AIプロダクト・コンサルティング開発のスタートアップ「シナモンAI」は、創業当初から海外で事業を展開し、急速に発展する「ボーングローバル企業」の代表格。
早くからベトナムに人材開発拠点を置き、現在は東京、ハノイ、ホーチミン、台北の4都市に事業所を構えている。
現在の経営スタイルの体現に至るまでの道のりや考え方とは。これまで事業を複数立ち上げてきた連続起業家である代表取締役社長CEOの平野未来氏と、2019年秋に同社の会長に就任した加治慶光氏に、起業家マインドやビジネス発展の極意を聞いた。
シナモンAI 取締役会長 執行役員の加治慶光氏(写真左)と代表取締役社長CEO 平野未来氏(写真右)。
「起業DAY1」から海外を舞台に
平野氏は、コンピュータサイエンスを専門とするエンジニア。2012年、28歳の時に現事業の前身となる「スパイシー シナモン」をシンガポールで創業した。ビジネスをアジアで展開しようとシンガポールに法人を置き、アジア各国でのリサーチを始めた矢先、最初の訪問先だったベトナムでいきなり心躍る出会いが待っていた。同国には若い「数学の天才」が大勢いて、ソフトウェア人材の層が厚いことを発見したのだ。
「“起業するなら海外”と決めていました。DAY1から海外に行けば、何かきっかけが掴めるのではないかとも思っていたんです。私がアジアを起業の地に選んだのは、直感です。もともと学生時代にバックパッカーをしていて、アジアの国々への親近感もありました。最初にベトナムに降り立ったのは、(法人を作った)シンガポールに移住する前に、ちょっとユーザーリサーチでもしてみようくらいの軽いノリでした」(平野氏)
現在のシナモンAIの「人工知能ビジネス」成功に繋がる鍵は、100名を超える「AIリサーチャー」が在籍する人材の一大拠点「人工知能ラボ」をベトナムの地に開設したことだ。「AIリサーチャー」とは、論文を理解しアルゴリズムをゼロから組むことができる人を指す。彼らは日本でいう東大、東工大のトップ学生、大学院生レベルの理系人材だ。
「昔、日本人エンジニアを採用する際に使っていたプログラミングのテストを、ベトナムで出会ったプログラマーたちにも出してみたんです。そうしたら、当時の日本人応募者の1割ほどしか答えられなかった問題を彼らはサーっと一瞬で解いてきて。えっ、ベトナムのプログラマーのレベルってこんなにも高いの?と驚きました」(平野氏)
アクセンチュアのCMI(チーフ・マーケティング・イノベーター)をはじめとし複数のグローバル企業でマーケティング統括を経験した後、2019年末からシナモンAIに参画している加治慶光氏は、平野氏がベトナムに目をつけたのは先見の明があったと話す。
「当時ベトナムや台湾に着目したのは、後から考えれば必然でもあったと思います。アジアの国々には、“STEM人材”と呼ばれる、サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マスマティックスに強い理系人材を育てていこうという国家戦略がありました。
AIビジネスの黎明期に彼女はたまたまそこに分け入って、人材の宝庫を発見している。彼女の直感力には毎回驚かされるんですが、その裏には実際に自分の目で見て、肌で感じたことをもとに決める“行動力”と“判断力”があると思っています」(加治氏)
自分の目と足で「登る山」を決める
今でこそ、ボーングローバルなスタートアップの経営者として国内外から注目を集める平野氏だが、「ありとあらゆる失敗を重ねてきた」と振り返る。平野氏が共同創業者の堀田 創氏(現・シナモンAI 執行役員Futurist)と最初に起業した会社では、人工知能によるビッグデータ分析の技術を使ったビジネスを構想し、研究開発に3年近くの年月をかけてリリースしたものの、蓋を開けてみたらさっぱり売れず、お蔵入りに。
「このときの失敗の理由は、はっきりと分かります。私たちは、技術先行でビジネスを発想していたのです。当時の私たちは、いいものを作ればみんなが使ってくれるに違いない、と完全に“間違った”発想をしていたんですよね。また、もう一つ失敗から学んだ教訓は、『登る山を間違えない』ということ。間違えていると気づいたら、すぐに引き返すことも大事です」(平野氏)
その後、4年間で10本近いアプリをリリースしたものの、全てうまくいかなかった。そうして「今こそ登る山」と見極めたのが、2016年からピボット(事業転換)して展開しているAI事業だ。
「スタートアップは、短期的に結果を出さねばと焦る人もいると思うんですが、長い目で見れば俯瞰する力も大切です。すぐに“失敗”と位置付けてしまうと、事業はそこで途切れてしまう。でも私の場合、チャレンジ癖というか、失敗を失敗と思わないところがあってここまで来ることができたと思っています」(平野氏)
連続起業家として長いキャリアを築く平野氏が、そうした不屈のチャレンジ精神とともに大事にしているのが、ネットワークづくりだ。アーリーステージの際にはVCを入れず、エンジェル投資家10名ほどから投資を受ける体制を取った。資金調達の機会を人脈構築の機会と捉えていたためだ。
「自分から足を運んでエンジェル投資家の方々にお会いしたことが、今に生きていると思います。エンジェル投資家の方々は、ご自身で事業を成功された方が多くアドバイスも明確で、私自身『なるほど』と思うことが多い。それに、持っているネットワークも桁違いに多いと感じます。そういう方針を貫いてきた結果、加治さんとの出会いにつながり、会社を大きく発展させるための人脈を構築することができたように思います」(平野氏)
“泥臭い”ことも厭わない。リーダーに欠かせない条件とは
そして起業家の道を歩む上でもう一つ大事にしているのは、「とにかくやってみる」という“土壇場力”だと言う。
「新天地で人脈を切り開かなきゃとか、資金が尽きて事業継続が危ういとか、何とかせねばならないという局面で、ネットワークづくりのために1,000通メッセージを送るみたいな泥臭いアクションを何度も起こしてきました。
私に強くある特性といえば、危機一髪からの『土壇場力』ですかね。世界をほっつき歩いてドブ板営業を厭わずやってきたのが私の歴史で。全然キラキラしたキャリアじゃないですね(笑)」(平野氏)
この“土壇場力”は、実はいいリーダーに欠かせない条件の一つだと加治氏は語る。
「『リーダーの仕事は、2つしかない』とよく言われます。一つは未来を描いて、みんなにそれを説明するビジョナリストの役割。もう一つは、描いた未来に現実を近付けていくという作業。
平野が言う『ドブ板営業』とは、言ってみれば高いビジョンに現実を近付けていく工程ですよね。特にスタートアップの経営者の場合、それを厭わずにできるのは長続きするリーダーとして大事な資質でもあると思います」(加治氏)
加治氏は、平野氏の特性を客観的に理解し、足りないところを補強するサポーター的存在でもある。
スタートアップを「日本のドライバー」に
シナモンAIが、官民によるスタートアップ支援プログラム「J-Startup」に選定されたのは2019年のこと。「J-Startup」は、経産省がグローバルに活躍するスタートアップの創出を目的に2018年に立ち上げた集中支援プログラムで、実績あるベンチャーキャピタリストやアクセラレータ、大企業の新事業担当者等の外部有識者からの推薦に基づき選定される。
「私たちは資金のほとんどを投資で調達してきましたが、ありがたいことにJ-Startupに選んでいただいて、社会的信用が一気に上がったと感じています」(平野氏)
加治氏は、2011年から13年まで内閣官房官邸国際広報室 参事官を務めており、国側の視点からスタートアップ支援やSDGsの推進に携わった経験がある。
「当時から、『スタートアップを日本の成長ドライバーにしなくてはいけない』という発想が政府の中にありました。J-Startupの取り組みは、政府がスタートアップの味方をするというメッセージが明確に出ていて、勇気を与えられた会社はたくさんあると思います」(加治氏)
加治氏は最近、“先進国と新興国の国家共存”も世界的なテーマだと感じているという。シナモンAIの在り様は正に次世代のパラダイムであり、アジアのポテンシャルに視座を置いているところに、独自性と将来性を感じていると話す。
「シナモンAIの場合、AI人材を集めるのはベトナムや台湾が中心で、現地で数学の天才を徹底的に教育していますし、お客様は先進国であるアメリカと日本にいます。いわば先進国の複雑な課題を新興国の才能を使って解決していく。こうした共生・共創型の経営スタイルは、SDGsが目指す世界観の一つでもあり、アジア型のスタートアップの新たな潮流の一つになると考えています」(加治氏)
優秀なAI人材が集まる、ベトナム・ホーチミンのオフィス。
デジタルで、なめらかな社会を実現していく
シナモンAIが描く未来は、“AIと人の共生社会”だ。AI事業にピボットしてから最初のプロダクトとなったのは、人工知能読み取りエンジン「Flax Scanner」(2017年)。最近では音声認識技術や自然言語処理技術の研究を発展させ、オフィスのデジタル化を強力に推し進めている。
顧客の中心は日本の大企業で、金融業、自動車産業から官公庁までその幅は広い。よく、「AIが人の仕事を奪う」と言われるが、平野氏は「むしろAIと人は『一緒に働いていく』あり方に変わると思う」と話す。
「専門用語で言うと、『ヒューマン・イン・ザ・ループ』。AIは人の仕事を助け、人側も、働いているうちにいつの間にかAIの改善に貢献する世界です。さらに、世の中は『エキスパート・イン・ザ・ループ』の方向に向かうと見ています。いわゆる、『AIによる専門技術の民主化』ですね。
例えばがんの検診は、現状では途上国だと機器の調達が難しく、実現できなかったりするんです。ところ専門機器がないようなアフリカの農村地域でも、スマホとIoTデバイスをつなぐだけで診断が可能になるということも、今後は出てくるわけです。そんなふうに、一つひとつのツールがデジタル化・民主化されて、今よりもさらになめらかな社会が実現されていく。私たちは、そんな世の中に貢献していきたいです」(平野氏)
国境を超えてそれぞれの強みや特徴を活かし、共生・共創する未来。「1人の行動や挑戦から世の中をドラスティックに変えることも、ボーングローバルなスタートアップならばできると思うんです。実現したいことがある人がいたら、まずは一歩踏み出してみてほしい」と両氏は語った。
世界で活躍するスタートアップ創出のために、政府や関係機関と連携しスタートアップのグローバル展開を支援する日本貿易振興機構イノベーション・知的財産部内の組織。世界各地のスタートアップ・エコシステムと直結した展示会等のイベントへの出展支援や、ブートキャンプ等のハンズオン型プログラムの企画・運営、現地アクセラレータ/VCとのメンタリング・マッチング機会等を提供している。
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