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IT批評家の尾原和啓さんと、『決算が読めるようになるノート』著者のシバタナオキさんの不定期対談。
アップルが導入を発表したトラッキング防止機能が大きな波紋を呼んでいる。強く反発するフェイスブックとの論争はどちらに分があるのか。バイデン政権はGAFAにどう対峙するのか。2人の見方はいかに。
——アップルは今後のiOSに「App Tracking Transparency」という、トラッキング防止機能を導入を発表しました。この動きをどうご覧になっていますか。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):今に始まった話ではなく、数年前からアップルは進めています。サードパーティのアプリ開発企業がユーザーの端末識別子を(ユーザーの同意を得ない限り)取得できないようにすると発表したことが始まりです。
これまでアップルは、IDFA(Identifier for Advertiser)という端末の識別子をアプリ開発会社や広告主に提供してきました。これを取得すれば、広告主はユーザーの属性や閲覧履歴を把握できます。今回の変更によって、広告主はIDFAを取得できなくなります。
どういうことか。例えば僕が、Business Insider Japan(以下、BI)のウェブサイトを訪問して、BIが僕のブラウザをトラッキングするのはいい。自分の意思でBIのサイトを訪問しているので。でもBIのサイトに出稿している広告主が僕を特定できてしまうのは、ちょっと気持ちが悪い。僕が自分の意思でBIに表示されている広告を見ているわけではないからです。
そこをトラッキングできないようにして、ユーザーのプライバシーを守るというのが今回アップルの趣旨です。
アップルは広告ビジネスの比率が低いので、ビジネス上のダメージはほとんどありません。一方、フェイスブックやグーグルは、いろいろなサイトに広告やトラッキングを埋め込んで、収集したユーザーの行動履歴データに基づいてアルゴリズムをつくったり広告を出したりするのがビジネスですから、困ったことになる。
中小企業を苦しめると主張するフェイスブック
アップルの新方針が中小企業を苦しめると主張するフェイスブック。
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尾原和啓氏(以下、尾原):厳密に言うと、ユーザーの同意があれば広告主はIDFAを取得できます。でもデフォルトでトラッキングされないようになっているのに、わざわざ許諾するかという話ですよね。今回の変更によって、広告売上の7%から15%程度の打撃を受けるのではという予測も出ています。
一方、フェイスブックは極端な話、自分たちのIDでターゲティングできるので、フェイスブック内の広告に影響が出るわけではない。広告のターゲティング精度が弱まるだけです。実際に打撃を受けるのは、フェイスブックやグーグル以上に、広告主である中小企業なんです。
フェイスブックは、12月16日付のニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、ワシントンポストに「すべての中小企業のためにアップルに立ち向かいます」という全面広告を出しています。フェイスブックは中小企業を広告で支えているのに、アップルの方針変更で彼らの収益性を下げるとは何事だ、このトラッキング防止機能はユーザーのプライバシーのためだとアップルは言っているけれども、実際には広告主である中小企業の締め上げではないかというのがフェイスブックの言い分です。
さらにいえば、アップルは広告ビジネスの比率は低い一方で、Apple News+やAppleTVなどでサブスクリプション型の課金を進めています。広告収入が下がって困ったメディアがそちらに広告を出してくれるように誘導していると勘繰ることもできるわけです。プライバシーの議論の裏側に、各社のビジネスの思惑があることがこの議論をややこしくしています。
——フェイスブックは今回のアップルの方針を独禁法違反だと指摘していますが、このままアップルが押し切る流れになるのでしょうか。
尾原:アップルもガバメント・リレーションやパブリック・アフェア、つまり政府や社会との関係性構築に力を入れているので、押し切ると思います。シバタさん、アメリカで見ていてどうですか?
シバタ:独禁法違反を適用するのは厳しいように思います。アップルの米国市場シェアは53%、半分はAndroidのシェアですから、独禁法違反にはなりにくい。
アップルにとって一番嫌な攻められ方は、尾原さんが指摘するように、トラッキング防止機能で広告の精度が下がれば、広告主である中小企業を締め上げることになるというロジックに持ち込まれることでしょう。特に以前から出ているApp Storeの手数料率30%が高すぎるという指摘と紐づけられるのが一番嫌だろうと思います。
ただユーザーのプライバシーを大義名分にしている以上、仮に裁判に持ち込まれても、却下される可能性は低い。フェイスブックやグーグルには分が悪いと感じます。
高すぎるフェイスブックの利益率
2020年10月28日、上院商業委員会の公聴会にリモートで出席したザッカーバーグ。ユーザーの投稿内容に対するプラットフォーム企業の免責を主張した。
U.S. Senate Committee on Commerce, Science and Transportation/Handout via REUTERS
——アメリカでは、自分たちの個人データがGAFAなどプラットフォームに利用されることを危惧する空気はやはり強いですか?
シバタ:非常に強いですね。Facebookを嫌がっている人の一番の理由はそれだと思います。2016年の大統領選でFacebookのデータが利用されたケンブリッジ・アナリティカの一件もありますし、Facebookが自分の個人情報をあちこちにばら撒いていると思い込んでいる人は多い。
——日本でも若い世代のFacebook離れが進んでいますが、アメリカも同じですか?
シバタ:若い世代はほぼInstagramだと思います。もちろんInstagramはフェイスブック傘下ですが、あえてFacebookのブランドを前面に出していません。
——バイデン政権になってもGAFAに対する政権サイドの厳しさは変わらないんですか?
尾原:少なくとも、通信品位法230条における追及の厳しさは変わらないと思いますが、分割議論まではいかないと見ています。バイデンが推進するグリーン・ニューディール政策においてGAFAは重要なプレイヤーですから。
シバタ:バイデン率いる民主党は中流階級の代弁者ですから、大企業が儲け過ぎて中小企業が苦しむのを阻止したいという構図があります。バイデンは法人税引き上げを打ち出しており、トランプ政権が35%から21%に下げた税率を28%に引き上げると表明しています。
さらに米国市場向けの海外生産に対する法人税率には追加課税すると。ターゲットとなるのはGAFAを筆頭とするソフトウェア会社ですから、もし法案が可決されれば、民主党議員が「GAFAから一本とった」と有権者に報告できる手柄になります。
アップルはEV(電気自動車)に参入し、グーグルも以前から自動運転に取り組んでいます。アマゾンはデリバリー領域で自動運転やドローンに取り組んでいる。グリーン・ニューディール政策が進む中で、この3社は守られると思いますが、フェイスブックにとってはピンチかもしれません。ザッカーバーグCEOはこれから4年間、頭が痛いのではないでしょうか。
——ザッカーバーグは、キャラクターの問題もあるのでしょうか。
シバタ:やっぱり営業利益率50%は出しちゃいけないと思うんですよ。広告を出しているのは中小企業の経営者ですから、彼らが必死で原価を削って商売しているところに、おまえら儲けすぎじゃないのかという感覚はどうしても生まれてしまう。
グーグルはR&Dに投資して、常に営業利益率を20%くらいにしています。グーグルの収益構造であれば、営業利益50%は出せると思いますが。フェイスブックが営業利益率25%くらいだったら、いろんな話がだいぶ違うトーンで進んでいたと思います。
尾原:実効税率もGAFAの中で一番低いですからね。営業利益は上げている、税金は納めないとなると、どこに再配分しているのという話になります。もちろんザッカーバーグ個人は財団をつくって巨額の寄付をしていますが、事業体としてのフェイスブックは、社会への再配分をもうちょっとうまくやればいいのになと思います。
(聞き手・浜田敬子、構成・渡辺裕子)
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。