僧侶、稲田ズイキ(28)が、アイドルやJ-POP、漫画などの題材と仏教とを絡めて語ることに、一部の僧侶たちからは「仏教をエンタメと一緒にするな」「僧侶としての誇りが足りない」という批判もあるという。
しかし稲田は、
「仏教とアイドル集団の果たす役割に、もはや大きな違いはない。むしろアイドルたちが多くの人にもたらす感動や物語の力に、仏教は追いついていない」
と断言する。
ファンを弔うアイドル
ある地下アイドルは、孤独死し葬儀も行われなかったファンのために、追悼ライブを開いた。故人との10年来の関わりを、彼を知るファンたちと振り返ることで「お見送り」をしたのだ。稲田はこの話に深く感動すると同時に、「これからはアイドルに限らず、さまざまなコミュニティが、宗教と同じ機能を果たすようになるだろう」とも感じたという。
ある地下アイドルは顔を見せなくなったファンが亡くなっていることを突き止め、追悼ライブを開いた。
提供:稲田ズイキ
マインドフルネスのセミナーやフェミニズムなどの思想も、「幸せとは何か」「どう生きるべきか」を考えるという面で、宗教と重なる役割を担い始めていると、稲田は考える。
「これからの仏教は信仰の対象というより、2500年の歴史の中で詰みあがった人生のTips(うまくいかせるためのコツ)の集大成としての役割を担うのではないか」
資本主義的な価値観は、人々に絶えず「成長せよ」「自己実現せよ」というプレッシャーをかける。これに対して仏教は、そもそも確かな「自分」があるということすら、思い込みに過ぎない(無我)と教える。プレッシャーから解放されるためのコツとも言える。
コロナ禍で、人に会いたい、飲みに行きたいという欲望がストレスを生むさまは、まさに欲望が「苦」を生む状態だ。これに対して雑念を払い、道端に咲く花の美しさに幸せを見出すよう説く仏教は、「ステイホームを乗り切る知恵がつまっている」と指摘する。
また東大寺をはじめ、日本各地の寺院がコロナ禍終息の祈りを捧げているのも、はるか昔の疫病退散の読経と地続きだ。稲田は、
「歴史を振り返れば、昔の人も天然痘などのひどい病気を乗り越えてきた、今回もきっと乗り越えられるという希望を見出だせるのではないか」
とも話した。
法然はイノベーター。高僧から受け取るエール
稲田は、
「仏教がTipsとして語られるようになった時、おそらく仏教はもう宗教とは呼ばれなくなっている。それどころか信仰の対象としての宗教という言葉自体が、死語になっているかも」
と語る。
僧侶としての土台を覆すような発言とも取れるが、彼に既存の枠組みやタブーにとらわれずに考えることの大事さを教えてくれたのは、ほかならぬ昔の高僧だという。
「何かしようとする時、法然、一遍、一休といった高僧たちから『それでいいぞ』とエールを送られているように感じる。彼らは独創的な上に信仰に素直で、思ったことをそのまま実行する。(メディアである)『フリースタイルな僧侶たち(フリスタ)』に出てくる誰よりも、自由に生きた人たちだった」
例えば「踊り念仏」で知られる一遍上人は「念仏を唱える喜びを素直に表したら、踊りという革新的な行動になった」。
浄土宗の開祖である法然は「仏教を根底から覆したイノベーター」。厳しい修行や難解な法典を読み解くことが必要とされた当時の仏教を、誰もが「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで救われるという「専修念仏」へと解釈しなおした、と力説する。
「宗派間の争いが起きるのを避けるために自分は表に出ず、既存の仏教を認めた上で、万人が救われる一つの道として南無阿弥陀仏を紹介した」(稲田)という法然の生き方は、SNSで不毛な論争をするより社会の分断をつなぎ合わせたい、という稲田の生き方に、大きな影響を与えたことがうかがえる。
仏教には、教えが時代を超えて師から弟子へと伝わっていくという『血脈(けちみゃく)』の考え方がある。
「高僧たちの行動は、今の仏教界の縮こまった空気とは違うスケールの大きさがある。同じ僧侶である自分も、彼らと血脈でつながっていると思うと、感動と励ましをもらえる」
分断修復の時代に僧侶は何ができる?
2020年、フリスタリニューアルにあたっては「行脚、世界」というコンセプトを掲げた。仏教に取り込まず、取り込まれず、自他の境界線を超えていくフリースタイルな僧侶のあり方を表す言葉だ。
フリースタイルな僧侶たち 公式サイト
ミレニアル世代、ポストミレニアル世代には、資本主義の思想をより時代に合う形へと再構築することで、全体の幸せを目指すという考えが広がっている。稲田は
「若い世代と仏教との親和性は高い。自己犠牲的な精神を実装している人へ仏教のTipsを提供することで、さらに利他的なクリエイターを増やすことができるのではないか」
と期待する。
フリスタ編集部も、稲田を含め23歳~28歳の若い僧侶4人で構成されており、それぞれがデザイナーやアナリスト、広報などの顔を持つ。フリスタにはこのほかにも、僧侶としての自分に向き合いたい、という若手・中堅世代の僧侶たちが数多く関わっているという。
連載第1回に登場したフリスタ代表の加賀俊裕(35)も「実は僕、あまり仏教について悲観していないんです」と明かした。
既存の檀家は減少を免れないかもしれないが、ネットを通じて、場所の制約を超えた関わりも持てるようになった。
「かつて釈迦の元に彼を信仰する人が集まったように、これからは寺と檀家、だけでなく僧侶と個人、という新しい関係性も生まれるのではないか」
と、加賀は期待する。
「稲田君のような、人々の『苦』に対して敏感な若い僧侶たちが、仏教をゼロから作り直してくれるのではないか。フリスタはそのための挑戦の場であってほしいし、自分も若い子たちに負けたらあかんなと思います」
フリスタのリニューアルに際して、編集部は次のようなメッセージを発信した。
「一つの世界観で語れるほど、現代は単純ではありません。(中略)世界にあまねく存在する他者と、フリースタイルに踊れるダンスフロアのようなマガジンであってほしい」
「編集長として、仏教そのものを編集し直したい」と語る稲田はこれから、他者とどんなダンスセッションを見せてくれるのだろうか。
(敬称略、完)
(文・有馬知子、写真・伊藤圭)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。