイブリッド教育が当たり前になれば、病弱で学校に通えなかったり、学校が合わない子どもも効率的に学習を進めることができる。ただ、今の教員体制でオンラインもリアルも、というのは難しいので、中学校から通信制を可能にすることも視野に入れて良いと考えています。できる限り多様な選択肢を用意したいですね。

桑名:例えば子どもたちが1人1台端末を持つと、全員が前を向いて座っている必要はなくなります。学校は新しい学習スタイルに適するハード面も整備しなくてはいけません。本校も新校舎が完成したところですが、教室の壁を移動式にして4面全部をホワイトボードにしたので、子どもたちがいろいろなところで議論できるようになります。

今回のGIGAスクール構想で支給された端末も、5年後には古くなっていたり、破損したりもしているでしょう。では、その端末を買い換えるお金は誰が出すのか? 本校はBYOD(Bring your own device/個人所有のデバイスを使用すること)の道に進むために、今年度入学児童の保護者様から毎月少しずつ積立金を集めることも計画していす。

石戸:今回の一斉臨時休校は「学校」というものを社会全体で捉え直す機会になりました。これからは、全てのプレイヤーが自分たちにできることを考えながら、社会全体で子どもたちが学ぶ新しい環境を作っていくことが大事ですね。奇しくもコロナ禍によってそこに変化の兆しが見え、ありとあらゆる立場の方が子どもたちのために手を貸そうという機運が生まれたことは喜ぶべきことです。これを一過性に終わらせるのではなく、新しい学びの場を構築するためのエンジンとして持続させていきたいですね。


コロナ禍において休校中の学習補償をどうするのかという議論は、同時期にテレワーク推進を求められた企業が試行錯誤を繰り返してきた道のりに重なる。

2020年、新しい「当たり前」ができたことを契機に、私たちは改めて働き方を見つめ直し、変革するチャンスを得ていると言える。1つのカギは「超小学校」という言葉もあったが、いかに情報やコンテンツを共有し、コラボレーション、そしてコミュニケーションしていくかだ。

先行きが見通せない時代に、「子どもたちの学びを守る」という目的のために、さまざまなレイヤー間の障壁を乗り越えてきた3人の視線は、既にもっと先の未来を見据えている。彼らの生の声は、教育界だけのことに留まらず、企業変革とも通じるものがあった。

■Boxについて、詳しくはこちら


松本眞:尼崎市教育委員会 教育長。静岡県静岡市出身。東京学芸大学、同大学院を経て、文部科学省に入省。内閣官房等での勤務を経て、2018年4月に尼崎市教育委員会教育長に就任。

桑名良幸:国立学校法人京都教育大学附属桃山小学校 教頭。京都市立小学校、私立小学校を経て、2015年度より京都教育大附属桃山小学校に赴任。2018年度より教頭職に就任し、教育の情報化を推し進め、教職員の働き方改革の一環としてBoxの導入をはじめ、家庭との通信をデジタル化することなどをおこなった。2021年2月19日(金)にオンラインで同校メディア・コミュニケーション科研究発表会「相手を意識して主体的に情報を活用しようとする子の育成 学習の基盤となる21世紀型情報活用能力の育成『で?結局どうすれば?』の具体案」を開催。参加申し込みは同校HPより可能。

石戸奈々子:NPO法人CANVAS理事長/慶應義塾大学教授。東京大学工学部卒業後、マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員研究員を経て、2002年子ども向け創造・表現活動を推進する NPO「CANVAS」 を設立。2011年株式会社デジタルえほんを立ち上げ、子どもたちの創造・表現活動のツールの開発にも取り組んでいる。

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