2月13日(現地時間)、イタリア新首相に就任した欧州中央銀行(ECB)のドラギ前総裁。アフターコロナの回復局面で期待に応えられるか。
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イタリアのマッタレッラ大統領は2月12日(現地時間)、欧州中央銀行(ECB)のドラギ前総裁を次期首相に任命。同氏は閣僚人事を発表して翌13日に首相に就任した。
コロナ禍の政変は望ましくない面もあるが、後述するように、コロナ禍だからこそ誕生したビッグネームの首相でもある。
日本の経済関係者の間でも高い知名度を誇るドラギ氏が、ECB総裁退任から1年3カ月ほどの短いブランクで政治経済の表舞台に戻ってくることに関し、その意味や展望、評価について、筆者のもとに複数の問い合わせが寄せられている。
ドイツやフランスといった大国ならいざしらず、市場変動を伴わないイタリアの政局について照会を受けることは珍しく、関心の高さがうかがえる。こうした状況を踏まえ、現状と展望を手短に整理してみたい。
なお、今年9月にはドイツのメルケル首相が、2022年5月にはフランスのマクロン大統領が任期切れを迎える。欧州は「政治の季節」に突入するところで、ドラギ首相の誕生はその序章と位置づけられる【図表1】。
【図表1】2021〜22年に予定される欧州の主要選挙。
出所:日本経済新聞など各種資料から筆者作成
全方位からの支持を得てドラギ政権誕生
結論から言えば、各方面からの期待は高いものの、ドラギ政権は「暫定」の色合いが否めず、持続可能性には疑問符をつけざるを得ない。
ドラギ氏の首相就任については、現政権を構成する「民主党(PD)」、民主党から分派した「自由と平等(LEU)」、イタリア最大政党の「五つ星運動」、レンツィ元首相率いる「イタリア・ビバ(IV)」といった左派勢力が支持。
一方で、ベルルスコーニ元首相の「フォルツァ・イタリア(FI)」、反欧州連合(EU)を掲げる最大野党「同盟(Lega)」といった右派勢力からも支持を受けている。
文字通り、幅広い支持を獲得しての船出だ。ただしその結果(代償とも言えるかもしれない)として、新政権は中道左派(民主党)、左派(五つ星運動)、極右(同盟)などが入り乱れた連立構成となる。
良く言えばコロナ禍を眼前にした「挙国一致内閣」だが、悪く言えば「寄せ集め」なので、いつ空中分解しても不思議ではない。
とくに、強烈な反EUの主張をくり返す極右政党「同盟」が、ユーロ圏の象徴的な存在でもあったドラギ氏を支持するのは違和感が大きい。
パンデミックのさなかであり、解散総選挙で勝負するのは避けたほうが賢明との算段が先に立っただけで、本音は別のところにあるのだろう。
全方位から支持されるドラギ氏なら、同盟としても「有事対応で一時的に支持した」と言いやすかったのではないか。同盟のサルビーニ党首は、次回以降の解散総選挙を経て、右派支持層をしっかり取り込んだ上で次期首相の座を狙うシナリオを諦めてはいないはずだ。
こうしたさまざまな不安を抱えながらの船出とはいえ、まずはマッタレラ大統領の任期が満了する2022年2月まで、政局が一応の落ち着きを得たことは前向きな話と評価したい。
「ドラギ氏だからできること」に期待
イタリア・ローマの大統領官邸(クイリナーレ)宮殿にて、宣誓式を終えたドラギ新政権の閣僚たち。
Paolo Giandotti/Presidential Palace/Handout via REUTERS
ドラギ新政権の最優先課題は当然のことながらコロナ対応であり、これは洋の東西を問わず共通する状況だろう。喫緊の課題が「効果的な防疫措置」から「効率的なワクチン接種」へと移るなか、この局面をうまく切り盛りできるかどうかが、新政権の評価軸になるのは目に見えている。
一方、国内外におけるネームバリューの大きさを踏まえれば、やはり「ドラギ氏だからできること」に期待が高まるのも当然だ。
これまでEU全体に関する議論は、メルケル独首相とマクロン仏大統領の2人が大枠を決めてから、EU首脳会議で加盟国に諮(はか)る流れが定番化し、それがオランダを筆頭とする一部加盟国からの反感を買う問題が表面化していた。
2020年の「欧州復興基金」設立に至る経緯がまさにそれで、たび重なる協議の末、7月に5日間にわたるEU臨時首脳会議を開くまでに至り、ようやく合意にこぎ着けたのは記憶に新しい。
2021年9月の政界引退が決まっているメルケル首相の存在感が薄れるなか、ドラギ首相が割って入る機会も出てくるかもしれない。ドイツとフランスが決める「既定路線」に、イタリアの意見が加わる余地が出てくれば、少なくとも南欧諸国にとっては心強い代弁者としての期待が持てる。
折しも、今年はいよいよ復興基金(正式名称「次世代のEU」)の拠出が始まる。欧州委員会のフォンデアライエン委員長は2月12日、基金の利用計画を4月末までに提出させ、9月末までに供給を始めたい意向を示している。
イタリアはこれまで、主に基金から資金供給を受ける立場、いわば「問題児」としての立ち位置からしかモノを言えず、その主張は一種のあきらめをもって評価されることが多かった。
しかし、ECB総裁時代から景気低迷に拡張財政で抗することの意味を訴えてきたドラギ氏(総裁退任時のスピーチでも拡張財政の必要性を強く訴えた筋金入り)なら、その意見は傾聴に値するものと受けとめてもらえるかもしれない。
「ドラギ・マジック」に期待してしまう
マクロン仏大統領とメルケル独首相(モニター)。2月6日、両国の安全保障に関するビデオ会議にて。イタリアのドラギ新首相は両国の議論に割って入り、影響力を行使できるか。
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ただし、メルケル独首相は2021年9月に、マクロン仏大統領は2022年5月に任期切れを迎える。ドラギ新首相なら両国の間に割って入れるという期待は持ちつつも、ドイツ・フランス側の政治環境は安易な妥協を許さない局面とも考えられ、合意形成が容易になるとはやはり言い切れない。
ドイツもフランスも次期政権の展望については不透明な部分が大きい。とりわけドイツについては、与党・キリスト教民主同盟(CDU)の党首に就任したばかりのラシェット氏で、9月の連邦議会選挙を勝ち抜けるのかとの疑義が断続的に浮上している。
イタリアはじめ脆弱な財政状態に置かれたEU加盟国は、アフターコロナを見据えた復興基金の恒久化など「大きな話」(の議論)を望んでいるが、上述のようなドイツやフランスの現状を考えると、今年や来年の早いうちに意見集約まで持っていくのはさすがに難しいかもしれない。
前評判がかなり高いだけに、そんなふうに「ドラギ氏だからできること」がさほど実現できないとなると、求心力が低下し、いずれ政変に巻き込まれて退陣という近年のイタリア首相たちと同じ憂き目に遭う懸念も十分ある。そしてそれは、「ドラギ氏でもダメだった」という失望を反動的に大きくするおそれもある。
ドラギ新首相の任期は2023年6月までだが、そこまで政権の求心力を維持できるかどうかは、コロナ禍が続きそうな年内のうちに目立った成果を残せるかどうかで決まってきそうだ。
イタリア国内では「挙国一致」と「寄せ集め」の狭間にあり、国外では他国の政権移行期の窮屈さに直面するドラギ首相は、おそらく難しい政権運営を迫られるだろう。
欧州債務危機の最悪期だった2011年にECB総裁に就任し、変幻自在のコミュニケーションを武器に市場の期待に応えた政策運営は「ドラギ・マジック」と呼ばれ高い評価を得た。さらにその後8年、総裁としてさまざまな危機を切り抜けてきた獅子奮迅の活躍を、筆者はECBウォッチャーとしてずっと見てきた。
それだけに、今回の難局にあっても目に見える実績をどうしても期待してしまう、というのが筆者の本音だ。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文:唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。