ストーカー被害の7割が恋愛・結婚相手以外から。法改正しなければ被害者は救えない

ストーカーと女性

ストーカー被害は実際の被害が終わっても、行動を制限するなど生活や精神面への被害が続く(写真はイメージです)。

yamasan/Getty Images

「やっと今年になって、郵便物も自宅に送付してもらうようになりましたが、宅配便はまだ営業所まで取りに行っています。とにかく住んでいる場所を人に知られたくなくて……。まだ完全に恐怖心がなくなったわけではありません」

文筆家でイラストレーターの内澤旬子さん(53)は4年ほど前、元恋人からの執拗なストーカー行為に苦しめられた。別れ話から逆上しストーカーと化した元恋人からの被害については、内澤さんの著書『ストーカーとの七〇〇日戦争』に詳しい。

加害者は逮捕され裁判で有罪判決も受けたが、内澤さんの苦しみは終わった訳ではなかった。人、特に男性に会うのが怖い。自分への自信もなくなり、ものを書いて発信していくことにも迷いが生じた。被害そのものが終わっても行動を制限せざるを得ない状況が続き、完全に「元の暮らし」に戻れたわけではない。

引越し費用など具体性のある経済的な被害以上に、「見えない」被害が今も続いている。

「ストーカー被害は自分の生活、性格まで変えてしまう。中には被害に遭ったことを言うことすらできず、怖い思いを抱えたまま生きている人もいます」

法律が整備されたことで進んだ対応

内澤旬子

内澤さんは移住した小豆島で、ストーカー被害に遭った。地元警察署は親身になってくれたが、ストーカー規制法という法律の限界もあった。

内澤さん提供

それでもストーカー規制法があったおかげで、内澤さんが警察に被害を訴えた時に、すぐに捜査に動いてもらえた。

現在は調書に被害者の住所を書かないことや、被害者が求めれば親でも住民基本台帳を見ることもできないなど、被害者を保護する法整備は徐々に進んでいる。

一方で、規制法の「穴」も痛感した。

ストーカー規制法によると、ストーカー行為とは、「恋愛感情などが満たされなかったことによる怨恨の感情を充足する目的で反復してつきまとうこと」とされている。

内澤さんは元恋人から2度にわたって被害を受けた。1度目は別れ話に端を発しているが、 メッセンジャー(SNS)による書き込みではストーカー規制法で定義するつきまとい行為とならず、法律が適用できない(2016年当時、その後改正)と言われた。2度目は内澤さんへの憎しみからネット上やSNS上での「つきまとい」、誹謗中傷が繰り返されたが、逆恨みとも言えるもので、 恋愛感情に由来しないとされ、 再びストーカー規制法は適用されなかった。

1度目は脅迫罪、2度目は名誉毀損罪が適用となった。刑は重くなるが、接近禁止命令は出せない。

恋愛感情によらないつきまとい行為自体を規制できるものとしては、各都道府県が定める迷惑防止条例があるが、刑も軽く、接近禁止措置を出すこともできない。ストーカー防止の観点からは実効性が薄く、被害者を守ることができない。

内澤さんが47都道府県の迷惑防止条例を調べたところ、長野県のように「つきまとい」に関する条項がなかったり、周辺を「うろつく」ことが迷惑行為に入っていない県もあった。

「迷惑防止条例ではどうしても自治体間で対応に差が出てしまう。ストーカー被害はどこでも起きうるので、全国一律で適用される、被害実態に即した法改正が必要なのです」

恋愛関係以外によるつきまといは7割

悩む女性

インターネットやSNSの普及で、ストーカーの被害も多様化している(写真はイメージです)。

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内澤さんは、2020年からストーカー規制法の改正を国会議員などに訴える活動をしている。きっかけはGPSを勝手に車などに取り付ける行為をストーカー規制法の対象に含めるという議論が始まったことだった。

法改正の根拠として被害実態を把握するため、内澤さんの知人でもある評論家の荻上チキさんが中心となり、実態調査を実施。狙いは、より「つきまとい」の被害経験を幅広く把握することと、被害者が被害によってどんな行動変容を迫られているのかを知り、支援につなげたいという点などだ。

調査は2020年12月から2021年1月にかけて実施、首都圏の20〜59歳の男女約6700人が回答した。設問はストーカー被害に詳しい専門家の助言を受けて設計した。

結果を見ると、元恋人や元結婚相手など「恋愛関係があった」「結婚関係があった」人以外からの被害が7割に上っている。そのうち3割ほどが全く知らない相手やアルバイト先の客など特に強い関わりのなかった人によるものだった。

具体的な被害内容も、「つきまとい」や「待ち伏せ」「知らない人に数十メートルついて来られる」他、現在の法律では想定されていなかった「無断でGPS端末を設置される、位置情報共有・追跡アプリをインストールされる」「探偵・興信所を利用した身辺調査」「望まない手紙や贈り物の送付」などが見られ、特にGPS被害は関わりの薄い相手からの被害が多かった。

女性だけでなく男性も被害に遭っているが、違いは「被害後」だ。男性以上に女性の方が、引っ越しを余儀なくされたり、外出の時間帯を変えたりとその後の生活に対する影響が大きいことも分かった。

調査を担当した荻上さんはこう話す。

「ハラスメントではモラハラやカスハラ(カスタマーハラスメント)など言葉を与えられたことで、どういう行為がハラスメントに当たるのかという認識が広がり、被害を訴えやすくなったり、自制につながったりした。 例えばアートや表現の業界では、個展などのたびにつきまとうギャラリーストーカーが話題になっていますが、言葉があることで、自分もそうした経験がある、と自覚できたりする。

現在のストーカー規制法では対象とならない、例えば客による店員へのつきまとい(カスタマーストーキング)やネット上でのオンラインストーキング、近所トラブルやGPS被害などもストーカー行為なんだと概念を広げることで、啓発や抑止につなげる必要を感じています」

加害者ケアなければ根本解決にならない

さらに荻上さんはこう指摘する。

「想定していない相手からの被害がこれだけ多くある一方、今の相談体制では十分に対応できていないことも明らかになりました。法改正と共に、相談体制の拡充も必要です」

調査では、実際被害に遭った人たちにどんな対策を望むか、も聞いている。警察の相談体制の拡充や法改正、啓蒙活動を望む人も多かったが、加害者が相談できる仕組みや出所後の加害者情報を知る仕組みなど、加害者対策を求める人もいた。

内澤さんも、加害者ケアを法改正に盛り込むことを訴えている。自身の体験から、結局加害者の逆恨みや復讐心が解消されなければ安心して暮らせるようにはならないと実感したからだ。加害者側に治療をすることで「加害性の無害化」をしない限り、いつ復讐に来るかと、おびえながら暮らす日々が続くのだ。

内澤さんはこう話す。

「これまで多くの人が被害に遭い、中には殺され、社会問題化してやっと法整備が進んできた。でも誰かが死ななければ見直されないのはおかしい。声を上げることすらつらい人もいる中で、私は自分が生きているうちに声を上げようと思ったのです」

(文・浜田敬子

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