先ごろ、フェイスブック(Facebook)がApple Watchの競合製品を開発中だと複数のメディアが伝えた。米ニュースサイト「The Information」が2月19日に報じたところによると、この端末は2022年の上半期に発売される予定だという。
フェイスブックは、VRヘッドセットを手掛けるOculus(オキュラス)を2014年に買収したが、ハードウェア会社としてはそれほど知られていない。また、同社はTVと接続するボックスタイプのビデオ通話用端末、「Portal(ポータル)」を製造している。
しかし、どちらもスマートウォッチに比べるとニッチな製品だ。OculusはVRヘッドセットでは2番目のシェアを占めるものの、市場としては小規模である。アナリストの試算によれば、フェイスブックのOculusヘッドセットは2020年、約80万台の売り上げだったという。これに対しアップルは、第1四半期だけで760万台のApple Watchを販売した。
しかし、フェイスブックが独自の端末を開発したいと考えるのには十分な理由があり、アップルとの戦いは今以上に核心部分へと進むと考えられる。
現状ではフェイスブックは基本的にアップルとグーグルに頼らざるを得ない。アップルとグーグルはiOSとAndroidをコントロールしており、これらのプラットフォームのルールをつくっている。
「The Information」が報じたところによると、マーク・ザッカーバーグにとってスマートウォッチは、スマートフォンの後にどんなコンピューティング・プラットフォームが来たとしてもそれを制するという、彼の目標のひとつであるという。
つまりこれは、Androidバージョンで動作するフィットネス用ウェアラブル端末をつくろうという話ではあるが、究極的には、フェイスブックは独自のウェアラブルOSをつくろうとしているのだ。
だがそこには懸念もある。フェイスブックがクリアすべき点として、筆者は次の3つのことを指摘したい。
1. 「ユーザーからの信頼」を得られるか
2019年、カンファレンスで話すザッカーバーグ。フェイスブックはプライバシー保護を重視しているという内容だったが、その内実は強く批判されている。
REUTERS/Stephen Lam
アップルは、プライバシーをブランド価値のコアとしている。一方フェイスブックというプラットフォームは、プライバシーは保護される設計になっていると主張しながらも、ユーザーの活動を追跡して個人情報を収集し、行動ターゲティング広告を通じて収益化する構造だ。
プライバシー保護と行動ターゲティング広告を通じた収益化は両立が難しく、ユーザーがフェイスブックに対し、積極的に個人情報を渡すことには懐疑的になって当然だ。
例えば、ネットを見ていたらシューズの広告とベルトの広告が表示されたとする。フェイスブックがワークアウトに関する消費者の情報を収集する中で、あなたが最近ランニングを始めたばかりであることを知ったとしても単なる偶然であり、シューズの広告が表示されたこととは無関係である(しかし、何か関係あるのではないかと疑われてしまう)。
あるいは、フェイスブックはスマートウォッチを使用して新たに位置情報を収集する気なのかもしれないと想像されることもあるだろう。アップルがiOS 13をアップデートして、位置情報を使用する前にアプリがユーザーに許可を求めるような仕様にしたところ、フェイスブックはすぐさま抗議した。そして、位置情報をオフにするとフェイスブックのユーザーエクスペリエンスが低下するとユーザーに伝えた。
だが実際には、フェイスブックは、ユーザーが地理的にどこにいるかに基づいてそれに関連した広告を表示するなど、さまざまな目的で位置情報を使いたかったのだ。
グーグルも、位置情報の使用には同様の制限をする仕様をAndroid 10に追加した。しかし、自社が開発したスマートウォッチなら、フェイスブックは位置情報をスマートフォン側から提供してもらう必要がなくなるため、こうした制限を効率的に回避できる。
わざわざスマートフォン側から情報を提供してもらわなくても、スマートウォッチのデータをプロフィールとして取り込んで、スマートフォンやデスクトップPCに広告を表示するということもできる。
これらはどちらもフェイスブックが計画していることではないが、今書いたようなことは実際にありそうな話だと思えること自体が、フェイスブックにとっては信頼を失う可能性があることを示唆している。
Oculusがいい例だ。フェイスブックがOculusユーザーに、端末を利用するにはフェイスブックアカウントの連携を必須にすると発表して以来、批判が相次いでいる。
ユーザーがフェイスブックやInstagramで何をしているかという情報をフェイスブック側が収集しようとしていることを、ほとんどの人が理解している。これがVRヘッドセットを使用したら個人情報を抜き取られるとなれば話は別だし、今度はスマートウォッチだとなればなおさらだろう。
多くの人がフェイスブックを利用しているが、それがそのままフェイスブックを信頼しているということにはならない。これから販売しようとしている製品が、人々がどこに行くにも身につける機密性の高い個人情報を常時収集するものである場合、その区別は重要だ。
2. Apple Watchのプレミアム感を突き崩せるか
Apple Watchシリーズ6(左)とApple Watch SE(右)。
Lisa Eadicicco/Business Insider
Apple Watchは、他のスマートウォッチと比較しても高価格帯のプレミアム商品だ。それでもスマートウォッチ市場全体の51%を超えるシェアを占めており、アップルの事業の中でも最も急速に伸びている部門と言える。
一方、フェイスブックが収益を上げるのにウェアラブル端末は必要としない。フェイスブックは行動ターゲティング広告の販売で収益のほとんどを得ているため、ユーザーの利用率が高まり、広告のターゲット層が拡大すれば、端末自体が収益につながらなくても実質的にはプラスとなる。フェイスブックのビジネスモデルはユーザーから直接利益を得るのではなく、データから利益を得るしくみになっている。
他社のプラットフォーム上だとユーザーへのアクセスに制限がある、そこから解放されたい——それが主な目的なのであれば、フェイスブックはApple Watchの代わりに自社の製品を買ってもらうために、買う理由が十分あることを消費者に納得してもらう必要がある。
つまり、価格以上に柔軟性があって便利であること、そして価格以外に失うものがあったとしてもなお買う価値があることを伝えなければならないということだ。
3. 圧倒的なユーザー基盤をどれほど生かせるか
フェイスブックがアップルよりも価格競争力のある製品を販売したとしても、それ以外にかなり手頃な価格のフィットネストラッカーやスマートウォッチはすでにいくつか出回っている。Fitbit Versa 3とFitbit SenseはどちらもApple Watchシリーズ6より安価だが、アプリのエコシステムが確立されている。
これらの端末はどちらも通知に応答したり、Spotifyプレイリストを管理したり、Fitbit独自の非接触型決済アプリを使用したりすることができる。Fitbitはグーグルの傘下にあるため、Androidとの統合はスムーズに行われるであろうことは容易に想像がつく。
しかし、フェイスブックも独自のポジションを築いている。まず、フェイスブックのユーザーは約30億人いる。もちろん、全ユーザーがスマートウォッチ市場の潜在顧客というわけではないし、スマートウォッチをすでに持っている人も少なくないだろう。
しかし、スマートウォッチを使用しない人も大勢いる。1億人のスマートウォッチユーザーがいると言われているアップルでも、10億人と言われるiPhoneユーザーの10分の1にも満たない。
したがって、フェイスブックのユーザーがどれだけ多いからといって、同社がユーザーにウェアラブル端末を普及させようとしてもうまくいかないだろう。
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ただしこうした試みは、独自のエコシステムを築ければ成功するかもしれない。フェイスブックはすでにユーザーの生活の中でテクノロジーの中心的役割を占めているだけでなく、運動器具メーカーおよびメディア会社であるPeloton Interactive(ペロトン・インタラクティブ)のようなサービスとの統合にも取り組んでいる、と「The Information」は伝えている。
フェイスブックのユーザーと既存のフィットネスサービスとを結びつけることで、フェイスブックウォッチは、Apple Watchのエコシステムに代わる魅力的なサービスとなる可能性があるが、ユーザーはフェイスブックのサービスと端末の両方を使うことが必須になる。
アップルがフィットネスマシンとApple Watchを連動できる「Gymkit(ジムキット)」のサポートを拡大したことは事実だが、機器の導入は控えめに言っても遅い。Peloton(ペロトン)は2020年9月にApple Watchに対応したエクササイズバイク「Bike+」を発表しているが、Apple Watch対応バージョンはオリジナルモデルより600ドルも高い。
また、アップルは現在、Apple Watchと連携したビデオフィットネスクラスの月額サブスクリプションサービス「Fitness+」を提供している。つまりアップル側にとっては他のサービスでApple Watchを使えるようにするモチベーションがほとんどないということだ。
Apple Watchとは違って、フェイスブックは独自のエコシステムとの連携を必須にしない。そのため、フェイスブックはその巨大なユーザー基盤を利用して、フェイスブックユーザーの取り込みを図るサードパーティにサービスの統合を促すことができる。
以上に挙げた3つのことをフェイスブックがクリアできるなら、アップルと互角に戦える可能性が出てくる。少なくとも、アップル以外のスマートウォッチ市場を統合するという、これまで他社がなし得なかったことを達成できるかもしれない。
ただしハードウェアとプライバシーの両立については、フェイスブックのこれまでの実績を考えると、この難題を克服するのは当分先になるだろう。
[原文:Facebook's ambitious plan to compete with the Apple Watch will fail unless it does 3 key things]
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)