トヨタにAirbnb、日本生命……森氏女性蔑視発言に大企業はなぜ今、NOを突きつけたのか?

東京オリンピック組織委員会

2月18日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長が橋本聖子氏に決まった。

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森喜朗氏の女性蔑視発言に始まった東京オリンピック・パラリンピックの組織委会長辞任騒動は、後任が橋本聖子・元五輪担当相に決まり、ようやく幕引きとなった。

今回の騒動で特徴的だったのは、ノンポリで知られる日本の大企業が、こぞって森氏の発言を批判したことだ。森氏の女性蔑視発言以降、企業による「政治的な立場の表明」は新しいスタンダードになっていくのだろうか。

トヨタの「遺憾」発言が引き金に

トヨタ

トヨタ社長の豊田章男氏は2月10日、決算発表会で森氏の女性蔑視発言を公的に批判した(写真は2015年撮影のもの)。

Chris McGrath / Getty Images

「今までの政治家の失言だったら、夜のニュースでチラッと触れられて、翌日には忘れ去られていたことが多かった。30年以上日本に住んでいて(失言が)ここまで大きなムーブメントとなったのは初めてではないでしょうか」

そう語るのは、ゴールドマン・サックス証券(GS )の副会長兼チーフ日本株ストラテジストを2020年末まで務めた、キャシー・松井さんだ。キャシーさんはアメリカ国籍で、海外の視点を持ちながら日本社会を見つめてきた一人だ。

女性蔑視発言以降の、オリンピックスポンサー企業によるアクションを時系列で簡単に振り返ってみよう。

2月3日に森氏による女性蔑視発言があり、企業でもっとも早く反応したのはトヨタだった。10日、トヨタの豊田章男社長は中間決算発表会で森発言について「誠に遺憾」とコメントし、メディアで大きく報じられた。

翌11日、同じくスポンサー企業のAirbnbがプレスリリースで「(発言は)容認できる内容ではない旨を組織委員会に送付した」と発表。同社はBusiness Insider Japanの取材に対して「サンフランシスコ本社および各国のオフィスと連携しさまざまな議論を重ねた」と語った。

メディアによる報道も加速した。12日には、毎日新聞が国内のスポンサー企業67社へのアンケート調査を実施し、全スポンサー企業の約3分の1となる20社が(消費者から)苦情や抗議を受けた、と報じた。森氏は12日の午後、辞任を表明した。

Business Insider Japanでも、オリンピックのワールドワイドパートナーとゴールドパートナー全29社にアンケートを実施した。期日までに回答があった20社のうち、組織委員会に異議を申し入れるなど森氏の発言に対して公的になんらかのアクションを取ったという企業は8社(ゴールドパートナー6社、ワールドワイドパートナー2社)。

東京海上日動「大会組織委員会には、適切な対応を図るよう申し入れを行いました」

三井不動産「当社としましては、信頼回復に向けた今後の組織委員会の発信や具体的な取り組みに期待しており、その旨組織委員会に対して申し入れをいたしました」

また直接的な行動には移していないケースも含め、森氏の発言に対して「容認できる内容ではない」などと否定的なコメントを発表したのは11社(ゴールドパートナー8社、ワールドワイドパートナー3社)だった。

ブリヂストン「性別による差別を一切認めない」という当社の考えに相容れないと考えています」

日本生命保険「今般の森会長の発言は、女性蔑視とも捉えられ、男女平等が謳われているオリンピック・パラリンピックの精神にも反する表現であり、大変遺憾である」

三井住友銀行「森会長の発言は男女平等が謳われているオリンピック・パラリンピックの精神に反するあってはならない表現であり大変残念に思う」(いずれも抜粋)

こうした動きと対照的に、みずほフィナンシャルグループや富士通など、森氏の発言の是非について直接的なコメントを差し控えた企業もあった

コメントする立場にない、との企業も。

エネオス「組織委員会会長の辞任について、当社はコメントする立場にないと考えている」

トヨタにAirbnb……過去の失敗から学ぶ企業たち

スターバックス

黒人男性ジョージ・フロイド氏の死以降、全米で大規模な抗議運動が起こり、企業は対応を余儀なくされた。

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プレスリリースや記者会見で森氏発言を批判した企業、取材に対してのみ反対の立場を明らかにした企業、そして「コメントを差し控える」とした企業。企業のスタンスの違いはどこから生まれたのか。

過去にジェンダーや差別の問題で失敗したことのある企業は、こういった行動が早い傾向にある」と指摘するのは、ジェンダー問題に詳しいジャーナリストの治部れんげさんだ。

例えばトヨタは2006年、当時の北米支社社長が女性アシスタントにセクハラをしたとして、女性がトヨタ本社などを相手に総額1億9000万ドル(約200億円)を求める訴訟を起こしている。

また、Airbnbは2016年、同サービスの黒人利用者が宿泊拒否などの差別を受けたと告発して批判を浴び、CEOのブライアン・チェスキー氏は謝罪に追い込まれた。

「日本ではあまり報じられていなくても、過去の痛い経験は社内に確実に蓄積されています。差別問題への意識はグローバル企業だと特に高い。トヨタやAirbnbはその好例だと思います」

さらに今回のケースは、東京で開催されるオリンピックという国際的なイベントだったことが大きく影響していた、と治部さんは続ける。

「海外メディアから質問された時に『無関係だ』とすれば確実に批判される。逆にいえば、日本と新興市場しか相手にしていない企業であれば、コメントから“逃げていた”可能性も高いです」

また、管理職や役員などの女性比率の向上はどの企業も注力している「ど真ん中の課題」。トピックとしても企業にとって関係がないとはいえないものだったことが反対表明につながった、という。

「What is your stance?」(あなたの意見は)

一方で、大企業がこぞって「森批判」を表明した背景には、企業を取り巻くより大きな環境変化があると指摘するのは、前出のキャシー・松井さんだ。

「今の時代、直接関係がなくても『What is your stance?(あなたの見方・意見は何ですか)』と聞かれてしまう。発信しなければ『沈黙=容認』つまりその問題に賛同している、という危険な立場になりかねない」(松井さん)

アメリカで最近のターニングポイントとなったのは、2018年頃から広がった #MeToo運動、そして2020年6月ジョージ・フロイド氏の死をきっかけに起こったBlack Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)運動だろう。特にBLM運動は、グーグルやアップルなどの大企業も軒並み支持を表明したことで、大きな高まりを見せた。

特に若者世代は今、人権問題にすごく敏感になっています。女性のみならず、LGBTQや障がいを持った方、外国籍の方といったマイノリティへの差別的な発言が容認された職場環境では働きたくないし、その会社が販売している商品やサービスも購入したくないと思っている」(松井さん)

こうした意識の変化を表すデータはいくつも存在する。

アメリカのPR会社コーン・コミュニケーションズがアメリカのミレニアル世代(1981年〜1996年に生まれた世代)を対象に実施した調査によると、職場を選ぶ際、全体の平均を上回る76%が「企業のCSRへのコミットメント」を重視すると回答している

また同社の別の調査では、Z世代(1997年以降に生まれた世代)の約94%が「企業は社会的・環境的課題に取り組むべき」と回答したという

女性管理職30%超えの日本企業はゼロ

サラリーマン

森氏発言を批判した大企業こそが多様性に欠けている、という食い違いも。

撮影:今村拓馬

企業が森氏の発言に対して起こしたアクションは、人権や差別に関わる問題に企業がより踏み込むようになる契機となるのだろうか —— 。

一方で、Business Insider Japanがオリンピックのスポンサー企業に対して実施した前述のアンケートでは、政府が目標としている「女性の管理職割合30%」を達成している企業は、回答があった企業のうちではP&Gの1社のみ。日本企業に至っては、ゼロ社という結果となった。

多くの企業が回答した「ジェンダー平等を重んじる」との表明と実態は大きくかけ離れているのが現状だ。

松井さんは、この食い違いについて「魔法のように、一気に完璧な多様性を実現するのは非現実的」だと一定の理解を示す。

「難しい問題ですが、まずは数字の“見える化”、そして目標やゴールを設定することが大事だと思います。企業にはアカウンタビリティ(説明責任)がありますから、見える化することで株主やメディアから聞かれますし『何が障害になっているのか』話すきっかけにもなります。そういう意味では、トップがこのように発したのは大きな一歩だと思います」

(文・西山里緒)

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