「正直ビックリ」なソフトバンク社長交代が“5G時代の秘策”である理由

宮川氏と宮内氏

現在ソフトバンク社長の宮内謙氏(写真右)と、次期社長の宮川潤一氏(左)。写真は2020年2月撮影。

撮影:小林優多郎

「正直言って、ちょっとビックリした」

あるソフトバンク社員は、急転直下の新社長人事をこう表現した。

ソフトバンクは先週(1月26日)、現在、副社長兼CTOの宮川潤一氏が4月1日より新社長に就任すると発表。現社長の宮内謙氏は会長に、会長の孫正義氏は創業者取締役となる。

宮川氏の社長就任は、ソフトバンク社内では驚きを持って受け止められたようだ。実際、何年もウワサとしてはコンシューマー系を担当する榛葉淳副社長と法人系担当の今井康之副社長のどちらかが後任候補と見られていたからだ。

宮川氏の社長就任を聞いて、ソフトバンク社員は「確かに宮川さんは、ももたろうインターネットや東京めたりっく通信など社長の経験があるのは大きいかもしれない」と語る。

直近では、成層圏に飛行機を飛ばして広範囲に携帯電話のエリアを構築する「HAPSモバイル」や、トヨタ自動車とタッグを組んだ「MONETテクノロジーズ(モネ・テクノロジーズ)」などでも社長兼CEOを歴任。その手腕が買われたのだろう。

宮川氏は「ネットワークの苦労人」、震災対策にも尽力

ソフトバンクロゴ

2006年にボーダフォンを買収し、携帯電話事業に本格参入したソフトバンク。

撮影:今村拓馬

筆者は長年、ソフトバンクを取材しているが、宮川氏のことを振り返ると「ネットワークの苦労人」というイメージが強い。

約10年前の2011年3月11日。東日本大震災が起きた直後、都心部ではユーザーが一斉に安否確認の電話をし始めたことで、携帯電話はつながらなくなった。東北地方では基地局が停電により使えなくなったり、津波で流されてしまった。

その日、中国・上海の空港で離陸を待っていた宮川氏は、成田空港が地震で閉鎖されるとわかると、すぐさま飛行機を降り、メールでソフトバンク本社に指示を飛ばした。日本に電話するもまったくつながらなかったからだ。

翌日に帰国して東北地方に入ると、災害でダメージを受けたネットワークの復旧作業の陣頭指揮を執った。

宮川さん

筆者は2011年4月に仙台のホテルで宮川氏を取材した。

撮影:石川温

ソフトバンクの東日本大震災対応を取材しようと宮川氏にインタビューをしたのは、震災から1カ月後の仙台にあるホテルのロビーだった。

当時、ソフトバンクには東北地方に拠点と呼べるところはなかった。そのために、現地に人や車を手配するだけでも地震から4〜5日が経過してしまっていた。

宮城県にはソフトバンクの東日本エリアを支えるネットワークセンターがあったのだが、自家発電の燃料がいつ切れてもおかしくない状態だった。そこで、宮川氏は地元である名古屋で20トンのタンクローリーを7台調達し、燃料を運んだことで、ネットワークセンターの稼働を死守したという。

宮川氏が「緊急時の対応体制は、NTTグループと比べれば貧弱だったと言わざるを得ない」と反省していたのが印象的だった。

災害対応

防災・減災への取り組みを進めているソフトバンク。

出典:ソフトバンク

また、2011年のころは、ソフトバンクは周波数の割り当てでも不利な状態だった。つながりやすいとされるプラチナバンドを持っていなかったのだ。

宮川氏は当時、こう語っていた。

周波数で泣き言は言いたくないが、やはりソフトバンクモバイルが2GHz帯、ウィルコムが1.9GHz帯を使っていることは(エリアの復旧に)影響している。

港町などでは人が集まっている中心地に基地局を建て、細かくエリア面を埋めていた。これらがみんな津波で流されてしまった。

このエリアを再び構成するのは骨が折れる作業だ。800MHz帯や900MHz帯の周波数があれば、大きなセルをつくってエリア化できる

2006年にボーダフォンを買収し、携帯電話事業に本格参入したソフトバンク。2008年にiPhoneを扱い始めるものの、当初は「ソフトバンクはつながりにくい」といった声が後を絶たなかった。

東日本大震災において現地での復旧対応を経験し、ネットワークの強化に邁進してきたのが宮川氏なのだ。

成層圏にソーラー発電で飛べる飛行機から地表に電波を発射して半径数十キロのエリアをつくるHAPSモバイルは、大規模な災害発生時に一気にエリアを復活できると期待されている。まさに、東日本大震災の教訓から生まれた事業と言える。

米Sprintでのネットワーク品質向上にも努めた

スプリント

スプリントについて語る孫正義氏(2018年2月撮影)。

撮影:小林優多郎

2012年にソフトバンクにプラチナバンドが割り当てられ、国内のネットワーク品質が一気に改善。その後、2014年に宮川氏は、孫氏が買収したアメリカのキャリアであるスプリントのテクニカルチーフオペレーティングオフィサーに就任。スプリントのネットワーク品質を立て直すために、アメリカのスプリント本社で働くことになる。

アメリカのスプリントも「つながりにくい」とネットワークの評価は散々なものであった。しかも、当時、日本からスプリントに結構な人数のソフトバンク社員が赴任していたが、スプリント側の社員が全く相手にせず、かみ合わない状態が続いていたと言われている。

そんなスプリントを相手に、ネットワーク品質を向上させるというのは相当、骨が折れたはずだ。実際、その渦中にスペイン・バルセロナで開催された携帯電話関連の見本市で見かけた宮川氏が、ひとめでわかるほど痩せて疲れた様子だったのが印象的だった。

「5G時代に本気で勝ちにいく」ための新社長人事

SoftBank 5G

2020年3月にソフトバンクは個人向け5Gサービスを始めた。

撮影:小林優多郎

宮川氏がソフトバンクの新社長に就任した背景としては、やはりネットワークに関する深い知見を持つ点が大きい。

5G時代には基地局にデータを処理するためのコンピューターが備え付けられる。MEC(Multi-Access Edge Computing) として、街中にある基地局が頭脳を持つようになるのだ。

スマホと通信する際、これまでは専用の機材を使っていたが、基地局にNVIDIAのGPUを搭載することで、そうした処理も仮想化することができる。また、AIの処理やクラウドゲーム、自動運転などもMECで処理する世界となっていく。

今後、ソフトバンクが飯の種にしようとしているAI(人工知能)や、MONETテクノロジーズを成功させる上で、基地局をベースとしたMECの活用は不可欠だ。

まさに、ソフトバンクの将来は、MECをいかに構築し、さまざまなサービスのプラットフォームにできるかが鍵となる。

だからこそ、ネットワークに精通した宮川氏に、新社長の白羽の矢が立ったのだろう。

(文・石川温


石川温:スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。近著に「未来IT図解 これからの5Gビジネス」(MdN)がある。

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