「ジェンダー広告炎上」はなぜ繰り返されるのか ── 辻愛沙子と治部れんげが語る【ビヨミレ2021イベントレポ】

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ジャーナリストの治部れんげさん(左)と、arca代表取締役の辻愛沙子さん(右)。

撮影:伊藤圭

Business Insider Japanはビジネスカンファレンス「BEYOND MILLENNIALS(ビヨンド・ミレニアルズ)」を1月28〜29日に開催した。3回目となる今回はサイトでのアワード発表と、2日間にわたるトークセッションを実施。

「『ジェンダー広告炎上』は日本企業と社会をどう変える?」をテーマに、arca代表取締役の辻愛沙子さんとジャーナリストの治部れんげさんが登壇した。

ジェンダー炎上、企業はどう回避する?

ジェンダーセッション

ジャーナリストの治部さんは「今企業がやるべきポイントははっきりしている」と話す。

—— 2020年にはSNS上で話題になった広告がたくさんありました。振り返って何が特徴的でしたか。

治部れんげさん(以下、治部):声を上げる人が増えたことで、大手メディアでジェンダーが大きく取り上げられるようになった。その点では、大きく変化した1年だったと思います。

辻愛沙子さん(以下、辻):具体的な例を通して、炎上にも色々な種類があると可視化された年だったと思います。大きく分けて3パターンあったように思います。

そもそもジェンダー的配慮が足りず起こるべくして起こった炎上、配慮しようとしたものの表現を間違えて意図せず起こった炎上。そして批判と賛同の両方が来るのを覚悟の上で、自分たちのメッセージを出していく「議論」を呼ぶ広告。

議論が巻き起こるとそれを炎上と呼ぶ風潮も同時に見られました。炎上のパターンを、受け取る側も冷静に考えていく必要があります。

—— 炎上が起こったとき、企業はどのように対応すれば良いのでしょうか。

辻:個人から見たら企業って、石を投げても全く動じない存在に見えますよね。でも中には当然人間がいて、間違えることもあるし、そこから学んでいることも多くあるんです。

企業側は、改善のプロセスを開示していく必要があるのかなと思っています。

そして消費者側は「企業は変わらない」というレッテルを貼らず、変わる前提で長期的に見ていくことも大事だと思います。声を上げる側(消費者側)のリテラシーややり方も、もっとアップデートしていけるといいなと。

治部:今企業がやるべきポイントははっきりしています。ネットで記事になっている炎上した広告をいくつか選んで、社内で議論する。これどう思う?と聞き合えば、現状で社内にどんなナレッジがあるかがわかり、そこから勉強するべきことが見えてきます。

炎上を避けるにはレインボーかオーロラ?

辻愛沙子

ジェンダーの広告的な表現としては、“自分主体”であるかどうかが大事だと語る辻さん。

撮影:伊藤圭

—— ジェンダー広告の分野だと、特に欧米で議論が進んでいます。脱毛広告のあり方が見直されたり、大手化粧品メーカーの商品名から「美白(ブライトニング・ホワイトニング)」という表現がなくなったり、どこまでが「ジェンダー的にNG」なのか?という見極めがより難しくなってきているように感じます。

治部:2019年の6月から、イギリスの広告基準協議会がジェンダーステレオタイプを描く広告を禁止にしました。たとえば男性は家事ができない・女性は家事ができるというような表現は禁止される事例にあたります。

その一方で、きれいになりたいことを表現したり、女性が化粧をすること自体は、禁止の対象ではありません。ただ女性が化粧に時間をかけすぎて会議に遅れるような描写は禁止の対象です。ケースバイケースで、より細かい配慮が求められてきています。

:脱毛の広告でいうと、脱毛をすること自体は「個人の自由」ですが、その背景には女性としてこうあるべきという「環境」によるステレオタイプが刷り込まれている可能性もある。その目線は大切です。

けれど広告のあり方としては、脱毛をすべて禁止にするのではなく、誰かのためではなく自分主体で選ぶ選択肢のうちの一つとして、脱毛を提供しますという言い方にすることはできる。

大切なのは、あくまで“自分主体”であること。美しくなりたい、脱毛したいと思う女性の思いを否定する必要はないんです。

例えば、バリバリ仕事をする女性の表現はジェンダー的観点で見るとポジティブですが、かといって家庭に入りたいと思う女性を否定する必要はない。とにかく、選択肢があるという前提を忘れないようにした方がいいですね。

—— ジェンダーステレオタイプに陥らない一方で、もともとあった価値観を全部は否定しない。そのバランスが難しそうですね。

:私は「Ladyknows」という女性のエンパワーメントを目的としたプロジェクトを2019年に立ち上げたのですが、そのテーマカラーをピンクに決めるときにとても悩んだんです。

ladyknows

画像:Ladyknows公式サイトより

ピンクという色は女性のジェンダーロールの象徴なので、抵抗感を持っている人も多い。ただ一方で、そうした抵抗を持っている人たちよりも、まだ「女性のエンパワーメント」という概念に気づいていない、ステレオタイプを持ってしまっている層に届けることも、このプロジェクトにおいては大事だと思ったんです。

2歩先ではなく1.5歩先の表現として、パッと見た印象で「あ、これは女性について扱っているんだな」とわかってもらうことも必要だなと。

治部:私にも小学生の娘がいて、かつてはピンクやパステルカラーが好きだったのですが、女子のステレオタイプだからと言ってそれを否定するのもおかしい。同じように、色を白くしたいのも毛を剃りたいのも本人がやりたければ、私はそこを批判する必要はないという立場です。

ただそれをクリエイティブとして、不特定多数向けにインクルーシブにやるにはすごくテクニックがいりますよね。

ジェンダーセッション

:そうした配慮をしていくと、デザインってとても難しいんです。今はグラフィック業界だとジェンダーに関わるモノはとりあえず虹色かオーロラだ!となってしまっている傾向さえあって、逆に多様性を欠いてしまう。

あくまで青も黄色も緑もオレンジも紫もある中で、私はピンクが好き!はOK。やはり、選択肢が大事なキーワードなのかなと思います。

BLM、恐怖訴求…企業は社会問題にどう向き合うべきか

—— 広告から踏み込んで、企業が社会問題にどう反応していくべきか?も伺いたいです。フェミニズムに限らず、欧米では2020年に「Black Lives Matter(BLM=黒人の命は大切だ)」運動が起こり、企業が積極的に賛同していたのが象徴的でした。

治部:BLM運動に日本企業でいち早く反応したのはサンリオでしたね。実はサンリオは1980年代に「サンボ&ハンナ」というアフリカ系と思しきキャラクターを使い、それが人種差別的だと批判されてワシントンポストに掲載されたことがあったんです。

サンリオはすぐに謝罪して、商品を回収、製造も中止するとともに、アメリカで関係団体との対話と謝罪を地道にやってきたんですね。

今回、サンリオは30年前の“炎上”をBLM運動への対応に活かせた。日本とアメリカでは黒人差別にまつわる歴史が異なるので一概には語れませんが、日本企業にサンリオのような対応ができるかどうかは、そういった人種やジェンダーなどへのラーニングをしているかどうかにかかっているのではないかと思います。

—— まずは、企業内での教育が重要であると。

:企業内部の取り組みも重要だと思いますが「ニワトリとタマゴ」のたとえのように、消費者のマインドや規制なども、同時並行で進めなくてはいけないと思うんです。

先ほどイギリスの広告基準協議会の話がありましたが、日本でもヤフーが恐怖訴求(ユーザーの危機感や不安感に訴えかける)的な広告を規制したりと、動きが出てきています。

経営に関しても、アメリカでは証券取引所のナスダックが取締役のダイバーシティを向上するための規則を策定したことが話題になりました。日本でも上場を控える企業から女性の取締役を増やす方向に行っていると思います。内外で、変化を感じています。

日本企業はどのようにアプローチすべきか

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撮影:伊藤圭

—— 最後に、2021年にジェンダー広告はどうなる?という予測があればお聞きしたいです。

:差別やいじめを題材にしたナイキやBLMへの賛同表明のような大胆なメッセージングには、日本ではなかなか踏み切れない企業も多いと思います。

ただ企画テーマそのものがダイバーシティでなくても、演出の部分で登場人物に偏りがないかどうかをチェックすることならできる。今後は、さりげない演出のアップデートも重要なのではと。

2019年から2年連続で、ヘアケアブランド「ミルボン」の広告の企画・クリエイティブを担当したのですが、初年度は「GIRLS POWER」をテーマに、女子力の多様性をストレートに表現した広告を作ったんです。

その一方、2020年はコロナ禍で打撃を受けた美容師さんへのメッセージも伝えたくて。だから登場人物の中には美容が好きで、自分のケアも大事にするお母さんがいたり、女性同士のパートナーがいたりという表現を、さりげなく差し込んでいくことに挑戦しました。

動画:milbon ミルボン

治部:ミルボンの広告は泣けますよね(笑)。欧米のように企業がストレートに政治的なスタンスを表明しないのは文化の違いもあるし、逆にそういう日本企業の良さもあると思います。

批判だけでなく、良い広告に触れることも大切ですよね。私が良いなと思ったのは、丸美屋の「釜めしの素」の50周年を記念した広告です。

動画:marumiyachannel

最初はお母さんが割烹着(かっぽうぎ)を着て釜めしを作っていて、そこからタイムスリップして、今は男性も女性も一人暮らしの人も釜めしを作る姿を見せる。短いCMなんですけれども、50年の時代の変化がさっとわかる。

こういった広告が出てくると、単に批判するだけじゃなくて、じゃあどうしたらいいかという提案をすることもできるのかなと思います。

(構成・稲葉結衣西山里緒、撮影・伊藤圭)


辻愛沙子(つじ・あさこ):arca株式会社代表取締役、クリエイティブディレクター。社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業づくり」と「世界観に拘る作品作り」の二軸で広告から商品プロデュースまで手がける越境クリエイター。2019年春、女性のエンパワーメントやヘルスケアをテーマとした「Ladyknows」プロジェクトを発足。2019年秋より報道番組news zeroにて水曜パートナーとしてレギュラー出演し、作り手と発信者の両軸で社会問題へのアプローチに挑戦している。

治部れんげ(じぶ・れんげ):ジャーナリスト。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社入社。その間、2006~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員としてアメリカの共働き子育て先進事例を調査。2014年からフリーに。国内外の共働き子育て事情や女性の働き方に関する政策について調査、執筆、講演などを行う。著書に『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)などがある。

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