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IT批評家の尾原和啓さんと、『決算が読めるようになるノート』著者のシバタナオキさんの不定期対談。
今回は、1月に起きた米議会襲撃事件に関連して、トランプ前大統領のアカウントをツイッター社が永久に停止した件について。プラットフォームが内容の判断までしていいのか、それとも言論の自由を保障すべきなのか。
新しく生まれた音声プラットフォーム、Clubhouseが今後どんな場になるのかまで、議論してもらった。
——少し前になりますが、トランプ元大統領の支持者が暴徒化して連邦議会議事堂に乱入した事件を受けて、ツイッターやフェイスブックがトランプのアカウントを停止しました。アメリカではどのように受け止められたのでしょうか。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):カリフォルニアはリベラルな人が多いので、アカウント停止に対するネガティブな意見は、周囲ではあまり聞きません。もともとテレビでトランプを見たくない、子どもに見せたくないという人も多かったですし。でも暴言だけなら、ちょっと気分悪いなという程度で済んでいたものが、連邦議会議事堂に乱入して暴力にまで発展してしまった。法治国家においては明らかに一線を越えてしまいました。
ある意味、トランプはソーシャルメディアを最もうまくハックした一人ですよね。大統領になる前から自力でフォロワー数を積み上げて、大統領にまでなった。支持者たちに向けて、彼らが聞きたい言葉を使って、いろいろなことを伝えてきたわけです。
権力を失いそうになって、支持者たちがおそらくトランプ自身が想像していたよりも過激な行動に出て、法治国家においては明らかに一線を越えてしまいました。ある意味、それが大義名分になってツイッターやフェイスブックもアカウント凍結という判断ができたと思います。
Twitterのアカウント「永久停止」は適切だったのか
米議会議事堂を襲撃するトランプ支持者たち。安全が確保されるまで、数時間ものあいだ議員らは避難した。
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——アカウント停止は表現の自由、言論の自由の侵害ではという指摘もあります。
シバタ:もちろん言論の自由は保障されるべきです。でも、暴力行為が許されるものではありません。しかも議会乱入はまずい。ツイッターもフェイスブックも一企業なので、企業が定める利用規約の範囲で対処しました。トランプからすると事実上の死刑宣告で、彼を大統領にまで押し上げたソーシャルメディアという武器を奪われ、政治生命、タレント生命が一気に絶たれてしまったと言えます。
尾原和啓氏(以下、尾原):僕は4つの論点で考えています。
まず議会に乱入、しかも敵国ではない同じアメリカ人が乱入するという前代未聞のことが起きた。その扇動者に対する緊急的なアカウント一時停止の話。次に、ツイッター社によるアカウントの永久停止が適切なのかという話。さらに、トランプのアカウント停止前に、実はツイッター社は利用規約を変更しています。その変更が果たして適切なのかという話。最後に、アカウント停止に関してツイッター社共同創設者兼CEOであるジャック・ドーシーが連続ツイートをしましたが、これが適切なのか。ジャック・ドーシーファンとしての僕の憤りの話です(笑)。
まず緊急一時停止は仕方ない。これはシバタさんに同意です。でも永久停止するべきなのかという点には、議論の余地があると思います。ツイッター社は“Permanent suspension of @realDonaldTrump”(「トランプ氏アカウントの永久停止について」)というブログを出しています。これを読むと、いくつか気になるところがあります。
まずトランプは議会乱入をTwitterで煽動したとされていますが、「議会に行け」と明示的に発言しているわけではない。きっかけとなったとされる動画のツイートでも「もう家に帰らないと」と言っているだけです。ツイッター社がブログ内で引用している2件のツイートも同様で、「1月20日の大統領就任式に私は行かない」というツイートが暴徒を正当化するものとされていますが、それは文脈から判断しているに過ぎません。
つまりツイッター社は、ツイートの文脈をもって永久停止を判断したのです。でも文脈というのは、読み手によって変わりますよね。社会的影響力を持つツイッター社が、文脈という曖昧さを含んでしまう判断に基づいて、あれだけのフォロワー数を持つアカウントの永久停止という判断を自社だけで行うことが果たして適当なのか。
これを許した場合、通信品位法230条に基づくコンテンツモデレーションに関わる話になってきます。つまり内容次第で落とすかどうか恣意的に決めることは、ツイッター社自身がコンテンツの編集をしていることになるからです。
これまでツイッターはあくまでプラットフォームで、みんなの投稿を掲載する場所だからというロジックで、ツイート内容についての責任を免れてきたわけですが、恣意的な編集をする以上、メディアと同じように、掲載したコンテンツについて責任をとれという議論になってきます。ここが非常に難しいところです。
一方でフェイスブックは、まず一時停止し、永久停止は多様性のある第三者委員会の場で議論する方針を発表しています。ツイッターはそうしたプロセスを踏まず、一企業の判断で永久停止を決めました。
シバタさんがおっしゃるように、一企業のサービスだから利用規約に則って、一企業の判断でアカウント停止してもよいという考え方もある。それなら通信品位法230条の適用を外すから、すべてのツイートにツイッター社が責任を持てよという話になるのかという話です。
プラットフォームの言論を国が規制するべきか
メルケル首相は言論の自由を重視し、その制限は立法機関によってのみなされるべきだと考えている。
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——時にメディア、時にプラットフォームという「二枚舌」問題ですね。ドイツのメルケル首相は、一企業が判断するのではなく、法で規制すべきと言っています。プラットフォームにおける表現の自由という、これまでなかったものを国として規制すべきか、この点はどうお考えでしょうか。
シバタ:僕は、どんなことでも規制はなるべく少ない方がいいと思うので、誹謗中傷が過ぎたり、他人の生命や安全を脅かすような場面を除いては、過剰な管理はしない方がいいと思います。国が規制する話ではないという考えです。
ただ放っておくと、どうしても悪口や誹謗中傷が出てきてしまうので、それはプラットフォーム側が場の設定をきちんとすることが大事だと思っています。
例えばClubhouseは、書面によるスピーカーの同意がない限り、録音や書き起こしも禁止されていますよね。「ここだけの話」という場を運営側が定義している。それぞれのプラットフォームがそうした方針を打ち出して、場を設定すればよく、参加するかどうかは個人の判断だと思います。
尾原:難しい問題ですが、プラットフォームの存在による恩恵と副作用のバランスの中で考える必要があると思います。
例えばTwitterのおかげで、僕たちは小さな声を発信できるようになりました。テレビや新聞しかない時代なら、逆にトランプのような立場にある人しか発言することができなかった。ソーシャルメディアの出現で、小さい声を届けられるようになったけれども、嘘や暴言はダメだし、一企業の恣意的な判断で特定の人の声を奪うのもダメ。このバランスをどう調整するのかが、まさにコンテンツモデレーションの論点です。
では国が介入すべきかといえば、じゃあ国には恣意性がないと証明できるのかという話になりますよね。そういう意味では、やはり今回のフェイスブックのように、緊急事態にはまずアカウントを一時停止して、永久停止するかどうかは第三者委員会で検討する、つまりテクノロジーとD&I(Diversity and Inclusion:多様性と包摂)のあるプロセスの中で解決していくべきだと思います。
ツイッター社は今回の規約改訂で、セレブと一般人は別だとしています。トランプはTwitterアカウントがなくなっても、テレビや演説を通じて反論する場がある。反論権が担保されているような人については、利用規約に則ってアカウント停止を判断できるとしています。
一方で反論権がなく、Twitterがなければ小さな声を発信できない人々については、きちんと包摂して、一人ひとりの言論を守る。これが彼らの主張です。
緊急措置として一時停止するけれども、重要な判断には第三者委員会というダイバーシティを持った場で決めようとするフェイスブック。反論権を持つ人々には一企業が利用規約に基づいて停止してよいと判断したツイッター。どちらが正しいのか、議論として建設的には進んでいると感じます。
進化するSNS、Clubhouseの未来
2020年3月にローンチした音声SNS、Clubhouse。2021年1月の週間アクティブユーザー数は200万人にのぼる(statista調べ)。
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——Clubhouseについてはどのようにご覧になっていますか。先ほどは公開にはルールがあるという話でしたが、オフレコゆえにチェック機能が作用せず、間違った情報が伝播したり、新興宗教のようなコミュニティに利用されるのではという懸念はありませんか。
シバタ:Clubhouseについてはあまり心配していません。なぜなら、ユーザーの「時間」という有限のものを分配しているからです。Clubhouseでは、同時にひとつの部屋にしか入れないので、どんなに熱狂的なコミュニティでも、それが良いものであれ危険なものであれ、参加する人数も拡散力も限定されると思います。限られた人数のコミュニティを熱量高く運営するには向いていると思いますが、参加できるのは5000人まで。同時に複数の部屋に入れない以上、大勢の人間の時間をたくさん奪うことができない。
Twitterはたくさんのユーザーから短い時間を奪って、薄く広く情報を伝播していくツールです。文字はさっと読めますし、非同期、つまりその場にいる必要がない分、Twitterの方は拡散力は高いと思います。
尾原:僕も同じ意見です。オーバー・コネクテッド(接続過多)とエコーチェンバーによっていろいろな問題が生まれているのが現状ですよね。インターネットがつながり過ぎたがゆえに、声の大きい人の意見がどんどん拡散されて、やがて真実を埋め尽くすほどになっている。
Clubhouseは、良い意味でタコツボだと感じます。エコーチャンバーはSNSなど閉鎖的な空間でコミュニケーションを繰り返す中で、意見や認識が偏ってしまう危険が指摘されていますが、Clubhouseはもともと興味関心が同じ人が集まるタコツボ。ここだけの話をしながら、自分の偏愛を育てることができます。ネガティブなものが育つ可能性もありますが、最大でも5000人しか参加できませんから、人数がストッパーとなる。その間に別のタコツボの中で対抗意見が生まれるという世界になればいいなと思います。
Clubhouseにイーロン・マスクが登場した時、録音してYouTubeに流す人もいましたが、利用規約で禁止されている以上、運営側が今後そういった人のアカウントの停止措置を進めるでしょう。Clubhouse創業者であるローハン・セス(Rohan Seth)とポール・デイビソン(Paul Davison)が参加するタウンホールのルーム(毎週月曜日・日本時間午前2時)を聞くと、ビジョンと学んでいこうとする姿勢が素晴らしく、真面目に取り組んでいると感じます。
オーバー・コネクテッドとエコーチェンバー問題に対して、UX(顧客体験)とシステムアーキテクチャを通じて解決していこうとしていると感じます。もちろん今後さまざまなリスクはあるでしょうが、応援したいと思っています。
(聞き手・浜田敬子、構成・渡辺裕子)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。