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日本でユーザーが急増している米国発の音声SNS「clubhouse」。2月に入って接続が不安定になっているとの声が増えたが、その一因としてアプリが中国に“上陸”し、アクセスが殺到したことが挙げられている。
日本から約1週間遅れでやってきた中国のClubhouseブーム。招待枠がフリマアプリで高値で出品される状況は日本と同じだが、中国では「画期的なサービス」という声はあまり聞かれず、サービスのマーケティング手法に対する冷静な分析が多い。
日本より1週間遅れで爆発、きっかけはマスク
日本でClubhouseが話題になり始めたのは1月25日ごろからだ。23日にアップルの日本のアプリストアでリリースされ、IT界隈のインフルエンサーがClubhouseの魅力をTwitterやFacebookで拡散。ユーザー数は1月31日時点で10万人、2月5日時点で50万人を超えたと推定される(ユーザーローカル、伊藤将雄社長試算)。
日本では非常に短期間にClubhouseのユーザーが増えたが、同時に「いつの間にか流行が爆発していた」という印象もある。気が付けば周囲の人がやっており、その円がどんどん広がるイメージだ。
対して中国は、爆発の瞬間がはっきりしていた。
それはテスラCEOのイーロン・マスク氏が1月31日(現地時間)に「今夜、Clubhouseで配信する」と投稿したことがきっかけだった。同氏のフォロワーは4598万人。そこには中国の熱狂的なファンが多数含まれる。
この投稿が号砲となり、「Clubhouseとは」「登録方法」「インビテーションが欲しい」といった投稿が中国版Twitter「ウェイボ(微博)」、メッセージアプリ「WeChat(微信)」にあふれた。しばらくするとClubhouseへの登録方法やマスク氏の語った内容がブログで紹介されるようになった。フリマアプリには、招待枠が300~500元(約5000円~8000円)で出品された。
改めて感じるのは、マスク氏の中国IT業界におけるカリスマ性の強さだ。中国では2020年、「理想汽車」「小鵬汽車」の新興EV2社がアメリカでIPOを果たしたが、創業者はいずれもテスラに刺激を受け、IT企業経営者時代に蓄えた資産とネットワークを投じてEVメーカーを立ち上げた。
理想汽車の李想氏はテスラのModel Sが上海に上陸した2014年、中国本土の最初のオーナーの1人としてマスク氏から鍵を受け取っている。小鵬汽車の何小鵬CEOはアリババ幹部だった同年、訪中したマスク氏との出会いをきっかけに、アリババの支援を受けながらEVに参入した。
テスラは上海に工場を建設し、量産車モデル3に続き2021年はSUV「モデルY」を発売した。2020年のテスラの業績と株価の上昇は、中国市場に支えられており、テスラと中国は相思相愛の関係にある。
Clubhouseが使えるのはアップルの端末のみで、中国本土から利用するには海外のアップルIDを持っている必要があるなど、日本よりもハードルが高い。それでもマスク氏の配信を聴くために、あるいはマスクが参加するシリコンバレーのアプリを体験するために、特にVC関係者がClubhouseに殺到した。
「そのうち当局にブロックされる」
ブームに火がついた後、日本と中国では基本的に同じことが起きている。まず、招待枠のプラチナチケット化。1月時点で中国語のroomは数えるほどだったが、最近はVC関係者や起業家によるroomが次々に立ち上がっている。
日本と違うのは、ウェイボなど競合企業のCEOが既にClubhouseに入っている点だ。“敵情視察”と見られているが、中国でも超大物と目される起業家が使い始めることで、さらに話題性が上がっている。
ブームに乗じてClubhouseのコピー品が出てくるだろうことも当初から予想され、実際に出てきた。
暗号通貨TRON(トロン)の運営者で、2019年に投資家ウォーレン・バフェット氏とのランチの権利を落札したことで話題になったジャスティン・サン(孫宇晨氏)は月間アクティブユーザー50万人を持つ音声SNS「TWO」に出資し、「中国版Clubhouse」に育てると発表した。Clubhouseが対応していないアンドロイドユーザーにターゲットを絞り、電話番号を通じて限られた数しか招待できないClubhouseよりも多様な方法で登録できるようにし、まず中国市場を狙っていくという。
Clubhouseはこれら新興の競合サービスに食われることなく中国で成長を続けるのか。実はこの点において、中国人はより冷静だ。
まず、中国政府が欧米SNSをブロックしていることから、Clubhouseも「近いうちに接続できなくなる」と多くの人が思っている。
やり取りが記録されずリアルタイムで流れていく音声アプリの監視は容易ではない。今アクセスできているのは、マスクの一声によって、意図せぬ形でアプリが中国本土で拡大し、運営側、中国当局の双方が対応できていないからだろう。留学生の友人から招待を受け取りClubhouseに登録できた20代中国人は、「いつつながらなくなるか分からないから、今のうちに体感したい」と話した。
中国では10年前にも流行
中国では一世代前のサービスと思われていた音声SNSが、インフルエンサーの一声で大復活した。
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そして音声SNSは、中国では特に目新しいサービスではない。
日本ではClubhouseが招待制・会員制である点からmixiとの共通点を指摘する声が多く出たが、中国では2010年前後に流行した音声SNS「YY語音」との類似性に注目が集まっている。
YY語音は2008年、ゲームユーザー向けの音声SNSとしてリリースされ、カラオケ大会、外国語の練習など利用法が多様化、最盛期には4億ユーザーを獲得した。だがスマートフォン時代に入ると、SNS機能ではテンセントのメッセージアプリ「WeChat」にユーザーを奪われ、配信機能では動画配信市場が急成長し、YYも事業の主軸を動画配信にシフトした。
米国発のClubhouseは早晩中国でブロックされるとの指摘も多い。
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中国主要メディアは「アメリカでは音声SNSは画期的なサービスかもしれないが、Clubhouseでできることは、YYでもできた。Clubhouseがこれだけブームになったのは、マーケティングやブランディングの力だろう」と、VCや専門家の声を紹介している。
YYはパソコン時代、それこそSNSもない時代にゲームユーザーのコミュニケーションを助けるために生まれたサービスで、インフルエンサーやSNSマーケティングという概念は無縁だった。
Clubhouseは音声SNSが持つ「距離の近さ」「親密さ」の特徴と、既存のSNSで数百万、数千万のフォロワーを持つインフルエンサーをかけ合わせ、認知を広げた。そしてClubhouseの音声チャット技術をサポートしている中国企業「Agora(声網)」は、YYの元CTOが創業したという点も、非常に興味深い。
音声、テキスト、映像はそれぞれ優れた点、足りない点があり、時代が求めるコミュニケーションに最適なものが流行するのだろう。
一世代前のコミュニケーションツールと思われていた音声SNSが、旬のインフルエンサーを巻き込むことで最先端のツールになると認識させた点は、アリババやバイトダンス、テンセントなどがひしめく中国IT業界に、新しいビジネスの発想を提供するかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。