「BEYOND THE REEF」(ビヨンドザリーフ)。社長兼デザイナーの楠佳英さん(右)と、ファッションエディターの軍地彩弓さん。
純粋に「かわいい」と思ってもらえる手編みバッグを販売しながら、何歳になっても好きなことで社会に参加できる機会を提供する「BEYOND THE REEF」(ビヨンドザリーフ)。社長兼デザイナーの楠佳英さんをファッションエディターの軍地彩弓さんが訪ねた後編では、新型コロナウイルスによるピンチを乗り越える過程で、見えた新しいものづくりの「つくり手」と「買い手」の関係と、体験という価値について、話してもらいました。
楠佳英(以下、楠):最初は製造して販売することに専念していましたが、何年か続けてみて、場所が必要だと考えるようになりました。店舗ではなくアトリエとして、みんなが気軽に集まって編み物できて、ハートフルに触れ合える場所。
うちは主婦とおばあちゃんたちだけで成り立っている会社なので、駅近がよくて、坂道があってもダメ。日吉駅近くに一軒家の物件が出たので、2018年7月にこのアトリエをつくりました。どうして都心に出さないの?とよく聞かれますが、おばあちゃんたちの家から遠くなりますし、ここは商品を売るための場所じゃなくて、編み物が好きな人たちが集うための場所なんですよね。
オフラインのワークショップは、ここで開催しています。編み手さんが立ち寄って、2〜3時間編み物をして帰られることもあります。職場でも家庭でもない第三の居場所があって、ちょっとおしゃべりして気分転換できるって幸せなことだと思うんです。ママ友でも仕事仲間でもなく、編み物が好きということだけでつながっているコミュニティ。
こういう場所を全国に増やしていきたいなと思っています。ここに来てくださることが幸せと感じてもらえるなら、場が増えることによって幸せな女性が増えると思うから。
つくり方はYouTubeで無料公開
「ママ友でも仕事仲間でもなく、編み物が好きということだけでつながっているコミュニティを増やしたい」と話す楠さん。
撮影:今村拓馬
今、ワークショップの講師をしてくださる方を育成しています。地方からオンラインで受講くださる方もいます。全国にアトリエができて、そこに編み物好きのコミュニティが生まれて、みんながちょっとハッピーになる。そこで受注会を開いて、全国の編み手さんに編んでもらってもいい。
「BEYOND THE REEF」のファンになってくださる方たちが伝道師になって、私たちのビジョンを伝えて、受注してものづくりをする場になっていく。そんなコミュニティとネットワークを築いていこうと舵を切りました。
そう思えたのも、新型コロナウイルスがあったからです。うちも1回目の緊急事態宣言の時に2カ月休業しました。アトリエを閉めて、ワークショップもすべて中止。売り上げが落ちて、このままじゃ潰れると思いましたが、答えをくれるのはやっぱりお客様なんですよね。
そこから製作キットの販売を始めて、ワークショップもオンラインでやるようになり、YouTubeのチャンネルも立ち上げました。これまで商品のつくり方は門外不出にしていましたが、現在は無料で公開しています。
2020年6月には編み方を載せた本『ビヨンドザリーフのバッグスタイル』も刊行しました。おうちで編み物を楽しんでくれて、「BEYOND THE REEF」を覚えてくれたら、いつか何かの形で返ってくるかなと。
ものをつくって売るだけの時代は終わって、そこにいかに付加価値、例えばつくる喜びや楽しさをつけていくか。さらに人とのつながりまでセットにすることで、初めて「BEYOND THE REEF」の価値を伝えられると思います。
2020年6月に出版された『ビヨンドザリーフのバッグスタイル』。
撮影:今村拓馬
軍地彩弓(以下、軍地):緊急事態宣言の中で、プロが門外不出だったノウハウを動画で公開するという動きが一気に加速しましたよね。人気シェフはレシピを無料で公開し、その結果、お客様がファンになってコミュニティが形成されたり、つながりが深まるという現象が起こっています。製作キットは、お店で販売している商品と全く同じものがつくれるんですよね?
楠:そうです。金具やハンドルなどもセットになっているので、うちの商品とまったく同じものがつくれます。でき上がったバッグを何万円か払って買うという価値ももちろんありますが、自分でつくる楽しみが付加価値になります。YouTubeを見ながらおうちでつくってもいいですし、みんなと一緒にワークショップでつくることもできます。
軍地:たとえ同じバッグでもそれぞれ関わり方が違いますよね。注文して買うにしても、作り手の顔が見える。その緩やかな、温かいつながりを通じて、ファンが形成されていくということですよね。
最近はファンマーケティング、コミュニティビジネスというように、ビジネスありきでコミュニティをつくろうという会社も増えていますが、本来コミュニティって共通の趣味などを核に自然発生的にできるものですよね。「BEYOND THE REEF」は人ありきというか、一対一のつながりから連鎖的にコミュニティが生まれているように感じます。
楠:お客様側から私たちのビジネスを見た時、このコミュニティを守っていくことが大事なんだなと気づきました。コミュニティビジネスをやったら儲かるという発想はなくて、コミュニティをつくるために利益を出さなければと考えています。
行政も頼れず自力で探し続けたおばあちゃん
「いまの福祉は安全を重視するあまり、高齢者を孤独にしていると感じます」と語る軍地さん。
撮影:今村拓馬
軍地:「BEYOND THE REEF」のインスタグラムも素敵ですが、この更新はどなたが?
楠:こちらはスタッフが管理していますが、80歳近いおばあちゃんたちも自分のアカウントをつくって投稿してます。
軍地:うちの親を見ていても、いまの福祉は安全を重視するあまり、高齢者を孤独にしていると感じます。孤立した高齢者をつなげて孤独を埋めようというのは、なかなか行政や企業の手が届かないところですよね。
楠:本当にそう思います。事業を立ち上げた時、うちの義母みたいに編み物好きで誰かの役に立ちたいおばあちゃんは、大勢いるはずだと思って探したんですよ。でも、なかなか見つからない。
最初、シルバー人材センターに行ったら、編み物という仕事の登録はありませんと言われ、次に老人ホームを回って「編み手になりませんか」と言うと、編み物ができる人はいるけど報酬が介在してはいけないと。それでは今までと何も変わらない。
地域包括支援センターのようなところも紹介されましたが、利益は出しちゃダメ、資材を自分で仕入れるのもダメ、利益を追求するのではなく企業に協賛してもらわないとダメだと。生き甲斐をつくるような仕事を提供したくても、株式会社の形態ではあまりに制約が多く、行政の力は借りられないと思って、自力でおばあちゃん探しを続けました。
たまたまタウンペーパーで、地域のNPO法人が運営するコミュニティカフェが紹介されていたのを読んだの(です。オーナーが自分のお母さんの生き甲斐のためにつくったカフェで、そこでおばあちゃんたち3人が編み物しているという。すぐ電話して「私こういうことやりたいんですけど、一緒にやってもらえませんか」とお願いに行って、今の形につながりました。
「むすんでひらいて福祉」より社会参加できる仕組みを
撮影:今村拓馬
軍地:「むすんでひらいて福祉」ですよね、いまの行政は。当人たちは、孫や家族、地域社会の役に立ったり、頼りにされたりすることが一番嬉しいし、やりたいことなのに、後期高齢者になった途端「おばあちゃん無理しないで」と言われて施設に入って(手遊び歌の)「むすんでひらいて」をやる。
それは昔の価値観だと思うんですよ。いまの70歳、80歳はまだまだ元気。それこそ「BEYOND THE REEF」のおばあちゃんたちみたいにインスタグラム始めるような人が当たり前にいらっしゃるのに。
楠:「なぜ高齢者なんですか」という質問をよく受けますが、たまたま私の目の前で困っていた人が高齢者だっただけ。高齢者ビジネスというくくりをされることもありますが、高齢者でビジネスをしようとも思っていません。
たまたま、おばあちゃんたちができることを新しくしただけで、おばあちゃんたちを助けるためでもなければ、福祉を変えようとも思っているわけでもない。うちもビジネスですから、売り上げは社内でも厳しく管理しています。編んでもらったら売らなければならないし、利益を出さなければ報酬を払うこともできません。
拡張家族のように好きなものでつながれる場を
撮影:今村拓馬
軍地:これからは半径1キロメートル圏のローカルコミュニティが大事になってくると思います。女性の社会的孤立は地方でより顕著ですし、コロナ禍によるDV問題も深刻です。居場所やいざという時の逃げ場があること、相談する相手がいることが命綱になる。
昔は結のような小さな集落や自治単位における共同作業のコミュニティがありましたが、いまは「BEYOND THE REEF」のように新しい形のコミュニティが生まれつつあると感じます。
楠:ワークショップに来てくださるのは40代から50代の女性が多いので、お子さんがいたり、介護をしている方も多いです。でもここにいる間は、家事や介護のことを一瞬にせよ忘れるとおっしゃるんですね。束の間でも自分のために時間を使えることが何より贅沢だと。
いつも自分を後回しにしているお母さんたちが、ここにいる時間にちょっとした幸せを感じてもらえたらいいなと思いますし、そういう場がある種のセーフティネットになる時代がくると思います。
そう遠くない未来、自分も高齢者になります。その時、家族以外のネットワークもあって、今日やることがある、居場所があるという風にしたい。
うちの看板娘のおばあちゃん、まさこちゃんは羽生結弦くんの大ファンなんです。80歳近いですが、コロナ前は仙台まで追っかけで遠征したり、それを知ったワークショップのお客様が羽生くんグッズをプレゼントしたり。血のつながりがないからこそ、編み物が好きという共通点だけでつながれる。ただ、おばあちゃんが絶対的に偉いから大切にしようという空気はあります。
拡張版サザエさん家族みたいに、いろいろな世代が共存して、好きなものでつながっていられる。そんな場を増やしていきたいと思っています。
(構成・渡辺裕子、撮影・今村拓馬)
楠佳英:ファッション誌編集者を経て、2014年に義母と義妹の3人で編み物ブランド「BEYOND THE REEF」を立ち上げ、地域のおばあちゃん達とモノづくりを開始。翌年法人化。高齢化問題や女性の再就職の難しさを、ファッションというツールを使って可視化、共有し、解決するため、2018年8月、横浜・日吉に実店舗兼アトリエをオープン。横浜ビジネスグランプリ2017女性起業家賞、DBJ新女性ビジネスプランコンペ ファイナリスト、2018年8月Apt women シリコンバレー派遣採択企業。
軍地彩弓: 大学在学中から講談社でライターを始め、卒業と同時に『ViVi』のライターに。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。