2020年のダボス会議の前にスイスで会見するクラウス・シュワブ会長。
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- Business Insiderは、世界経済フォーラム(ダボス会議)の創設者兼会長クラウス・シュワブ氏に話を聞いた。
- 氏は最近「ステークホルダー資本主義」に関する新著を出版。バイデン・ハリス政権は世界経済にとり、このステークホルダー資本主義への「最後のひと押し」になるという。
- 世界経済フォーラムでは現在、世界の基準設定機関や政府の協力のもと、ESG測定指標を開発している。これが広く企業に採用されれば、ESGに対する各社の取り組みが比較できるようになるという。
世界経済フォーラム(ダボス会議)の創設者であり会長のクラウス・シュワブ氏は、毎年スイスのダボスで世界的なリーダーや経営者が集まる華やかな年次総会を主催している。しかし、コロナのパンデミックがそれを変えてしまった。
2021年の年次総会はシンガポールに場所を移すことになり、5月に延期となった。ダボス・アジェンダというオンラインのイベントが1月24日に始まるにあたり、Business Insiderはシュワブ氏に話を聞いた。
アメリカの新たなバイデン・ハリス政権がグローバル資本主義にとって何を意味するのか、気候変動と闘う企業リーダーの重要性などについて、最近「ステークホルダー資本主義」に関する著書を出版したシュワブ氏はどう見ているのだろうか?
バイデン政権が世界経済に意味するもの
アメリカの「パリ協定復帰」はステークホルダー資本主義にとって歓迎すべきこと、とシュワブ氏は言う。
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——アメリカでは、今、バイデン政権がアメリカにとってどういう意味があるのかということが話題になっています。新しい政権はグローバル資本主義にとって何を意味しますか?
新しい政権は、株主重視の資本主義からステークホルダー中心の資本主義への移行のための必要な最後のひと押しをしてくれると思います。
バイデン大統領のスピーチを聞いていると、「Building Back Better(より良い方向への建て直し)」という表現をよく耳にしますが、「better(より良い)」とは、社会と地球を過去と比べ、より私たちの意思決定と合わせたものにしていくことを意味します。
私たちは、金融資本だけでなく、人的資本や社会的資本をも国家の資本として定義し直すという、経営哲学上の大きな転換点に立っています。私たちは、これら4つの次元のすべてに注意を払わなければなりません。そうすることで、企業は長期的に成功することができるのです。
——あなたの新刊『Stakeholder Capitalism(未訳)』では、グローバル経済がなぜ、どのようにしてこのステークホルダー資本主義を受け入れる必要があるのかについて書かれています。まず、ステークホルダー資本主義の定義をお聞かせください。もし私たちの社会がそれを受け入れられなければ、何が起こるのでしょうか。
ステークホルダー資本主義とは、企業が戦略的意思決定をする際、株主の短期的な利益に対する期待だけに配慮せず、社会やあなたの会社、従業員が持っている期待にも注意を払うということです。そして、人や会社の繁栄だけでなく、自然資源を無駄にせず、地球のためになろうとすることです。
それは矛盾している、と言われるかもしれません。利益を得るための経済的な目的がある一方で、現在ESG基準と呼ばれている、環境、社会、良いガバナンスの基準に基づいて責任ある行動をするという目的があります。
しかし、これは実際には矛盾しません。私たちが今生きているよい環境の中で長期的な成功を収めようとするならば、若い顧客やすべての従業員の期待にも応えなければならないからです。そして、社会的に責任ある行動をとらなければなりません。信頼を築くことです。つまり、短期的な目標を念頭に置いて投資をするのか、長期的な企業の活力へ投資するのかの違いなのです。
——今、企業のリーダーたちはあなたの言う長期的な視点を大切にしていると思いますか、それともまだ短期的な視点にとらわれていると思いますか? 後者だとすれば、何を変える必要がありますか?
コロナ危機は、長くすべての利害関係者に対して責任を果たしてきた多国籍企業が、レジリエンス(回復力)を高める投資をすることで業績をさらに高められるということを示してくれました。
今、とても重要なのは、進捗状況を測ることです。ダボス会議のアジェンダウィークでは、世界の主要企業50社が、比較可能なESG測定指標を採用することを発表します(訳注:1月26日、世界の主要企業61社がこのESG指標と他の開示事項を合わせた取り組みに参加することを発表した)。
金融の世界では、財務的な観点からパフォーマンスを評価するための基準がありますが、企業がESGの分野で実際にどのような成果を上げているのかを知るためには、幅広く使われている測定システムが必要です。
——ESG測定指標がステークホルダー資本主義をどのように後押ししていくのか、もう少しお聞かせください。ESG測定指標はまだ広く採用されていませんが、これで本格的な変化を起こせるものなのでしょうか?
まず、私たちはこの分野を自分たちだけのものにしたくはありません。私たちの国際ビジネス評議会(International Business Council)は、世界の基準設定機関や政府と協力して、実際に測定するために企業が広く受け入れられるような枠組みを開発しています。企業はそれらの指標を採用し、それに沿って報告することになります。
もちろん、すべてが完璧というわけにはいきませんが、現状では、企業は主にESGでやろうとしていることについてレポートを出しているだけです。これからは実行に移さなければなりません。例えば、二酸化炭素をどのように責任ある方法で使用しているのか、社員の多様性をどのように向上させているのか、などを具体的な方法で示す必要があります。
長期的な変化を起こす企業リーダー
アメリカの労働者の賃金が近年ほとんど上昇していないことが社会を弱くしていると、シュワブ会長は著書『Stakeholder Capitalism』で述べている。
Walmart
——コロナ危機では、世界の企業が共通のテーマで結集できることを示しました。団結と連帯についてのテレビCMを放映し、労働者には新たな手当を支給しました。最前線で働く人たちには通常の給与に加えて危険手当を払いました。しかしその後、CMの放映は中止され、手当も更新されていません。
これらの変化を一時的なものではなく長期的なものにするにはどうすればよいのでしょうか? 企業のリーダーが長期的な変化を起こすためには何が必要ですか?
そのご指摘の点は少し違うと思います。企業は今でもしっかりと関与し続けています。私たちは、COVID-19アクションプラットフォームの枠組みの中で、航空会社20社が一丸となって、世界中にワクチンを迅速かつ低コストで輸送することを保証すると発表しました。このように、企業は今でも非常に積極的に関わっています。
今、世界経済フォーラムには、コロナ危機が始まった時より多くのパートナーがいます。これらのパートナーは主に、現実の問題へ取り組み、雇用の創出、人々の再雇用、スキルアップ、環境面での進展を図るために、私たちのパートナー企業となりました。
例えば、今後10年間で1兆本の木を植えるという私たちの目標を考えてみてください。企業は今、自分たちが単なる経済の生産単位ではなく、社会に根ざした生き物であるという現実を受け入れているのです。
——今、大企業のリーダーだけでなく、中小規模の会社を率いる経営者にメッセージを伝えられるとしたら、彼らが真にステークホルダー資本主義を受け入れるために、どんなことを伝えたいですか?
ご指摘はわかりますが、その質問には思い込みも含まれているのではないでしょうか。
コロナ危機の間、私たちは政府が果たす大きな役割を見てきましたが、大規模な多国籍企業が果たす大きな役割も見てきました。危機は、特に中小企業に大きな打撃を与えたと思いますが、中小企業も経済システムの一部です。ですから、コロナ危機の構造的な影響を受けている企業には、特に注意を向けなければなりません。
では、彼らに何を伝えればいいのか。もしあなたが20人規模の会社の経営者だとしたら、会社は基本的には家族のようなものです。家庭ではあなたも家族一人ひとりの面倒を見ますよね。それを続けてください、と伝えたいですね。
——あなたは新著の中で、地球だけでなく、人を受け入れることの重要性についても語っています。しかし、気候変動の脅威を信じていない人たちが何百万人もいる中で、どうしたら状況を改善できるでしょうか?
そのような人たちには、気候変動に対処しても国にコストがかかることはない、逆に、国の経済の発展や新たな投資にも寄与するのだと伝えなければいけません。
多くの人は、気候変動への取り組みには莫大なコストがかかるため、生活の質の低下につながると感じています。しかし例えば、欧州のグリーンディールでは約200万人の新規雇用が創出されるとの試算があります。これらの雇用は所得を生み出します。その所得は税金を生み出し、購買力を生み出します。
この危機の後に必要なのは、大規模なインフラ投資によって経済を活性化させることです。今後さらにインターネット依存が高まる中、すべての人がインターネットにアクセスできるようにすることです。まだ世界人口の半分近い30億人がインターネットを使えませんから。そして、経済が環境に優しいものになるようにしなければなりません。
今、最も価値のある自動車メーカーはどこかと言えば、環境を大切にするという責任を実践しているテスラです。このように、正しいアプローチをすれば、大きなビジネスチャンスがあるのです。懐疑的な人たちにこのメッセージを伝えれば、もっとポジティブな反応が得られると思います。
再スキル化とスキルアップ
——あなたは再スキル化(Reskilling)とスキルアップ(upskilling)というとても重要な言葉に言及しました。なぜこれらがステークホルダー資本主義にとって重要なのでしょうか。
第四次産業革命はパンデミックによって大幅に飛躍しています。先週末、私は高齢者の方々に会いましたが、彼らもようやくデジタルバンキングを使えるようになったそうです。このように、テクノロジーは至るところで進歩していますが、テクノロジーには今までとは異なるスキルが必要なのです。
世界経済フォーラムが発表した調査によると、将来、今ある仕事の半分は何らかの形で時代遅れのものになるそうですから、スキルアップと再スキル化が必要です。私たちは、特にICT(情報通信技術)分野の企業と協力して、世界中の何百万人もの人々に再スキル化とスキルアップを提供するという大きな取り組みを行っています。
——ステークホルダー資本主義に関し、将来に向けて最も期待していることは何ですか?
私の本の中でも述べましたが、ニュージーランドがやっているように、企業レベルだけでなく、政府レベル、社会レベルでも、財政的、経済的な面だけでなく、人々の幸福に焦点を当てた取り組みができるようになると期待しています。
そのためには、国民の所得が高くなければなりませんし、経済を強化しなければなりません。しかし、人々は必要な社会的サービスも求めています。自分たちの経済がより包括的で持続可能なものであるだけでなく、よりレジリエンスのあるものであることを望んでいます。
人々は守られていると感じたいのです。すべての陰謀論は人々の恐怖心から生まれます。パンデミックの影響、技術的混乱の影響、紛争の影響、気候変動の影響など、今起こっていることすべてが、未来に対するある種の恐怖から来るのだということは理解できます。
だからこそ私たちは、建設的で楽観的な精神で未来に挑まなければならないのです。
(翻訳・編集:大門小百合)