ビットコイン15億ドル分を購入したテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)。
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- 2007年から同社を取材し続けるベテラン記者によれば、ビットコイン15億ドル分を購入した米電気自動車大手テスラ(Tesla)は「ビットコイン銀行」になれる。
- しかし、テスラは電気自動車購入者向けのローンサービスを扱う金融部門の設立について、その可能性を否定している。
- それでも、テスラがビットコインの売買サービスに参入しようと思えばできるのは事実だ。
10年ほど前、まだテスラの「モデルS」がそれほど世に知られていなかった当時、イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)はカンファレンスコールで(電気自動車の)新たなリースプランを発表した。筆者はその場で彼に、テスラの銀行事業参入はいつごろになりそうかと質問した。
マスク氏の回答は、金融関連では実績のあるパートナー企業と協力関係を築けているので、「近い将来にイーロン銀行を設立する計画はない」というものだった。
なるほど、当時のテスラは2020年実績の50万台に遠く及ばず、その半分も生産できていなかった。購入者に資金を貸すより、販売する車体を生産するほうがよっぽど大事な状況だった。
自動車メーカーによる金融サービスの歴史は、1919年設立の「ゼネラル・モーターズ・アクセプタンス・コーポレーション(GMAC)」までさかのぼる。同社を通じ、GMはライバルのフォードも当時は手をつけていなかった購入者向けの資金貸付を行っていた。
20世紀半ばに親会社GMが自動車業界の巨人として君臨するのに合わせて、同社の重要な収益部門へと成長していったが、収益性の疑わしい他の銀行業務への拡張路線を歩んだ結果、2006年には株式の過半数を(サーベラス・キャピタル・マネジメントに)売却することになる。
その後、GMは財務危機と経営破たんを経て、金融部門の立て直しを急ぎ、GMAC株式の残り保有分を処分。一方でテキサス州のサブプライムバンク(アメリカンクレジット)を買収し、「GMフィナンシャル」へと名称変更した。
「販売金融」に進出しないのはなぜか
ノルウェーの首都オスロにあるテスラのショールーム。同国ではレンタカーでもテスラ車が圧倒的人気。電気自動車販売台数(2019年)でも首位を走る。
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今日、ほとんどの自動車メーカーがキャプティブ・ファイナンス(=販売金融、購入者向けローンなどを扱う)部門を有している。
新車を購入する一般顧客のほどんどがローンを組む上、販売側のフランチャイズ特約店も、顧客に販売したりリースしたりする車両を仕入れる際に在庫を担保としたローンを使う(いわゆる「フロアプラン」)ため、キャプティブはきわめて収益性が高い。
世界的な低金利が続くなか、GMもフォードも最低水準の金利で資金を借り入れ、それを消費者に転貸して利ざやをふところに入れる仕組みだ。
筆者はつねづね、テスラはこの販売金融に進出すべきと考えている。同社の場合、資本コストが限りなくゼロに近いからだ。
進出に否定的な見方をする専門家もいる。現金が必要になるときに備えて、まずはできるだけ多くの株を売り、株価を引き上げ、新規株式発行の負担を回避するのが先、というのが理由だ。
筆者にとっては不可解なことだが、いずれにしても、テスラはまだ販売金融に手を出していない。
ただし、数週間前に15億ドル相当のビットコインを購入し、同社製の電気自動車購入時にビットコイン決済を受け入れると発表したことは、金融サービスへの関与を示すこれまでにない動きと言える。
ニューヨーク大学スターンスクールのデイビッド・ヤーマック教授は筆者に対し、マスクCEOのオルタナティブカレンシー(代替通貨)への情熱にとどまらず、彼が率いるテスラが暗号資産関連のサービスに参入する可能性は一定程度考えられると語った。
「運転資金(としてのビットコイン)を準備する必要性が出てくることは否定できない。ビットコインでの決済を受け入れるなら、レジにビットコインを入れておかないわけにはいかないだろうから」
テスラが今回手にしたビットコインをサイバートラックやモデルYを販売していくための運転資金に充てるのかどうかはわからない。
はっきりしているのは、ビットコインが手もとにあれば、テスラはそれを資産としてそのまま置いておくこともできるし、現金や流通している証券などに交換することもできるということだ。
これは、ほとんど(既存の)金融規制を受けない、21世紀型のバンキングと言えないだろうか。
テスラ車のビットコイン決済で資金移動が促される
2010年、米NASDAQ市場にテスラ上場を果たしたあとのイーロン・マスクCEO。
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電気自動車(テスラ)、宇宙(スペースX)の両ビジネスを通じて形成されたマスク氏のペルソナは、シリコンバレーでキャリアをスタートさせた当時の彼(※)とはまったく異なる。いまのマスク氏には、バンキングは魅力的な選択肢と映るのではないか。
※シリコンバレー時代……マスク氏はカナダのクイーンズ大学を経て、米ペンシルベニア大学で物理学・経済学の学位を取得。スタンフォード大学大学院を「わずか2日で」中退後、のちにペイパル(PayPal)となるオンライン銀行「X.com」を設立。2002年にはイーベイ(eBay)に15億ドル(約1600億円)で売却し、その資金を元手にテスラとスペースXを設立している。
パンク(あるいは反体制的)な金融サービスは、彼の望むところなはず。ビットコインや他の暗号資産、マスク氏お気に入りのドージコインを使えば、テスラを一種のサイバー銀行にしてしまうことも可能だ。
テスラにはそれだけの財務規模、財務力があり、株式をドル通貨とスワップし、それをビットコインと交換するといったことが容易にできる。電気自動車の販売より暗号資産のほうがうまいこと儲かるかもしれない。
JPモルガンなど一部の金融機関は暗号資産の調査や検証を進めているが、規模が大きすぎる上に、法定通貨との関わりが深すぎるため、ビットコインを扱うなかでどうしても制約が出てきてしまう。
既存の銀行にとって、ビットコインはあくまでアセットの多様化を図るための手段、あるいはクレジットカードなど既存の商品に代わる低コストな決済システムとしてのブロックチェーン(=ビットコインなど暗号資産の基盤技術)導入を実現するための手段だ。
そうした銀行はビットコイン取引に全面的に参入しても、法定通貨を取り扱う銀行であり続けなくてはならない。
テスラにはそうした窮屈な制約はない。前出のヤーマック教授の表現を使うなら、ビットコインによる決済を受け入れることのマーケットバリュー(市場価値)が、単純にビットコインを引きつける磁石の役割を果たすことになる。
テスラのビットコイン保有量が増えれば、結果的に、ビットコインでの取り引きを望む顧客のために暗号資産でローンを提供することができるようになる。規制当局はこの動きに目をつけるだろうが、ビットコインの実証実験とみなしてそのまま放っておけば、そのうち当たり前のことになっていくはずだ。
では、この実証実験がスケールアップしたらどんなことが起きるのか?それはもちろん、素晴らしい展開が待ち受けているだろう。
電気自動車より高い商品といったら(普通の人にとっては)家くらいのものだ。家に比べたら、車を買ったりそのための資金を借りたりするのはずっとたやすい。ビットコインでテスラ車を買うくらいの自己資金を持った人は世の中にいくらでもいる。
そして、そうした資金は資本規制(=銀行からの預金引き出しや海外への送金の制限)のある国や場所に偏在しており、テスラのビットコイン決済受け入れによって資金移動が促される展開が想定される。
こういった流れを予想しないのは愚かなことのように私には感じられる。テスラにとってビットコインは、財務上の副産物どころではない。同社にとって、次の10年間のコア事業にもなり得るものだ。
イーロン・マスク・ビットコイン銀行はいま正式にローンチを果たした。このビジネスが大成長を遂げても驚かないように。
[原文:Tesla is ideally positioned to become the world's most important Bitcoin bank]
(翻訳・編集:川村力)