2021年2月15〜16日、ベルリン発のテック・カンファレンスTOA(Tech Open Air)の日本版「TOAワールド・ショーケース2021」がオンライン開催された。
今年は“日本のSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)”を目指す札幌の「NoMaps」、実験都市を推進する市民参加型クロスメディアイベントを主催する神戸の「078Kobe」と連携。日本各地のイノベーター同士を繋げた「国際イノベーターズ・ミートアップ」を展開した。
神戸からは各国政府や国連関係機関、NGO等の発信情報を一元的に提供するプラットフォームを運営するオシンテック代表取締役の小田真人氏、札幌からは教育事業を手掛けるあしたの寺子屋代表取締役の嶋本勇介氏が登壇。それぞれの地域、それぞれの分野で社会課題の解決に取り組むスタートアップの経営者は、今の社会にどのような課題を見出し、どう解決しようとしているのか。
世界の「一次情報」を集約。「議論のための武器を提供する」
オシンテック代表取締役の小田真人氏(画面左)、札幌からは教育事業を手掛けるあしたの寺子屋代表取締役の嶋本勇介氏(画面右)。
「社会課題の解決に向き合う人をテクノロジーの力で増やし、支えたい」
と話すのは、神戸発スタートアップのオシンテックの小田真人氏。オシンテックは「RuleWatcher」を通して各国政府や国連機関、NGO等の発信情報を一元的に提供している。
海洋汚染や土壌汚染、生物多様性の喪失、気候変動…。大量生産・大量消費で便利な生活を享受してきた私たちは今、多くの環境問題に直面している。若い世代を中心に環境問題への意識は高まっているが、小田氏はそれだけでは足りないと言う。
「環境問題と同時に考えなければいけないのが、我々の社会が抱える課題についてです」(小田氏)
イデオロギー、人種、経済格差…。世界に目を向ければ、さまざまな要因が分断を引き起こしている。AIを悪用した精巧な偽動画「ディープフェイク」のような、テクノロジーによる意図的に改竄・捏造された情報の拡散もこれらの分断を助長する。
そうした課題を解決しようと小田氏が立ち上げたのが、世界のルール形成に関わる最新情報を網羅的に提供する『RuleWatcher PRO』だ。報道情報や広告を介さずに、各国政府や国連機関、NGOといった政策立案や提言をおこなう500以上の機関が発信する情報を随時、収集。言語を公文書特化型AIで英語に統一し、情報を分析、探索する情報可視化システムを開発した。
さらに「解決したい社会課題がある人」が無料で使用できるコミュニティー版として『RuleWatcher for Community』も提供。サーキュラーエコノミー、スマートシティなどトレンドやトピックに基づいた「フォーラム」で議論を行うことができるようにした。
「ルールとは、我々の暮らしのために、我々がつくるもの。異なる意見を持つ人たちによる対話のプロセスこそが民主主義の要諦だと考えています。その具体的な場所、武器を提供することで循環型の経済、再生可能な社会づくりに貢献していきたいと思っています」(小田氏)
鹿児島・与論島、北海道…全国過疎地に1000の寺子屋
札幌から登壇したのは、あしたの寺子屋代表取締役・嶋本勇介氏。全国の過疎地に1000拠点の寺子屋をつくり、それぞれのコミュニティをつなぐ。「居場所」「個別最適な学び」「ロールモデル」との接点/機会を増やすことで、学びの地域格差の解消を目指す。
内閣府が2020年6月に実施した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」によると、コロナ禍で教育コンテンツのオンライン化は大きく進行したものの、オンライン教育を活用している小中学生の割合は都市部で69.2%、非三大都市圏では33.9%に止まる。
オンライン教育の実現によって、情報格差、教育格差の解消が期待されるが、インフラを整えるだけで問題が解決するわけではない。オンライン教材を自律的に使い、自律的に学習を進めることができるのは、学習意欲が高い生徒に限られるからだ。学習意欲を高めるためには場所や人によるモチベーションづくりが必要になるが、人口1万人以下の地域にはそのための場所がない。
「採算面や講師確保の困難さから、学習塾の展開可能なボーダーラインは人口3万人と言われてきました。物流ではラストワンマイルと言われますが、子どもたちにとってはファーストテンメーターとなるものです」(嶋本氏)
そこで、あしたの寺子屋は「寺子屋長(寺子屋を開く人)」を募り、科目学習の補習とキャリア教育・探究教育を行う寺子屋の設立・運営をサポートするためのプラットフォームを提供。さらに、地域のコミュニティとしての寺子屋が継続して運営できるように複数の収入源の確保を支援する。
例えば、神奈川県辻堂にある「日陽屋」は、おでん屋兼学習塾というユニークな形態。鹿児島県与論島の「まなび島」は、民宿兼塾だ。北海道札幌市のゲストハウス「アドベンチャークラブ」は学童保育、フリースクールとして地域に開かれる一方で、ゲストハウス宿泊者と地域の大人との接点も創出する。
オンラインだけでも、1回限りのプログラムだけでも足りない。地元での継続的な対話による深い関係性を築きながら、オンラインでロールモデルとの出会いを提供する。
「オンラインでつながれるリアルな寺子屋を提供することで、どんな子どもにもワクワクすること、好きなことを追求する機会をつくれたらと思います」(嶋本氏)
オンラインをリアルの代替で終わらせない
オシンテックの小田氏、あしたの寺子屋の嶋本氏は、取り組むテーマは異なるものの、社会課題にテクノロジーを掛け算することで、新しい社会を拓こうとしている。
オシンテックの小田氏を推薦した「078Kobe」共同実行委員長の福岡壯治氏はセッションをこう振り返る。
「社会の変化のなかで、どうやったら自分たちの思考を変えていけるか、どういう場があればみんなが変わっていけるかにアプローチする必要がある。学際的、国際的な視座を得つつ、リアルな現場をどう紡いでいくかが大切だと改めて感じた」
あしたの寺子屋の嶋本氏を紹介した「NoMaps」実行委員会事務局長の広瀬岳史氏は地域に根ざす意味を強調した。
「HAPPYを享受するには、住むところが大事。五感を刺激して人を引きつける街には特徴があって、最大の価値をみんなが握り合い、それが触発を生み出す刺激になり、教育にもつながっている。オンラインで偶然の出会いを提供する一方で、リアルでの空気感も大切にする。両方が必要なんだと思う」
オンラインを「リアルの代替」で終わらせない。リアルならではの魅力と、オンラインだからこそ実現できる世界を掛け合わせることで、社会はまだまだ飛躍する可能性を秘めている。