今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
ある出来事を境に外部環境が一変して従来のやり方が通用しなくなる、ということはどの業界にも起こりうること。コロナ禍によって苦境に立たされる百貨店業界などはまさにその一例でしょう。こんな時、企業はどうやって活路を見出せばいいのでしょうか? 入山先生とともに考えます。
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苦境のデパート、活路はどこにある?
こんにちは、入山章栄です。近頃、百貨店の閉店ニュースをよく耳にするようになりました。
やはり今の若者は、百貨店では買い物をしないのでしょうか。Business Insider Japan編集部の横山耕太郎さんに聞いてみましょう。
BIJ編集部・横山
百貨店は「高い」というイメージがあるので、服などはほとんど買いません。ただし、たまに誰かの家に呼ばれたときなど、手土産を買うことはあります。手渡すとき、三越伊勢丹の紙袋に入っているのが大事なので(笑)。
なるほど、あまり利用しない世代にも、百貨店の高級イメージは健在だということですね。
BIJ編集部・常盤
百貨店が消えていくのは寂しい限りです。もともと業績がよくなかったところへ、頼みの綱のデパ地下もコロナで売れ行きが落ちて苦境に立たされているのではないでしょうか。もしも入山先生がどこかの百貨店のトップだとしたら、どんなテコ入れをしますか?
それについては僕よりも、興味深い意見を持っている方がいます。
お名前は差し控えますが、僕が尊敬しているある経営者の方が、「デパートに唯一、可能性があるとすれば、それは外商だ」とおっしゃっていたのです。僕もそれを聞いて「なるほど!」と思いました。
とは言っても「外商」とは何か、知らない方もいるかもしれませんね。
デパートには法人や裕福なお得意さま専門の、御用聞きのような部門があります。お店で買い物できない有名人や、ゆっくり買い物をする時間がない多忙な人などから、「こんなものがほしい」という希望を聞いて商品を見繕い、自宅まで届けるというシステムがあるのです。
僕はその方が、「デパートの外商にはまだ可能性があるのに、活用していないよね」とおっしゃったとき、確かにそうだと思いました。
デパートは利便性では、コンビニに敵わない。安さではディスカウントストアに敵わないし、何より(外商を別にすれば)デリバリー機能がないので、アマゾンにも敵いません。
しかし人間というのは、安いものが簡単に手に入るようになればなるほど、一方で「ブランド」や「エンゲージメント(思い入れ、愛着心)」、あるいは商品の背後にある「ストーリー」に価値を感じるようになるものです。もちろん全員ではありませんが、比較的豊かな層の方々は、そういうものにお金を払ってくれる。
2020年にアメリカのフォーブス誌が発表した世界の富豪ベストスリーの第3位は、ルイ・ヴィトン&ヘネシーグループのトップである、ベルナール・アルノーでした。つまり「ブランドの帝王」です。
ちなみに1位はアマゾンのジェフ・ベゾス。2位がマイクロソフトのビル・ゲイツ。まさに「便利さと安さの帝王」でしょう。しかし3位にアルノーが入っているということは、ブランドにはそれだけの力があるということですね。
ブランドというのは正直言って何一つ便利なものはないし、そのわりに値段が高い。だけれどもわれわれは、それにお金を出すわけです。
勝ち残りの鍵は経営資源の「新たな組み合わせ」
一方、百貨店には長年積み上げてきた「信用」や「目利き力」があります。これをブランドとして、生かさない手はないのです。
経営学では、大きな変化に対応する企業の能力を「ダイナミック・ケイパビリティ」と呼びます。詳しくは、私の『世界標準の経営理論』を読んでいただきたいのですが、要は、外部環境が大きく変わる現在では、企業のさまざまな経営資源(=強み)を組み合わせ直し、新しい価値を出せる企業が勝てる、というものです。
例えば、富士フイルムはダイナミック・ケイパビリティを発揮した好例です。
かつては銀塩フィルムを主力事業としていた富士フイルム。だが近年では化学メーカーと呼ぶにふさわしい(写真は1997年、都内の家電量販店での様子)。
Reuters
富士フイルムはもともとは銀塩フィルムの会社だったわけですが、デジタルカメラが一気に台頭する中で、銀塩の価値は急速になくなっていった。しかし、そこで現在会長の古森重隆氏を中心に、もともと持っていた同社の化学分野の研究力を活かして化粧品や化学製品に参入、今も大成功を収めているのです。今の富士フイルムに「銀塩フィルムの会社」という印象はまったくありません。総合化学メーカーです。
このように、事業環境が大きく変化する時代こそ、自社のリソースを新しい市場機会に合わせて大胆に組み合わせ直すことが重要なのです。
アマゾンですら敵わない百貨店の強みとは?
このダイナミック・ケイパビリティの視点から見ると、百貨店はもう少し自社のリソースを大胆に組み合わせ直すことを考えるといいのではないか、と僕は思います。
では、そもそも百貨店のリソースとは何でしょうか。いろいろな意見があると思いますが、それは大きく、(1)品揃え、(2)立地、(3)高級感、(4)それにかなう従業員の接客、の4つだと僕は考えています。
このうち、(1)の品揃えは、もうアマゾンなどのEC企業には敵いません。また、デジタル通販の流れや今回のコロナの影響もあり、(2)立地も価値が出なくなっています。
だとしたら、残る百貨店の強みは(3)の高級感と(4)の販売員による高レベルな接客、のはずです。そして立地と品揃えの優位性がなくなっているのであれば、「絞り込んだ特定の高級品を、時に顧客の自宅に赴いて、販売員が心の通ったコミュニケーションで販売することで価値を出す」ことが、理に適っているはずなのです。まさに外商です。
たとえば、僕と常盤さんが、同じ外商の仕事をしているとしましょう。
お客さんが、「常盤さんって、すごく苦労されて頑張ってここまで来て、なんかすごく素敵な方ね」と思えば、「入山という外商からは買いたくないけれど、常盤さんからなら買う」となるかもしれない。このようなことは、コンビニではなかなかありません。アマゾンにももちろんできません。
外商の販売員の方の中には、過去にお客さんに売った洋服の種類を全部覚えていて、「このジャケットは、去年買われたあのスカートと合わせるとステキですよ」などとコーディネートまで考えてくれたり、家族の誕生日や記念日を把握していて、その日が近づくと「お嬢様にはこんなプレゼントはいかがですか」と提案してくれる人もいると聞きます。
こうなるとお客さんのほうも、「あなたが担当でいてくれる間は、絶対に〇〇デパートから買う」となる。つまり担当者のパーソナリティが、ものすごく重要になってきます。
こんなふうにお客さんと信頼関係を築くことができれば、10年、20年と取引が続いていくこともあり得るはずです。
BIJ編集部・常盤
コロナで多くの人の在宅時間が増えた影響でアパレル全体の売上は落ちましたが、私の周囲では「どうせ買うなら良いものを」と、購入点数が減った分、以前よりも割高なものに手を伸ばすようになった人が複数います。
そうなると、アパレル系のECサイトではなく、実際に試着して買いたくなりますよね。自宅で手持ちの服と合わせながら、複数のブランドの服を同時に見比べたり、「こういう冷めたトーンの黄色じゃなくて、もっと赤みの強い黄色はありませんか?」というような相談に乗ってくれる人が自宅まで来てくれたら、楽しい買い物体験ができると思います。
その通りですよね。これに関して興味深い例を挙げましょう。化粧品です。
販売員のパーソナリティが勝負
実は、化粧品業界ではいま大手メーカーやベンチャー企業が化粧品の「パーソナライゼーション化」に注力しています。AIなどを使って、顧客一人ひとりの肌質や肌の悩みに合った、ブレンドされた化粧品を提供するサービスです。
しかし、一見この洗練されたハイテクなサービスですが、専門家によると、実際にはこのAIが推薦した化粧品をそのまま売ろうとしても、お客さんはなかなか買わないのだそうです。そこには、やはりビューティーコンサルタントのような生身の人が介在して、そういう人がコミュニケーションを通じてAIの推薦するものを売ったほうがお客さんは買ってくれるのだ、と。
これはなかなか象徴的ですよね。つまり、ただ「便利さ」だけを求めているなら、AIで提案したものを買うかもしれないけれど、化粧品のように、機能だけでなく「感性」も大事なものだと、人が介在することが必要な可能性があるわけです。
しかもこういった顧客層は、人とコミュニケーションすること自体に価値を見出しているので、余分に対価を払ってくれるかもしれません。
これは外商にも当てはまりますよね。例えば、いまアマゾンや、あるいはアマゾンの提供するAlexaなど、AIを駆使して我々に「お薦め」をレコメンデーションしてくれる機能がいろいろ出てきています。でも、単に「便利で安い」ものならアマゾンで十分かもしれませんが、ブランド品や洋服、各地の特産品などには「感性」の要素があります。
こういうものは、人間によるコミュニケーションを通じて訴求する部分があり、だからこそAlexaよりも外商が機能する可能性があるのではないか、と考えるのです。
たとえば僕は新宿の三越伊勢丹が好きです。独特の佇まいの建物で、なにやら由緒ある高級な雰囲気に、なんだかワクワクする。もし僕が百貨店の社長なら、あのブランドを生かして、あそこにお金を落としてもらう仕組みを考えます。その一つは外商かもしれません。
こうして考えていくと、デパートにはまだまだ活かす余地のある資産が眠っているかもしれませんね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。