自動車業界でブランドを作り上げるのは複雑なことではない。まず、車を作る。そして、車を売る。さらに車を作って、さらに売る。この繰り返しだ。運が良ければその車がT型フォードとなり、100年後にその会社はフォード・モーター・カンパニーのような巨大自動車メーカーになるかもしれない。
しかし実際には、そこまで至ることは多くない。ウォルター・クライスラーが目を輝かせて自動車業界に飛び込んだのが1925年。テスラはそれより後に成功を収めた初めてのアメリカの自動車メーカーだ。
自動車開発に莫大なリスクが伴うことは明白である。しかしそれだけにリターンも莫大だ。テスラは現在世界で最も時価総額の高い自動車メーカーであり、世界の自動車メーカー大手9社の時価総額の合計を上回る。
イーロン・マスク率いるテスラは、2003年の創業から20年足らずで時価総額世界トップの自動車メーカーへと躍進した。
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この記念碑的な功績に対する賞賛は、好むと好まざるとにかかわらず、イーロン・マスクCEOに向かう。マスクは良くも悪くも注目を集めてきた人物であることは間違いない。しかしマスクには、ヘンリー・フォード、エンツォ・フェラーリ、ジョン・デロリアンのような大胆な自動車メーカー創業者と同じような性質がある。
ほぼ同世代で自動車業界に進出した、マスクほど破天荒ではない人物と言えばヘンリック・フィスカーがいる。テスラの競合であるフィスカー・オートモーティブは、2010年代初頭にテスラを押しのけて市場に参入したが、その後の金融危機の影響で倒産した。
しかしフィスカーは新たに「フィスカー・インク」を設立し、新型のSUV「オーシャン」と工場を必要としないという新しいビジネスモデルを発表し、自動車業界に復帰した。
フィスカーの「オーシャン」は、「アセット・ライト(資産軽量化)」型ビジネスモデルで製造される車種の一つであり、製造は世界でも有数の自動車受託製造会社、マグナ・シュタイアが手掛ける。納車は2022年後半の予定だ。
マスクとフィッシャーに共通する要素を、アップルのティム・クックは持っていない。
クックは類まれな優秀なCEOであり、スティーブ・ジョブズの後継者としてはアップルになくてはならない存在だ。しかしクックは創業者ではない。スティーブ・ジョブズという「クパチーノの偉人」がやり残したミッションを、芸術の領域にまで高めた優秀なプロセスリーダーがクックである。
筆者の知る限り、アップルは地球上で最もうまく経営されている会社だ。これほどうまく会社を経営するというのはジョブズが成し遂げられたことではないし、望んでもいなかったことだろう。
ではアップルが過熱気味の広告を展開しているアップルカーは、同社の好調な経営にどう影響するのだろうか。
アップルの提携先は現代自・起亜?
影響しない。これまでに分かっていることを振り返ってみよう。
「プロジェクト・タイタン」はその名の通り、この5年間自動車業界で最も実体のない存在となっていた。ベイエリアで目撃された数台の粗悪なミニバンを除いては、自動運転センサーとルーフラックを装備しているという新製品の全貌は明かされておらず、憶測が飛び交うだけで隠し撮りショットなども一切なかった。
しかし、テスラというライバルが株式市場に乗り込んできて、新興の自動車メーカーがしのぎを削るなか、業績不振だったファラデー・フューチャーも復活を遂げた。「プロジェクト・タイタン」もまた現実味を帯びてきた。
「アップルカー」の生産を現代自動車が受託するのではとの憶測が飛び交っている。
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最新の報道によると、アップルは、カリフォルニアで設計してアメリカ南部で組付けを行うことも想定したアップルブランドの自動運転の電気自動車に関するパートナーシップについて、韓国の大手自動車メーカー、現代自動車(ヒュンダイモーター)とかなり深い話を進めているという。
しかしアップルは現代自とその傘下の起亜自動車(キアモータース)との具体的な協議には入っていない可能性もある。どの情報が正しいかは、匿名の関係筋からの情報のうち、どれを信じるかによる。
アップルの「噂の新製品」は、ジョージア州にある起亜の工場で生産される可能性がある。起亜によれば、現在、同社で一番人気のSUV「テルライド」の需要に追いつくため工場をフル稼働させているが、電気自動車は製造していないという。
このような伝聞の話が持ち上がってきている状況は、クライスラーとマセラティが提携してイタリアらしいアクセントの効いた「レバロン」を作った当時のことをありありと思い起こさせる(筆者は長年の「レバロン」ファンであり、マセラティを所有するのも悪くないと思う者としてこう述べている)。
モルガン・スタンレーによれば、もう一つの可能性として、アップルはアジアにある起亜自動車の工場に対して資金を投入する可能性があるという。
モルガン・スタンレーのアナリストらは、先日発表された調査報告の中で、「アップルと起亜自動車は、将来の自動車開発のための生産施設を設立するため、(中略)起亜自動車に36億ドルを投資するという合意に達する可能性がある」と述べた。
この調査報告は正しい。アップルは、起亜自動車を環太平洋のEV王者にするために、40億ドル近くを費やす可能性がある。アップルは銀行に2000億ドル近い資金を保有しているため、無駄な金を使う余裕もあるとはいえ、そのような動きは噂されているジョージア州での計画よりもさらに混乱を招くことになるだろう。
「プロジェクト・タイタン」が抱える半永久的に不確実な状態は、テスラの実績とはまるで対照的である。テスラは2020年には50万台を納車、初の通期黒字を達成。この勢いはさらに2021年も続くと見られている。
テスラには遠く及ばない
一方、「プロジェクト・タイタン」では、自動車業界からの大規模な指導者レベルの採用はまだ行われていない。この点は、評価の高いジョン・クラフシクが2015年から率いるアルファベット傘下のウェイモとは異なる。
だがおそらく、ポルシェのような自動車メーカーから能力の高い現場のエンジニアを連れてきて、シャシーの設計に携わってもらうつもりだろうと考えられている。シャシーの設計は現代自・起亜で行われ、ボンネットにはかじったリンゴのマークが飾られるというのが基本計画だとしたら、興味深い動きではあるだろう。
ここ数カ月の「プロジェクト・タイタン」に関する噂は、EVや自動運転車をめぐる多くの噂によってさらに大きくなり、避けて通るのは難しいほどになっている。
ティム・クックは素晴らしい経営者だ。だが創業者ではない。
REUTERS/Shannon Stapleton
アップルはおそらく、何かを計画している。だが筆者はこう考える。クックは実際のところは、モビリティ事業から生み出される何らかの価値を得ようとしているだけ、あるいは消費者市場をテストして、莫大な資金を要する自動車ベンチャー事業に資金を費やす価値があるかを見極めようとしているだけなのではないかと。
一方、創業者たちは細かいことに思い悩んだりせず、体当たりで突き進む。マスクは自動車事業ではアップルより20年近く先にスタートしており、ウェイモは創業十数年だ。
後から参入した会社が海まで出ているというのに、アップルはまだ港にも到着していない。慎重すぎる船「タイタン」ははまだ波止場にも着いていないのだ。永遠に製図板の上にとどまっている。
「パートナーシップ」という恐ろしい言葉
アップルという会社は基本的にはデザインの会社であるため、無理もない話だ。しかし、アップルは圧倒的なシンプルさが強みの会社でもある。クパチーノから生まれる派手な言葉やファンタジーのような複雑な話が取り上げられるたび、疑念や懐疑心が頭をもたげるのが普通の反応だ。
そして、ここが重要な点だが、我々はすべて電気で動く自動運転のアップルカーについて話に聞いてはいるものの、実際の自動車の相互作用がどれほどシンプルなものであるかについては何も聞かされていない。
ところが「パートナーシップ」という恐ろしい言葉については伝え聞いている。例えばあるプロジェクトがアップルとのパートナーシップをベースに進められているとして、「プロジェクト・タイタン」が実際に動き出した場合、それはアップルとの共同ブランド事業となる。
アップルはそのような場合、パートナーシップの相手方から30%の利益を抜き取ろうとし、相手方はそこから何年もかけて10%に減らしてもらうよう交渉を続けることになる。そのようなパートナーシップは長くは持たない(ちなみにテスラは世界で最も成功している自動車メーカーの一つだが、他社との共同事業は好まない会社だ。実際、粗利はわずか20%程度で推移している)。
では、このようなシンプルな法則について考えてみてはどうか——「自動車事業に関しては、創業者に従え」。
こんなぶっ飛んだビジネスに手を出すぶっ飛んだ経営者は創業者しかいない。マスクは、破天荒な経営者として知られたフェラーリのように、お金のことはほとんど気にしない。目の前のミッションが一番重要なのだ。
フェラーリにとってはレースに勝つことがミッションであり、ついでに高級なロードカーもそれなりに売れればいいと思っていた。マスクにとっては、化石燃料の時代を終わらせることがそれだ。
これは単にティム・クックがどんな人物かという話ではない。アップルの従業員は誰でもクックのような人物だろう。派手な宣伝に惑わされないことだ。「プロジェクト・タイタン」の状況が劇的に変化しない限り、アップルカーが完成することはない。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)