森氏が五輪組織委会長を辞任しても、ジェンダー平等に関する議論は続いている。
ISSEI KATO / REUTERS
森喜朗・前東京オリンピック・パラリンピック大会組織委会長の女性差別発言から1カ月近くが経っても、いまだに関連した報道を日本国内だけでなく海外でも目にする。
五輪というグローバルな大イベントに絡んだものであったことに加え、今回、日本の女性たち(一部男性たちも)が、いつになく怒り、連帯し、声を上げているということの表れだろう。
自民党政治家や経済人の反応が明らかにしたもの
政治家の性差別的発言は、これまでも数え切れないほどあった。あまりにも多いので、女性たちは「またか」と呆れ、やり過ごしてきた。いちいち目くじらを立てず、受け流すのが「わきまえた女」だとされてきたし、実際、男社会で生きていくためには、それが「省エネ」な生き方だ。
2017年にアメリカで始まった #MeToo の流れの中でも、海外から見ていると、日本では伊藤詩織さんや #KuToo運動を除いては、盛り上がりにかけるように見えた。でもこの間、日本でも「差別には声を上げなくては」という意識が浸透していたのだと、このたび実感している。
森氏のような言動があまりにも日常茶飯事になっている社会、年長の社会的有力者がどんな差別的発言をしても苦笑いで済まされ、責任を問われることのない構造、「私の周りにもいっぱいいる」という既視感。森氏の属人的問題以上に、日本の構造的な問題が一気に可視化されたことで、怒りの炎は一気に燃え上がった。
さらに怒りを加速させたのが、自民党や経済界のリーダーたる男性たちの、森氏を擁護し、問題を矮小化するような発言だ。
- 世耕弘成・自民党参院幹事長:「余人をもって代え難い」
- 舛添要一・前東京都知事:Twitterで「森会長の女性蔑視発言は批判に値するが、私が都知事時代に競技施設建設費を数千億円節約できたのは森氏のおかげだ」「東京の施設代替を他県に頭を下げ依頼してくれた。肺がんの身で海外出張しIOCとの関係を構築」
- 二階俊博・自民党幹事長:「(森氏は)撤回したので、それでいいのではないか」。ボランティア辞退をめぐる発言も問題に。
- 中西宏明・経団連会長:「日本社会というのは、ちょっとそういう本音のところが正直言ってあるような気もしますし、こういうのをわっと取り上げるSNSっていうのは恐ろしいですね。炎上しますから」
- 桜田謙悟・経済同友会代表幹事:企業で女性登用が進んでいない理由を問われ、「女性側にも原因がないことはない」「チャンスを積極的に取りにいこうとする女性がまだそれほど多くない」
これらの発言の一つ一つに、日本女性たちは「やっぱり……」という思いを一層強くしたと思う。中西氏が図らずもこぼした通り、これが「本音」にほかならないからだ。
一斉に繰り返し報じた海外メディア
東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の新会長に就任した橋本聖子氏。
Yuichi Yamazaki/Pool via REUTERS
今回は、海外メディアもすぐに反応した。BBC、CNN、ニューヨーク・タイムズ(NYT)、ワシントン・ポスト(WP)、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)、ロイターなどは、森氏の発言を軒並み「Sexist」(性差別的)と報道し、その後の展開についても引き続きフォローしている。
BBC: Tokyo Olympics chief Yoshiro Mori 'sorry' for sexism row
NYT: Tokyo Olympics Chief Resigns Over Sexist Comments
WSJ: Japan Olympic Chief Yoshiro Mori to Quit After Sexist Remarks
今回自民党の女性議員有志が「『真の女性活躍』に向けた緊急提言」を二階俊博幹事長に提出したが、「自民党の会議に5人まで女性議員たちの出席を認めるが、発言はできない」という方針を発表すると、これもBBCやロイターなどによって報道された。いずれの記事も日本がジェンダー・ギャップ指数で153カ国中121位であること、女性の社会進出が政界・ビジネス界共に大きく伸び悩んでいることに触れ、ロイターは、経済同友会の桜田代表幹事の発言にも触れている。
BBC: Japan’s LDP party invites women to 'look, not talk' at key meetings
Reuters: Japan’s ruling party invites more women to meetings, as long as they don't talk
駐日大使館の反応も興味深かった。2月5日以降、ドイツ、スウェーデン、フィンランドなどヨーロッパ各国の駐日大使館や欧州連合(EU)代表部が「黙っていないで」や(#dontbesilent)、「男女平等」(#genderequality)といったメッセージを相次いでツイートしたのだ。通常、大使館は内政干渉と見られることを気遣い、政治的なメッセージの発信には慎重になるものだが、今回は言わずにはいられなかったのだろうと推察できる。
MeToo以降、厳しくなった差別への制裁
アメリカで始まった#MeToo運動は、その後世界中に広まったが、日本では盛り上がりに欠けると見られていた。
REUTERS/Lucy Nicholson
2月初頭、ちょうど森発言と時期を同じくして、ニューヨーク・タイムズが2人のジャーナリストの解雇を発表し、ニュースになった。
その1人、ドナルド・マクニールはコロナ報道でも活躍していたベテラン記者だが、2019年に人種差別的発言をしたことが問題になり、内部調査が行われてきた。マネジメント側は一旦、「彼の発言はひどいし、お粗末な判断と言わざるを得ないものの、悪意はなかった。解雇は不要」との結論を出したが、社員たちから非難の声が上がり、解雇に踏み切った。
2人目、アンディ・ミルズは、彼が企画にかかわったポッドキャストの内容に問題があることが2カ月ほど前に判明したのだが、最終的に彼を辞任にまで追い込んだのは、これを機に表面化した、前の職場でのセクハラだった。
アメリカにおいて、「性別、人種、民族、性的指向、宗教、年齢などによる差別を容認しない」という流れは、近年、目に見えて加速している。
一つの節目は、間違いなく2017年に始まった #MeToo だ。過去のセクハラや女性蔑視発言、差別行動の責任を問われ、政財界、映画界、ジャーナリズム、テクノロジー業界、スポーツ界、教育界などあらゆる業界の有力な男性たちが失脚した。同時に、差別と見られる言動に対する企業や社会の制裁も明らかに厳しくなった。
2017年、Uberでは、理事会で森氏と同様の趣旨(女性は話が長い)の発言をした理事が、その場にいた他の出席者や、それを聞いた従業員たちから強烈に批判され、即謝罪すると共に、自ら辞任した。Uber はこの頃、過去のセクハラ問題も浮上し、今後どう企業文化やガバナンスを改革していくのか注目されていた時期だったので、この発言と顛末は特に注目を集めた。
同じ頃グーグルも、「女性は男性に比べて、生物学的にコーディングの仕事に向いていない」と書いたエンジニアを解雇、エンジニア側は「グーグルは白人、男性を差別している」と訴え、話題になった。グーグル側は解雇理由として、発言は表現の自由を逸脱していること、このような発言を許せば女性やマイノリティにとって働きにくい職場になり、女性がグーグルに就職しなくなることを挙げている。
シリコンバレーは、ただでさえ白人男性が支配する世界と見なされているので、企業側も自分たちのイメージを変えようと必死だ。Uberも、現在の理事会メンバーは女性、黒人、アジア人を積極的に登用しており、努力の跡がうかがえる。
黒人差別を許容してきたリーダーたち
黒人男性のジョージ・フロイド殺害事件から、全米に広がったBLM運動。
REUTERS/Eric Mille
2020年5月以降に盛り上がった Black Lives Matter も、この勢いをさらに加速させた。過去の発言や、白人中心主義な企業文化を許してきたことへの責任をとって辞任したリーダー、謝罪声明を出した企業は多かった。
- 人気エクササイズCrossFit のCEOのグレッグ・グラスマンは、ジョージ・フロイド事件を軽視するTwitter上の発言が大炎上し、辞任に追い込まれた。
- FOXニュースの番組ホストであるタッカー・カールソンは、Black Lives Matterの抗議活動を「反乱」と言ったことで複数のスポンサーを失った。
- グルメ雑誌「Bon Appétit」編集長のアダム・ラパポートは、顔を茶色く塗ってプエルトリコ人に扮した写真(2013年撮影)を引き金に、白人至上主義的な社内文化を許してきたことを責められ、辞任に追い込まれた。
- 「Vogue」編集長のアナ・ウィンターは、「黒人従業員の声を十分に取り入れてこなかった上、雑誌に掲載する黒人デザイナー、写真家などを十分に増やしてこなかった」「人種的・文化的に不寛容な美のイメージを出版してきた」「私はその間違いを正すために十分な努力をしてこなかった。その責任は私が取る」という謝罪メッセージをスタッフ向けに送ったと報道された。(最近、「Vogue」 では、大坂なおみ、カマラ・ハリスが表紙に採用されている)。
「沈黙は暴力」を意識した行動
ニューヨークのタイムズ・スクエアには、白抜きの「BLACK LIVES MATTER」の看板が並んだ。
REUTERS/Brendan McDermid TPX IMAGES OF THE DAY
ジョージ・フロイド事件後のアメリカでの企業の動きは早かった。マンハッタンのタイムズ・スクエアのビルボードは真っ黒になり、Black Lives Matter という白抜きの文字や、「我々は共に希望を分かち合い、もっと努力し、人種差別を終わらせなくてはなりません(Together we must share hope, do more, end racism)」(コカ・コーラ)、などのメッセージが並んだ。警察による黒人への暴力は何度も社会問題になってきたが、こんな光景を見たのは初めてだった。
この頃、デモ参加者の掲げるプラカードでしばしば目についたフレーズが「Silence is Violence(沈黙は暴力)」というものだ。
これは、キング牧師の言葉「究極の悲劇は、悪人による抑圧や暴力ではなく、それに対する善人の沈黙である(The ultimate tragedy is not the oppression and cruelty by the bad people but the silence over that by the good people)」を思い出させる。黙っていることは、今ある状態を受け入れるということだ。それは不正義に手を貸しているのと同じだ、とキング牧師は言っている。
「今沈黙しているのは、差別を黙認し、加担しているのと同じ。そう思われては困る」と意識した企業は、社内外へのメッセージ発信にとどまらず、具体的な数値と締切を設けて、マイノリティの採用と登用を増やす人事面での改革、多様性に関わるトレーニング増強などを宣言した。
強まる投資家からの圧力
米資産運用会社最大手、ブラックロックCEOのラリー・フィンクは2020年1月、投資先企業と投資家向けの書簡で、ESGを軸に運用を強化する姿勢を示した。
REUTERS/Shannon Stapleton
企業に対し、ESG(企業の長期的な成長のためには、環境、社会、企業統治といった観点からの配慮が必要という考え方)、その一環として多様性の向上へのコミットメントを求めるプレッシャーは、ミレニアルやZ世代はじめとする若い世代だけでなく、消費者や株主・投資家などからも急激に高まっている。そして「真正面から向き合わないと、従業員の不満にもつながり、社のブランドや、将来の人材獲得競争においてもマイナスになる」という認識が広まっている。
アメリカでは、企業にダイバーシティ&インクルージョン(D&I)に関するデータの公表を求める投資家コミュニティからの要求も強まっており、その達成度を経営陣のパフォーマンス評価のKPIの一つとし彼らのボーナス額に紐付けする企業すらある。マイクロソフト、インテル、IBM、ジョンソン&ジョンソン、Uber、P&Gなどだが、このような動きは今後加速するだろう。
PayScale: These companies are tying executive bonuses to diversity goals
Diversity Best Practicesの資料:Linking D&I to Compensation and Bonus
NYT: Want More Diversity? Some Experts Say Reward C.E.O.s for It
分かれた大坂なおみへのスポンサーの対応
2020年のUSオープンで、大坂なおみは、警察による暴力で亡くなった黒人の名前を書いたマスクを身につけ、人種差別への抗議の意思を明らかにした。
Robert Deutsch and Danielle Parhizkaran-USA TODAY Sports/via REUTERS TPX IMAGES OF THE DAY
だが、日本企業の動きは総じて鈍い。その顕著な事例がテニスの大坂なおみ選手へのスポンサーの対応だ。
昨夏、Twitterなどで人種差別に反対する意見を積極的に発信していた大坂選手は、黒人に対する警察の暴力に抗議の意味を込めて試合のボイコットを宣言したり、全米オープンで、これまで犠牲になった黒人の名前を書いたマスクを身につけ試合に臨んだ。
2020年7月には「エスクワイヤー」誌への寄稿の中で、「私は人種差別をしない」というだけでは十分ではないと言い切っている。「私は人種差別をする他者を容認しない」とまで言えるようでなければダメなのだと。
アメリカでは多くのメディアが彼女の行動を称え、彼女のスポンサーであるナイキも、大坂選手の姿に、「あなたは1人で勝った。でも、多くの人々のために闘った(You won on your own, but you played for many)」(日本版「この勝利はじぶんのため。この闘いはみんなのため」)というフレーズを重ねた広告を出した。
かたや彼女のスポンサーの日本企業の反応は、軒並み及び腰なものだった。
毎日新聞の「大坂なおみの人種差別抗議に国内外で温度差 スポンサーの微妙な事情」(2020年9月11日)という記事には、あるスポンサー企業の関係者のコメントとして、「黒人代表としてリーダーシップをとって、人間的にも素晴らしい行為だとは思うが、それで企業のブランド価値が上がるかといえば別問題。特に影響があるわけではないが、手放しでは喜べない」と述べ、別の企業関係者の「人種差別の問題と本業のテニスを一緒にするのは違うのでは」というコメントも紹介されている。
APも「日本は大坂の勝利を祝っているが、スポンサーたちは、彼女の人権活動に対して慎重である(Japan celebrates Osaka; Sponsors cautious about activism)」(2020年9月14日)という記事を出した。その中で紹介されたスポンサー企業のコメントは「マスクについてはコメントを控える」「社としては声明を出す予定はない」「人種差別問題については、彼女の『個人的な問題』なのでコメントを控えたい」といった概ね消極的なものだった。
だが、森発言でその様相は変わった。
特にトヨタの豊田章男社長の「トヨタが大切にしてきた価値観とは異なっており、誠に遺憾」というコメントは、インパクトがあった。五輪放映権をもつ米NBCが「森喜朗は大坂なおみや他の人々から性差別主義と呼ばれた。彼は去らねばならない」と強い語調の意見記事を掲載したのに比べると、多くの日本企業の声明は間接的で、糾弾語調のものは少なかったが、それでも日本企業なりに発信したこと自体新鮮だった。
アメリカでも根強いボーイズクラブという現実
最高裁判事に就任したカバノーは、過去の性暴力を告発されたが、彼を擁護する声は男性を中心に上がった。
Erin Schaff/Pool via REUTERS
今回の森発言に対して、前述の通り自民党内や経済界、スポーツ界からも、擁護する声はあった。男同士の庇い合いは日本に限ったことではなく、アメリカにも日常的にある。
私が思い出すのは、最高裁判事のブレット・カバノーが2018年にトランプ大統領(当時)に指名された時の承認公聴会のことだ。承認過程で、高校生時代にカバノーから性的暴行を受けたという告発が浮上し、一大スキャンダルとなった。
この時、共和党の男性議員の中には、「若い時に酔ってやったことじゃないか」「こんな厳しい基準で評価するなら、最高裁判事を引き受けるのが難しくなってしまう」という同情的な意見の人も少なくなかった。トランプも、一貫してカバノーを支持し続けた。
これに対し、女性たちは激しく反対した。例えば、上院議員のカースティン・ジリブランドは、「私たちが求めている『完璧』は、『女性に暴力をふるったことがない人』という、極めて基本的な話です」と反論した。最高裁判事という極めて重要な職業につく人に、「女性に暴行を働いた過去がない」「アルコール問題を抱えていない」「保身のために嘘をつかない」などを求めるのは、ごく基本的な要求ではないですか?と。
政界でも経済界でも、いまだにアメリカでは、既得権益層は明らかに白人男性だ。彼らは似たようなエリート高校・大学を出て、似たようなキャリアを積み、強固なボーイズクラブを形成している。
カバノー氏の公聴会を見て、多くの女性が怒ったのは、男性たちがカバノーの傷つけられた名誉、成功、キャリアにばかり同情し、被害者女性側の傷つけられた人生については無頓着だと透けて見えたからだったと思う。
話を遮られたカマラ・ハリス
副大統領に就任したカマラ・ハリスは、選挙中の討論会で何度もペンス副大統領(当時)に話を遮られた。
REUTERS/Brian Snyder
2020年10月、大統領選の中で、副大統領候補の討論会が開催された夜、一つの言葉が大変話題になり、翌日からこの言葉を配したTシャツがあちこちに出回ることになった。
「I’m speaking」
この討論会で、当時副大統領だったペンスは、カマラ・ハリスの話を10回にわたって遮った。ハリスは、「副大統領、今、私が喋っているんです」と何度も言い、それでもペンスが黙らないのを見て、「私に喋り終えさせてくれたら、会話ができます(”If you don't mind letting me finish, then we can have a conversation.”)」と言った。彼女はそれを怒ってではなく、笑顔でやり遂げた。
このハリスの決然とした姿は討論会直後から大反響を呼び、SNS上では、「涙が出た」「あの気持ち、よくわかる!」「よくやった」というような女性たちのコメントが溢れた。
もう一つ印象的だったシーンは、司会がハリスに「持ち時間切れです」と言った時だ。ハリスは司会者に向かって礼儀正しく、しかしキッパリとこう言ったのだ。「彼(ペンス)は私が喋っているのに割り込みました。私にも彼と同じだけの時間を頂きたい」。そして、自分が言いかけていたことを言い切るまで喋り続けた。
検事、司法長官、上院議員と、マイノリティ女性としての記録を次々と塗り替え、権力の王道を上ってきたハリスのような女性でも、まだこんなことを言わなくてはいけないのだ。これを見ながら私は、「これまでの人生、彼女は何度こういう場面を経験し、悔しい思いをし、立ち上がってきたのだろう」と思った。
実際ハリスには何度も「割り込まれた」経験がある。2017年の上院公聴会では、複数の白人男性議員たちが、彼女の発言中に次々と割り込み、それが女性で黒人である彼女に対する敬意のなさの表れではないかという批判を呼んだ。ニューヨーク・タイムズは、フェイスブック上で女性たちからのコメントを募る企画を組み、「男が女の話を遮るという普遍的な現象」という記事を掲載した。
Manologue, Manterrupting, Mansplaining
女性は、会議でも圧倒的に話を遮られることが多い。
FangXiaNuo/GettyImages
「男性は、女性に比べ、人の話を最後まで聞かずに割り込む確率が高い」ということは、数々の研究結果が示している。
2014年にあるテック企業を舞台に行われた実験では、(1)男性は、同性同士でも、話を遮る確率が女性の倍近く高い(2)男性は、相手が女性だと、相手が男性の時に比べて3倍の確率で話を遮る、と結論づけている。
SLATE: How to Get Ahead as a Woman in Tech: Interrupt Men
Forbes: Gal Interrupted, Why Men Interrupt Women And How To Avert This In The Workplace
Bustle: Yup, Research Says Women Are Interrupted Way More Than Men
Manologue, Manterrupting, Mansplaining という言葉をご存知だろうか。
- Manologue (Man + Monologue):男性が1人で延々としゃべり続けること
- Manterrupting (Man + Interrupting):男性が女性の話を遮ること
- Mansplaining (Man + Explaining):女性が言ったことを、男性が自分の言葉で言い変え、あたかも自分のアイデアであるかのように説明しなおすこと
これらは近年英語のボキャブラリーに加わった言葉だが、こういう言葉が生まれるということ自体、これらの行為がいかに日常的にありふれたものであるかを示しているだろう。
「女はおしゃべりで話が長い」とは広く行き渡ったステレオタイプだと思うが、実際に多くのデータが示しているのは逆だ。下記のワシントン・ポストとフォーブズの記事も専門家のコメントを引用しつつ、「むしろ会議では男性の方が喋る時間が長く、しかも地位の高い男性ほどよく喋る」と結論づけている。
WP: Who won’t shut up in meetings? Men say it’s women. It’s not.
‘Manologues,’ ‘mansplaining’ and ‘manterrupting’ are hallmarks of the conference room
Forbes: Tokyo Olympics Head Thinks Women Talk Too Much — Research Says They Don’t
男性に話を遮られた時、咄嗟に反応できず黙ってしまい、悔しい思いをしたことのある女性は多いだろう。こういう時に反射的に対応できるようになるには、それなりの準備と場数を踏むことが必要だと思う。
私が2014年に読んで、ずっととってある記事がある。「10 Words Every Girl Should Learn」というその記事には、Manterrupting やMansplaining された時に女性がどう言うべきかというアドバイスが書いてある。これらをそのまま日本語の環境で使うのは難しいかもしれないが、参考にはなると思う。
- “Stop interrupting me.” (話を遮るのは止めて下さい)
- “I just said that.”(それ、私がさっき言いましたよね)
- “No explanation needed.”(解説は結構です)
これらに加え、ハリスの「I’m speaking」も便利なフレーズだし、下記の2つも日常的に使う。
- “Let me finish” (最後まで話させて下さい)
- “I’m not done yet”(まだ話し終わっていません)
また、自分が司会を務める場合、誰かが誰かの話を遮ったら、「今、〜〜さんが話しているので」と介入し、今話している人に喋り終わらせることも重要なスキルだ。
同質性の高さはリスクになる
バイデン政権下では財務長官に指名されたジェネット・イエレン他、閣僚候補の半数が女性だ。
REUTERS/Leah Millis
1月、バイデン政権の閣僚候補24人が発表された中で、史上初めて男女半々になったことが話題になった。それ以外にも、黒人、先住民、ヒスパニックなど人種マイノリティ、LGBTQも含め、アメリカ史上最も多様性に富んだ政権になると言われている(現在まだ承認プロセス中)。
「史上初」と言われる人事も多いが、それ自体、これまでいかにホワイトハウスの権力中枢が白人男性によって独占されてきたかということを示している。一方でバイデン政権の顔ぶれは、#MeToo 、Black Lives Matter などの背景にある世論を反映させたものと思える。
この人事に対して、「イメージ戦略」「数合わせ」というシニカルな見方をする人々もいるが、私は単なる象徴だとしても(そうだとは思わないが)十分に意義があると思う。アメリカは男女平等やダイバーシティでは、欧州に比べるとまだまだ遅れている。今回の人事は、少なくともそこから抜け出そうとしているというメッセージにはなったし、子どもや若者が女性の副大統領や財務長官を見るだけでも意味がある。
日本社会は長年、同質性の高さこそが強みだった。同質性が高ければ、少数派に合わせて別のルールを作る必要もないし、コミュニケーションも効率的だ。でも、同質性の高いことが強みという時代は終わった。今日のグローバルにつながった環境を考えると、同質性の高い組織は、むしろ国際(国内もかもしれない)社会からずれていくリスクが高いのではないだろうか。
ダイバーシティがガバナンスのため良いとされる理由の一つは、Group Think (集団浅慮)のリスクを下げるということだ。異なるバックグラウンド、価値観、経験をもつ人を混ぜた方が、意思決定のクオリティが上がることは、今や数多くの研究が示している。
マッキンゼーのレポート:Delivering Through Diversity
Journal of Public Health Management & Practiceに掲載された論文:Creating Thought Diversity: The Antidote to Group Think
また異なるタイプの人が加わることのもう一つの利点は、手順や決まり事をいちいち明文化、透明化しなくてはならないことだと。以心伝心、なあなあなやり方が通用しなくなる。結果、アカウンタビリティが上がり、ガバナンスの質も上がる。
マッキンゼーの2018年の研究では、経営陣の性別のダイバーシティが上位 25% に入る企業は収益が平均を超える可能性が 21% 高く、民族のダイバーシティが上位 25% に入る企業は収益が平均を超える可能性が 33% 高くなると報告されている。
経済的リターンのために多様化を進めることは、ともすると「差別を許さない」という本質的な議論が置き去りにされてしまうリスクもある。だが、「多様性を高めることは一時的にはコストがかかるかもしれないが、長期的に見ると企業のボトムライン、競争力にとってプラス」というのは、今日、アメリカでは基本的認識になっている。だからこそ前述の通り、投資家コミュニティからの経営陣に対する多様性向上へのプレッシャーが増しているのだ。
グーグルの結果から学べること
グーグルが示した「最高のチーム」の条件は、多くの示唆を与えている。
Sundry Photography / Shutterstock.com
多様性とインクルーシブさ(包括性)を高めるためには、意識改革だけでなく、物事の進め方、プロセス自体を変えることが必要になってくる。逆にそちらから先に変えてしまうというのも手だと思う。
2012年、グーグルは、「完璧なチームを作るには、どうすれば良いか」という研究に着手した。この「プロジェクト・アリストテレス」の結果は示唆に富んでいるので、読んでもらいたい。ニューヨーク・タイムズの記事「What Google Learned From Its Quest to Build the Perfect Team (Google が完璧なチームを作るための探究から学んだこと)」の要点をまとめるとこんな感じだ。
グーグルは長年信じてきた、最高の人材を集めれば最高のチームができるという方針に疑問に感じ、この研究に取り組んだ。結論からいうと、チームの生産性を高くするのは「心理的安全性(psychological safety)」の高さだと分かった。「心理的安全性」とは、各人が「このグループなら、自分が思ったことを発言しても大丈夫だ」と思えるかどうかということだ。
では、どうしたらグループの心理的安全性を高められか。研究の結果によると、優れたチームには2つのことが共通していた。
- 各チームメンバーがだいたい同じ分量の発言をする。
- 人の気持ちに対するメンバー同士の感受性が高い。
2は、言葉にせずともお互いの表情や雰囲気から、相手の気持ちが分かるということだ。この感度の測定には、目だけで相手の心が読めるかどうかを試すテストが用いられる。今でいうところの「共感力」に近いかもしれない。
これら2つの特徴を備えたチームは、どんな問題にも高い解決能力を示す。逆に満たさないチームは個人個人が有能でも、チームとして良い結果が出せないというのだ。
この研究結果は非常に注目され、例えばセールスフォースなどはマネージャー・トレーニングのマニュアルに織り込んでおり、「すべての参加者が最低1回発言できるよう最善を尽くす」「誰かの発言が遮られた場合には、『まだ発言の途中です』と毅然と言う」「いつも同じ顔ぶれで会議をせず、いろいろな人を招く」「議事録を取るのは順番にする(女性にばかりアシスタント的業務をさせない)」といったことが含まれている。
チームの親睦を高める活動も、みんなが平等に参加できる時間帯、形態にするよう薦めている。例えば、夜の会食ではなく昼食の時間帯を使う。男性だけで野球を見に行ったり飲みに行くのではなく、女性も参加しやすい活動を考える…といったことだ。
Salesforce: インクルーシブリーダーシップの5つの原則の実践
数には意味がある
2020年に発足した菅内閣の女性閣僚は2人のみ。
REUTERS/Issei Kato/Pool
今や、海外で日本のジェンダー問題を報じる時には、「ジェンダー・ギャップ指数153カ国中121位」という言葉が枕詞のようにつく。日本の順位を下げている一つの大きな要因は、政界における女性の少なさだ。衆議院は議員465人のうち、女性46人と、10%にとどまる(世界的には女性議員の平均比率は約25%)。
もちろんただ数を増やすだけではなく、幼少時からの教育、雇用、働き方の見直し、企業内のカルチャーの変革、家庭内での家事や育児の分担に至るまで、包括的な改革が必要なのは明らかだが、数が増えないと始まらないという部分もある。
2020年、日本では、「2020年までに指導的立場における女性の割合を30%にする」という目標が、あっさり先送りされた。そもそも、なぜ30%にすることが必要なのか。
その根拠は、ハーバード・ビジネス・スクールのロザベス・モス・カンターが「Men and Women of the Corporation」(1977)で唱えた「黄金の3割理論」だ。マイノリティは3割を超えるとマイノリティではなくなり、その組織のダイナミクスが変わるという。
ダイバーシティのゴール達成度と企業経営陣の報酬を紐付けにする試みについては既に述べたが、アメリカでは似た動きが、経済界を超えて出てきている。
例えばニューヨーク市は、デブラジオ市長が2019年、文化教育機関(美術館・博物館、劇場、動物園など)に向け、理事会やスタッフの Diversity & Inclusion(D&I)の目標達成度次第で、市からの助成金の額を変えるという方針を発表した。ニューヨーク市がオーナーを務める33団体は、2020年2月までに D & I を向上させる計画に着手しなければ、市からの助成金が10%減額される。
それ以外の約1000の文化教育機関に対しても、助成金の申請書の中にD&Iに関する質問が盛り込まれた。市としては、特定の数値的目標を設定してはいないが、「ニューヨーク市の人口の3分の2が有色人種であるにもかかわらず、文化機関で働く人々の3分の2が白人」という現実を、仕組みやプロセスから変えてしまうのは、一つのやり方として有効だと思う。
米連邦最高裁史上2人目の女性判事で、ジェンダー平等に尽力したことで知られる「RBG」ことルース・ベイダー・ギンズバーグが、ある時インタビューで「女性判事が何人になったら十分だと言えますか?」と問われた時、「9人」と答えたのは有名な話だ。彼女は、「建国以来、長い間(200年以上)最高裁判事は全員男性でしたよね。それを誰もおかしいと思わなかったわけでしょう?」と答えた。判事が全員女性になっても、世の中がそれをおかしいと思わなくなった時、初めて男女は平等になったと言えるのではないかと。
女性の数を一定以上入れるクオータ制の話をすると、「女性優遇で逆差別」「数合わせのために、能力もない女性に下駄を履かせるのか」という反論がもれなく出てくる。しかし、これまで一定の属性だけを理由に抑圧されたり、排除されたり、一段下に置かれてきたグループの人々に、これまで与えられなかったチャンスを与えることが差別の解消に有効なのは、今や数多くの国や組織の経験が示していることだ。やってみる機会を与えられなければ、力をつけることもできない。(一部敬称略)
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny