コロナ禍の「貯蓄過剰」は経済回復の「マグマ」に変わるのか? 貯蓄率は“最高水準”でも、変化の兆しは…

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コロナ禍の移動制限などを背景に貯蓄が進む。いずれ消費の爆発的な増加に転じるとの見方は正しいのか。写真は米メリーランド州のコストコに行列をつくる市民。

Chip Somodevilla/Getty Images

主要7か国(G7)首脳会議が2月19日、オンライン形式で開催された。会議後に発表された首脳声明には「2021年を多国間主義のための転換点とする」と明記され、気候変動問題に関する協調対応などトランプ政権との対比が鮮明化された。

一方、足もとの経済対策について、声明は「過去1年にG7全体で6兆ドルを超える前例のない支援をしてきた」とし、「雇用を守り、強固で持続可能で均衡ある経済回復」を実現するためにさらなる経済対策を講じる決意を強調したことが注目される。

政府部門が引き続き当面の経済をけん引していくかどうかは、アフターコロナの世界経済を展望する上できわめて重要なポイントになる。

以前の寄稿で書いたように、パンデミック後の世界では「お金を使わないことが正義」が先に立ち、家計部門や企業部門(以下、両者を合わせて「民間部門」と呼ぶ)が「貯蓄過剰」な主体として際立った存在感を放つようになるおそれがある。

民間「貯蓄過剰」と政府「貯蓄不足」という構図

経済学の分野では、一国の経済全体における投資と貯蓄の状況を、経済主体(家計・企業・政府・海外)別に把握する計数として「貯蓄・投資バランス」が使われる。

ある国の資源配分がどうなっているのかを簡便に把握できることもあり、筆者は分析上、常に重視している。

足もとでは「民間部門の貯蓄過剰」が強まっている。定義上、その表裏一体の動きとして「政府部門の貯蓄不足(≒財政赤字)」も強まることで均衡が図られ、経済活動の底割れは防がれている(もし民間も政府も貯蓄を増やす一方だったら、景気が失速することは容易に想像がつくはずだ)。

2020年の主要国では、こうした「民間部門の貯蓄過剰」対「政府部門の貯蓄不足」という構図が浮き彫りになった。日米欧の3カ国について、民間部門【図表1】、政府部門【図表2】の推移を下に示した。

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【図表1】日米欧の民間部門の貯蓄・投資(IS)バランス。各年の数字は、4四半期平均で計算した「企業部門+家計部門=民間部門」の対名目GDP比の合計。

出所:Macrobond資料から筆者作成

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【図表2】日米欧の政府部門の貯蓄・投資バランス。各年の数字は、4四半期平均で計算した「政府部門」の対名目GDP比の合計。

出所:Macrobond資料から筆者作成

後述するように、この構図はバブル崩壊後の日本、欧州債務危機後のユーロ圏が陥ったワナでもある。需要不足に根差した物価の低迷は、結果として金利の低位安定に至ることになる。

中央銀行のゼロ金利、国債利回りの低位安定、量的緩和、低迷する物価などは「日本化の象徴」とみられることが多いが、それらはすべて「民間部門の貯蓄過剰」の結果だ。

過剰な貯蓄があるからこそ、消費・投資意欲を十分に引き出せる施策が必要であり、その帰結として金利低下が起きているという事実を忘れてはならない。

2020年の日米欧について言えば、「民間部門の貯蓄過剰」対「政府部門の貯蓄不足」の構図がとくに鮮明に出たのがアメリカだった。

コロナ禍を受け、国民総生産(GDP)比で20%にもおよぶ大規模な財政出動が行われ、その中身も「就労意欲を削ぎ、長期労働者を逆に増やす」と懸念されるほど手厚い失業保険など、直接給付型の方策が注目を集めた。

民間部門の貯蓄過剰も、政府部門の貯蓄不足も、必然の結果と言うほかない。

積み上がった貯蓄が経済活性化の原動力に?

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リーマンショック後の日本の街頭。強烈なショックは企業部門のリスクテイク能力を毀損しがちだ。

REUTERS/Yuriko Nakao

こうした民間部門の貯蓄過剰を、地下で煮えたぎる「マグマ」に見立て、コロナ停滞期を脱けたあとの経済活性化の「燃料」と見なす論調が増えている。

アメリカではいま、アフターコロナのインフレ高進を懸念する議論が活発化しているが、その文脈で、目下抑圧されたままの民間部門の貯蓄がそのうち消費・投資活動を一気に押し上げ、インフレを加速させるのではないかという、なかば期待混じりの先行き懸念を最近よく目にする

例えば、日本経済新聞(電子版、2月21日付)は『たまる消費の反発力 貯蓄率、日米欧で最高水準』と報じ、やはり貯蓄を「反発力」と見なす論説を掲載している。

確かに、コロナ禍での貯蓄急増は人為的に経済活動を制限した結果であって、このような構図が半永久的に続くとは思えない。

ただし、かつてバブル崩壊という強いショックを経て、企業部門がリスクテイク能力を失い、民間部門全体で貯蓄過剰が強まった過去の経緯は思い返しておきたい。

【図表3】を見るとわかるように、日本では1990年代に入ってから、企業部門が貯蓄不足の主体から貯蓄過剰の主体へと、にわかに切り替わっている

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【図表3】日本の貯蓄・投資(IS)バランス(年度・%・対名目GDP)。

出所:Macrobond資料から筆者作成

これは、バブル崩壊を経て需要不足に陥り、期待成長率が低迷するなか、有望な投資機会が失われた結果と考えられる。

正確に言えば、有望な投資機会はあったはずなので、ショックで毀損した財務や心理状況が影響して、投資機会を発見する能力(あるいは発見したあとに実行に移す能力)が低下していたと見るべきかもしれない。

いずれにせよ、バブル崩壊のあとで成長率が慢性的に低迷し、物価も上がらなくなり、金融政策が「流動性のワナ」に陥ったことは周知の通りだ。

また、日本経済と似たような道をユーロ圏もたどっている。

2008年9月にリーマンショックを伴う金融危機を経験し、そのおよそ1年後には欧州債務危機(※)も併発。金融市場で債務危機が話題に上がらなくなる2013年ごろまで4年もの間、ユーロ圏の政治・経済・金融情勢は塗炭の苦しみを味わうことになった。

欧州債務危機……ギリシャの財政赤字改ざん問題をきっかけに同国の国債価格が急落。大きな債務を抱えるポルトガルやアイルランドに飛び火したのち、スペインやイタリアといった域内の大国にまで影響がおよんだ。

こうした経緯があって、2008年9月以降、ユーロ圏の企業部門は貯蓄過剰に転じ、それが常態化するようになってしまった【図表4】。「強いショックは企業行動を変えてしまう」という日本の経験は、ユーロ圏でもおおむね実証された感がある。

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【図表4】ユーロ圏の貯蓄・投資(IS)バランス。四半期平均の推移。企業部門は「非金融法人」と表現。

出所:Macrobond資料から筆者作成

なお、欧州債務危機の収束後もユーロ圏の賃金・物価は低迷が続き、2014年6月には日本より先にマイナス金利導入に踏み切っている。

2018~19年にかけて再び(家計の消費と企業の投資活動が増え)貯蓄不足に回帰する兆候も見られたが、コロナショックで再び貯蓄過剰に引き戻されてしまった。

現在のユーロ圏の雰囲気を見るにつけ、企業部門が景気のけん引役になるのは当分難しそうだと感じる。

アメリカの企業部門は貯蓄過剰から脱出できるか

さて、日本や欧州と同じ道をアメリカもたどるのだろうか。

日欧と異なり、アメリカは現時点のインフレ期待が力強く、リーマンショック後にも複数回の利上げを敢行できた国なので、「民間部門の貯蓄過剰」を起点として金利低下に向かった「日本化」現象とは異なるシナリオが展開される可能性もある。

ここでアメリカの貯蓄・投資バランスに目を向けてみよう【図表5】。

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【図表5】アメリカの貯蓄・投資(IS)バランスの推移(%、対GDP比)。

出所:米連邦準備制度理事会(FRB)資料より筆者作成

サブプライムショックを境に家計部門が、リーマンショックを境に企業部門が、それぞれ貯蓄過剰に転じたことがわかる。その後、家計部門の貯蓄過剰は変わらないが、企業部門は2014年ごろから均衡もしくは貯蓄不足となり(グラフ右側の青線の動き)、景気をけん引する動きを示していた

企業部門は投資先行を回復して踏ん張れたので、民間部門の軒並み貯蓄過剰という「日本化」圧力を半分は乗り切ったような印象も受ける。ただし、コロナショックという不可抗力の結果とはいえ、2020年に企業部門は再び貯蓄過剰に転じている。

2021年、企業部門が再び貯蓄不足に戻る動きが見られるかどうかは、アメリカ経済の先行きを中長期的に占う、非常に重要なポイントとなる。引き続き貯蓄・投資バランスの動向を注視していきたい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文:唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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