FacebookのCTO(最高技術責任者)、マイク・シュレーファー氏へのインタビューをお届けする。
Facebookは「AIの巨人」の1社と言われているが、その研究開発の内実は、あまり知られていない。また、近年VRやARなどにも注力しているが、その狙いもピンときていない……という人もいそうだ。
FacebookはAIとAR/VRでなにを目指すのか? CTOとしてのビジョンを聞いた。
AIはFacebookの基盤、プライバシー保護も技術の進化が支える
Facebookの最高技術責任者(CTO)のマイク・シュレーファー氏。
出典:Facebook
シュレーファー氏がFacebookのCTOに就任したのは2013年のこと。同社のエンジニアリング担当副社長として、現在まで続く「モバイル・ファースト」路線を推し進めた人物でもある。社内では「シュレップ」の愛称で呼ばれることが多いという(注:実際、自身の動画ブログ番組は「シュレップTECH」というタイトルになっている。最新のシュレップTECHの動画は文末で紹介)。
CTO就任後、Facebookは「AI」への注力を拡大した。ニューヨークにAIの研究所を作ったのも、シュレーファー氏がCTOとなった2013年のことだった。
「AIはいまや、あらゆる部分の基盤として活用されている。特にこの数年は、AI研究所の努力と時間の大半をコンテンツ管理に活用してきた」
FacebookのようなSNSでは、さまざまな「不適切な投稿」との戦いが重要であり、しかも現在までのところ、SNS側は明確に勝利と言える結果を残せてはいない。
しかし、彼らは努力を続けている、とする。
「自動検出数を四半期ごとに公表しており、次回は2月の公表を予定している。まだやるべきことが多く残っているが、成果に自信も持っている」
シュレーファー氏はこう続ける。
「例えばヘイトスピーチについては、3年前までは、利用者が目にする前に検出できる率はほぼゼロだった。だが今は95%まで高められている。この水準に来るにはもっと時間がかかると思っていた。
隠語を使った会話や、現在進行形の事象に関わる話題の把握には、今も困難が伴う。ただ、改善していくことは可能なはずだ。
AIでの言語処理は、現状英語が非常に有利で、そこも課題ではある。
技術的な課題と考えており、翻訳によるアプローチと、『多言語モデル』での対応を進めている。『多言語モデル』はあらかじめ、特定の言語に依存しづらいシステムを構築するもので、実際すでに効果を上げている」
一方で、Facebookの課題として挙げられることの多い「プライバシー対策」では、AIは大きな可能性を持っている、とも言う。
「一つの大きな可能性は、プライバシー情報を扱う演算をローカルな機器だけでやってしまう、ということだ。VR機器であるOculus Questにしろ、Facebookのビデオチャット専用デバイスにしろ、多くの画像認識に関わるアルゴリズムは機器の中だけで実現されている。
プライベートな情報が自宅や機器の中から出ないようにしていくことには、極めて大きな可能性がある。また、センシティブなデータを使わずに、モデルのパラメータだけを持ち寄って精度を高める『フェデレーション・ラーニング』にも大きな価値がある」
より基本的な点でも、AIの力で変わっていく部分がある。
「現在は設定が複雑だ。家族にしか見せたくないものを間違って外部にシェアしてしまうこともある。しかし、自然言語を認識するAIアシスタントがあったとすればどうだろう? アシスタント側が命令を理解し、必要な場合にはあなたに確認するようになる。そうすることで、結果的にはプライバシーを守りやすくなる」
現在は、Facebookの持つ「人々の行動を通じた広告から収益を得る」という手法そのものに懸念が集まっている部分もある。
そうした部分について、今回は直接的なコメントはなかった。ただ、AIによって「マネタイズに使われる領域とそうでない部分」を、より明確に分けられるようになる可能性も高い。人側のエラーを助けるAIによるプライバシー保護には、そうした可能性がある。
VR/ARを社会実装するための「責任あるイノベーション」
Facebookが開発を進める「Project ARIA」で使われる試作型グラス。眼鏡型のデバイスの中に、周囲のデータを集めるためだけの機能が搭載されている。
出典:Facebook Connectの配信映像より編集部作成
Facebookは常に売上高の20%前後を研究開発投資に振り向けている。2020年だけで約184億ドル(約1兆9000億円)という大きな額になる。これまではその大半をAIの研究に活用してきた。ではこの先はどんな技術領域に力を入れるのだろうか?
「ここからの10年は、圧倒的にVRやARに期待している」とシュレーファー氏は語る。
「Facebookの中でのVR関連技術は、すべて(2014年に)Oculusを買収したところからスタートしている。初期にはPC用のヘッドマウント・ディスプレイを中心としていたが、現在は『Oculus Quest』のような単体デバイスも自社開発できるようになった。
QuestもAI技術がなければ開発できなかったデバイスだ。現在はARグラスの開発も進めている」
現在、同社はOculus Questに力を入れている。最新モデルである「Quest 2」は、アメリカの調査会社SuperDataの調べでは、2020年末商戦の3カ月だけで100万台を超える販売台数を達成している。
前世代に比べ大幅に性能が向上しているにも関わらず、価格は3万7100円(アメリカでは299ドルから)と安くなっていることも、人気の理由の一つだろう。「社内開発の成果。今後もさらに使いやすさの改善とコストの低減に注力する」(シュレーファー氏)と話す。
最先端の教育現場でも使われ始めたVRデバイス。そのほとんどはOculus社の製品…つまりFacebookのテクノロジー戦略によるプラットフォーム上で動いている(写真は、Quest 2上で動く、角川ドワンゴ学園N高のVR教育システムを体験中の様子)。
撮影:伊藤有
現状、Oculus Questは主にゲームに使われている。だが、FacebookはVRについて、それだけにとどまらない活用を期待し、開発を続けている。オフィス環境の「VR化」だ。
2020年秋に開催した、VR関連の開発者向けイベント「Facebook Connect」では、Oculus Quest 2で「どこでもオフィス」を実現する「Infinite Office」や、VRでのコミュニケーションの将来などが語られた。シュレーファー氏は、「誰もがオフィスでVR機器を使う姿が、珍しくなくなるだろう。それも、十数年先ではなく、ほんの数年の間にだ」と予想する。
Oculus Quest 2で「どこでもオフィス」を実現する「Infinite Office」のイメージ映像。
「この1年で我々は、2Dの画面を使ったリモートワークの楽しさと限界を学んだはずだ。ビデオ会議では、2~3人が同時に話したり、隣の人とだけ軽く会話をしようとしても、うまくいかない。
だが、現実の世界では、みんなが顔を向けて1人の人を見つつ、どこで話しているのかを理解できる。『空間化された音声』として届くからだ。
バーチャル会議室で、同じように空間化されたオーディオを使用した例がある。2Dのビデオ会議とは違い、話している相手のほうを振り返って、その人とだけ会話することもできた。こういう要素の実現を、私は非常に楽しみにしている。だが、それはすぐ実現できるわけではない」
シュレーファー氏は、実現のための要素として、ヘッドセットの軽量化や装着感の改善、ソフトウェアの継続的な改善も必要だと説明した。
「だが、我々は(Facebookの)内部で、すでに実際にテスト運用をしている。仕事でVRを使っている人を見ても、誰も驚かない時代がすぐにやってくるだろう」
その上で、現実の景色の中にバーチャルなオブジェクトを表示するAR機器の開発も主体的に進める。ただしこちらは、VR以上に時間がかかると見られている。
「(レイバンブランドで知られる)ルックスオティカと共同開発したスマートグラスを、2021年後半に発売する。ただしこれはARグラスではなく、スマートグラス。
ARについては、適切なユーザーインターフェースもプライバシー上必要な要素もまだ知見が足りない。
我々が意図していない問題についても、思慮(想像力を持って取り組むこと)が必要だ。こうした新技術を開発する際には、『責任あるイノベーション』が必要。過去数年のリサーチから学んだ、重要な考え方だ」
(文・西田宗千佳)