2020年の夏の日、佐伯ポインティ(27)は爆発した。
「なんで猥談のことでこんなに怒られないといけないんだ。こんなに怒られてまでやりたくない!」
決められた投稿時間通りに予約投稿するという任されていた仕事をミスし続けてしまい、共同創業者・ヒュジワラ彰吾(27)から度重なる叱責のメッセージが来たからだ。
我慢の限界に達した佐伯は、こう宣言する。
「もう会社は辞めて芸人になる。第8世代目指すわ」
資本主義という競技に向いてない
コルク時代の佐伯は現在と比べると痩せている。現在は100キロ超えだが、当時は70キロ代だったという。
提供:佐伯ポインティ
新卒で入社した出版エージェンシー、コルクの編集者時代、佐伯の仕事のできなさは有名だった。
当時の上司、コルクの佐渡島庸平に聞いてみた。今だから笑える、コルク時代の佐伯さんの欠点って何ですか? 佐渡島の答えは一文だった。
「自分が好きすぎて、自分が褒められない仕事はすぐに忘れて放ったらかす」
目立ちたい、ラクしたい、褒められたい。そんな想いだけが突き抜けて、漫画家への伝達、上司への「報・連・相」、経理などの事務は壊滅的だった。計画を立てたり、それに合わせて毎日コツコツと積み上げたりする作業も苦手だった。
「僕、資本主義っていう競技に向いていないんです」
佐伯は冷静にそう分析する。
資本主義とはそもそも「ヒトは未来へ向かって前進し、成長する」という前提のもとに成り立っている。理想の自分と今の自分との間に差があり、その差を埋めたい……あらゆるビジネスは、そんな「ヒトの欲望」を原動力にしている。
「でも僕には『こうなりたい』という願望がない。すでに満ちていて、完成形なんです。もちろん、実際は完成形ではないんだけれど」
「自分の顔をめちゃくちゃカッコいいと思っていた」
幼少期の写真は場所が日本ではない。自ら表には出していないが、佐伯はブリティッシュ・スクール育ちの帰国子女だ。
東京都出身の佐伯の幼少期は、一人っ子として母親や祖母などの親族たちから玉のように可愛がられ、大切にされて育つ。
「なにをしてもスタンディングオベーションを浴びる、そんな環境でした」(佐伯)
小学生時代には父親の仕事の都合でオランダとイギリスで2年ずつ生活。周囲にアジア人はほぼおらず、いじめの対象になったこともあるという。
そんな彼を救っていたのが、幼い頃に培われた、並外れた自己肯定感だった。
中学生時代には「自分の顔をめちゃくちゃカッコいいと思っていた」という。自信を胸に好きな子にアタックするも、「顔がカッコよくないから」と4回もフラれてしまった。
「思い返してみると、クラスの女の子がしていたカッコいい顔のランキングにも自分の名前は全然出てこないんですよ。でも勝手に『ふーん、殿堂入りね』と思っていた。フラれて初めて『あれ、ちゃんとした順位だったんだ』と」
作家にも映画監督にもなれなかった
映画監督も目指した早稲田大学時代の佐伯。パッと見では佐伯と分からないほど見た目は変化している(※写真は線路の横断歩道)。
提供:佐伯ポインティ
「自分が好きすぎた」ことでの挫折経験もある。高校時代、佐伯はホラー小説家を目指していた。
初めて執筆した作品は「SFとホラーとエログロをかけあわせたような」ストーリーで、日本ホラー小説大賞に応募するも、あえなく落選する。
「書いたものを自分で読んでみても、あんま面白くない!と。すごい暗い話でしたし、これを自分がひと晩徹夜して書くなら、他の作家が徹夜した方がいいやって。読者としての目が肥えていたから、余計にそう感じたのかも」
大学時代には映画監督も目指したが、こちらも続かなかった。撮影中に、現場が静かで誰とも会話ができないことが苦痛で、完成まで辿り着かなかったのだという。
「分かってもらいたい、とか、これって世界で自分1人なのかな、という強い孤独からくる表現欲求が、僕には全然なかった。自分自身を深掘っていくみたいな感覚がなかった。ずっと『周りに理解されてるわ〜』と思ってきたから」
「仕事ができない」からこその生存戦略
佐伯が悩んだり、反省したりすることはない。すでに自身を「完成形」だと捉えているからだ(写真はイメージです)。
fizkes / Shutterstock
精神はシンプル。1日を振り返って後悔したり反省したりすることもない。性格上、その瞬間瞬間の楽しみしか追いかけられないのだ、と佐伯は語る。
その一方で、佐伯と話していて気付かされるのが、自分や他人を空の上から俯瞰で見ているかのような、冷静な分析力だ。
例えば、こんな風にいう。
「よく『今この瞬間にフォーカスしろ』みたいな言説があるじゃないですか。でも今にフォーカスしている側から言わせてもらうと、それって動物にすごく近い。実際、僕は自分の期待値は大卒の犬ぐらいだと思っているんです。朝から動画撮って編集している、そんな犬いないじゃないですか。だから『犬としてはめっちゃ優秀だな、やばい』と」
とはいえ、中学・高校は都内の有名進学校で、大学も早稲田大学だ。そこまで卑下しなくても……。そういうと、淡々と佐伯は返す。
「大学まではテストの範囲が決まっていたからなんとかなったけれど、仕事には範囲がないじゃないですか。だから本当に僕は、資本主義のなかの“仕事”という競技に向いていない」
その上で、いかに資本主義でもサバイブできるように、かわいがられていくかを模索していけばいいだけ —— と、あっさり続けた。
意外と1カ月でここにいた
佐伯はライブ配信や動画撮影も実家の部屋から行い、急速に支持を集めている。メディア出演の依頼も舞い込むようになってきた。
ところで、冒頭の「ポインティ脱退騒動」の顛末はどうなったのか。
会社を辞めて芸人になると宣言した佐伯に、共同創業者のヒュジワラは冷静に返した。
「辞めても恋愛とか性愛のネタをやるでしょう?」
佐伯が「確かにやるかも」と考え込むと、ヒュジワラはこう畳み掛けた。
「じゃあ、株式会社ポインティ所属のタレントとしてこれから活動したら。今時、芸人だってYouTubeやTikTokをやっているよ」
はたと考えた佐伯は「それ、めっちゃいいわ」。
こうして、YouTubeチャンネル「waidanTV」が始まった。佐伯の軽快なツッコミが反響を生み、始まって半年でチャンネル登録者数は20万人に。TikTok、Twitter、Instagramなどの総フォロワー数は累計で90万人になった。
脱退騒動の1カ月後には、深夜のバラエティ番組『にゅーくりぃむ』からオファーを受けて、猥談バーの店長としてゲスト出演を果たす。
テレビ朝日の控え室で、佐伯とヒュジワラはロケ弁を食べながら、空を見つめていた。
「意外と1カ月で、こうなるもんだねぇ」
(文・西山里緒、写真・持田薫)
(敬称略・明日に続く)