そもそも「佐伯ポインティ」(27)とは何者なのか、どのようにして生まれたのか —— 。
きっかけは、佐伯が新卒で入社した出版エージェンシー・コルクの社長、佐渡島庸平の一言だった。
「佐伯って、めっちゃ自分が好きだし、エロが好きだよな」
2017年当時、佐伯が働いていたのは、漫画『働きマン』の安野モヨコや『宇宙兄弟』の小山宙哉が所属する出版エージェンシー・コルク。担当していたのは、ビッグコミックスピリッツで連載していた漫画『テンプリズム』。佐伯がいない間に、担当作家と佐渡島との2人の会話の中で、ふと彼の猥談好きが話題に上ったという。
「えっ、それって普通のことじゃないんですか?」
それまで、自分は取り立ててエロが好きだという自覚はなかった。というのも、佐伯が体験してきた“性的な体験”は、人並み程度だと思っていたからだ。
こっそりと閲覧した海外のアダルトサイトからのウソの請求に騙される。公園に捨ててあったアダルト本を隠れて回し読みする。レンタルビデオ屋の「18禁」コーナーに足を踏み入れようとして止められる……。人と比べて性経験が豊富だった訳でもない。
「猥談」好き加速させたケータイSNS
佐伯の中学時代は「ガラケー」がまだ主流で、「モバゲータウン」などのケータイSNSが爆発的に流行し始めた時期だった(写真はイメージです)。
Haelen Haagen / Shutterstock.com
ただ、人のセックスの話を聞くのは昔から大好きだった。
中1で出合ったケータイサイト「モバゲータウン」が佐伯の好奇心を加速させた。記憶に焼き付いているのは、茨城に住む同い年という女の子から、初体験のエピソードを聞いた時だ。
「『どんな感じだったの?』ってめちゃくちゃ気になって。自分がその人とセックスしたいというのではなく、『うわ!みんなそんなことしてるの!?』って……」
一方の佐渡島は、佐伯が入社した当初から、編集者として彼の「エロ好き」が他人とどう違うのかを明確に見抜いていた。佐渡島曰く、「エロを隠すものじゃなくて、食事や睡眠と同じような感覚で話すところが面白い」。
佐渡島にそう指摘されて初めて、佐伯は自分のエロ好きを自覚し始めたのだという。
社員合宿で“エロの独立宣言”
いっそのこと、エロ漫画の編集でもやってみたら?と佐渡島に薦められ、佐伯はふと思う。
そういえば、こんなエロコンテンツがあればいいのに、と思うことはたくさんある。そもそも、なぜみんなセックスの話や猥談を話すことにこんなに躊躇するのだろう。その障壁を取り除くようなサービスを作れないか……。
そうと決まれば、話は早かった。
「コルクを辞めて、エロの事業で独立します!」
2017年夏、コルクの社員合宿で突如独立を宣言する。それは、結束を固めるためにそれぞれが一人ずつ今後の目標をスピーチするという場所での一コマだった。
当然ながら、周囲はざわめいた。
「えっ、冗談でしょ? 佐伯、全然仕事できないじゃん」
しかし佐伯は「バキバキに血走った眼で」マジです、独立します、と繰り返した —— 。
大繁盛「猥談バー」が700万円調達
ろくな事業計画もなく、「性別問わず楽しめる、エロスのある事業」というビジョンだけを掲げて、そのまま独立してしまった佐伯。さあ何をしようと考えて、最初に始めたのは、人に猥談を取材して書く「猥談タウン回覧板」という名前のメルマガの配信だった。
佐伯が当時配信していたメールマガジン、「佐伯ポインティの猥談タウン回覧板」。猥談を明るく面白いものとして届けるというコンセプトはこの時から一貫している。
提供:佐伯ポインティ
「多重人格の彼女とセックスした男性の話」
「遠隔操作プレイしながらライブに出た地下アイドルの話」
「200人を越えるM男コミュニティを運営する男性の話」……。
しばらくすると転機が訪れる。
2017年の秋、期間限定で始まった「猥談バー」。仕事関係の飲み会に参加していた時に、たまたま出会ったあるバーのオーナーから、1日店長をやらないかと持ちかけられたのだ。
メルマガの次を模索していた佐伯には、思ってもみない提案だった。せっかく店長をするなら自分だけが楽しいものにはしたくない。そうして思いついたのが、みんなで猥談を持ち寄って話すことをコンセプトにした新しいバーだった。
「猥談バー、開店します!」
佐伯の想いを綴ったnoteが話題を呼び、1日限定だったバーは大入り満員に。「大繁盛のラーメン屋くらい人が並んでいた」というほどだった。
この時期佐伯は、もう一つの運命的な出会いを果たす。現在共同創業者として株式会社ポインティを支える、COOのヒュジワラ彰吾(27)とCTOの染谷テク一郎(27)だ。
株式会社ポインティの共同創業者である二人、CTOの染谷テク一郎(写真左)、COOのヒュジワラ彰吾(写真右)は佐伯と同い年の27歳だ。
提供:佐伯ポインティ
もともとヒュジワラは佐伯の早稲田大学時代の広告サークル仲間。染谷はヒュジワラが新卒で入社したIT企業・クックパッドの同期だった。2人とも、何か自分にしかできない、心に残る事業を手がけたいという想いを抱えていた。
佐伯がコルクを退社して猥談バーをオープンしたとの報せを受けて、覗きに行ったヒュジワラは衝撃を受け、会社を立ち上げないか、とすぐさま佐伯に持ちかけた。
その後、猥談バー常設のために実施したクラウドファンディングでは、50万円の目標金額に対して700万円を超える支援が集まった。
当時のnoteに、佐伯はこう綴っている —— 「好きを煮詰めて作ったものは、他人に届く」。
「佐伯ポインティ」命名は著名編集者
「ポインティ」という名前がピッタリの佐伯だが、最初からこの名前で活動していた訳ではない。
ちなみに、佐伯の本名は「佐伯英毅(ひでたけ)」。言うまでもなくポインティは芸名(?)だ。佐伯ポインティという名前の名付け親は『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『ウェブはバカと暇人のもの』などのヒット書籍を手がけたことで知られる編集者の柿内芳文だ。
柿内は元コルク所属。佐伯とともに仕事をしていた時に、こう語っていたという。
「名前のまだついていない『現象』に名前を与えるのも、編集者の仕事だ」
例えば「肉食系男子」という言葉から、女性に対してガツガツとアピールする男性を初めて認識できるようになり、「公園デビュー」という言葉から、子どもを初めて公園へ連れて行くことに光が当たったように。
言葉が持つそんな力を、佐伯は柿内から教わった。
コルクを辞めたタイミングで、佐伯は柿内の大阪旅行に同行する。そこで相談した。
「ぱぴぷぺぽから始まる、キャッチーな名前、柿内さん付けてくださいよ」
「きゃりーぱみゅぱみゅ」のようなポップな名前を……というリクエストに、タクシーを待っていた柿内がふっと一呼吸置き、返した名前が「ポインティ」。その瞬間、佐伯は「これだ」と、電撃に打たれた感覚を覚えた。
「検索しやすいし覚えやすいし、しっくりくる。ポインティ、めっちゃいい」
こうして、タクシーに乗る頃には佐伯英毅は「佐伯ポインティ」となり、「明るくてハッピーなエロスを広める」という奇妙なコンセプトを持った株式会社ポインティが誕生したのだった。
(文・西山里緒、写真・持田薫)
(敬称略・明日に続く)