「BEYOND THE REEF(ビヨンドザリーフ)」社長兼デザイナーの楠佳英さん(右)と、ファッションエディターの軍地彩弓さん。
時代の最先端を見つめて来たファッションエディターの軍地彩弓氏さんが、ファッションに止まらず小売りや新しい消費の形を体現しているキーパーソンや注目の企業に会いに行く対談シリーズ。今回のゲストは、編み物のファッションブランド運営を行う株式会社「BEYOND THE REEF(ビヨンドザリーフ)」社長兼デザイナーの楠佳英さん。
ビヨンドザリーフは手編みのニットバッグのメーカー。つくり手の多くはおばあちゃんをはじめとする主婦だ。何歳になっても、どんな立場になっても、女性が自分の空いている時間に好きなことを生かして働く仕組みを立ち上げることになったきっかけとは。
軍地彩弓(以下、軍地):この連載では、デジタル・ミニマム・ローカル・オネスティ(正直さ)という4つのキーワードでアパレルの未来を考えていきたいと思っていて。eコマース(以下:EC)などのDXが進む中、規模の追求よりも必要なものを必要なだけ、地元に根差して、正直にビジネスに取り組んでいる。そんな風にしなやかに新しい時代を切り拓いている方たちにお話を伺いたいなと思います。
「BEYOND THE REEF(ビヨンドザリーフ)」のニットバッグ、とてもおしゃれですよね。おばあちゃんやお母さんたちが編んでいるというストーリーも素敵だし、価格設定も絶妙。楠さんはもともとファッション誌の編集者兼ライターだったと伺って納得しました。
楠佳英(以下、楠):ずっと編集一筋でしたが、結婚して目の前にあった課題と自分のキャリアを組み合わせてみて、生まれたのが「BEYOND THE REEF」です。起業については何も知りませんでしたから、「起業」「どうやって」と検索するところから手探りで立ち上げました(笑)。
軍地:目の前にあった課題って?
楠:義母が典型的な昭和の専業主婦で、家族の世話が生きがいだった人なんですが、義父が亡くなり、息子2人も独立して、ベッドタウンの一軒家に1人で、時間を持て余していたんです。手編みが趣味の義母は、1日中テレビ見ながら編み物しては私たち親戚にプレゼントしてくれるようになりました。
当時、私はファッション誌の編集部にいて、ファストファッション真っ盛り。シーズンごとにたくさんの洋服を入荷しては3カ月後には消えていくサイクルに、正直少し疲れを覚えていました。そんな時、義母がレース編みのテーブルセンターをプレゼントしてくれたんです。昭和っぽいデザインなんですが、私のことを考えながら何時間かけて編んでくれたんだろうと思ったら、すごく美しく見えて。
手間のかかる編み物って素敵だな、今の時代にあった形でリブランディングできないだろうかと思ったんです。そうすれば1日中家で編み物している義母の新しい役割、新しい社会参加の仕組みもつくれるんじゃないかなって。
「社会にいいこと」よりまず「かわいい」を
BEYOND THE REEFのバッグたち。革やチェーンと組み合わせたデザインは洗練されている。
撮影:今村拓馬
同僚に相談したら、「やってみなよ」と背中を押してくれて。ニットクラッチが流行っていたので、これを手編みでやってみてと義母に相談しました。2014年のことです。私の貯金から50万円引き出して、うまくいくか分からないけど1年やってみようと。
サイトを立ち上げて3カ月間は1個も売れませんでした。当時編集長が誌面で紹介してくれて、1カ月で60個売り切れて感激したのを覚えています。そこから少しずつ取材いただけるようになって。
最初は編集者を続けながら個人事業主としてやっていましたが、1年半経った時、個人投資家の方が「いいことをやっているのだから覚悟を決めて法人にしなさい」と言って出資してくれました。そのタイミングで雑誌の仕事を辞めて「BEYOND THE REEF」1本に絞りました。
軍地:デザインはすべて楠さんがされているんですよね。女の子が「これ欲しいな」と思うような時代のセンスを、手編みに変換されたことがすごい。
楠:編み物というと、ほんわかしますよね。その良さとファッションの流行をつなぎ合わせて、新しい命を吹き込むようなことができたらいいなと。
軍地:お義母様が編んでいることを最初から前面に打ち出していた?
楠:いえ。それを前面に出すと社会福祉事業になってしまうなと思って。「社会にいいことをしているから買ってください」と言ったら一度は買ってくれるかもしれません、それは尊いと思いますが、収益事業として継続するためには、純粋に「これかわいい」「欲しい」って思ってもらうのが先だと思いました。
「実はおばあちゃんがつくっているんです」というストーリーは、あくまでその背後にあるべきだと思ったので、立ち上げた時も前面には出しませんでした。ただメディアが「おばあちゃんたちの手編み」という文脈で取り上げてくださることが多かったです。超高齢化社会を迎える中、キャッチーだったのだと思います。
軍地:福祉事業ではなくファッションであるべきだと最初に決めたところがポイントですよね。人助けから入ると、なかなかそこが置き換えられない。
楠:義母を見ていると編み物が本当に上手なんです。それを仕事にできて、社会にもう一度参加して、誰かの役に立てたなら、「助けられる側」から立場が逆転しますよね。こういうことをやっている人もいるよと発信することで、第2、第3の「BEYOND THE REEF」が出てきてくれたらいいなと思います。
「全員主婦・午後5時30分退社」を実現できる理由
撮影:今村拓馬
軍地:販売方法もユニークですよね。
楠:1カ月に5日間だけECサイトをオープンして注文を受けています。私たちスタッフは全員主婦なので、業務時間は午後5時30分まで。残業なしで必ず5時30分にはみんな退社します。となると、常時注文を受けて製造して発送作業をするのは時間的に厳しい。
月に1度ご注文を受けて、一生懸命つくって、月1回発送するというサイクルでないと、その働き方ができません。編み手のおばあちゃんたちは午後2時、3時に帰るし。とにかく効率よく働くことを追求したら、この形になりました。
この働き方を実現できるのはECで直販しているからこそ。加えて、アトリエという場所にみんなが集まること。その両方を連動しながら運営しています。
軍地:デジタルを活用したECならではで、結果的に働き方改革になっているところがすごくユニークですよね。家事・育児と仕事の両立や、親・義親との関係、いまの社会で女性が直面する問題への答えがここにあるなと感じます。パートで働くというのも解のひとつですが、時間を切り売りするのではなく、編み手さんはいつでも自分の好きな時間で編めるわけですよね?
空いている時間にゆるく社会とつながる
撮影:今村拓馬
楠:そうです。お客様から商品を受注したら、毛糸やパーツなどの資材はすべてこちらで用意して、編み手さんはそれを持って帰って自宅で編みます。週に1度ここに来てもらって、検品して商品として発送する流れです。
女性って空き時間が細切れですよね。子どもが学校を卒業したり親御さんの介護が必要になったり、ライフステージが変わるごとに自分の時間の空き枠が変わる。
ここにいる女性は家庭を一番に考えている人が多いんですよ。子どもが一番、家事や介護に忙しくて自分のことは三番くらいです。だからといって、ずっと家にいろ、働くなというのはおかしな話です。働くこと、社会とつながることも大切だし、生きる喜びにつながりますよね。
私が編集者だったときはバリバリ働く女性も周りにたくさんいましたが、家庭か仕事かという二者択一ではなく、空いてる時間で無理なく自分の好きなこと、得意なことで、ゆるく社会とつながる仕組みが必要だと思います。家庭を大切にしたいから、社会参加を捨てるという時代ではありません。
私たちの会社のビジョンは「何歳になっても、誰もが尊厳を持って生きられる社会」です。そのために集える場所・本当に好きな仕事・共に高め合える仲間を提供するのが私たちの仕事。編み物やファッションは、あくまでそのビジョンを実現するための手段です。
軍地:面白いですね。女性じゃなかったら、そしてお義母さまがいなかったら、この発想は生まれなかったでしょうね。規模を追求するよりも、女性の幸せを着実に増やそうとしている。
楠:規模は拡大しづらいビジネスですし、男性経営者だったら、そもそも参入しないかも。儲からないですし(笑)。どこが競合ですかと聞かれますが、ないと思います。手間もかかるし、利益率も低いですから。
買い手とつくり手が循環する
売り手と買い手だけでなく、編み手や縫い手へと。BEYOND THE REEFのコミュニティはどんどん広がっていく。
撮影:今村拓馬
軍地:もうひとつ「BEYOND THE REEF」が面白いなと思うのは、売り手と買い手の役割が固定されていないんですよね。買う人がつくる側になることもあれば、その逆にもなる。
楠:編み物を制作してくれる人を「編み手」と呼んでいるのですが、編み手になりたいというお問合せはたくさんいただきます。編み物のワークショップを開催すると、何割かは常連さんで、商品もいくつも買ってくださって、そういうお客様が編み手になりたいって言ってくださる。
「B塾」という編み手育成塾を主宰していて、修了すると公式編み手として登録いただけるシステムです。いま40人弱の編み手がいるのですが、年齢は30代から80代。つくりたい、編み手になりたいという方がたくさんいらっしゃるから、もっと販売しなくちゃいけないと思っています。
軍地:ひとつのバッグをつくるのにどれくらい時間がかかって、いくらもらえるのですか?
楠:難易度と編み糸の量で商品ごとに決めています。だいたい上代(販売価格)の20%が制作費、作り手さんに入るお金です。1個2万5000〜4万円の価格帯ですから、1個制作いただいて約6000円、編み手さんと縫い手さんで折半します。商品には作り手さんの名前を書いたカードを入れています。
原価率が40%を超えますから、百貨店に卸すのは難しいんです。百貨店の取り分を引くと赤字になってしまう。一時期は取り扱っていただいていましたが、やるだけ赤字になるのでやめました。
その分、価格を下げて自社ECで販売して、「BEYOND THE REEF」のファンを作っていこうとしています。百貨店や小売に卸すよりも、コミュニティ形成に力を入れていきたいと思っています。
(構成・渡辺裕子、撮影・今村拓馬)
楠佳英:ファッション誌編集者を経て、2014年に義母と義妹の3人で編み物ブランド「BEYOND THE REEF」を立ち上げ、地域のおばあちゃん達とモノづくりを開始。翌年法人化。高齢化問題や女性の再就職の難しさを、ファッションというツールを使って可視化、共有し、解決するため、2018年8月、横浜・日吉に実店舗兼アトリエをオープン。横浜ビジネスグランプリ2017女性起業家賞、DBJ新女性ビジネスプランコンペ ファイナリスト、2018年8月Apt women シリコンバレー派遣採択企業。
軍地彩弓: 大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。