韓国・文大統領「東京五輪に金正恩招待」の“奇策”も検討。対日強硬姿勢を一変させた苦しい理由

文在寅大統領

1月18日の新年記者会見での文在寅大統領の発言は、メディアだけでなく、多くの韓国国民にも衝撃を与えた。

Getty Images/Jeon Heon-Kyun

「(元徴用工判決の)強制執行で(日本企業の資産が)現金化されるのは日韓関係にとって望ましくない」

1月18日、韓国の文在寅大統領は国内外記者との新年記者会見で、日韓関係についてこう言及した。

これまでの強硬姿勢とは一転。今までと違う韓国政府の立場を表明するにあたり、文大統領は何かを決心したかのような表情で、その説明は長時間に及んだ。会見ではこうも述べた。

「過去の歴史は過去の歴史で、未来志向的な発展はそれなりに実行していかなければならない。輸出規制と徴用工判決問題を外交的に解決するために、日韓両政府当局は数回にわたり対話している。そんな中で元慰安婦判決の問題が加わり、正直困惑している」

発言に驚いたメディアと国民

これまで文大統領は、対日強硬姿勢を維持してきた。朴槿恵政権当時(2015年)の慰安婦問題に関する政府間合意に対しても、過去4年間「日韓合意で慰安婦問題は解決しない」と頑なに繰り返してきた。

それが、日本政府に元慰安婦らへの賠償を命じた1月の判決については「困惑している」という表現まで使った。2015年の日韓合意についてもこれまでの態度を完全に覆し、「両国政府間の公式合意」であると認めた。

予想外の文大統領の発言に、会見を見ていた国内外の記者らは慌てた。ソウル駐在の日本及び欧米のメディアは文大統領発言を速報で発信し、韓国メディアも緊急ニュースで伝えた。テレビを見ていた多くの国民たちも耳を疑った。

何の事前説明もなかった文大統領の電撃的な立場の変化。一体どんな事情があるのだろうか。

最後の望みをかける南北関係進展

トランプ・金正恩・文在寅3氏

トランプ政権時に実現した米朝会談だが、再び隘路(あいろ)に陥っている。バイデン政権は北朝鮮に対してどう臨むのか。

REUTERS/Kevin Lamarque

文在寅大統領の任期は、残り約1年。

新型コロナウイルスの感染拡大で、国内の経済指標は悪化の一途をたどっている。

在任中にこれといった業績がない文大統領が、最後に望みを託すのが南北関係だ。野心的に推進してきた朝鮮半島平和プロセスだけでも結果を残し、評価されなければならないからだ。

そのためにはアメリカの協力が欠かせない。アメリカ抜きの南北関係の進展には「限界」があることを誰よりも感じているのは文大統領自身だ。

2021年春までに何としても米韓首脳会談を実現させ、バイデン新政権を米朝対話の場に引きずり出し、米朝関係の進展につなげ、南北関係も進展させていく —— という戦略を文大統領は考えている。

ある韓国政府関係者はこう話す。

「文大統領はバイデン米大統領との首脳会談を3月中に開催しようとしている。実現すれば、文大統領は金正恩朝鮮労働党総書記とバイデン大統領との米朝首脳会談を強力に仲裁しようとするだろう」

この関係者はまた、「米朝首脳会談が実現すれば、続けて南北首脳会談も実現する」とし、自信を持ってこう付け加えた。

「文大統領は2021年秋前に3回目の南北首脳会談を持ち、2021年終わりか2022年初めに金正恩総書記をソウルに招待するという計画を持っている

「東京五輪に金総書記招待」という大胆案

オリンピック

東京五輪を口実に、文大統領は諸国との首脳会談を目論んでいるそうだ。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

さらにこの関係者によると、文大統領には驚くような案まであるという。

「新型コロナウイルス感染症の拡大で、韓国内外の環境は良くない。2021年夏に予定されている東京オリンピックに金総書記を招待し、日本で米朝・日朝首脳会談、さらに南北と日米中が参加する5カ国首脳会談を仲介する案まで考えている。実現にはアメリカと日本の協力が欠かせない」

コロナ感染拡大もあり、早期の米朝首脳会談の実現はハードルが高い。仮に東京五輪が開催されれば、訪日する可能性も高いバイデン大統領と金正恩氏の会談だけでなく、日朝会談なども韓国が仲介することを、文政権内では真剣に議論しているというのだ。

実際、この韓国政府関係者によると、韓国側からこうした案を昨年、日本の政府高官に打診済みといい、その時の日本側の反応は肯定も否定もしないというものだったという。

文在寅政権はこれまで複数の非公式ルートを通じて北朝鮮側と接触し、南北対話を持ちかけているが、北の反応は芳しくない。

別の韓国政府関係者によると、北朝鮮側は「韓国が真に南北対話を願っているなら、対話実現の対価として何を提供できるのかを明らかにせよ」と言いながら、「今の状況で南北が会って、果たして何の利益があるのか」と非常に消極的な態度だという。

この関係者によると、北朝鮮が「実利は米朝対話、米朝会談の進展からしか得られない、韓国との対話はその後」という認識を持っていることの表れだという。つまり南北対話の再開には、バイデン新政権に北朝鮮に関心を持ってもらわなければならないのだ。

日韓関係悪化に神経尖らせるバイデン政権

バイデン大統領

外交において中国のけん制を最重視しているバイデン政権。北朝鮮に対してはどんな姿勢で臨むのか。

REUTERS/Tom Brenner

バイデン大統領との首脳会談を急ぐ文政権は、外交ルートと駐米韓国大使館などを通じて、大統領側近の外交・安保担当者らとの接触を強化し、バイデン大統領の初の首脳会談相手が文大統領になることを期待しているという。

しかし、文政権に対するバイデン政権の評価はそう単純ではない。特に最近、米韓間には複雑な問題が潜んでいる。代表的なものが、アメリカが野心的に推進している「インド太平洋戦略」(中国封じ込め戦略)だ。

文大統領は2020年11月、次期大統領当選が確実になったバイデン氏と電話会談を行った。当時バイデン氏は文大統領に、「韓国は、インド太平洋地域の安保と繁栄の核心軸」であると強調。文大統領もバイデン氏の主張に同意した。

韓国外交筋は、こう解説する。

「バイデン政権は中国を強くけん制するために『インド太平洋戦略』を非常に重視している。そのために日米韓連携を同盟水準にまで統合し、『一体』として考えることも検討している」

そのためバイデン政権は、日韓関係の重要性を韓国政府に強調し、日本との円満な関係を維持することを強く求めたというのだ。

「バイデン新政権の外交・安保担当者らは、日韓の協力関係が麻痺状態に陥ったことを、かなり不満に思っている。日韓の対立状態が今後も続くのなら、バイデン氏は早期の米韓首脳会談を拒否するだけでなく、北朝鮮との対話も一切考えないだろう」(同外交筋)

特にバイデン政権が神経を尖らせるのが日韓軍事情報保護協定(GSOMIA)だといい、韓国側の一方的な破棄には強硬に反対しているという。

こうした考えを察知した文大統領は、バイデン政権との円満な関係構築が米韓関係や米朝関係、さらには南北関係の進展にも役立つと判断し、素早い行動に出ている。

更迭された対米、対日強硬派

文大統領は1月21日、自ら主宰した国家安全保障会議(NSC)で、「朝鮮半島を含むインド太平洋地域の秩序が急激な転換期に入っている」と述べた。これはアメリカが主導し、日本、インド、オーストラリアなどが参加している「インド太平洋戦略」を念頭に置いた発言だ。

文大統領はこれに先立つ20日、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)青瓦台国家安保室第2次長を電撃的に更迭し、外交部内で代表的なアメリカ通と言われている金炯辰(キム・ヒョンジン)元外交部次官補を新任第2次長に任命した。

金前第2次長はこれまで文政権の対米強硬姿勢、対日強硬外交を強く主導してきた。2019年にGSOMIA問題が浮上した時、即時廃棄を主張した対日強硬派の1人だ。

韓国政府関係者は「国家安保室第2次長の電撃的な交替は、文大統領の対米、対日外交政策について多くを示唆している。アメリカはもちろん、日本に対する融和メッセージでもあり、悪化した日韓関係の再構築に韓国政府が臨むという意味として受け止めていいだろう」と今回の人事を解説した。

予想外に冷ややかな日本の反応

菅首相

秋波を送られた日本政府は、韓国にどう対応していくのか。

Getty Images/Photo by Pool

残り任期中に米韓・米朝首脳会談と南北関係の進展、そして金正恩総書記のソウル訪問を目標にしている文大統領としては、成否の鍵を握るバイデン政権の要求には逆らえない。

日本との関係が以前のような「未来志向的で発展的な方向に向かう」とまではならなくても、「和解」という戦略的な選択は避けられない。さらに南北の関係改善についても、日本が少なくとも中立的な立場を取れるようにしておかなければならない。

ジョン・ボルトン元大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は2020年に出版した回顧録で、「日本は朝鮮半島平和プロセスの邪魔をする役割を十分果たせる」と書き、日本が果たす役割によっては米韓関係、南北関係に影響を与えられることを示唆した。

韓国政府は今、アメリカを意識しながら、日本に最善を尽くしているという「誠意」を「アリバイ」としても作る必要がある。その結果が今回の文大統領の新年会見での発言であり、これは日本政府に対しての「最悪の状況は起きないようにするから、心配しなくてもいい」というメッセージでもある。

しかし、日本政府関係者らの反応は意外に冷たい。文大統領が元慰安婦判決に対して「困惑している」という発言までしたにもかかわらず、日本は冷ややかな態度で文政権を見守っている。この4年間、日韓両国間の溝があまりにも深くなり過ぎたからだろう。

文大統領としては韓国の裁判所の判決より、日本政府の冷ややかな態度に困惑しているかもしれない。最終目標である南北関係改善という長い道のりを考えたときに、残された時間はあまりない。

(文・李敦熙

李敦煕:1988年、ソウル五輪大会組織委員会の記者に。その後、読売新聞ソウル支局、朝日新聞ソウル支局の記者を経て、現在、時事インサイド編集局長。

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