1937年、飛行船ヒンデンブルク号の船内で水素ガスが爆発し、飛行船時代は幕を下ろした。しかし今、その水素ガスが航空業界に再び登場し、「二酸化炭素排出量ゼロ飛行」という新たな時代が幕を開けようとしている。
水素を利用して「二酸化炭素排出量ゼロ飛行」を実現する方法はいくつかある。水素を燃料電池に使用して電気モーターを回す方法や、水素を燃焼させてエンジンを駆動させる方法などだ。いずれにしても再生可能エネルギーで水素を生み出せば二酸化炭素排出量はゼロとなる。
そのため投資家たちは、投資先として水素関連のスタートアップ企業を躍起になって探している。その中で複数の有名投資家が目を付けた企業が、水素燃料航空機の開発競争で先頭を走るゼロアビア(ZeroAvia)だ。
2020年2月初め、アマゾン、ビル・ゲイツのブレイクスルー・エナジー・ベンチャーズ、そしてシェルからの支援も取り付けた。同社は、Insiderが選んだ「2021年に注目すべき気候変動に関するテクノロジースタートアップ企業46社」の一つでもある。
ゼロアビアはカリフォルニア州ホリスターに本社を置き、2023年までに商用航空機用の水素パワートレイン(エンジンやプロペラシャフトなどの駆動装置の総称)を市場に出すことを目指している。
ゼロアビアは水素燃料電池を使用した航空機用のパワートレインを開発している。
ZeroAvia
航空技術は1930年代以降進化し続けており、もはや爆発する危険性はない。しかし、ゼロアビアにとっても、エアバスのような競合大手にとっても、大きな課題がある。例えば、地球上で最も軽い元素である水素の輸送や貯蔵の方法といったことだ。
それでも、成功した時に得られる報酬は桁外れだ。水素テクノロジーは、6860億ドル(70兆6600億円)規模の航空産業を劇的に変える可能性があるからだ。
ゼロアビアの創設者でCEOのバル・ミフタコフ
ZeroAvia
「リスクは高いし資本集約度も高い。しかし、業界を変革させることができるのです」と、Insiderの取材に応じたゼロアビアの創業者でCEOのバル・ミフタコフは言う。
未来に羽ばたく水素燃料
ミフタコフは、航空業界をクリーンにすることに個人的な関心があった。パイロットでもある彼は、自宅があるベイエリアからホリスターのオフィスまでヘリを操縦して通うことが多かった。
彼自身は空の旅をこよなく愛していたが、一つ前に立ち上げた会社イーモーターワークス(eMotorWerks)は、地上輸送、特に電気自動車のスマートチャージに注力していた。
彼は電気自動車のことを、「地上での二酸化炭素排出を削減するエレガントな解決策」と表現する。頻繁に飛行機を利用する立場から、空でも同じような解決策を見出したいと長年考えてきたそうだ。
2017年にイタリアの大手エネルギー企業エネルにイーモーターワークスを売却した後、ミフタコフは商機を見出した。航空会社が二酸化炭素削減の目標を発表し、テスラは環境にやさしい輸送手段の市場価値を証明してみせたのだ。であれば、自分が取り組むべきは二酸化炭素排出ゼロの航空機を作る方法を見つけることだ、と。
航空機の排出量を削減する方法はいくつかある。例えば、電気自動車のようにリチウムイオン電池を使用する、植物由来の燃料を使う、二酸化炭素をリサイクルする、藻から燃料を作る——もしくは水素だ。
大型航空機の場合、電池は論外だとミフタコフは言う。重すぎるからだ。彼が想定しているような20人乗りで500マイル(約800キロメートル)飛行できる航空機の場合、「機体よりずっと重くなってしまう」と話す(小型固定翼機には電池が適していると言う専門家もいる)。
一方でバイオ燃料や合成燃料は、ミフタコフいわく「それほど効率が良くないし、メンテナンスのコストも高い」
となると、残るは水素だ。
航空産業における水素の役割を調査しているウォルバハンプトン大学のアフマド・バルタージ研究員は、次のように述べる。
「航空機の代替燃料として挙がっている候補の中でも、水素は際立っています。最も期待できるクリーン燃料でしょう。航空産業の脱炭素化へ向けた解決策となる可能性は高いです」
バルタージ研究員はまた、水素航空機の利点の一つは燃料電池と違って充電の必要がないことだ、とも付け加える。さらに重要なことは、水素ガスは電解装置(水を電気分解して水素ガスを取り出す装置)を使って生成できることだ。つまり、この電力に太陽光や風力といった再生可能エネルギーを使うことで、二酸化炭素排出量ゼロを達成できるのだ。
流れに飛び乗るベンチャーキャピタル
ミフタコフが自身のEV企業を売却して以来、経済が排出量削減へと移行する中で水素は脚光を浴びてきた。専門家はInsiderに対し、2021年は水素燃料にとって重要な年になるかもしれないと語っている。
ベンチャーキャピタリストは莫大な初期費用がかかるプロジェクトを避ける傾向にあるにもかかわらず、水素関連のスタートアップ企業を探し回っている。これはゼロアビアにとっては追い風だ。
ゼロアビアに対しては、ビル・ゲイツが立ち上げたブレイクスルー・エナジー・ベンチャーズとシェルのベンチャー部門が出資していたが、2020年12月にはアマゾンも加わり、2100万ドル(約21億400万円)がゼロアビアに投じられた。これで同社の資金調達総額は5000万ドル(約51億5000万円)弱となった。なお、資金調達ラウンドを率いたのは、エコシステム・インテグリティ・ファンド(Ecosystem Integrity Fund)とブレイクスルー・エナジー・ベンチャーズだった。
一方、大手航空会社も恩恵にあずかろうとしている。ブリティッシュエアウェイズは2020年、ゼロアビアと正式なパートナーシップを組むと発表した。ミフタコフは、他にも15社から予備的合意書が送られてきていると明かす。
ハイリスクなテクノロジーでも、必要性が高ければ受け入れやすいのだろう。例えば出資するアマゾンは2040年までに商品の配送が主な原因となっている二酸化炭素排出をゼロにすると宣言しているし、航空会社も似たようなことを約束しているからだ。
投資家に対するプレゼンでは、スケーラビリティ(規模拡大能力)と証拠を示すことに徹しているとミフタコフは言う。
ゼロアビアによる小型機
ZeroAvia
ゼロアビアは大型航空機にも規模を拡大できる唯一のアプローチを有しており、その技術は小型機でなら既に証明されている、と。実際2020年9月には、水素燃料電池を動力源とした商用航空機の初飛行を終えている。
前途には乱気流も
しかし、水素にはまだまだ課題も多い。最も基本的な問題は、現状ほとんどの水素ガスがクリーンではないということだ。化石燃料から作られており、ジェット燃料を置き換える本来の目的にそぐわない。
クリーンな水素を作ったとして、次の問題は空港への輸送と貯蔵だ。水素は非常に軽いため、かなり圧縮する必要がある。
国立再生可能エネルギー研究所上級エンジニアのケビン・ハリソンは2020年、Insiderの取材に対し「最大の課題は燃料補給のためのインフラだと思います」と語っている。
ミフタコフによれば、パワートレインの開発に特化しているゼロアビアは、燃料補給施設の建設にも積極的に取り組むという。おそらく、航空機燃料のサプライヤー大手であるシェルの協力を仰ぐことになるだろう。シェルの方も、エネルギーの変革に注視しつつ水素に大きく賭けている。
シェルは、水素技術を支援する大企業のうちの一つ。
Miquel Gonzalez/Shell
先出のバルタージ研究員は、燃料電池を機体に搭載するのにもさまざまな課題があると話す。中でも大きな課題がその重量だ。
「非常に大きな機体を飛ばすには、巨大な燃料電池を機体に積む必要があります。重量の問題を解決しなくてはなりませんが、それには時間がかかるでしょう」
これに対してミフタコフは、ゼロアビアは重量削減に注力しており、20人乗りの機体を飛ばす方法は確立していると述べる。将来的には80人乗りまで拡大する予定だ。ミフタコフはかつてテクノロジーメディアTechCrunchに対し、まずはアジア圏内やカリブ海を横断する短距離便の市場をターゲットにすると語っている。
しかし2030年を見据えたミフタコフの計画はさらに大きい。「100席規模のナローボディー機を所有する予定です。航空機市場の稼ぎ頭ですからね。それまでには、テクノロジーも進化していることでしょう」
(翻訳・玉城弘子、編集・野田翔)