今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
今回の話題は、いま日本でもにわかに注目を集めているSNS「Clubhouse(クラブハウス)」。2020年3月にローンチしたばかりですが、ユーザー数はすでに200万人を突破するなど急速に成長中です。実際に使ってみた入山先生は「この音声SNSは今後も定着していく」と言いますが、果たしてその理由とは?
Clubhouseを使ってみた
こんにちは、入山章栄です。
音声を使ったSNS「Clubhouse(クラブハウス)」が急速に盛り上がっていますね。僕も誘ってくれる人がいたので、さっそく使ってみたところ、非常に面白い。あまりに面白かったので、実は今回の連載の取材も急遽Clubhouse上でやっています(Clubhouseは音声録音ができないため、申し訳ありませんが今回は音声版はなしです)。
Business Insider Japan編集部の横山耕太郎さんや常盤亜由子さんも、この取材の少し前からClubhouseを始めていたそうです。
BIJ編集部・横山
先日Insiderのオンラインイベントがありまして、そのとき編集部のみんなでClubhouseで“副音声中継”をやろうということになりました。そこで編集部の「ルーム」をつくり、オンラインイベントを見ながらClubhouse上で同僚たちと話してみたのですが、やはりどちらかに集中してしまう。話を聞きながら話すのは難しいと思いましたね。
とは言え、イベントの実況中継というのはいいアイデアですね。僕も、これからClubhouseを使った実況中継が流行ると思います。例えばスポーツはみんなで応援したほうが楽しいですからね。
ただし、ドラマなどは難しいでしょうね。ドラマもClubhouseもどちらも「耳」が必要だから、まさに横山さんが言うように意識が分散してしまう。でもスポーツは基本的に映像さえあればいいので、耳と目の分離ができます。スポーツ中継を目で見ながら、Clubhouseで耳を使えばいいですからね。これからはClubhouseを使うと、オリンピックやワールドカップなどはすごく盛り上がると思います。
BIJ編集部・常盤
先生は実際に使ってみて、ClubhouseはFacebookやTwitterなど既存のSNSのどれに一番似ていると思いますか? ClubhouseはどのSNSに取って代わる存在になるのでしょう。
僕は、既存のSNSがClubhouseに取って代わられることはないと思います。なぜならTwitterやFacebookなど既存のSNSは視覚情報なので、むしろ聴覚のSNSであるClubhouseと補完的だからです。Clubhouseの登場に危機感を覚えるべきなのは、同じ「聴覚」を使うポッドキャストやラジオでしょう。
デジタル通信技術はこれからさらに発展していくでしょうけれど、今のところデジタルで伝えることのできる要素は、視覚と聴覚を使うものだけです。
だからこそ、リアルでは味覚、嗅覚、触覚を使うものの価値が生き残るし、高まっていくはずです。
僕は大手デベロッパーや行政に、よく「丸の内はグルメタウンにしたほうがいい」「皇居のまわりでキャンプをできるようにしよう」などと提案しています。おいしいものを食べるとか、みんなで焚火を囲むという体験は、デジタルではできませんから。
五感という点で考えてみると、これまでのSNSはテキストや写真、動画が主なコンテンツでしたから、ほとんどが視覚中心でした。
すなわち「音声×SNS」という領域は完全に空白地帯だったわけです。だから、「Clubhouseのブームは一過性だ」という人もいるけれど、僕はおそらく、この音声SNSは今後も定着していくと見ています。
編集部作成
声のコミュニケーションは共感を得やすい
Clubhouseが定着すると思うもう一つの根拠を世界標準の経営理論で説明すると、この連載でも何度か紹介した、野中郁次郎先生の「SECIモデル」が当てはまるでしょう。
SECIモデルは簡単に言えば、言葉で言い表すことができない「暗黙知」と、言葉にできる「形式知」を、複数の人間がぶつけ合い、互いに往復させることで新しい知が生まれるという理論のこと。知と知のぶつかり合いのことを野中先生は「知的コンバット」とおっしゃっていますが、この根底にあるのは人と人の「共感」です。野中先生は『共感の経営』という本も出されているほどです。私もこれからの不確実性の高いビジネスでは、「共感」がさらに重要になってくると考えます。
撮影:今村拓馬、イラスト:Alexander Lysenko/Shutterstock
しかし問題は、このコロナ禍においてオンラインでどこまで共感性を培えるか、です。実は野中先生と以前お話しさせていただいた時には、野中先生は「オンラインで共感を培うことは難しい」とおっしゃっていました。他方で、ある経営者の方は「意外とオンラインでもいける気がする」とおっしゃっていた。まだどちらが正しいのかは分かりません。
そもそも、人はどうすれば共感を培えるかとか、五感の中でもどの感覚を刺激することが一番共感を呼ぶかというのは、経営学の範囲を超えた問題なので、僕にもよく分かりません。神経科学や心理学、あるいは京都大学の山極壽一先生のような、霊長類研究が扱っている課題とも言えます。
ただ、脳科学では「聴覚でのコミュニケーションをすると、相手に親しみを覚える」という知見もあるようです。実を言うと、僕も以前から音声メディアは共感性が高いと思っていました。日本ではそうでもありませんが、アメリカでは猫も杓子もポッドキャストを聴いているので、音声コンテンツには注目していたのです。
僕が文化放送でラジオ番組をやらせていただいているのもそれが理由です。そもそも、この連載を文字だけでなく音声データでもお聴きいただけるようにしているのも、その理由からなのです。
そういう意味では、Clubhouseが持つ可能性は大きい。今までのZoomやTeamsなどのWeb会議システムでもそこそこコミュニケーションはとれたけれど、Clubhouseは音質がいいし、会話にズレがないので、かなり共感度の高い場所を形成できるはずです。
実は僕は、自分が教えている早稲田ビジネススクールの学生や修了生向けに、Clubhouseを使ったコミュニティの場を作ろうと思っています。月に1回くらい、ゲストにビジネススクールの学生・修了生や教授を呼んでカジュアルにしゃべるというものです。
現役の学生も喜ぶ人がいるだろうし、OB・OGでも懐かしく思ってくれる人もいるでしょう。これをきっかけに早稲田ビジネススクールに興味を持ってくれる人もいるかもしれない。彼らのエンゲージメントを形成するには非常に適したメディアになると思います。いずれにせよ、これからいろいろな使い方が考えられるでしょう。
新しいプラットフォームの新しい使い方を考える
ちなみに横山さんは、Clubhouseをどんなふうに使っているのでしょうか。
BIJ編集部・横山
僕のリアルでの知り合いはメディア関係者など、新しいものに敏感な人が多いので、同業の人をフォローして、記者クラブの話を聞いたりしています。
でも僕はまだ発言するより聞くだけのほうが多い。そうすると、内輪ネタで盛り上がっている人たちの会話を外から聴いている感覚なので、まだ「ハマる」というほどではありませんね。
もっと自分も話すようにしたほうが、Clubhouseの良さが分かるのかもしれません。
僕は自分がしゃべるのも好きですけど、誰かの話を聴くのも好きです。例えば先日は、ミャンマー在住の日本人の方が開いた「ルーム」に入ってみました。
折しもミャンマーではクーデターが起きて緊迫した情勢になっている。そこでミャンマーで起業されたという日本人の方が、現地の状況を解説してくれていました。こうなると、もはやどのメディアよりも情報は速い。むしろテレビ局の人が、そのルームに話を聞きに来ていたほどです。
TwitterやFacebookが登場し、著名人が自らの言葉で直接消費者に向かって発信するようになったことで旧来メディアの役割が問い直されるようになりましたが、今回Clubhouseのような音声SNSが登場したことで、よりいっそうメディアの存在意義が問われるようになるでしょうね。
日本人というのは、こうしたプラットフォームをゼロからつくることには長けていないけれど、ひとたび面白いプラットフォームを与えられると、それを使った新しい遊び方を考え出すのはすごく得意なものです。例えばTwitterが大喜利の場になったように、いまやClubhouseもそれを使ってみんなが遊び始めている。
『アフターデジタル』を書かれた尾原和啓さんが、「日本人のクリエイティビティは余白の文化だ」とおっしゃっていましたが、余白を生かして工夫するのが日本人は抜群にうまい。これから日本人がどんなふうにClubhouseを使いこなしていくのか、注目したいと思います。
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。