核融合炉は、太陽で起きている反応を人工的に地上に作り出す技術だ。
Solar Dynamics Observatory, NASA.
「太陽でも起こっている反応を、人工的に作り出す」
太陽の内部で起きている水素同士の核融合反応を地上で再現し、その際に生じる大量のエネルギーを発電に活かそうという大胆な発想から考えられた核融合発電。
フランスでは現在、2025年の稼働を目指し核融合実験炉「ITER」の建設が進められています。
ITERのイメージ図。
ITER Organization
また、茨城県那珂市にある量子科学技術研究開発機構では、実験装置「JT-60SA」の建設が完了し、2021年4月から本格的な実証試験がスタートしようとしています。
火力発電でも、原子力発電でも、そして再生可能エネルギーを利用したものでもない、脱炭素を目指すための第4の選択肢として、核融合炉は本当に現実的なものなのでしょうか?
実は、2021年1月に、ベンチャーキャピタルであるCoral Capitalが、京都大学発の核融合ベンチャーである京都フュージョニアリングに約1.2億円の投資を行うことを発表し、一部で話題となりました。
核融合炉という巨大設備を建設するにあたり、技術力を持った巨大なメーカーが重要な役割を果たすことは言うまでもありません。一方で、現在でも研究開発が継続して行われている分野でもあることから、大学・研究所を起点とする技術系のスタートアップが入り込む隙間もあるようです。
実際、海外ではここ数年で核融合ベンチャーが複数設立されており、数十億から数百億円の資金を調達している企業もあります。それを考えると、この先世界のエネルギー市場で、核融合炉をめぐるビジネスの注目度は、高まっていきそうです。
前回のサイエンス思考では、核融合炉の基幹技術となる「プラズマ」の制御について紹介してきました。
核融合を起こすためには、燃料となる重水素や三重水素(トリチウム)を電子と原子核が分離したプラズマ状態にして、それを維持し続けなければなりません。では、それができるようになった核融合炉では、実際にどのようにエネルギーを取り出すのでしょうか?
本当に安全面で不安はないのでしょうか。
前回に引き続き、量子科学技術研究開発機構、核融合エネルギー部門長の栗原研一博士に聞きました。
核融合炉では、燃料が再生産される
ITERの建設現場。2020年11月。
ITER Organization
核融合反応を起こすためには、燃料となる「重水素」や「三重水素」が混合された気体を放電させることでプラズマ状態にし、その上で温度に換算して約2億度程度まで加熱しなければなりませんでした。
プラズマをうまく制御することができるようになれば、あとは、そこに加速(加熱)した燃料を投入していくことで核融合反応が発生します。
では、実際にどのように電力を得ているのでしょうか。
重水素と三重水素が核融合反応を起こして結合すると、「ヘリウム」と「中性子」が発生します。ここで発生する中性子は、光速の約6分の1ほどの速度の超高エネルギー(超高温)を持っています。
核融合炉の内部には、プラズマを制御するために「磁場」が発生していますが、中性子はその影響を受けないため、核融合炉の中で四方八方に飛び散ります。すると、いずれ核融合炉の内側の壁面に衝突します。
実は、核融合炉で発電するために重要になるのは、ここから先の反応です。
ITERの内部の壁が、ブランケットで覆われているイメージ。
ITER Organization
核融合炉の内側の壁面は、ベリリウムやリチウムなどの化合物からできた「ブランケット」と呼ばれる素材で覆われています。
核融合で発生した超高エネルギーの中性子が、ブランケットのベリリウムやリチウムに当たると、別の核反応が起きて大量の熱を放出します。
ブランケット内には冷却水の管が張り巡らされており、ここで発生した熱を吸収。
加熱された熱水はそのまま回収され、その蒸気で発電用のタービンを回転させます。こうして、電力を得るわけです。
また、ブランケットで起きる核反応では、核融合炉の燃料として使える「三重水素」が発生します。核融合炉では、計算上、消費された三重水素の数よりも多くの三重水素が発生するため、核融合炉を稼働させる上で、燃料となる三重水素の資源不足を心配する必要はありません。
また重水素も海に大量に存在するため、資源枯渇の心配はないと言えます。
「定期的(2年に1度ほど)に、核融合炉の内側を覆うブランケットの交換が必要になるくらいです」(栗原博士)
実は、冒頭で紹介した京都フュージョニアリングは、核融合反応から実際にエネルギーを得るために重要な「ブランケット」などの研究・開発を行っています。この交換部品を製造・納品することをビジネスモデルとしているのです。
ITERの内部の壁を覆う「ブランケット」の一部。
ITER Organization
産業との兼ね合いを考えると、核融合炉の研究という巨大なプロジェクトは、さまざまな副産物を生み出す可能性を秘めています。
高性能の超電磁コイルの開発は、すでに医療用MRIなどに活かされていますし、三重水素を回収する技術(後述)は、今後普及が期待される水素ステーションの安全性を高めるための装置としての応用が期待されます。
また、ブランケットの材料となるリチウムを海から回収する技術などの研究も行われており、資源不足の日本にとっては他の産業への波及効果も大きく期待されるところです。
核の力は安全なのか?放射性廃棄物の議論は?
「核」という言葉があると、どうしてもイメージが悪くなってしまうが、原子力発電と核融合発電は明確に異なる技術だ。
Martin Diebel/GettyImages
核融合は、原子力発電で利用される「核分裂反応」とまったく逆の反応です。
原子力発電では、燃料となるウランに中性子を当てることで核分裂反応を起こし、このとき発生する熱によって、蒸気を発生させて発電用タービンを回しています。
ただし、東日本大震災時の福島第一原発のように、冷却ができなくなってしまうと、核分裂が止まっても発熱が止まらず、炉心溶融などの事故に発展してしまう危険性がありました。
では、もし核融合炉が制御できなくなってしまった場合は、どうなってしまうのでしょうか。
まず大前提として、核融合反応を継続するには、安定したプラズマが維持されていなければなりません。
つまり、何らかの事故などで核融合炉のプラズマを制御できなくなった時点で、原理的に核融合反応は自然と停止することになります。これは、制御や冷却がうまくいかずに事故に発展してしまう恐れがある原子力発電とは大きな違いです。
もちろん、課題がまったくないわけではありません。
栗原博士は、
「恐らく一番核融合炉のリスクとしてあるのは(ブランケットで発生する)三重水素をどうやって回収し、ちゃんと閉じ込めておくかということだと思っています」
と話します。
三重水素は、トリチウムとも呼ばれる水素の放射性同位体(※)です。福島第一原発でも、トリチウムが含まれた水(一部の水分子を構成する水素がトリチウムになっているもの)の処理問題について、議論が続いています。
※陽子の数が同じで、中性子の数がことなる元素のうち、放射線を出すもの。
福島第一原子力発電所にある、処理水を保存しておくためのタンク。
REUTERS/IsseiKato
核融合炉で生じる三重水素は、液体ではなくガスです。
「三重水素のガスの保存には、水素ガスを取り込む性質のある化合物を使います。この化合物の中に三重水素がどんどん吸着することで、保管することになります。燃料として使いたいときには、温度を上げてトリチウムを出して利用できます。(ガス状の)三重水素の管理というのは、そこまで難しいものではなく、すでに確立している技術だと私たちは思っています」(栗原博士)
また、核融合反応で発生した中性子の影響で、炉の周囲にあるステンレスの一部が低レベル放射性廃棄物になることがあります。
原子力発電所で問題になる、放射線の量が半分になるまでの期間(半減期)が数万年単位の高レベル放射性廃棄物が発生しない点は安心ですが、低レベル放射性廃棄物についてはどう考えればよいのでしょうか。
栗原博士はこの点について、
「(ステンレスが放射化した後)放射線の量が半分になるまでの期間(半減期)は5年です。100年経てば、放射線のレベルは100万分の1に下がります。それで、だいたい一般物として取り扱えるようになります。原子力発電所のように1万年保管しなければいけないような高レベル放射性廃棄物が発生しないことは、有利な面だといえます」
と話します。
放射性廃棄物を一時的には保管しなければならないことに変わりはないため、いずれにせよ保管場所に関する議論は必要になります。
ただし、数万年という時間スケールで保管し続けるしかなかった原子力発電で生じる高レベル放射性廃棄物に対して、核融合炉で出る低レベル放射性廃棄物は、人が管理できる時間スケールで放射能が減衰し、一般的な廃棄物として処理や再利用できるレベルになります。
これは、責任をもって処理方法を考える上で重要なポイントです。
世界が注目する国内の核融合実験装置
チェックを受ける真空容器の一部。これだけで、約440トンにもなる。
ITER Organization
発電方法や廃棄物の処理方法など、核融合発電の実現に向けて、さまざまな実証が進められています。これまでの話を聞く限り、すでに核融合発電を行うこと自体はできそうです。
しかし、今まさに建設されているフランスの核融合炉ITERや、2021年4月から稼働を始めようとしている日本のJT-60SAは、あくまでも実証試験用の核融合炉です。
一体、この先何が課題となってくるのでしょうか。
実は、ITERやJT-60SAの実験と並行して、2045年頃の稼働開始を目指して発電用原型炉「JA-DEMO」の開発が2020年代半ばから始まっています。
ITERやJT-60SAはそれぞれ別の方法で、この原型炉を作るために必要な、プラズマの制御に関係する実証を行うことを目的としています。
まず、ITERでは、実際に重水素と三重水素を使って核融合反応を起こした場合にも、十分にプラズマを加熱した状態で制御することができるのかを検証します。
栗原博士は「これがITERの最大のミッションです」と説明します。
実は、これまでの実験では、最終的に燃料として使用する予定の重水素と三重水素ではなく、重水素同士の核融合を利用することが大半でした。プラズマを制御するといっても、燃料が変わればプラズマの構成要素も変化してしまうため、JA-DEMOとほぼ同じ大きさのITERで、実際に利用する燃料を使ったプラズマの制御方法について検証を行うわけです。
ITERは、EU、アメリカ、ロシア、中国、インド、韓国、そして日本という7極が参加している。一方、JT-60SAは日欧のプロジェクトだ。
ITER Organization
一方、日本のJT-60SAでは、プラズマの圧力が高い状態での制御の検証が行われます。
発電用核融合炉JA-DEMOでは、ITERとほぼ同じ大きさであるにも関わらず、ITERよりもさらに発電効率を高めようとしています。その鍵を握っているのが、「プラズマの圧力」なのです。
「JT-60SAのプラズマ圧力は、原型炉で想定されるものと同じです。一方、ITERはプラズマ圧力が少し低い。これは、設計段階で高い圧力を目指すよりも、低い圧力で確実に実証をやるための設計です」(栗原博士)
高いプラズマ圧力を維持することができれば、同じ発電効率でもコンパクトな核融合炉を実現することが可能です。これは、建設費などにも大きく影響してくる重要な問題です。
「JA-DEMOの条件でプラズマを制御できるかどうかは、ITERとJT-60SAの両方の実験結果がないと、実は分からないのです。だからこそ、実は世界がITERだけではなく、JT-60SAにも注目しているんです」(栗原博士)
今のところ、JA-DEMOの建設は最速でも2035年頃、運転の開始は2045年とされています。
核融合炉による発電にも、ほかの発電方法と同様に、さまざまなメリット・デメリットがあります。また、まだまだ研究レベルの技術であり、将来、本当に実用化できるのかも今後の実証試験の結果次第です。
多くの国や企業が2050年を目処に脱炭素を目指すと宣言している以上、未来の技術を期待して他の取り組みをおろそかにしてはいけません。少なくとも2050年までの脱炭素を目指す上では、まず既存技術で何が、どこまでできるのかを考えなければならないでしょう。
しかし、その先を考えようとしたとき、20年後には、もしかしたら核融合発電という新たな選択肢を選べるようになっているかもしれません。
(文・三ツ村崇志)