「自助」「人生100年時代」と聞いて、将来に対し不安しか感じないシマオ。その不安の根源は何なのか。佐藤優さんはシマオに年齢にともなうキャリアの考え方を話す。
人生の不安はどこからやってくる?
シマオ:最近はよく「人生100年時代」なんていうじゃないですか。まだ70年も生きなきゃいけないと考えると、ちょっと不安になってしまいます。おまけに菅総理は「自助」が大切なんて言ってるし、国も助けてくれないのかな、と。
佐藤さん:その不安はどこからくるのでしょうか?
シマオ:どこからって……何となくこの先大丈夫かな、って。
佐藤さん:人間の感じる不安がどこからくるのかは分かりやすくて、ひとつは死ぬこと、もうひとつは自分が将来どうなるか分からないという不確定性からくるものです。例えば、もし明日コロッと死んでしまったときに、家のパソコンを人に見られたらどうでしょうか?
シマオ:いろいろと困りますね(笑)。とはいえ、僕はまだ死ぬことはあまり心配していませんから、やっぱり将来の不安でしょうね。
佐藤さん:会社には出世競争から降りてしまった50代、60代の人がいますよね。そういう人たちほど、昔はよかったとか、オレたちの頃はこうしてたといった、「浦島太郎」みたいな話ばかりしませんか。
シマオ:まさにそれです! そういうの聞いてると、僕も将来こうなるのかなあ……って。
佐藤さん:それが不安の大きな要因です。「目標にできる人間」がいない。つまり、こうなりたいという未来の景色が見えないことが不安につながるんです。 組織として本当はそういう悪いロールモデルは見せないほうがよいのだけれど、あからさまに窓際に追いやるのはできませんから、若い人たちはそうはならない道を自分で見出さないといけません。
シマオ:どうすればいいんでしょうか?
佐藤さん:シマオ君はいま30歳でしたね。そうしたら、あと15年が勝負です。人生はシビアです。45歳までの前半戦で積み重ねたもので、残りの後半戦を戦っていかなければいけません。いうなれば45歳より先は、その遺産を食いつぶして生き残るしかない訳です。
シマオ:15年なら、まだそれなりにあるから頑張らないと……。
佐藤さん:15年なんてあっという間ですよ。シマオ君の会社でも大きなプロジェクトになれば5年、10年がかりじゃないですか? だとしたら、あと15年で何回大きな仕事ができるでしょう。
シマオ:確かに! そう考えると時間がない。
佐藤さん:スティーブ・ジョブズがアップルをつくったのも、ビル・ゲイツがウインドウズをつくったのも20代から30歳くらいにかけてでした。
シマオ:僕の年齢で大きな仕事を成し遂げていたということですね。何だか焦ってきました。
佐藤さん:人生100年になっても、ゴールは100歳や定年の時ではありません。仕事に関していえば、45歳をひとつのゴールとして考えて、そこまでに何をすればよいか逆算してみることが大切です。もちろん、50、60歳で偉業を成し遂げている人は多くいます。しかしその人たちはみんな20代、30代のモチベーション、エネルギーを50代まで持ち続けている人です。シマオ君はそれができますか?
シマオ:50まで……。ちょっと僕は無理……かな。
「消極主義」のススメ
シマオ:でも、上の世代の人は年功序列で45歳を過ぎても給料は上がって、最終的に退職金で逃げ切れましたけど、最近の状況を見ていると、僕らがその年齢になる頃はそうじゃなくなってますよね。そういう意味で、若い世代はお金のことも不安だと思うんです。
佐藤さん:それはもう日本が低成長時代に入ったということで、しかたありません。日本だけでなく、先進資本主義国はすべて低成長時代に入っています。嫌な時代だからこそ、45歳までに蓄積したノウハウで生き残っていく道を探るしかないんです。
シマオ:ちなみに、45歳から先はどういう戦略をとるべきなんでしょう。
佐藤さん:一部の上に行ってマネジメントをする人を除けば、45歳までに手に入れた、人より少しでも得意なことを生かして、組織の中で居場所を見つけることです。軽々しく他の会社のほうがまだマシそうだからと転職を考えたりしないほうがいいでしょう。
ただし副業について考えてみる必要が出てくると思います。そういう意味で「消極主義」をおすすめしています。
シマオ:なんだか夢がないですね……。
佐藤さん:定年を迎えたり、年齢を重ねたりしたビジネスパーソンが、ひとつの会社からまとまった給料をもらおうとするから難しくなる訳です。自分の得意な分野が3つあれば、それぞれから少しずつもらえばいいと考えれば、だいぶ気が楽になるのではないでしょうか。
シマオ:なるほど〜。逆に考えれば、それまでに自分が得意なことを絞り込んでおかないと、消極主義もできないということですね。
佐藤さん:そのとおりです。そのためには意外に時間が多くはないということに注意して、逆算して今何をすべきかを考えなければならないということです。
シマオ:でも、そうして何とか定年くらいまでやったとしても、僕らが年金をもらう頃には制度そのものが崩壊してそうで……心配です。
佐藤さん:年金制度自体は100年先も持つように設計されていますが、もらえる年金額は間違いなく減るでしょうね。
シマオ:不公平な気がします。僕らは生まれた時からいい時代を生きていないので、しわ寄せだけがくるなんて。
佐藤さん:その気持ちは分かるけど、冷静に計算してみると年金を支払っても決して損はしないことが分かります。そもそも年金だけで食べていける人なんて、今でも少ないでしょう。貯蓄や子どもの仕送りがあってようやくやっていける。年金はもらうものではなく、「取り分け」であるという視点で見るべきものだと思います。
シマオ:「取り分け」? どういうことですか?
佐藤さん:ビジネスパーソンが年金分もすべて手元にもらったら、多くの人は老後のために取っておくことができず使ってしまうと思いませんか? そうしたら彼らは歳を取った時、路頭に迷うことになるでしょう。そういう意味では、国が作っている取り分けのシステムによって、自分自身と社会を助ける制度だと見ることができるのではないでしょうか。
君は「酸っぱいぶどう症候群」に陥っていないか
シマオ:でも、早いうちに自分の得意なことを見つけなければいけないとすると、入る会社がどんなところかということも重要になってきますよね。
佐藤さん:そうですね。これからは終身雇用が崩壊して、副業をするビジネスパーソンも増えてくるでしょう。しかし、やはりエリート層ほど正社員で終身雇用という流れはしばらく続くはずです。アメリカでも一部の金融業界などを除いては、エリート層は何度も会社を変えてはいません。
シマオ:結局、会社にしがみついていたほうがお得だってことでしょうか。
佐藤さん:自分が会社に残ることを期待されているのか、そうでないのかをちゃんと把握することが大切です。イソップ物語の「酸っぱいぶどう」を知っていますか?
シマオ:キツネがぶどうを見つけて食べようとしたけど、高さが届かなくて、くやしまぎれに「あのぶどうは酸っぱいに決まってる」と言ったって話ですよね。
佐藤さん:よく自分の会社のことを「こんな会社にいてもしょうがない」と言っている年配社員がいませんか。
シマオ:います!
佐藤さん:彼らはこの「酸っぱいぶどう症候群」に陥っている可能性が高い。別に会社の悪口を言うのは構わないけど、自分が本当にそう思っているかはちゃんと確かめほうがいいでしょう。
シマオ:人間は、自分の能力を棚に上げてしまいがちですよね。
佐藤さん:働いていれば、自分の能力がどの程度かは分かるはずです。ただ、正規雇用か非正規雇用かという入口のところの違いは、まだまだその後の能力だけで逆転できるようにはなっていません。そこは注意して、自分が能力以下の地位にいると思ったら、会社を変えることも選択に入れるべきでしょう。
シマオ:いろいろ考えることが多くて、ますます不安になってきたような気がします……。
佐藤さん:「稼ぐに追いつく貧乏なし」ということわざがあります。私はこれは真理だと思っていて、あきらめないで正しい努力をすれば、今の日本では食べるのに困らないくらいの所得は得られると思います。
シマオ:やっぱり「自助」しかないんですか?
佐藤さん:政府が「自助」や「人生100年時代」と言ったり、それに対する批判があったりしますが、私から見ればどちらも因果が逆です。自分で食べる分は自分で稼がなければいけないのも、寿命が長くなった分だけ長く働かなければいけないのも当たり前ですよね。
シマオ:うう。ぐうの音も出ない正論ですね。
佐藤さん:だから今さらキーワードにする必要もないし、「自助が大切」ということで孤独や不安が高まるといった批判も筋違いなんです。孤独と不安はすでにあるからこそ、「自助」に注目が集まっている訳で、その不安に現実的に対処しなければならない。そのためには人生の終わりを冷静に見定めて、逆算して考えることが大事なんですよ。
※本連載の第53回は、2月17日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)