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2020年通期決算で、上場以来初の最終黒字を達成した米テスラ。コロナ禍で一人勝ちし、この1年を「決定的な年」と表現したマスク氏は2019年8月、上海で開かれた第2回世界人工知能(AI)大会で、アリババ創業者のジャック・マー氏と対談した。
当時、テスラは量産車「モデル3」の工場を上海で建設しており、マー氏はアリババの会長退任を2週間後に控えていた。2人の起業家としてのフェーズの違いに加え、司会者を立てず、互いが自由に話せる形式だったため、会話はしばしばかみ合わず、着地するべきところに着地せず、オンラインで視聴していた人からは「誰か、司会者を連れてこい」「主催者の落ち度」など非難も少なくなかった。
話があっちこっちに脱線したからか、詳報するメディアもあまりなかった。だが、“まとめ役”がいない自由な対話だったからこそ、世界で最も注目される2人のビジョンや価値観における本質的な違いがよく分かり、2021年に読み返す価値が生まれている。AI、雇用など、マー氏とマスク氏が自分たちで選んだトピックと、発言の詳細を紹介したい。
AI:「勝てないから組む」「人間は人間より賢い存在をつくれない」
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まず2人の考え方の違いが顕著に現れたのが、AIに関する思想だ。マスク氏は、こう語った。
「AIは『最も賢い人間』より賢い。AIに勝てないなら、チームを組む。我々がAIチームの一員になる」
マスク氏は2017年にスタートアップ「ニューラリンク(Neuralink)」を設立し、脳とコンピューターをつなぎ、一体化する技術の開発を進めている。「それが良いことか悪いことかは分からない」が、将来の技術開発が人々の理解の範囲を超えると予想する。
マー氏の
「人類が機械を発明した。人は人間よりより賢い存在はつくれない」
という言葉にもマスク氏は、「全く同意できない」と反論、
「AIの研究者が犯す最も重い罪は、自分を賢いと思うことだ」
と、囲碁の話を持ち出した。
Google傘下DeepMindが開発したAlphaGoは2016年、世界最強棋士と評される李世ドル氏と対局し、打ち負かした(李氏は2019年の引退時、韓国メディアに囲碁を打つAIの登場が引退を決断させたと示唆した)。そのAlphaGoはディープラーニングAI「AlphaZero」に敗れている。
マスク氏はこう指摘した。
「人がコンピューターと碁を打つのは、ゼウスと戦うくらい希望がない。差が大きすぎる」
これに対し、マー氏は、特定の領域で負けることが人間の敗北を意味しないと強調した。
「人間は経験によって育つ知恵がある。人間はコンピューターを発明したが、コンピューターは人間を発明していない」
「コンピューターとチェスをするのはばかげている。人が車より速く走れないのと同じで、車と競争するのは愚か者だけだ。囲碁もチェスも、人と人が碁を打つために生まれたものだ。なぜコンピューターとやる必要があるのか。碁で機械に負けたからといって何だ。自分たちの得意なことをすればいい」
マー氏は、AIを否定しているわけではない。だが、AIに向き合う動機はマスク氏と大きく違う。
マスク氏が「AIに支配されないため、自らAIと協力する」のに対し、マー氏はAIを、「世界、社会に新しいページを加え、より自分を理解できるようになるためのツール」と捉えている。マー氏は「未来を予測することは困難で、予測の99.9%が外れる」と話し、AIの将来を予測するのも不可能だと指摘しながら、
「人々はもっと自信を持つべき。AIは脅威でも怖いものでもない。人間は非常に賢く、 AIを利用することで自分自身と人間の性質をよりよく理解できる」
と終始楽観的だった。
雇用:「AIは仕事を無意味にする」「人が働くのは週12時間になる」
教師出身のマー氏は、教育に関しても懸念をマスク氏にぶつけた。
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一方で、2人とも「AIが雇用を変える」ことは同意見で、教育が変わるべきとの考えも一致していた。
マー氏はライフサイエンス技術の進化によって、20年後には100~120年生きることが普通になると予想した。人が働くのは週に3日、1日4時間程度になり、「みんなを幸せにし、楽しんでもらう仕事」が必要とされると語った。
マスク氏も、こう述べた。
「将来的には人工知能が仕事を無意味にする。おそらく人間の最後の仕事はAIソフトウエアを設計することで、それもAIがやるようになるかもしれない。だから工学や物理学を学ぶか、人と関わりあう仕事、アート系などを勧める」
教師出身のマー氏は、マスク氏に「将来どのような知識やスキルを習得する必要があると思うか?」と尋ねつつ、「私は教育を心配している。人々がさらに賢くなるために、教育のあり方を変えなければならない」と切り出し、こう続けた。
「子どもたちに教える内容、そして教授法は工業時代を前提として設計されている。これまでの教育は記憶力に重点を置いてきたが、コンピューターはさらに多くのことを覚えられ、計算も実行も速い。私たちは子どもの創造する力を伸ばさないといけない」
「今後10年ないし20年で、すべての政府は、子どもたちが将来仕事を見つけることができるように教育システムを改革する必要がある」
マスク氏は、
「未来を予測する最も良い方法は、未来をつくること。今学んでいることが未来を予測し、自分の間違いを減らすことに役立つかという視点で教育を考えればよい」
と応じ、「現在の教育は質が低く、スピードが遅く、特に講義は最悪だ」と述べた。
火星移住:「地球以外に住める場所必要」「私は地球の方に興味がある」
スペースX社で宇宙開発にも力を入れるマスク氏。
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マスク氏は100万人を火星に移住させる計画を掲げ、宇宙開発スタートアップも経営している。マー氏は、
「私は火星から戻ってきたばかりなので、地球上で起こることの方が興味がある。あなたはなぜ火星にとても興味があるのか」
と、宇宙人のような質問をした。
マスク氏は、
「地球に希望がないと言っているのではないが、人類がコントロール不能な事態が発生したら、他に移る場所が必要」
と答えた。
マー氏は、「火星を開発する勇気に感心する」とマスク氏のチャレンジを賞賛する一方、
「火星に100万人を送るのは良いことだが、地球の70億人以上の人々の環境にも注意を払う必要がある」
と、あくまで地球ベースだった。さらに、
「私は火星のファンではない。戻ってこられないような気持ちになるから。ヒマラヤもエレベーターで行ければいいけど、そうじゃないなら登らない」
と独特の表現で、火星移住計画に疑問を呈した。一方で、「あなたは地球の内部を掘っていると聞いたが、これはいい考え」と、高速地下輸送システム「ハイパーループ計画」を評価した。
マスク氏は、「私も地球を支えている点は間違いない」としながら、
「人間が複数の惑星で生きられると、地球を超えてより大きな発展を遂げることが可能になる。ほかの惑星の生命体を研究することは、将来への賢明な投資」
と答えた。
生命:「AIが老化を解決する」「死ぬのも良いこと」
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マー氏が提示した複数のトピックの中から、マスク氏は「生命」を選んだ。
マー氏が、AIが人間の寿命や環境にどうプラスの影響を与えるのかを尋ねると、マスク氏は
「DNAを変えることで、老化の問題は解決できる。ただ、そうすべきかどうかは分からない」
と回答した。
マー氏は、
「私は人々がより長く生き、より健康的な生活を送るようになると確信しているが、必ずしもより幸せな生活を送るかは分からない。幸せになりたいのなら、夢が必要だ」
と述べ、世界を変えるのはテクノロジーではなく、その背後にある「夢」だと強調した。「人間が間違いを犯すのも、間違いから学ぶのも、最終的に死ぬこともまた良いこと」と、自然の摂理に逆らう技術にも暗にも反対した。
技術で将来の問題を解決し打破することを目指すマスク氏に対し、あくまで精神的充足を核に捉えるマー氏。未来に立脚すると、価値観の違いが浮き彫りになったが、今のビジネス「テスラ」については、中国とイーロン・マスク氏がWinWinの関係であることが示された。
「中国は持続可能な環境づくりにおいて世界的リーダーであり、世界の電気自動車の約半分は中国で製造されている」(マスク氏)
「私はテスラの製品がとても好き。あなたが中国に工場を設立し、とても嬉しい。地球環境を改善することで、人々はより幸せに暮らせるようになる」(マー氏)
この対談から4か月後、テスラの上海工場が完成し、それから間もなく、新型コロナウイルスの拡大が始まった。
世界の霧が濃くなる中で、テスラはニューノーマルの象徴となり、一方で「中国当局との確執」が噂されるジャック・マー氏は3カ月ぶりに教育のイベントに姿を現した。政府のアリババへの外圧が強くなっても、起業家以外の柱を持つマー氏は、自分の境遇を変わらず楽観的に見ているのかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。