薄暗いワンルームの自室に、Macのスクリーンの蛍光灯だけが光る。22時、ぴったりの時間に、指定されたリンクにアクセスする……。
「わいばんは!」「わいばんは〜!」
パッとZoomの画面が開くと、チャット欄の奇妙な夜の挨拶が目に飛び込んでくる。画面の向こう側にいるのは「猥談」だけを目的に集まった、顔も名前も知らない人たち。きょろきょろと周囲を見回して、筆者も「わいばんは」と書き込む。
ここは「バーチャル猥談バー」。阿佐ヶ谷で毎週末に開かれている「面白くてエロい話を健全に楽しむ」をコンセプトにした「猥談バー」の、出張オンライン版だ。
月額1250円の会員制だが、予約はいつも大入り満員で、1カ月待ちはざら。その中心で仕切っているのが、猥談バー店主の佐伯ポインティ(27)だ。
「すべらない話」のような猥談
猥談バー公式サイト
制限時間は3分。事前に与えられたテーマに沿って、参加者それぞれが猥談を話していく。連絡先の交換は禁止。佐伯以外の顔出しはなし。パートナー間のセックスの話が望ましく、風俗やパパ活や不倫の話も禁止……。
内容は完全非公開だが、その日の猥談バーでもっとも面白かった猥談だけは「#ベスト猥談」としてまとめられ、公開される。
一部を抜粋すると、「ラブホテルでセックスをしていた時、相手の女の子の留年が確定し、『あなたと遊んでいたせいだ』とホテルに置き去りにされた」「彼女に頼まれて、お尻にピルクルを入れてドリンクを作った」など……。文字にはしづらいディープな話が盛りだくさんだ。
雰囲気は、なんとなく『人志松本のすべらない話』に自分も参加している、といった感じだ。佐伯が場を回し、当てられると猥談を語るルール。
制限時間は3分だが、興奮のあまりオーバーしてしまう人も。話が終わるたび、佐伯が「そんなことがあったんだねぇ!」などとうまくまとめ、場を笑いに変えていく。
自分が大好き・エロが大好き
仕切っている佐伯は、元出版エージェンシー「コルク」の漫画編集者で「エロデューサー」を自称する。手がけるプロジェクトは多岐にわたり、どれもがエロや性愛にまつわるもの。
配信するTikTok・YouTube・Instagram・Twitterなどの総フォロワー数は100万人を超える。猥談バーの投稿から派生した、切ない猥談だけを集めたウェブサイト「純猥談」は短編映画になり、書籍化も決定した。さらには異性の友達とペアで登録して合コンから始まるマッチングサービス「Bady」も手がけ、パッと見では何をしたいのかがつかみづらい。
佐伯は猥談にまつわるコンテンツだけでなく、マッチングサービスの開発にも携わる。
「Bady」公式サイト
現在住んでいるという、都内にある実家に本人を訪ねた。同居する母親は佐伯が毎日のように自室で「猥談」をネット配信していることを応援してくれているという。リビングの壁には、佐伯の幼い頃の写真がいくつも飾られていた。
具体的にどんな仕事をしているのか聞くと、「1日に2本の動画投稿と、えーと……」そう言って固まる。
「僕、仕事ができないんです。人のプロデュースもできないし、何かをドライブさせて(動かして)いくことがそもそも苦手」
けれど、自分が大好きで、エロが大好き。佐伯は屈託なくそう語る。
佐伯が代表を務める、株式会社ポインティの風変わりなサービスは、そうした佐伯と「すごいハイレベルな」(佐伯)仲間たちとによって生まれているという。
見知らぬ人からセックスのアドバイス
仕事ができないと明かす一方で、なぜエロを軸に起業を?と聞くと、佐伯はスラスラとよどみなく話し出す。
「セックスや踏み込んだ性愛って、どこか“腫れ物扱い”になっている。だから、それを明るく面白いものとして届けられないかと思ったんです」
佐伯は「既存のエロへの課題感」についてこう語る。
今インターネットで目にするエロコンテンツは、暴力的であったり加害性のあるものが多い。だからこそしっかり両者の同意があって、なおかつ面白い性愛のコンテンツが欲しかった……。
それを聞いて、猥談バーで感じた不思議な「ぬくもり」を思い出した。
猥談バーでは、みんなが猥談を話さなければならない訳ではなく、音声をミュートにしていれば当てられないルールだ。実際、参加者14人のうち、3分の1ほどは終始ミュート状態だった。
筆者も最初は聞き手に徹していたが、開始から40分ほど経ったところで、おそるおそるミュートを解除してみた。しばらく待っていると「じゃあ、ピノ(筆者の猥談ネーム)はどう?」と佐伯から指名された。
ドキドキしつつ、顔も名前も知らない人とディープなセックスの話をする機会なんてめったにないのだから言ってしまえ!と、自分の性の悩みを明かし、「どう思いますか?」と聞いてみた。
初対面の人にはまずしない、どぎつい内容だったが、すぐに「いい質問!」とチャットでコメントが入り、ホッとする。すかさず佐伯が「これ答えられる人いる?」と会話を回してくれ、「僕の場合は……」と見知らぬAさんが体験談を教えてくれた。その後もチャットやコメントでアドバイスを続々ともらった。
それは、身体やセックスという自分の根底のコンプレックスが受け入れられ、肯定される感覚だった。週末の深夜、Macのスクリーンを前にして、筆者はじーんとしてしまったのだった。
YouTubeは半年で登録者数20万人
こういった感覚を抱くのは、筆者だけではない。
Twitterで「#ベスト猥談」と検索すると、「選ばれました!嬉しい!」「自分も行きたい」「このタグ見てずっと爆笑してる」など、肯定的なコメントがほとんど。来店後、そうしたコメントを見ていると、見知らぬ人となんとなく「つながっている」気になれるのだ。
毎日更新されるYouTubeチャンネル「waidanTV」は開設から半年で登録者数が20万人を突破。
例えば「『初体験あるある』聞いてみたよ」という動画のコメント欄を見てみると、自身の初体験にまつわるエピソードや、これから迎える人へのアドバイスがずらっと並んでいる。
動画: 佐伯ポインティのwaidanTV
レイプのような加害性がなく、セックスをする者同士が対等な、心理的安全性が保たれた状態で生まれる「エロ」。佐伯ポインティが打ち出すサービスをよくよく見てみると、そうした「倫理観」が通底していることが分かる。
ちなみに「佐伯ポインティ」のフォロワーとしては20代から30代のミレニアル世代が中心だが、猥談バーに集う人々の中には40代や50代も多く、男女比は半々だと佐伯はいう。
第2回では、なぜ佐伯が「明るくて面白いエロ」をテーマに起業することに至ったのかを追う。
(文・西山里緒、写真・持田薫、デザイン・星野美緒)
(敬称略・第2回に続く)