【佐藤優】宗教で不安は癒せない。自助・公助より大切な「共助」の力

masarusatto_53.001

古来から人は不安や恐怖を乗り越えるため宗教を頼りにしていた。現代社会において、宗教は人を孤独から救う役割を担っているのだろうか? シマオは佐藤優さんに孤独の埋め方に関して質問を続けた。

BI PRIMEの連載“佐藤優さん、「はたらく哲学」を教えてください”では、新たな試みとして、読者の皆さまからお悩みを募集します。お仕事の悩みはもちろん、人間関係の悩み、プライベートでのモヤモヤなど、どんなことでもかまいません。知の巨人・佐藤優さんへのご相談は、こちらからアンケートフォームへお進みください。

孤独には神頼みではなく、現実的な対処が必要

シマオ:先日、日本の国会でも「孤独担当大臣」が話題になっていましたね。

佐藤さん:菅首相が孤独担当は誰かと聞かれて、厚労大臣だと答えていました。当の田村大臣は突然名指しされて驚いていたようですが、いずれにせよ、ようやく日本でも対応が始まったということです。

シマオ:人生に孤独や不安はつきものですが、やっぱり歴史的に見たら宗教がそれを癒す役割を担ってきたんでしょうか?

佐藤さん:実は、それは間違ったイメージなんですよ。宗教で不安は癒せません。夏目漱石はそれをよく分かっていて、『門』に描きました。主人公の宗助は他人の妻を奪ったことの不安から禅寺に入って座禅を組みます。けれど、不安はなくなりません。漱石はその場面を次のように書いています。

自分は門を開けて貰(もら)いに来た。けれども門番は扉の向側にいて、敲(たた)いてもついに顔さえ出してくれなかった。ただ、「敲いても駄目だ。独りで開けて入れ」と云(い)う声が聞えただけであった。彼はどうしたらこの門の閂(かんのき)を開ける事ができるかを考えた。そうしてその手段と方法を明らかに頭の中で拵(こしら)えた。けれどもそれを実地に開ける力は、少しも養成する事ができなかった。

シマオ:「門を開けてもらう」、つまり不安を解消してもらいにきたけど、そうはならなかった訳ですね。

佐藤さん:もちろん、信仰が孤独や不安を和らげる側面はあります。しかし、不安を解消するために安易に宗教に頼るのは、間違いだということです。ただ、宗教について学ぶことが悪い訳ではありません。聖書や仏典など「本物の」宗教を知ることが役に立つとすれば、それは「インチキ」な宗教から身を守れるということです。

シマオ:インチキな宗教?

佐藤さん:前にも話した「拝金教」や「出世教」、さらには単なる搾取を目的とした「サークル」などです。

シマオ:お金が増えれば増えるほどよい、学歴や大きな会社に入ることが人生の目的だと、「宗教」のように考えてしまう現代の病ということでしたよね?

佐藤さん:はい。そもそもこうした資本主義の病は、近代に入って人間が宗教や村落共同体から自由になったことの代償です。それまでの神様の代わりに、人々はお金や出世を絶対的なものとしました。

シマオ:今さら安易に神様にすがってもダメだと……。

佐藤さん:私たちは資本主義の社会で生きていますからね。そこは神頼みではなく、現実的な対処が必要です。

masarusato_53_illu

終わりが見えない不安との戦い

シマオ:やはり、孤独や不安と資本主義は切っても切り離せないものなんですね。

この記事はBI PRIMEメンバー限定の有料記事です。
BI PRIMEメンバーになると続きをお読みいただけます。

お得なプランをみる
※ いつでもマイページから解約可能です。
ログインして続きを読む
  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • LinkedIn
  • クリップボードにコピー
  • ×
  • …

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み