ビル・ゲイツは2015年、TEDトークのスピーチの中で、私たち人間は新たな感染症のパンデミック(世界的大流行)への備えができていないと警告し、行動を起こすよう促した。
ゲイツは、感染性ウイルスが「世界的大惨事の最大リスク」であり、「私たちは実のところ、伝染病の世界的流行を止めるシステムにほとんど投資しておらず、時間は味方をしてくれない」と話していた。
言うまでもなく、その予言は当たった。新型コロナウイルスの感染者数は世界で1億人以上に達しており、これまでに230万人以上が死亡した。
ゲイツは、新型コロナ撲滅に向けた闘いにリソースをつぎ込む一方で、新たな脅威への警告も始めている。その脅威こそが、気候変動だ。ゲイツによると、気候変動は新型コロナよりも手強い。
「気候変動の解決に比べたら、次のパンデミックに備える方が20倍簡単ですよ」—— Insiderが先ごろ行ったインタビューで、マイクロソフト引退後は慈善家として活動しているゲイツは、こう話した。何もしないことへの代償はさらに大きい、とも加える。
しかし自称テクノクラート(技術者出身の管理職)のゲイツは、楽観主義者でもある。地球温暖化を抑える時間はまだあり、自身もいくつかアイデアがあると話す。
アメリカで2021年2月末に刊行される著書『How to Avoid a Climate Disaster』(未訳、気候災害を避けるには)の中でゲイツは、主にイノベーションを通じて二酸化炭素の排出量を大幅に削減する方法を示している。
本書の中心となっているテーマは、ゲイツが提唱する「グリーン・プレミアム」という概念だ。従来品の代わりに環境にやさしい製品(例えば安価なガソリン車ではなく電気自動車)を使うことで生じる余計なコストを、ゲイツは「グリーン・プレミアム」と定義する。二酸化炭素の排出量を削減するには、この「グリーン・プレミアム」を下げることが不可欠だが、ゲイツはイノベーションこそがその手助けになるとしている。
イノベーションを活用してどのように気候変動を抑える考えなのか、アメリカの新政権がこれをどう支援できるか、Insiderがゲイツに聞いた。
極めて重要な10年が無駄になる
——あなたはこれまでヘルスケアを中心に活動されてきましたが、今は気候とエネルギーにかなりの時間を割いています。同様のモチベーションを持っている人は周囲にも多いですか?
グローバルヘルスについて誰かに話そうと思っても、「死」というものは遠くの貧しい国で起きているもののため、関心すら持ってもらえません。マラリアで人が死ぬのは常に、発展途上国なのです。HIVや結核の犠牲者も、圧倒的に発展途上国です。
それに比べれば、気候変動に対してはみんな関心を持っています。ただし、二酸化炭素を排出しているさまざまな経済分野を調べ、どう変えればよいかを考えるうえで必要となる背景知識については、過小評価されているかもしれません。スチール製造工場に行ったことのある人なんてほとんどいないでしょう。
ここに、エネルギーに関する基本的な問題が存在します。つまり、私たちは今後もこれだけのエネルギーを使うことになるものの、それが一体どこから来るのか、という点です。将来必要になる電力供給量は現在の2.5倍とされていますが、まともな計画がないと知ると、みんな驚きます。
——本書の執筆にはかなりの時間を要したそうですね。その過程であなたが気候やエネルギーについて学んだことで、他の超富裕層や大手投資家が知っておくべき一番重要なものは何でしたか?
モノにかかっている「グリーン・プレミアム」を勘定に入れなければ、気候変動対策を前に進めるフレームワークは存在しないことになってしまいます。
例えばインドは、国民に対して最低限の住まいや食糧、夜間の照明を供給する必要があります。このような国に対して、「どうかもっと環境に配慮して」などと言えますか? そう言える立場からどれほど遠く離れたところに立っているかをはじき出す数値が、グリーン・プレミアムなのです。
環境にやさしい製品を使用することで、住居に困っている人々の住まいが半数しか作れないのであれば、そこに正義はまったくありませんし、そんな政策はうまくいかないでしょう。インドにおける1人当たりの二酸化炭素排出量は、富裕国の20分の1でしかありません。
どの分野においても、こうした数値は非常に重要です。さまざまな二酸化炭素排出量を比べ、難しいところに取り組まないかぎり、きちんと計画を立てたことにはなりません。計画がなければ、イノベーションにとって極めて重要な今後10年を無駄にしてしまうのです。
——つまり、ソーラーパネルのような分かりやすいソリューションにただ資金を投じるのではなく、各セクターの炭素排出量やグリーン・プレミアムを見るところから始めなければならない、と。
そういうことです。ほとんどの人は、「乗用車の問題は解決した。電力もすべて解決した」と言うと、「もうこれで十分では?」と言うでしょう。しかし、これでは3分の1も達成したことになりません。
この問題を解決するには、イノベーションをかなり楽観的に捉えなければならないし、イノベーションをどう促進するかを理解しつつも、現実的でいる必要もあります。
新しいソフトウェアはすぐに作れます。新薬でさえも、そこそこの速さで実現できます。でも私たちは、例えば世界中のスチール製造プロセスを変えようとしているのです。もし2050年までに実現できれば、歴史を熟知している人ならかなり驚くでしょうね。
画期的な技術こそ気候変動を止める鍵
——専門家は、ネットゼロ(二酸化炭素排出量実質ゼロ)の実現には、ありとあらゆる新興テクノロジーを用いる必要があると言います。とはいえ、あなたから見てこれは大袈裟に騒がれすぎだと感じるテクノロジーはありますか?
ビルの断熱処理や公共交通機関の改善など、作業の需要をほんの少しだけ減らすものはさまざまありますが、こうしたものを使っても効果はせいぜい2〜3割減といったところで、炭素排出はゼロにはなりません。ゼロにするチャンスのあるものに取り組むべく、リソースを取っておく必要があります。
——つまり、化石燃料への依存をほんの少し軽減するだけの、効率的な建設をはじめとするテクノロジーには、そこまで期待していないということですか?
そうしたテクノロジーは、脱炭素向けではありません。脱炭素を実現するには、(2〜3割減ではなく)二酸化炭素を100%削減しないといけないのですから。それが実現すれば、1トンあたり天文学的な炭素削減効果があります。そして新しい技術のためには、お金が必要になります。クリーンな水素や核融合などの新たなテクノロジーはまだ始まったばかりなのです。
——では、見過ごされていると思うテクノロジーはありますか?
10億ドル(約1050億円)強規模だった基金、ブレイクスルー・エナジー・ベンチャーズ(編注:2016年にゲイツが組成したベンチャーキャピタル。以下、BEV)における最初のファンドでは、エネルギー貯蔵と食糧の分野で有望な企業を多数見つけました。セメントとスチールでも何社か目ぼしいものはありましたが、まだ足りません。
二酸化炭素の直接空気回収(DAC)やグリーン水素の分野では、ほとんどありませんでした。
BEVの2つめのファンドでは、特にDACとグリーン水素を検討する予定です。運良く、他にもこうした企業への投資を名乗り出たところがありました。BEVができる以前は、グリーン投資は資金ばかりかかって利益を生まないと見られていましたけれどね。
ベンチャーキャピタリストの中でも著名なコースラ・ベンチャーズのビノッド・コースラはBEVの取締役でもある。
Steve Jennings/Getty Images
気候テックへの出資は今後も続く
——クリーンテックは10年前に投資バブルがはじけましたが、イノベーションにもっと資金が必要であることを考えると、より多くの投資家をこのセクターに呼び込む必要があります。何か戦略はお持ちですか?
例えば太陽光発電や風力発電の企業に対し、仮にレイターステージで投資したとしても、投資家が負担するコストは他の分野の企業と何ら変わりません。つまり、気候変動に影響を与えていることにはならないのです。
本当の意味で貢献と言えるのは、もっとリスクが高い領域への資金提供です。つまり、研究や、創業間もない企業などへの資金提供の他、かなり高いグリーン・プレミアムが付いているけれど環境にやさしい製品に対する資金提供などです。
太陽光発電施設の債権者というだけで「グリーン・ファイナンス」などと呼ばれますが、これでは二酸化炭素排出の削減にはなりません。
——では、他の投資家にもこうした高リスクの分野を支援してもらうにはどうしたらよいのでしょうか?
私が行った一番具体的なことは、BEVの組成でした。これは実際に、グリーン投資のエコシステムを作る一助になっています。
この先、人々が非常にリスク回避的になり、特に気候関連への投資には慎重になることも考えられます。そのときのために、今準備しなくてはいけません。今後15年のうちに積雪のない冬が来るかもしれませんから。そのため、ベンチャーに関しては現在のように活気ある時期に出資しておくことが大切です。
——今は気候テック・ベンチャー・ファンドが急騰しています。このブームはこれからの10年も続きますか?
期待しない方がいいでしょうね。ソリンドラ(太陽電池メーカー)やフィスカー(電気自動車メーカー)が経営破綻して初めて、人はようやく「これは厳しい」と気づくものです(編注:ソリンドラは2011年に、フィスカーは2013年に倒産した)。
今後5、6年はかなりいいと思います。たいていどの分野にも有望な企業というのは出てきますから、仮に今ほど資金が潤沢でない時期が来たとしても、我々としてはこういった企業が確実に出資を受けられるようにします。
——有望な企業といえばぜひお伺いしたいのですが、注目すべきスタートアップ企業はありますか?
新著では、特定の企業にはなるべく言及しないよう心がけました。この本が出版される頃には破綻していた、なんてこともあり得ますからね。それだけリスクが高いビジネスなんです。
ただし、テラパワー(TerraPower)については確か4行くらいは書いたと思いますよ。私が出資した中では一番大きな組織です。
私が筆頭株主になっている直接空気回収(DAC)企業のカーボン・エンジニアリング(Carbon Engineering)については、あまり取り上げていませんね。同社が採用している液体処理の方法よりも1トンあたりのコストを下げられるような方法が見つかるといいなと思っています。
ゲイツは、二酸化炭素を回収し、燃料化する技術に取り組むスタートアップ企業、カーボン・エンジニアリングの筆頭株主でもある。
Carbon Engineering
食料品の分野では、ビヨンド・ミート(Beyond Meat)やインポッシブル・フーズ(Impossible Foods)以外にもいろいろあります。人工肉は市場の1%にも満たないですが、品質を高め、グリーン・プレミアムを下げるためのイノベーションにはかなり期待できます。
(後編は明日に続く)
(翻訳・松丸さとみ、編集・野田翔、常盤亜由子)