自粛が長引く中、つい「寂しさ」を感じてしまうシマオに、佐藤優さんは「変化が激しく不安定な社会の中では、孤独を感じることが自然である」と説く。 今や「孤独」は世界的な社会問題でもある。
では人は孤独を感じた時、どのように行動したらよいのか。また、孤独を感じる環境とはどのような状況か。シマオは佐藤さんの考えを聞く。
行き過ぎた資本主義が孤独感を助長させる
シマオ:孤独というのは、いまや世界的な問題になっているみたいですね。イギリスでは2018年に孤独担当大臣というポストまでつくられています。
佐藤さん:イギリスにおける孤独委員会の報告では、孤独というのは1日にたばこ15本を吸うのと同じくらい健康に害を与えるそうです。人口の13%が孤独を抱え、その経済的損失は4.7兆円になると試算されています。
シマオ:そんなに! 国によって孤独の問題への対応の違いというのはあるんでしょうか。
佐藤さん:国柄のようなものは出るでしょうね。やはり大きいのは資本主義です。新自由主義的な価値観が広まることで、中間層以外、つまり上の層と下の層に孤独が広がっているんです。
シマオ:上と下? 収入が高い層も孤独になるんですか。
佐藤さん:上の層は仕事に追われることで孤立してしまうことも多いんです。例えば韓国は、日本以上に資本主義システムが急速に浸透した社会だといえます。
シマオ:韓流ドラマを見ていると、韓国の大企業での就職や出世競争はすごく厳しいですよね。
佐藤さん:韓国の企業では、役員になる年齢が平均的に50歳以下と日本より早い一方で、役員在職期間は2, 3年というのが多くなっています。つまり、実質的な定年が早いということで、出世したからといって安泰だとはいえません。その後に待っているのは再就職の厳しさとそれに伴う孤独感なんですよ。
シマオ:それなら、資本主義がいちばん進んでいそうなアメリカも孤独の問題が深刻そうですね。
佐藤さん:アメリカの場合は社会全体がそういう資本主義的なシステムなので、収入が高い人はたとえ孤独になっても、人的関係をお金で買える部分があります。ですから、貧困層だけが取り残されている状況です。
シマオ:ロシアとか中国はどうなんでしょう。
佐藤さん:どちらも国家を信用していない国柄ですから、家族や共同体というものが大事にされます。そういう意味では比較的、孤独という問題は大きくなりにくいように思います。
シマオ:なるほど。そうすると日本は資本主義っていっても、まだアメリカとか韓国よりはマシなのかな……。
佐藤さん:そうともいえません。日本の場合は成長の鈍化によって社会全体に余裕がなくなっています。引きこもりや孤独死はもはや特殊なことではなくなってきていますし、そこに新型コロナの外出自粛が追い打ちをかけている訳です。
身体性のないSNSのつながりでは孤独は癒せない
シマオ:SNSはつながるためのツールだったはずなのに、なんで社会は孤立化に向かってしまうんでしょうか?
佐藤さん:結局、SNSのつながりというのは幻想にすぎません。つながっていると思っていても、それは本質的なものでないことが分かるから、余計に孤独を感じるのです。実際にSNSでつながっていても、もしシマオ君が何らかのトラブルに巻き込まれた場合、本当に助けてくれるのは何人いると思いますか?
シマオ:実際に電話するとなると、家族以外だと本当に少ないですね。Facebookの友達っていっても、本当に仲良い人がどれだけいるか……。それにTwitterのやり取りとかを見ていても、毎日いろんな人が喧嘩していて。もちろんいいことがあると、それがシェアされたりと、優しさの連鎖もあると思いますが、それ以上に負の感情がうごめきあっている気がします。
佐藤さん:デジタルな言論空間にいると、身体性が感じられないから勘違いしてしまうんですよ。
シマオ:身体性?
佐藤さん:目の前にいる人に暴言を吐けば、下手をしたら殴られてもおかしくないですよね。だから普通はムカついたりしても、それを直接的に口に出すことはほとんどない訳です。でも、SNSになったとたん、多くの人がそれを忘れてしまう。
シマオ:確かに、普段なら言わないような大きなことや過激なことを、SNSだと書いてしまうことがあります。たまに、メールの文面から受ける印象と実際の印象が全然違っていて驚くことってないですか?
佐藤さん:そういう人には気をつけたほうがいいです。私はメールを読んでおかしいなと思ったら返信もしませんし、付き合うこともありません。
シマオ:さすが……。でも、便利だと思われているデジタルの弊害が、こういうところに表れているんですね。
孤独に強くなろうとせず、環境を変えることが大切
シマオ:やっぱり孤独を感じるかどうかの違いは、精神力の強さによるんでしょうか?
佐藤さん:もちろん、その人にあらかじめ備わっている精神の強さ、体質のようなものもありますが、それだけでなく環境も重要です。つまり、孤独への耐性は体質×環境として考えるとよいでしょう。
シマオ:体質と環境を総合的に判断して、自分の耐性を自覚することが必要なんですね。孤独に対する耐性を上げるためにはどうしたらいいんでしょう。
佐藤さん:孤独から抜け出すためには、まずは環境のほうを変えることが大切です。以前にもコミュニティとアソシエーションという二つの関係構築の話をしたと思うけど、意識的にそういう関係性を築くことです。
シマオ:なるほど。人は生まれながらの体質以上に孤独に強くはならないってことですかね。
佐藤さん:ある意味で訓練は可能だけれど、おすすめはしません。孤独な環境に飛び込んで、ひたすら耐えることは相当大変なことです。
シマオ:途中で折れてしまいそうですね……。
佐藤さん:訓練だと思って、必要以上に頑張ってしまうと、知らない間に心が壊れてしまいます。自分の耐性を過剰評価することは、むしろ危険です。
シマオ:経営者は孤独だなんていいますけど、仕事でだんだん上の地位になっていくと、やっぱり孤独を感じるものなんでしょうか?
佐藤さん:その側面はあるけれど、上に立つことで孤独になるのは本当のトップだけですね。それは給料が多いか少ないかということではなく、責任を負っているかどうかということです。その意味で、部長やチームリーダークラスは全然孤独ではないし、日本の大企業の社長の多くは孤独だとはいえないでしょうね。
シマオ:そうなんですか?
佐藤さん:大企業の社長はみんな「雇われ社長」ですからね。なんとなれば会長とかまわりに責任を投げることができますよ。むしろ中小企業の社長のほうが、一国一城の主ですから孤独もまた大きいと思います。
シマオ:中小企業の社長は、戦国武将みたいなものですね。
佐藤さん:負けたら国(=会社)がつぶれてしまいますから当然、危機感も大きいでしょう。
シマオ:佐藤さんの作家という職業も孤独を感じますか?
佐藤さん:そうですね。ほとんど一人でやるという物理的なこともありますし、作家というのは自称しているだけではダメで、読者に認めてもらわなければなりません。そういう意味では画家や棋士といった職業と同じで、勝負事にまつわる孤独を感じることもあります。これらの職業の人は、うまく孤独を味方につける術を身につけている人が多いと思いますよ。
シマオ:孤独を味方につける……。その孤独を作品で表現するってことですかね。何だかかっこいい!
佐藤さん:以前もお話しましたが、孤独、負の感情は表現に変えることが一番です。「寂しい」「辛い」といった孤独も、自分なりに工夫して作品として昇華することで、乗り越えることができると思います。
※本連載の第52回は、2月10日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)